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クルス・クライストの四女神とカナル帝国記  作者: 椋鳥
第七章 神々の黄昏
127/132

  楽園追放-2

***



「これ程近付いて、大丈夫なものか?思っていたより霧が濃くなっているようにも見えるが・・・・・・」


 ライカーンは騎士たちの手前極力怯えを表さないよう心掛けていたが、スペクトル城が近付くにつれて濃度の増した霧には流石に動揺を隠せないでいた。隣で馬を操るアストレイは、彼らしく無骨で遊びの無い言葉でもって応じた。


「大丈夫でないのだとしたら、今更思案しても無駄だ。ファーロイのマジックマスターに託した以上、魔神の毒牙にかかることなどないと信じる他はあるまい」


「それは理屈だ。卿は恐ろしくないのか?神代より生き長らえているとされる魔神。そんな化物と相対しているこの現実に、正直私は身震いが収まらん」


「・・・・・・フン。旧連合王国で最強と噂された銀翼騎士団の将にしては謙虚だな。当然私とて、恐怖の感情は抱いている。何せつい最近まで魔境の端で悪魔どもの相手をさせられていたのだ。奴らの生命力には、やはり感服せざるを得ん」


 群狼騎士団を束ねるアストレイは、銀翼騎士団の将軍たるライカーンに思わず本音を吐露した。つい最近まで、他国の騎士団とこうして共同歩調をとることなど想像だにしておらず、アストレイにしても事態は困惑を伴う一方であった。


 ライカーンは、己を挟んでアストレイと逆隣で馬を進めるエックスにも話を振った。


「エックス参謀。対霧防御は安全なのだろうな?ラファエル様とイシュタル様から預かったこの部隊、みすみす魔神にくれてやっては、御二人に会わす顔が無くなろうと言うもの」


「ノエルさんが賢者の石を置いていってくれましたから。それに、イグニソス殿の補佐役としてフラニル・フランや妖精族も付いています。霧については心配に及ばないでしょう」


 背後にセントハイム騎士団や異種族の混成軍を率いたエックスは、落ち着いた声音でライカーンを慰めた。イオニウム領内を突き進む諸国連合軍は、当初エックスが思い描いていた姿よりも変化に富んだ陣容で、彼はこれこそがクルスのもたらした変革の具象化であると信じていた。


(レイバートンの銀翼騎士団。アルケミア雨騎士団。ファーロイ騎士団。オズメイは群狼騎士団。セントハイム騎士団。ミスティン騎士団。〈リーグ〉の傭兵隊。アルヴヘイムの妖精隊。ドワーフの小隊。そしてカナル白騎士団と黄竜隊。一体誰が、このような戦力の結集を予期しただろう?いや、夢に描いた政治家は数多いたに違いない。そんな中、クルス・クライストだけに実行力があった。勇者サラスヴァティ・レインに師事し、彼女の人脈と力を継ぎ得た。ニナ・ヴィーキナでは歴史に名を残す勇戦をして見せ、アムネリア・ファラウェイと出逢うや即座にカナル女帝の信頼を勝ち得た。そうしてリン・ラビオリの悲願であった天上の楽園クラナドにまで到達し、カナル帝国軍を統べてベルゲルミル連合王国を屈服させた。単身で女神との邂逅も果たした。天運の一言で片付けてしまうには、業績が巨大に過ぎて余りある。例え彼自身が望まなかったとしても、現世に残ったならば玉座へ収まる以外に身の置き所などあるまい。逆説的だが、だからこそクライストは新しき神となる道を選び、アケナスを導く責務はネメシス陛下に託すと決めたのではないか)


 アストレイは霧のことはさておき、ライカーン向こうのエックスへと根本的な問いを発した。


「それで、魔神の足止めをしろというのは誰の発案なのだ?緊急性を鑑みて全軍合流の提案こそ飲んだが、指揮系統の統合まではとても間に合わん。せめて、目的の委細くらいは擦り合わせておきたい」


「クルス・クライストの指図だと言えば、ご納得いただけたのでしょうね。残念ながら異なるのですが」


「奴と気脈を通じたつもりはない。この地でいささか、奇縁に恵まれただけだ。だが奴の時折寄越す奇怪な情報に嘘偽りはなかった。・・・・・・古の魔神などという与太を掴まされた時には、どうしてやろうかと憤ったものだがな。こちらの宰相は目を剥いて驚いたものだ」


