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クルス・クライストの四女神とカナル帝国記  作者: 椋鳥
第七章 神々の黄昏
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3 死と夜の残滓

3 死と夜の残滓



 十を超えてからは回数など数えられず、クルスはアイオーンの剣を浴びてはその度に吹き飛ばされていた。斬撃自体は神剣アンスウェラで受け止めていたものの、アイオーンの剣より放たれる衝撃波を阻む手段は存在しなかった。


 クルスがなお命を繋ぎ止められていたのは、アンスウェラに宿りしフィニスの特攻にも似た手数がアイオーンの止めの剣を邪魔していたからに過ぎなかった。さらにフィニスは群がる悪魔をも焼き払う奮闘ぶりで、全面的にクルスの決闘を支えていた。


 剣で最強を誇る四柱の相手が自分で良かったと思えたのは途中までで、追い詰められる一方のクルスに仲間たちの心配をする余裕は無くなっていた。自身の負傷もそうであるが、フィニスの消耗はそれ以上で、精霊であるとはいえ彼女の蓄積ダメージは限界に近いと思われた。


 クルスはアンスウェラへと働き掛けて、強制的にフィニスの召喚を終了させた。そして膝立ちからすっくと起き上がると、剣を構えて単身でアイオーンに向き合った。


(受けては駄目だ。それは分かっているんだ。衝撃波は奴が剣を振るう直線上に伴われる。・・・・・・だが、あれだけの力と速度の剣をいなすことなど、果たしておれに出来るのか?)


 アイオーンは問答無用でクルス目掛けて突進してきた。フィニスがいないものだから、彼の双眸ではクルスのみが標的として像を結んでいた。


 アイオーンの鋭い刺突にクルスはサイドステップで対応し、続く横薙ぎの一撃には屈むことで回避を成功させた。そこで気を緩めることなく反撃に出るのだが、剣に剣を合わせられた時点でやはり強烈な衝撃に襲われ、先般と同じようにその場から弾き飛ばされた。


 追撃を警戒して転がり起きたクルスに対し、アイオーンは剣を下段に置いたままで初めて問答を選択した。


「〈疫病神〉。これしきの腕前か。エックスが賞賛し、十天君の警戒していた男とは幻であったか」


「・・・・・・なに?エックスだと。お前はまだ、〈鉄の傭兵〉なのか?」


「我はもはや〈鉄の傭兵〉にあらず。だが〈鉄の傭兵〉の技と記憶は余すところなく受け継いでいる。〈鉄の傭兵〉は〈疫病神〉と呼ばれた貴様の実力の程を気に掛けていた。それ故、いざ闘ってみて興醒めした」


「・・・・・・勝手を言ってくれる。こっちは生身なものでね。肌の黒光りした化物と同列に語られても困る。力比べがしたかったなら、人間を止める前に予約を入れて貰わないとな」


 クルスはそう挑発しながら、陰で剣を握らぬ左手の指を動かし、魔法に細工を試みていた。


「お前を斬り殺した後、騎士どもも皆殺しにする。最後にカナル皇帝の首を捻れば、全ては仕舞いだ 」


 アイオーンの剣先が動き出したのを目にし、クルスの緊張は最高潮に高まった。左手の人差し指を動かさんとしたその時、耳元で精霊が「いま行く」との囁き声を発した。その声は彼にしか聞こえていなかった。


「〈鉄の傭兵〉!後ろががら空きだぞ!」


 アイオーンはクルスの言を無視してそのまま斬り込むつもりであったが、四柱と融合したが為に鋭敏となりし感覚が背後に迫る気配を感じ取った。振り向くと、馬を駆ったアムネリアが近付きつつあった。


 クルスはアイオーンの意識が己から逸れた瞬間を逃さなかった。土の精霊に干渉し、まずはアイオーンの両足を戒めた。アイオーンは一気に距離を詰めてきたクルスに迎撃の剣を見舞うが、円を描いた滑らかな動きで避けられると、封じられた足がもつれて体勢を崩した。


