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クルス・クライストの四女神とカナル帝国記  作者: 椋鳥
第一章 賢者の石
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  疫病神-2

***



 クルスとアムネリアという珍妙なコンビは次のように協業を開始した。アムネリアはあくまでクルスの私的な助っ人として彼の任務に同行し、極めて僅かだが彼の為に剣を振るった。


 クルスは<疫病神>などと噂される分孤独な任務遂行を迫られるケースが少なくなかった。それでも傭兵として支障を来さないだけの腕前を持ち合わせ、それなりに自負もあったものだが、アムネリアは物が違った。


 彼女が気紛れに敵を伐つとき、決まって一太刀で決着した。鞘から走る剣筋は余りの速さに一本の糸のように残像が描き出され、剣を振り抜いた勇姿は芸術作品かと目を疑う程に洗練されていた。


 クルスはアムネリアの剣を見るたびに感動をすら覚えていた。


 しかし、アムネリアが<リーグ>への登録を強く拒んだが為、クルス一人分の報酬で二人の生活費は工面された。


 <リーグ>への任務参加に際し、アムネリアの命令で悪魔に絡んだ事件への関与が第一とされ、路銀に事欠かない内は並の依頼に手を出すことを禁じられた。悪魔と闘うことは生命消失のリスクを多大に抱えることと同義であったが、獲得スコアや報酬は高く、何よりアムネリアが上機嫌となるのでクルスはそれを良しとして受け入れた。


 クルスに主体性がないというわけでは決してなかった。彼がアムネリアの魅力に参っていたのは本当だとして、多くの報酬を必要としていたこともまた真実には違いなかったからだ。悪魔を狩り続けることでクルスの目的が達成される以上、アムネリアに逆らうという選択は、余程の不都合を背負い込まない限りは考慮に値しないのであった。


 アケナス大陸の中央部、悪魔の完全支配領域と化している魔境からは離れていたものの、南部に位置するカナル帝国においても悪魔による被害は増加傾向にあった。帝国の虎の子・白騎士団が出動することもしばしばであったが、人手や出兵費用は恒常的に不足し、政府は悪魔討伐の依頼を頻繁に出すことで<リーグ>への依存度合いを高めていった。


 カナル帝国のような軍事大国ですらそのような状況にあり、アケナス諸国の首脳は止まるところを知らない悪魔の暴虐ぶりに一様に頭を悩ませていた。


 悪魔。いつの頃からかアケナス全土に出没し始めた異質なる存在で、人間や亜人、動物たちを分け隔てなく襲いその命を奪うとされた。種ごとに外見は多様で、共通しているのは高い戦闘力と、生態の一切が謎に包まれている点にあった。


 記録によれば、高い知性を持ち人間とのコンタクトを試みる種も確認されるのだが、総じて好戦的で情け容赦はなかった。現在はアケナス中央部でカナル帝国と同程度の土地を占拠しており、隣接諸国はそれへの対処に追われて疲弊する一方であった。


 任務帰りのクルスとアムネリアは、疲労を押してバレンダウンに帰還した。山間部に悪魔が出没したという触れ込みでの依頼をこなし、雨が本降りになる前にと強行軍で帰路へついていた。


「アムが前衛を務めてくれれば、より早く決着すると思うのだが」


「<リーグ>の傭兵はそなたであろう?私はただの付き添いだ。そら、ポツリときたぞ」


 アムネリアが全面灰色の空を指差して言った。ずぶ濡れになる前にバレンダウンへ着けたことは幸いで、クルスらは宿への道程を急いだ。


「なんだ?」


 クルスは視界の奥に異変を感じ、路上で足を止めた。


「ふむ……喧嘩というには物騒ななりをしているな」


 両端に露店が軒を連ねる通りの真ん中で、武装をした複数の男が輪を作って凄んでいた。市民は少し離れてそれを眺めていた。


(曇天とは言え、街中で堂々剣を抜くとは。かの白騎士団は当然、バレンダウンの武装警察でもないようだが)


 クルスは関わりを避ける意図から人の輪を迂回するようにして歩いたが、剣を持った男たちに囲まれているのが一人の女性と判明するや、即座に考えを改めた。


「アム、奴等の腕前をどうみる?人数は……六人」


 クルスは小声で傍らのアムへと問い掛けた。彼はここ二月行動を共にしたことで、自分を上回る技量を有するアムの眼力を高く評価していた。


「流石に分からん。これは勘だが、ただのごろつきとは違うのではないか?」


 男たちの見た目はクルスやアムとそう変わらぬ軽武装で、身動きのしやすい布服の上に小振りの肩当てや胸甲を装着している程度であった。表面の磨かれた円形盾を背に装着している者もおり、正騎士のそれとは形式こそ異なるものの、実用性に長け使い込まれているようだとクルスには思われた。


 何よりクルスの目を引いたのは、男らと対峙している女が華奢で、この世のものとは思えない華美な金髪を微風になびかせていたこと。そしてその奇跡的に艶やかな金髪から覗いたのは、先端の尖った真白い耳。


(……エルフ!)