「ラムダ・ライヴ殿は〈フォルトリウ〉の重鎮だったようですから。魔神の存在を知識として持っていておかしくはありません。それが故に此度は貴軍の合流も叶ったわけで、結果万歳と言うものです」


「セントハイムを引っ張り込んだのも貴殿の計算の内か?腰が重いかの国を動かすとは、〈リーグ〉の傭兵風情がよくやる」


 アストレイの賞賛にも首を横に振り、エックスは自らの働きを謙遜した。


「それも、クルス・クライストのお蔭ですよ。彼はあの国の王族であるイーノ・ドルチェの知己。そしてビフレストを巡って東部入りした流れで、騎士団の悪魔討伐にも参加しています」


「あちらこちらに首を突っ込んで、忙しない男だ。・・・・・・あの男は天上の楽園に向かったと言っていたな?話を戻すが、それではこのアケナス連合軍とでも言うべき集合体の首謀者は、誰だ?」


 エックスは後ろを振り返り、新たな人物の登場を待った。機を窺っていたのか、ミスティン騎士団の軍馬の列から二騎が前へと突出した。


 先頭の、金髪をなびかせる女の姿を見て、アストレイはほうと息を吐いた。女は戦場に似合わぬ華奢で繊細な容貌をしていたのだが、その目には強烈な意思の力が光となって表れていた。


(ミスティンの人馬。あれが噂のアンナ姫か。諸国調略に躍起になっているというから、どんな健啖な女人かと想像していたが・・・・・・)


「アストレイ隊長。ライカーン将軍。こちらはミスティン王国第二王女のアンナ様と、騎士団を率いるイオス・グラサール卿です。この行軍は、王女殿下の計画によるものなのですよ」


 エックスの紹介を受け、一同は互いに名乗りを上げた。イオニウム南部で自然と合流した各勢力であったが、漫然とした共感を頼りにここまで来ていたので、首脳陣の結集は意外にもこれが初めてであった。


 ライカーンはイオスの名こそ知っていたが、ミスティンの将軍と言えばエレノア・ヴァンシュテルンが想起され、ましてやアンナの存在など意識する由もなかったので、二人の指導力に疑問を抱かずにはいられなかった。ライカーンにとり優先するべきはラファエル・ラグナロックの意向であったし、彼から銀翼騎士団の采配を一任されたと言えども、アンナが不確かな実績を盾に魔神との決戦を強要しようものなら、いつでも離脱を表明する心積りであった。


 アンナはおもむろに下馬すると、ライカーンやアストレイに向けて深々と頭を垂れた。その角度は大国の王族に許されぬ域へ達しており、金髪の大きく垂れ下がる様は、堅物のアストレイですら恐縮する程であった。


 長くそうしていたアンナに対し、ライカーンが多少鼻白んだ様子で声を掛けた。


「殿下。頭をお上げ下さい。我々は謝られる筋にありません。此度のスペクトル城攻めの意図が奈辺にあるものか、それをお聞かせいただきたいのです」


「横に同じです。群狼騎士団の部隊は、我が国の将・ブルワーズより預かったもの。道理が無くばこれ以上の危険を冒せません」


 アンナは顔を上げると、大声でアストレイらに反発せんとするイオスを制止して自らの言葉で語り始めた。


「クルス・クライストたちは魔神の尖兵たる大悪魔共を討ち果たし、当初の予定通りに凍結湖経由でのクラナド入りを選択しました。これがアケナスの存亡を懸けた最後の一手だと、私は確信しています。故人エレノア・ヴァンシュテルンも彼を高く買っていましたから」


「我が主たるラファエル・ラグナロックも〈疫病神〉に同行していますので、その動きは把握しております。問題はそこでなく、我ら騎士団の扱いです」


「はい。私は考えました。クルスが凍結湖に辿り着く前に、クラナドで事を為す前に魔神が何か謀をめぐらせてそれを妨害したりはしないものかと。或いは、我らの知らない圧倒的な破壊力を行使して、アケナス諸国を蹂躙したりしないものかと。そしてそれが現実となった暁には、防波堤となり得る存在は決戦のこの地に集いし諸国の騎士団しかない。そう思いました」


