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クルス・クライストの四女神とカナル帝国記  作者: 椋鳥
第二章 カナル承継
27/132

  干渉する者たち-2

***



 アリスは困惑の色を隠せないでいた。バレンダウン伯爵・諸侯軍は弱し。そう信じられるだけの快勝をつい先日挙げていたのだが、砦は思いもかけず頑強であった。


 部下の不甲斐なさを嘆いたポーネリアが前衛に上がってしまった為、アリスは中軍と後軍の総指揮をとらざるを得なくなった。これが良くなかった。


 守備側の魔法攻撃は砦の上、高所から次々と撃ち下ろされた。マジックマスターやマイルズの神官戦士たちは頭上の魔法防御にこそ注力したものの、そこへ続けて弓矢が降り注いだことで狼狽した。物理防御が疎かな部隊の被害は増加を見、魔法と矢の雨という混合射撃はマリス侯爵軍の足を止めるに十分な威力を発揮した。


 これはアムネリアとダイノンが共同で考案した迎撃戦法で、指揮はアムネリアが行った。


「魔法抵抗一辺倒になってはならん!撃ち返せば敵の手数も減る!マイルズの神官は魔法抵抗に専念、我が魔法部隊は炎の矢を一斉掃射せよ!」


 そう叱咤するアリスが遅れて前衛に入るも時既に遅く、ネメシスの本隊は砦の門から雪崩を打って出撃してきた。統率の乱れたマリス軍は先頭から順に易々討ち取られ、傍目にもネメシス隊の強兵なる様は明らかであった。


 ドワーフの剛力に溢れた突進は誰にも止められず、傍らのエルフが操る恐るべき魔法旋風は手の付けようがなかった。それらはダイノンとノエルの働きで、ポーネリアと彼女の側近が必死に味方を鼓舞して回るも、兵たちの怯えは返上出来そうになかった。


(……だが、まだ終わったわけではない。一度形勢を逆転出来れば、敵にはもはや後がないのだから!)


 アリスは後軍に詰めるディロンへと前進するよう伝令を送った。そして必要なマジックマスターを呼び寄せると、これで何度目になるか合体での召喚魔法を敢行した。


 黙示録の四騎士が登場すると、それを視認した両軍の反応が見事に分かれた。歓喜するマリス軍と、恐怖するネメシス軍という具合であった。


「我らの守護者は出た!全騎、四騎士に続いて攻めよ!砦の守兵など何するものぞ!」


 アリスの号砲は効果覿面で、彼女のカリスマと四騎士の実績は末端の兵士に至るまで浸透しており、マリス勢の信頼を心底勝ち得ていた。圧倒されていたマリス軍であったが、ここ一番でネメシス隊の進撃に対して踏みとどまって見せた。


 ダイノンとノエルの二人が四騎士の前に立ちはだかるが、アリスの見立てではたかがドワーフとエルフの二人組を相手にかの魔性がひけをとることは皆無と思われた。


 四騎士が敵部隊に切り込んだ時こそ反抗の契機であると捉え、アリスは召喚魔法を維持しながらも再度全軍に号令をかける心積もりでいた。


(フェイ、これで私たちの勝ちよ!マリス家が皇統を継ぎ、カナルの発展とアケナスの安定に尽力する……)


 アリスが少しばかり表情を曇らせたのは、疲労のせいだけではなかった。兄フェイニールの強い意向で活用している黙示録の四騎士の存在を、アリスは真っ当に忌避していた。召喚魔法の維持に悪影響を及ぼすような柔な精神の持ち主でないとは言え、アケナスの安定を望まんとしつつ魔性の力を行使する自己矛盾の甚だしさには嫌悪を隠せなかった。


 考えるのは後と、アリスが戦況把握に集中した矢先に、新たな騎影が戦場を横切った。ただの二騎であれ、前を行く一騎は接触したマリス軍の騎士をあっという間に斬り倒した。さらに後ろの一騎は、遠方に位置する黙示録の四騎士まで達する高精度の魔法の矢を放った。