「やれやれ。その顔、戦力分析とは関係なしにやる気だな?」


「アム……」


「仕方あるまい。エルフの娘を相手に、大の男が六人がかりというのも不埒な話だ。たが今夜の酒はそなた持ちだぞ」


 二人は颯爽と場に飛び入り、女エルフを庇うようにして挟み込んだ。男たちは一瞬だけ怯みはしたが、決して取り乱すことなくいきり立った。


「正義漢を気取って邪魔立てすると、痛い目を見るぞ。消えろ」


「余計なお世話だ。おれは正義の味方でな。か弱い女を相手に多勢でかかる男なぞ、到底見過ごすわけにはいかん」


「女の味方、の間違いであろう?」


「……否定はしないが」


 すかさずアムネリアが茶々を入れたが故、緊迫した空気は一時的に緩んだ。その隙を二人は共に逃さなかった。


 クルスとアムネリアはそれぞれが前に踏み込むや、剣の腹で正面の男の鼻面を打ち付けた。二人の男がほぼ同時に昏倒した。


「痴れ者が!」


 四人の男がそれでも意気を失わず剣を構えたことで、クルスは混戦を覚悟した。


「それこそ余計なお世話ってものだわ」


 突如呆れた調子でそう呟くや、女エルフは手のひらを天に掲げて優しげな声音で短い口上を唱えた。


(魔法!)


 クルスが反応した直後、女エルフの発現した魔法による強力な烈風が男たちへと襲い掛かった。一人、また一人と吹き飛ばされて路上を勢いよく転がされ、気が付けば男たちは散り散りにどこぞへと消えてしまっていた。


 その魔法の精度にはアムネリアも目を見張り、この女エルフには自分達の助けなど必要なかったのだと確信した。


「……礼は言わないわ。あなたたちが勝手に混ざってきただけ。私一人でも、あんな男たち相手に苦戦するはずなかったんだから」


 女エルフは胸を張って言い、草色の短衣に包まれた細い体躯を紫の外套で覆い隠した。クルスは雪の精霊にでも喩えられそうなきめの細かいすべやかな白肌に心を奪われ、女エルフの挑発的な物言いなど左から右へと聞き流していた。


「ふむ。では立ち去るとしよう。クルス、行くぞ。さっさと酒を馳走になりたいでな」


 アムネリアは潔くエルフに背を向けると、この場からの退去をクルスに促した。加えて「先程の男たちに付け狙われても厄介だ」と捨て台詞を吐くのは忘れなかった。


「女一人、もし困るようなことがあれば<銀の蹄亭>を訪ねてくれ。おれはクルス。<リーグ>の傭兵だ」


 それだけを告げ、クルスはアムネリアに付き従った。すたすたと先を急ぐアムネリアを無視は出来ず、天より落ちし雨粒も次第に勢力を増してきた。


 騒動の決着を見届けて通りの野次馬も解散し、バレンダウンに日常の喧騒が戻った。亜人の中でもエルフは元来人間種族と親いことで知られており、バレンダウン級の大都市となれば見世物になる程の物珍しさはなかった。


 森と風を母と崇めるエルフは非力であることと引き換えに、高い魔法の素養と長い寿命という種族特性を誇っていた。人間のマジックマスターが比率的に極少数であることを鑑みれば、エルフの実力は侮れないと言えた。


 クルスはエルフをはじめて見たわけでないにも関わらず、出会った女エルフの整った顔立ちを忘れることができないでいた。そんな彼の心理を知ってか知らずか、酒を酌み交わすアムネリアの態度がどこか刺々しいものにクルスには感じられた。



***



 次の騒動は思わぬところからやってきた。バレンダウンを統治する総督の居城・フルカウル城にクルスが招かれたのであった。


 <リーグ>の支部に出された出頭要請は正規の手続きを踏んだもので、クルスにそれを回避することは叶わなかった。千を超す騎士戦力を抱えるバレンダウン総督に逆らうことは、この都市で生活していくのに賢い選択とは言えず、クルスも大人しく従った。