 クルスは好位置からアンスウェラを叩き込んだ。その一撃はアイオーンの身のこなしにより浅く入ったが、返す二撃目で悪魔の肌をも裂き、左腕を半ばから断ち切った。


 クルスの魔法力では長くアイオーンを制してはおけず、そこでいったん飛びすさって間合いを取った。馬を放ったアムネリアがその背につけ、二人は合流を果たした。


「アム、いい掩護射撃だった」


「であろう。あと少し遅かったら、そなたの躯と対面していたところだ。感謝せよ」


「感謝しきれん。だからアムが嫁に行き遅れたら、おれが貰ってやるとしよう」


「さらりと不吉な上に無関係なことを言うでない!」


 掛け合いをしながらも二人はアイオーンの動向を注視し、いつでも斬り合いを演じられる態勢を整えていた。アイオーンは信じられないといった面持ちで自身の落とされた左腕に目をやっていたが、程無くしてクルスらへと向き直った。そうして無言で足を運び、アムネリアへと斬り掛かった。


「アム!奴の剣は受けるな。直線状に位置すると、剣圧に打たれる!」


 クルスの忠告を受け、アムネリアは回避を念頭に置いてアイオーンを迎え撃った。正面からの斬撃を横から剣を合わせるようにして流し、巧妙な体重移動でアイオーンの左側面へと回り込んだ。


 アイオーンは構わずそちらを向いて追撃に出るが、アムネリアは無理をせずさらに左回りに動いて撃ち合いを避けた。そうしている内にクルスが突っ込んで来、アイオーンはそちらへと鋭い一閃を繰り出した。


 クルスは避け切れずにアンスウェラで防御をした為、衝撃波を浴びて倒された。だがその裏で、アムネリアが達人の技とも言うべき浴びせ斬りを撃ち込み、アイオーンの背をばっさりと薙いだ。


「女ァッ! 」


 アイオーンの感情的な怒声が響き渡り、勢いのまま大振りで放たれた剣撃は衝撃波の端だけがアムネリアを捉えた。それでも地面を転げて後退させられる程の威力はあり、砂まみれになったアムネリアは撃たれた左半身の痺れに耐えながら起き上がった。クルスもふらつきながら立っており、二人は挟み込む形でアイオーンとの対峙を続けた。


 クルスもアムネリアも、アイオーンこと四柱に手傷を負わせたことで余計な恐怖や気負いがなくなり、圧倒的なパワーや耐久力を誇る相手とは言え、闘いようはあるのだという自信を芽生えさせていた。


(・・・・・・ただし、あと二、三発貰ったら身がもたん。最悪、おれが捨て石になればアムが一撃を入れられる。それが奥の手になるか)


 そんなクルスの胸中を、アムネリアは表情や雰囲気から察していたが、口に出しては何も言わなかった。目の前の悪魔一匹によりカナル軍の左翼が壊滅させられたことは事実で、彼女もクルスもここが命を懸けるべき場面なのだと弁えていた。


 アイオーンはアムネリアを第一目標として定めたようで、またも剛剣で強襲した。捌きに出たアムネリアをクルスが擁護する形で二対一の戦力比に持ち込まれたが、アイオーンの大陸屈指な剣腕が二人の思惑を打ち砕いた。


 クルスのアンスウェラは内側から弾かれ、がら空きとなった胸甲をアイオーンの剣で貫かれた。クルスがやられたことで攻めに急いだアムネリアも、回避し損ねたアイオーンの剣を受けざるを得ず、衝撃波によって全身を打ちのめされた。


「・・・・・・クルス!しっかり・・・・・・せい」


 アムネリアは気力を振り絞って立ち上り、悠然と佇むアイオーンに向けて剣を構えて見せた。視線は胸甲を砕かれ倒れ伏したクルスにも割かれていて、アイオーンの剣技を考えれば贔屓目に見てもクルスの致命傷は覆らなかった。


 アムネリアは一流の武人であり、状況を冷静に捉える努力は怠らなかった。独りでアイオーンと対するに、ダメージで鈍った己の動きに全幅の信頼は置けず、僅かでも勝利の見出だせる先は相討ち覚悟の突攻のみと判断した。


(やるしかない・・・・・・か!)