(赤い髪の二騎……後ろはバレンダウン伯の腹心フィニスだな。前の男は……知らぬ顔だが、あの剣さばきはただ者ではない)



***



「ギリギリ間に合ったようだ。行くぞ、ラクシ!」


 ひたすら馬を飛ばしてきたクルスは、視界に黙示録の四騎士を捉えて全力での応戦を決めた。胸のペンダントが淡く銀の光を発した。


(本来であれば神話に登場するような魔性を相手に、おれたちだけで敵いようもない。……だが、あれは本領を発揮出来てはいない筈だ)


 クルスが思い返していたのは在りし日のイビナ・シュタイナーの言葉で、「信仰を究めた神官は己が肉体を器として神をも降臨させる。しかし理屈は召喚魔法のそれと変わらん。術者のレベルに応じて呼び込む神霊の実力は制限され、おまけに行使に伴う代償は法外。分不相応な召喚ほど割に合わんものはなかろう」といった内容であった。ここで暴れている黙示録の四騎士を復活させたのが何者であれ、召喚し操る者はマリス侯爵軍の中にいるのだから、所詮は人間の所業であるとクルスは見切っていた。


 <戦乙女>を空から先行させ、クルスとフィニスは真っ直ぐに四騎士へと突っ込んだ。


「クルス!」


 ノエルのはしゃいだ声音を聞き、戦斧を構えたダイノンは鼻を鳴らした。腕力と信仰心で何とかしてやろうと考えていたダイノンであるが、戦力の充実を見たことで方針を転換した。


「……あいつの腕は確かなんだな?」


「当たり前でしょ!<戦乙女>のラクシュミとクルスが悪魔の王を追い込んだのだから」


「ならば、お前さんもなんとか一人を相手にせい。これで一人が自由になる」


 ダイノンの言葉の意味するところを悟ったノエルは軽く頷くと、腰から細剣を引き抜いた。滅多に武器を用いない彼女だが、体さばきも剣術も並以上に修得していた。


 <戦乙女>は空中から急降下し、その勢いのまま神槍グングニルを叩き付けた。四騎士の一騎を馬ごと地中にまで押し込み、戦闘は派手に開始された。


 ダイノンは重みのある一撃を黒馬の一騎に見舞うが、それは盾でがっしりと受け止められた。ノエルは風の魔法で自身の周囲を護るように気流を発生させると、細剣を手に白馬の一騎に飛び掛かった。


 遅ればせながら、馬ごと駆け付けたクルスが最後の四騎目に上段斬りを放った。盾に防がれると、そのまま盾の上を滑らせて横からの連撃へと繋げた。敵は黒光りのする剣を素早く合わせ、クルスの攻撃を力強く弾いた。そこからは激しい馬上の応酬が続いた。


 クルスの仲間たちも斧で細剣でと一騎打ちに持ち込んでいたが、黙示録の四騎士の技量は何れも高く、また全身を覆う甲冑の強度を突き破ることは容易ではなかった。ダイノンは剛力を活かした攻撃で有効打を与えていたが、相応に反撃を浴びて傷だらけとなっていた。ノエルは剣でフェイントを入れつつ敏捷性と魔法を最大限に活用し、どうにか互角に渡り合って見せた。


 ここで有利を導いたのはフィニスであった。フリーに動けた彼女は闘いを優勢に運んでいた<戦乙女>を集中的に援護し、遂にはグングニルの槍が敵の兜を叩き割った。兜の下には虚空以外に何もなく、四騎士はそのまま音もなく消失した。


 間を置かず<戦乙女>とフィニスが仲間の助けに入り、後は五月雨式に勝敗が決した。一時的に撃退したに過ぎないとクルスは判断していたが、それでも幾ばくかの時間は稼げると気勢を発した。


「今だ!召喚者を押さえる!」


 ダイノンやノエルは力強く頷くと前進した。ネメシス自らが率いる本隊は、クルスらが黙示録の四騎士を止めている間もよく攻めていた。アリス・マリスと共に召喚魔法を構築するマジックマスターにまで迫るかと思われた勢いはしかし、後軍から上がってきたディロン・ガフロンによって止められた。