 石造りで重厚感のあるフルカウルの巨城は総督府も兼ねているため、内部では文官や都市民の姿が散見された。前後左右を騎士に挟まれて広い回廊を行くクルスは、自分が罪人にでもなったかのような錯覚を覚えた。


 謁見の間の床には磨かれた御影石が敷き詰められて眩く輝き、何十もの太い円柱に支えられた天井は頭上から遥か高い位置にあった。入り口の重い鋼鉄製の扉を潜ったクルスの視界に、玉座に腰掛ける若い貴人の姿が映り込んだ。


 騎士たちは玉座に向かって左右へと分かれて整列し、クルスは一人歩を進めることとなった。玉座へと続く赤い絨毯の両脇には等間隔で騎士が立っており、その数は二十余を数えた。


(なんだか知らんが、手打ちにされそうになっても逃げ切れる数ではない)


 玉座の真横に立つ白髪の青年騎士から「そこで止まれ」と厳しい制止の声が掛かり、クルスは足を止めて目の前の女をしげしげと眺めた。優雅な金髪を巻いて胸元に足らし、長い睫毛と澄んだ碧眼でクルスの視線を真っ向から受け止めた。


 ゆったりした白のローブに身を包んだその女は、著名な画家の描く女神もかくやという程に美しかった。クルスは自然と片方の膝を床につき、頭を垂れた。


「御初に御目にかかります。傭兵総連盟バレンダウン支部所属、クルス・クライストと申します」


「存じています、クルス・クライスト殿。私はネメシス・バレンダウンです。不在の父に代わり総督代理を務めております。よく招聘に応じてくれました。御立ちなさい」


 クルスは立ち上がると、祝賀パレードや政治式典、新聞などでしか目にしたことのなかったバレンダウン総督の美姫と至近で相対した。ネメシスはカナル帝国の伯爵公女にして、帝位継承権までも有する貴人中の貴人であった。


「貴方を呼んだのは他でもありません。先日、市街でエルフと揉め事を起こしましたね?」


「はい。結果的に大して力にはなれませんでしたが、エルフの女性を助けに入ったことは事実です」


「その時のことを詳しく伺いたいのです。エルフを囲んだという者たちは武人でしたか?」


「そうでしょうな」


「正規の訓練を受けていると?」


「さあ」


 クルスの気のない返答に、白髪の騎士の目の色が変わった。


「貴様、姫様に対してなんという口の聞き方だ!この無礼者が!」


「そんなことを言われても、分からないものは分からないしな」


「何を……」


「隊長、良いのです。クルス殿、失礼を。実は私たちも件のエルフを捜しておりまして。彼女を追う謎の勢力。それもここバレンダウンで、私たちの預かり知らぬ動きをしている。捨て置けず調べているというわけです」


 ネメシスはクルスの目を見て会見の意図を淡々と語って聞かせた。だがクルスは、彼女がエルフを求める目的を明かしていない点に合点がいかなかった。


「あのエルフが何か?」


「貴様如きには関係ない!詮索は不要だ……この、傭兵風情が!」


 隊長と呼ばれた白髪の騎士が怒気を露にした。


「傭兵風情、大いに結構。おれはこの国の禄を食んでいるわけじゃない。いくら貴族とは言え、理由も分からん審問に答える義理はないな」


 クルスは元より王侯貴族や騎士が身分や武力を盾にふんぞり返る様を毛嫌いしており、敢えて白髪の騎士に抗って挑発的な態度をとった。この場の騎士たちが激発して行動を起こせば窮地に陥るだろうが、それはその時に考えればよいと割り切っていた。


「貴様……」


 ネメシスは音もなく腕を差し出して白髪の騎士を制した。そしてクルスに対しては丁寧に説明を始めた。


「かのエルフには、チャーチドベルンから国宝を盗み出した嫌疑が掛かっております。ですが、何故か白騎士団の動いている節はありません。それどころか、ここに情報が上がってきたのも貴方がエルフと接触した後という始末です」


「帝都から国宝を?あのエルフの女が……」


「左様です。聖神カナンが建国の祝いに初代皇帝へ授けられたと伝わる賢者の石。アレが失われれば、カナン教の本山たる帝都だけではなく帝国の根本も揺らぐと言うもの。何を置いても至急取り返さねば」