 アムネリアが迷うことなく決意を固めた矢先に、伏していたクルスが突如起き上がってアイオーンの足へ斬り付けた。不意を打たれたアイオーンがバランスを崩し、クルスは連撃で腹部にも一太刀を入れることに成功した。


「クルスッ!そなた、無事なのだな?」


「火精霊の加護があってな。易々とは死んでやれんのさ」


 おどけて見せるクルスの胸元には、防具の破損こそあれ相応の出血が見当たらなかった。フィニスが自己判断で咄嗟に展開してアイオーンの剣先を止めた所以で、アムネリアは手品のたねを理解出来ずとも安堵に胸を撫で下ろした。


 アイオーンは禍々しい憎しみの込められた目でクルスを睨み付けると、赤黒い肉を一気に隆起させて背と足、そして腹の剣傷を埋めて見せた。その反則技はクルスの意気に消沈をもたらしたが、落ちた腕の生え代わらない様に一縷の望みが託されていた。


 アイオーンがまたも攻勢に出ようとしたところで、クルスの待ち人がようやく戦域への到着を果たした。


「待たせた。存外てこずった」


 そう言って、レベッカ・スワンチカは燃え盛る剣を手にしてクルスの隣に並んだ。アイザックもアムネリアの横に付け、二人は上位悪魔に苦しめられた痕跡を残しながらも参戦の意思を露にした。


「・・・・・・〈鉄の傭兵〉だな。そう言えば、昔からマルチナがあんたに憧れていた」


 アイザックは目を細めてかつての同輩を眺めやり、大剣を肩に担いで開戦に備えた。そこに新たな声音が加わった。


「四柱なんて大層な呼び名が聞いて呆れるね。どう見てもただの半人半魔じゃないか。これなら上位悪魔の方がいくらか威厳もあるってものだ。そうだな、イグニソス?」


「はい。御曹司」


 ボードレールとイグニソスの登場はクルスにとりこの上なく心強く思われた。剣士と高位のマジックマスターが集結したことで、この場の誰しもが死闘の決着が近いことを予感させられた。


 アイオーンは真なる力を解放したのか、背より十三枚の翼を屹立させ、手にした剣を巨大な鎌へと変容させた。臀部からは棘の鞭を連想させる尻尾も飛び出したことで、シュラク神より枝分かれした大悪魔の偉容を改めて示して見せた。


 紛いものではない巨悪を前にしても怯まず、クルスは仲間たちへと戦形の指示を飛ばした。間も無く、アイオーンが大鎌を振りかぶった。



***



 〈フォルトリウ〉の幹部連中がノエルの助太刀に入ったそこからが、対ネピドゥス戦の本番と言えた。上位悪魔をも退けたエストとリーバーマンによる魔法連携は見事で、ノエルの技と合わせてネピドゥスの縦横無尽の手数を押さえ込んだ。


 アイオーンの例に漏れずネピドゥスも全身を悪魔化させたが、翼の生えたことと皮膚が黒く硬質化した以外は容貌に特段の変化が見られなかった。それでも本気を出したネピドゥスの猛攻は語るに凶暴で、幻獣・神獣の類いから信じられない数の精霊までも召喚して見せた。


 三人のエルフも能力的にそう劣りはしなかったが、如何せん敵はネピドゥスだけでなかった。三角帽子の魔女は、あどけなさの残る美貌に無機質な笑顔を張り付けたまま、上位悪魔を呼び出しては都度ノエルらにけしかけてきた。そして、それへの対処にはカナル軍最強のマジックマスターであるアンフィスバエナが当たった。


 単独で上位悪魔を打倒しノエルの加勢に入ったアンフィスバエナとて生身である点は変わらず、魔女の手先として暴れる複数の上位悪魔を相手にしては、苦戦も必至であった。


 ノエルとリーバーマンがネピドゥス迎撃に専念し、エストは機を見てアンフィスバエナへの助けを出し始めた。今もやたらと好戦的な一本角の悪魔に雷撃をぶつけ、そこから連続して雷精を召喚し、ネピドゥスへ仕向けた。