 ディロンの槍さばきは変わらず強力で、ネメシスは彼との直接対決を避けた。


「これ以上はやらせん!」


 猛々しくハルバードを構えたディロンが、ネメシスの部隊を前にして吠えた。ネメシスはここが勝機と理解していた為に、このベルゲルミルの猛将の出現に落胆してさえいた。


(砦の守備をお願いしているアムネリアさんを呼び戻している時間はない。そしてルカ隊長では力不足……。かといって、ここで私が命を懸けて十天君と斬り合うというのでは、あまりに愚策!)


 ネメシスの心中を知ってか、ディロンは出てきたきり動かずにその場で壁となった。マリス軍の全面崩壊を回避することが今の彼の命題であって、ネメシスの首を獲るのは二の次であった。


 彼の血潮を沸き立たせる敵は直ぐに目の前に現れた。


「……待たせたな。通せんぼをしている鬼は、速やかに退治してやるぞ」


 バテた馬からするりと降り立ったクルスが、ディロンの相手は自分がするとばかりに、大手を振ってネメシスに前進を促した。得心したネメシスは二人の一騎打ちを避けるようにして全騎の足を出した。ダイノンやノエル、フィニスもそこに合流した。


 ディロンは何も言わずにクルスに突っ掛かった。馬上からの威力ある斬り払いに、クルスは辛うじて剣を合わせて凌いだ。


 高低差があるために一方的に攻め込まれる流れとなったが、これもクルスの計算の内で、要はネメシスの本隊がアリス・マリスを蹴散らせばそれで御の字であった。彼がここで猛者を一人足止め出来れば、後はノエルやフィニスが散々に暴れて回る筈だと信じていた。


 二十合も武器を撃ち合えばディロンにもクルスの攻め気が薄いと伝わり、ハルバードを引いて烈火の如き怒声を落とした。


「時間稼ぎをするだけが貴様の言う鬼退治か?ふざけるなッ!武人なら生きるか死ぬかの気迫をもって掛かって来い!」


「そうは言っても、ここで戦に負ければこちらは後がない。お前らベルゲルミルは勝敗が一方的にならない事を望むのだろう?ならばここは一つ、勝たせては貰えないだろうか?」


「ほざけッ!」


 渾身の力が込められたディロンの突きはクルスの脇腹を抉った。更にそこから横薙ぎの攻撃に繋げられたが、クルスは地を転がってそこから逃げおおせた。血の滴る脇腹を押さえながらも剣を手放すことはなく、起き上がって引き続きディロンと相対した。


(これ以上ラクシを酷使すれば、肝心の魔獣が出てきた時に燃料切れという末路を招きかねん!どうにかして、一対一で切り抜ける……)


 フィニスやベン、傭兵たちと地下水路の祭壇の間を訪れたクルスは、そこで破壊された魔方陣と、居座る上位悪魔に遭遇した。アイザックやマルチナの剣腕は確かで、ベンとフィニスの的確な支援もあってクルスらは善戦した。そうはいっても上位悪魔はやはり強力で、最後は<戦乙女>を動員してどうにか撃破に成功していた。


 地下水路の上位悪魔戦、先ほどの黙示録の四騎士戦と<戦乙女>を連戦で起用していたが為、クルスはここで彼女をあてにすることを躊躇った。ベンにアイザック、マルチナの三人は別行動でチャーチドベルンへと走らせていたので、正真正銘残されたカードは自分自身のみであった。


 クルスは戦場に落ちていた小盾を拾うと、左手に持って半身に構えた。ディロンは牽制にと高速の突きを続けて三本繰り出した。クルスは何れも盾で弾き、その直後に下から剣を振るった。


「ぬおっ?」


 危機一髪、上半身を仰け反らせて皮一枚のところで避けたディロンは、体勢を整えるなり不敵に笑った。その場で調達した盾を使いこなして自分を脅かす雄敵に対して、素直に賛辞を送りたい気分であった。