「賢者の石を探すのは、止めよ」


 その声は頭上から落ちてきた。人のものとも思えぬどすのきいた声で、それを発した主はあろうことか謁見の間の天井付近からゆっくりと降下してきた。


 白い硬質の仮面を被り、全身黒装束という怪異な出で立ち。その背からは漆黒の翼が煙状に拡がっていた。


「悪魔!」


 騎士たちはざわめき、口々に威嚇の声を張り上げた。しかし謁見の間には騎士とて剣を持ち込むことが許されておらず、この場に存在する武器は唯一帯剣を許可された隊長の一本のみであった。


「どこから入ってきたというのです?この城には魔法結界が幾重にも張り巡らせてあります。不浄の侵入を許すはずがない」


 凛とした声音で、ネメシスは悪魔に詰問した。それには傍らのクルスが即答した。


「悪魔の中には明確な序列がある。能力に従って上位から下位へと。例えばおれたち傭兵が剣で斬り倒せるやつを下位とすれば、マジックマスターの操る魔法で抑えがきくのはせいぜい中位レベルまで」


「……!それはつまり、あの悪魔は……」


「上位悪魔は高い知能を有することが多い。そう、面白半分で人間社会に干渉してくる輩とか」


 クルスは目の前の仮面の悪魔を睨み付けながら断言した。この悪魔が上位悪魔であると。ネメシスや騎士たちは衝撃に息を呑んだ。


「知った風な口をきく。蛆虫の如き人間が」


 静かに床へと降り立った悪魔がクルスに向けて冷たく言い放った。


「そうでもないさ。これでお前たちとは因縁があってね」


「貴様に特別な興味はない。賢者の石に関わるのを止めよ」


「悪魔が、戯れるなっ!」


 白髪の騎士隊長がクルスと仮面の悪魔の話を遮り、剣を抜いて飛び掛かった。初撃は避けられるも、騎士隊長は素早い切り返しで二撃目を見舞った。


 仮面の悪魔は片腕を刃状に変形させて騎士隊長の剣を防ぎ、黒い翼を引き延ばして叩き付けた。


「うおおおっ?」


 騎士隊長は吹き飛ばされ、勢いよく壁に叩き付けられた。そしてピクリとも動かなくなった。


「ルカ!」


 ネメシスが騎士隊長・ルカを気遣う声を上げる中、クルスは誰よりも迅速に動いていた。ルカの取り落とした剣を拾い上げると、一足跳びに仮面の悪魔へと迫った。


 クルスの横薙ぎの一閃は悪魔の胸元に命中し、黒装束を大きく斬り裂いた。続けて放った突きは刃状の腕に阻まれるが、クルスは一歩後退ると再び高速の突きで悪魔の仮面を狙った。


 悪魔は展開していた黒翼を割り込ませてクルスの突きを防ぐと、ふわりと中空に舞い上がって見せた。そして翼から短剣状の鋭い羽毛を数十本と射出した。


 クルスは大きく剣を振ってそれを正確に叩き落とした。


(距離を取られては闘えん!…やはりマジックマスターがいなければ、正面きってこいつらを討ち果たすのは無理か)


 仮面の悪魔は高所に浮遊したままで動きを止め、クルスのみならずその場に居合わせた全ての人間へと言葉を発した。


「我は警告に来ただけだ。今一度言う。賢者の石から手を引け。貴様らなどいつでも捻り潰せる蛆虫に過ぎないと知れよう?」


「……何故今やらない?」


 クルスは賭けに出た。ここで時間を稼げば、謁見の間の異変を察知した城内の騎士やマジックマスターが駆け付けるやもしれないと考え、問答の継続へと舵を切った。


 そしてクルスには、上位悪魔を相手にしてなお有効と思える切り札が一つだけあった。


「何だと?」


「お前たち悪魔がどれだけ残虐非道かは知っている。人間を殺すのに何ら躊躇いを持たないこともな。ほとんど非武装の、ここにいる姫様や騎士たちを見逃す理由は何だ?」


「余程死にたいと見える。人間にしてはやるようだが、我の機嫌を損ねれば仕舞いぞ?この場だけは退いてやると言っている」


「おれにそのつもりはない。薄汚い悪魔を五体満足で帰すなんてのは、そもそも論外なのさ」


「ならば望み通り死ね」


 仮面の悪魔はクルスへと向けて急降下し、突進の威力そのままに刃を降り下ろした。轟音と共に床は砕かれ、白煙と破片が辺りに舞い上がった。



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