 決して居丈高にではなく、アンナは丁寧に自分の思いを語って聞かせた。それに応える形で、アストレイがずばり本音部分に切り込んだ。


「それは、我らにクルス・クライストの盾になれ、ということではありませんか?」


「アケナス全土に住まう無垢なる民の盾でもあります。・・・・・・いえ、詭弁を弄しました。私は彼の一助を担いたい。ミスティン王国と私個人の為にイオニウム公を斬った、あの男の恩に報いたいのです。それにはミスティン騎士団だけでは力不足。無理を承知の上で、皆さんの力を借り受けて魔神の足止めを図りたく思います」


「・・・・・・勝算はおありで?異形の敵を相手にして、時間稼ぎにもならない事態は御免被りたいものですが」


「霧の魔法以外にも魔神が超常の特異能力を有するとして、流石にスペクトル城に籠ってはアケナス全域へ影響を及ぼすことなど出来ないでしょう。四柱の武力に頼っていたのが良い証左です。あくまで推論ですが、まるで戦いにならない、即ち即座に全滅させられるような戦力差はないと見ます。ただし、虎の子の四柱を失ったわけですから、如何なる奥の手を出してくるものとも知れません。それを承知の上で、敢えてお力添えをお願い致したく」


 アストレイはアンナの見立てをまだ甘いと感じていたが、考えた末にそこは反論を自重した。彼女がただの無謀により騎士団の結集を企てたものではないと判断し、最終的には彼も己の心向きに従った。ライカーンは煮え切らない表情を見せていたが、これはアンナがラファエルよりもクルスを重視していることに対する不満が主因であり、アンナの健気さには十分心を打たれていた。


 話の落ち着いたところを見計らって、エックスが横から参謀としての見解を披露した。それは、クルスらやアルヴヘイムの妖精たちから伝え聞いた話を分析して得た彼なりの結論であり、この場の指導者たちに警鐘を鳴らす役目を担った。


「ベルゲルミルは憑依型の神霊であり、憑依先の肉体や精神に相当の力を依存するものと思われます。今は〈福音〉のラーマに寄生している手前、霧をはじめとした魔法力を源泉とするであろう技に長がある。彼女は肉体派ではありませんでしたから、警戒すべきはやはり魔法戦闘でしょう」


 イオス・グラサールがエックスの指摘を補完する形で言葉を継いだ。


「エックス参謀の提言には聞くべき点があったので、我らが騎士団のマジックマスター隊には合体での魔法抵抗を準備させている。幸いにも神剣クラウソラスが確保されているので、如何な魔法とて易々とは通さぬ自信がある」


 アストレイとライカーンが同時に頷き、ここに騎士団間のわだかまりは一時的解消を見た。暫定でイオス・グラサールが全軍の進路を定め、連合した騎士団は一路スペクトル城に向けて歩みを速めた。


 霧は騎士たちの視界をあらかた覆い、日中だというのに彼方の稜線も空にかかる白雲も姿を隠していた。マジックマスターたちが魔法探知で方角を固定しており進路こそ間違いはしなかったが、目指す先にいるであろう魔神と彼女の領域下における濃霧は、一同の心胆を寒からしめるに充分であった。


 レイは配置をミスティン騎士団に移しており、クラウ・ソラスを核に対魔法戦闘を所管するマジックマスター隊の護衛が当面の任務であった。対霧を一任されたイグニソスの傍にはボードレールやフラニルが置かれていたので、レイの異動は戦力均衡の一貫と言えた。


 目に見えて気負っているレイであったが、心中においては至って冷静に物事を考察していた。


(アンナ様やエックス様はああは言われたが、やはりクライスト様やアムネリア様抜きの布陣で魔神と闘うのは危険に思われる。多勢とは言え、迂闊に手を出すべきではないのでは)


「レイ卿。肩に力が入り過ぎてやしないか?」


「これは、サルマン・ジーノ様。私ごときに敬称など不要ですよ。皆様と同じくレイとお呼びください」


「エックス参謀からは、貴女・・・・・・君がクルスの名代だと聞いている。ここまでの道中で剣腕の確かな様も確認した。君を侮るつもりはないぞ、レイ」


 歴戦の傭兵であるサルマンからおだてられることはレイにとってこそばゆいもので、居心地が悪そうに手綱に目を落とした。サルマンは、ふと目についた気合充分の若者を宥めるだけの感覚で声がけしたものだが、互いにクルスを慕う共通項があることで話を続けてみた。