(大陸エルフの長老が魔神の手先に成り果て、あろうことか我が故郷に秘匿されしアークダインの霊力を受け継ぐとはな。因果なことだ)


 エストは直接にネピドゥスと面識を持っているわけではなかった。しかし、エルフとダークエルフの違いこそあれ、共に忌むべき種族の祖・魔法王アークダインを産み出した魔神とシュラクへの憎悪から、新たにネピドゥスへの同情心が芽吹くことは避けようもなかった。


 カナル軍右翼のファーロイ騎士団が崩壊した今、多くの悪魔が自由になっている点には、ノエルをはじめとした一同に共通した危機感を抱かせていた。アンフィスバエナもエストも、隙あらば召喚魔法によってカナル軍に救援の戦力を送り込もうと画策したが、ネピドゥスと魔女の攻め手が細る気配はなかった。


 一向に好転しない戦況に業を煮やし、ノエルは賢者の石より引き出した魔法力で一つの奇手を打った。慣れぬ詠唱はぎこちなく、動作はエルフの細腕に似合わぬ豪快さを伴った。


「神聖結界を張るわ!ダークエルフはさっさと逃げなさい!」


 ノエルの両手が眩く光り、やわらかな聖光が周辺を包み込んだ。エストは大人しく場から離れており、ネピドゥスと魔女、それに魔女の召喚した上位悪魔がノエルらと共に結界内に留め置かれた。


(成る程。考えたものです。神官の駆使する結界はそもそも、クラナドの主神たちより加護を与えられた聖属性の防御障壁。それの守備範囲を拡げて中に悪魔をも取り込めば、当然弱体化もあり得るでしょう。・・・・・・ダークエルフのエストさんにのみ、聖属性というのは少々酷な話ですがね)


 アンフィスバエナはそう感心したが、彼はノエルが無理を押して巨大な神聖結界を構築しているのだと承知していた。そしてそれが故に、結界内に囚われた形の敵が次にどういう手段に出るものかも想像出来た。


 二匹の上位悪魔はノエルへと殺到し、結界にかかりきりの彼女を仕留めんとした。だが悪魔の動きには敏捷性が著しく欠けており、リーバーマンとアンフィスバエナの魔法で易々と撃退することが出来た。


 魔女は特に関心を示すでもなく、杖に跨がり低空に浮いたまま大人しくしていた。一方でネピドゥスは不快を前面に押し出したような表情でノエルを睨み付け、戦意をいっそう表出させた。


 ネピドゥスが腕を掲げると魔方陣が同時に五つ起ち上がり、アンフィスバエナの見たところ何れも凶悪な効果をもたらす禁術なり召喚魔法なりであった。


「させませんよ」


 アンフィスバエナはアンチ・マジックの術式を二つ同時に起動すると、杖を振り下ろしてネピドゥスへとぶつけた。同様にリーバーマンもアンチ・マジックを仕掛けたが、二人合わせても三つの魔方陣を消滅させることが限界であった。


 ネピドゥスの作り出した五つの魔方陣の内二つが効力を発揮し、結界内にも関わらず邪悪なる魂が召喚された。その外見はノエルのよく知る者達であった。


「・・・・・・ルガードに、ウェリントンですって?」


 ネピドゥスが〈ネクロマンシー〉の秘術を披露したことに感化されてか、魔女も静かに左手の薬指を動かして魔法力を解放させた。それはノエルの結界内では効果を失ったが、外においては意味を為した。


 神聖結界の外から戦局を見守っていたエストが、状況の変化に驚愕した。


「・・・・・・奴が、万魔殿・・・・・〈パンデモニウム〉であったのだな。道理で、次々に上位悪魔が湧いて出たわけだ」


 突如現れた百匹を下らぬ悪魔が結界を取り巻いた。エストはここが己の死に場所になろうと腹を決め、躊躇うことなく〈デュラハン〉の召喚動作に入った。




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