 クルスはまたも盾を前にして半身になると、じりじりとディロンへ詰め寄った。



***



 狙い通りに、ノエルはアリス・マリスと向き合える位置まで達していた。それはダイノンの奮戦で道筋が作られ、ネメシスやルカの突攻により敵陣が抉じ開けられたとで実現した。


 黙示録の四騎士を再び召喚される前に、ノエルは決着を付ける気構えでいた。アリスは自身を目指して馬を飛ばしてきたノエルの存在に気付いた様子で、召喚ならぬ魔法で迎撃する態勢を組んでいた。


 ノエルは風の精霊へと働きかけ、周辺の空気の流れに干渉した。


「アリス・マリス!観念なさい!ご自慢の召喚魔法は破った。これで貴女は裸も同然だわ!」


「馬鹿なことを!あれは一介の騎士やエルフ如きに破られるような代物ではない。今一度呼び寄せれば、観念するのはお前たちの方だ」


「……何ですって?あれほどの召喚が、まだ終わりではない?」


 馬を止め顔を青ざめさせたノエルを見て、アリスはほくそ笑んだ。再度の召喚は疲労こそ心配されたが決して不可能とは言えず、ノエルに語ったことでアリスの中で決行が定まった。


 飛んで火に入る夏の虫、ノエルの早合点を嘲笑うアリスは敵を過小評価する愚を冒した。それ故声を振り絞ってなされたノエルの問いに、さして疑問を挟まず答えてしまった。


「では、あの凶悪な騎士たちは一体……」


「エルフのくせに物を知らないようね。……聞いたことはない?神話の時代に魔神ベルゲルミルが従えたという黙示録の四騎士のことを」


「……嘘よ!そんな魔性の存在を……古代に封じられし大魔を、人間に操ることが出来よう筈はない!」


「現に出来ている!我が兄フェイニールの知識が蘇らせ、この私が自在に召喚して見せることで証明された」


「そんな……よりにもよって、魔神の僕を召喚してしまうなんて!」


「観念するのはそちらだったようね。ネメシス・バレンダウンもろとも、ここで黙示録の四騎士の餌食となりなさい!」


 ノエルは大袈裟に嘆き、膝を折って見せた。


(……我ながら役者よね。ネメシス様の仰る通り、生まれながらの貴族っていうのは嗜虐性向の肥大化が顕著だわ。後は、義を知る者がマリス侯の下から去るのをただ待てば良い)


 ノエルが頭上へと真っ直ぐ腕を掲げると、アリスはすわ魔法攻撃かと魔法抵抗を展開した。その実、ノエルの動きに合わせて二人の周囲を取り巻いていた風が舞い散った。


「……なに?」


 アリスの鼓膜が有り得ない音を感知した。ノエルの散らせた風は、先の彼女とアリスの会話を余すことなく乗せており、たちまちに戦場を吹き抜けて全てを広めた。


 それはマリス侯とアリスが黙示録の四騎士の封印を解き放ったと、戦場に立つ全兵士に認識させることを意味した。アリスは目を見開き、謀られたことを理解した。全身をわなわなと震わせて目の前のエルフをきつく睨みつけた。


(……謀られた!くっ……私は愚かだ!あのエルフ、風の精霊の力で音を拡散させて……。もう取り返しがつかない!)


「理解した?破れかぶれに召喚でもされたらかなわないから、ここからは手加減しないわよ!」


「お前は………一体何者なのだ?なんでエルフが、フェイと私の邪魔をする!」


「ネメシス様は良き友人だもの。それに……魔に魅入られた者は皆、私たちエルフの敵と相場が決まっているの!」


 細剣を抜いたノエルの脇に巨大な竜巻が屹立し、轟音を発しながらに土埃を巻き上げた。アリスは消沈しながらも、背後に引き連れたマジックマスターたちへと対抗魔法の発動を命令した。



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