「クルスは首尾よくクラナドで力を得たとして、魔神をどう倒すつもりなんだろうな?どうも他者に寄生する厄介な存在だというし、今度は奴が身体を乗っ取られたら、それは事だぞ」


「綿密な計算など無いのだと思います。あれで、クライスト様は手や足が先に出る型のお人ですから」


「・・・・・・まあ、ノエルやアムネリア・ファラウェイ卿が何とかするのだろうな。そもそも大地の女神に拝謁が叶うくらいだ。奴の心配など、一番に不要なものかも知れん」


「そういうことですね。私たちは、寧ろ自分達の身を案じねばならない立場かと。サルマン様」


 レイの注意喚起は自身に向けた意味合いが強かったものだが、サルマンは真面目な顔をして首肯すると、大きく息を吐いて気合いを入れる素振りをした。彼もまたクルスの不在を不安視している一人で、自分が大陸の行く末を左右するような戦いに身を置いていることに、絶えず言い知れぬ違和感を覚えていた。


 サルマンはクルスの英雄としての資質を認めており、彼の援護に従事することを掛け値無しに良しとしていた。それ故に、クルスの居ない戦場で、よりにもよって最後の敵たる魔神と向き合う事態など生きた心地がしなかった。


 偵察に出ていた騎士たちが徐々に戻り始め、スペクトル城の周囲に異変はないとの報告が次々ともたらされた。それが事実であればラーマこと魔神は城内に篭っている理屈で、少ない獣人だけが近辺を守っているものと思われた。


 アンナは、各軍団を率いる将とネメシスの近臣を一つ所に集め、今後の出方を協議した。魔神を前に積極攻勢に出ようという意見は挙がらず、スペクトル城を遠巻きにして挙動を観察することが決議されると、各部隊はマジックマスター・イグニソスの張る結界内で好き勝手に布陣した。


 スペクトル城に目立った動きがない中、無為に時間は流れた。そして、戦端は予期せぬところから開かれた。


 南の方角から飛来した竜の群が、スペクトル城を無視して狙いを諸侯の軍に絞り、攻撃を仕掛けてきた。最強生物の空中からの襲撃は脅威であり、イオスやライカーンは声を張り上げて防御陣を組み上げ、迎撃に努めた。


 スペクトル城に比較的近い位置で戦力を展開していたのがセントハイム騎士団で、暫定的にそれを率いるエックスの下に一騎が慌てて駆け込んできた。


「エックス参謀!スペクトル城に動きがありました!」


「何ですって?・・・・・・やはり、竜をけしかけてきたのは魔神というわけですか。それで、何が?」


「神官服を着た女が一人、正門から出てきたのです。話に聞いた、〈福音〉のラーマ・フライマではないかと・・・・・・」


「魔神?自ら出張ってきたというのか・・・・・・。マジックマスター隊と第一中隊に連絡を!私に付いてスペクトル城に向かいます」


「はっ!」


 エックスは方々に散ったクルスの縁者に連絡を付けるか迷い、直ぐにそれを諦めた。竜の奇襲によって諸侯の部隊は大混乱に陥っており、使者がその中を適切に回って言伝てすることなど不可能に思われた。


 セントハイム騎士団の中核部隊を抜き取ると、エックスは報告にあったスペクトル城の正門方面へと急いだ。


(こちらが部隊を動かせば気付く者もあるでしょう。それに、対竜の戦闘が疎かになって連合軍が壊滅しては本末転倒。私が一時でも魔神を抑えられれば、それが一番効率的なのは間違いない)


 六匹をもの竜の猛攻を凌ぎ善戦していた諸侯軍において、アンナは俯瞰的に状況を把握するよう努力していた。ミスティン騎士団のみならず、銀翼騎士団や傭兵隊、アルヴヘイム隊からセントハイム騎士団まで、広く戦況を確認して、戦力が不足する戦場への融通をイオスに求めた。


 そのような激闘の最中で、セントハイム騎士団からエックスの部隊が分離し北進を始めたと聞き付け、アンナはただ事ならぬ状況の変化を察知した。自ら駆けていち早くボードレール・イグニソスの両氏を掴まえたアンナは、ミスティン騎士団の小隊とアルヴヘイムの妖精たちを従えてエックスの後を追った。



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