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クルス・クライストの四女神とカナル帝国記  作者: 椋鳥
第六章 霧と幻の輪舞曲
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  悠久の万魔殿-3

***



 ソフィア王都レイ・フェニックスを襲った災厄は、しばらく後にそれこそがアケナスを見舞う惨劇の主因であると理解された。奪われたのはただ一つのマジックアイテムであったが、これが神具にあたり、尚且つ破滅への引き金となっていた事実を知る者は限られていた。


 ソフィアの女王ウィルヘルミナは事情の殆どを理解していたし、必要以上の防備を構築してもいた。それにも関わらず、賊はそれ以上のことをやってのけた。


 アムネリア・ファラウェイとイシュタル・アヴェンシスがレイ・フェニックス入りを果たした時分には、既に市街から火の手が上がっていた。これを<白虎>による陽動と判断した二人は迷わずマジックアカデミーを目指した。


 王城でなくアカデミーを選んだ理由は、マジックアイテムを保管するにアカデミーの魔法技術や人員が優位に働くことを見越したからであった。しかし、結果としてそれは空振りに終わり、アムネリアは表情を険しくさせて王城へと転進した。


 王城もまた混迷を極めた状況で、ゼリー状の軟体をした魔法生物や骸骨戦士が好き放題に暴れていた。騎士やマジックマスターが個別バラバラに応戦を試みており、一先ず対抗戦力は足りているようで、アムネリアは本命を探した。


 大きな爆発音と振動が同時に発せられ、起点を上階と断定したアムネリアはイシュタルを促して階段を駆け上がった。


 王城二階の広間は元々吹き抜けの造りではなかった。それが、天井が破壊し尽くされて三階部分と直結し、上方に大きく開けた戦場と化していた。戦闘を繰り広げている三者がアムネリアの目に留まるも、情勢の厳しさは一目瞭然であった。


「女王陛下!お助け致す!」


 アムネリアは中距離から魔法の光弾を放った。標的は悪魔化して魔剣と破滅の黒翼を振るうウェリントンで、イシュタルはそれとは別の相手を狙った。


「貴様は……性懲りもなく!」


「……<雨弓>か!ウェリントン様、長くはもちませんぞ!」


 エドメンドは叫び、全力の魔法でもって天弓の迎撃に入った。この男がルガードからアンフィスバエナへと仕える先を乗り換え、此度また意趣を返したことなどイシュタルの知るところではなかった。


「ウェリントン!」


「クルス・クライストの情婦か。遅かったようだな」


 ウェリントンはアムネリアの射出した光弾を翼で防ぎつつ、魔剣ダーインスレイヴを豪快に一閃してウィルヘルミナを物理障壁ごと壁まで吹き飛ばした。見た目傷だらけのウィルヘルミナは動きが止まり、それを認めたアムネリアの瞳が燃え盛った。


 距離を詰めに掛かるアムネリアに対して、ウェリントンは長い射程の黒翼を差し向けた。それだけでなく炎や氷の弾丸を大量に精製して見せ、全てを弾幕としてアムネリアに放った。


 アムネリアは魔法抵抗を構築して弾幕に備えると、迫り来る翼の刺突を剣で防いで回った。一撃受ける度にその衝撃を転用して器用にステップを踏み、瞬く間に<白虎>との間合いを縮めた。


 炎と氷の魔法攻撃は全てに抵抗しきれたわけではなかったが、アムネリアの闘志を減じる程には効果を上げなかった。アムネリアは低い姿勢から一気に伸び上がり、真っ直ぐ斬撃を見舞った。黒光りのする悪魔の体表を斬りつけられたウェリントンは、一瞬呆けた後にいやらしい笑みを形作った。


「中々やる。だがな!」


 破滅の黒翼が触手のようにうねり、十数の尖端に分かれてアムネリアへと襲い掛かった。アムネリアは熟練の剣技で迎え撃つも、ウェリントンはその間にダーインスレイヴの剣先を倒れるウィルヘルミナへと向けた。


 敵の意図を察したアムネリアは顔色を変えた。そうして黒翼の攻撃を弾き返す程に剣圧を上げた。


「止せ!」


「かつて貴様とルガードがやろうとしたことだ。時を経て、この私が果たしてやるとしよう」


 ダーインスレイヴより衝撃波が迸り、それは動けぬウィルヘルミナを直撃した。壊れた人形のようにウィルヘルミナの全身が跳ねた。


「陛下ッ!」


「チャーチドベルンの借りは返した。あの時に私も一度死んだのだ。これで対等というもの」


 ウェリントンはそれだけを言い残すと、ダーインスレイヴの斬閃でアムネリアを下がらせてエドメンドの側へと移動した。イシュタルがウェリントンをもまとめて射撃の対象とするが、彼に闘いを続ける意思はなく、そのまま魔方陣を顕現させて姿を消した。


 ウェリントンとエドメンドが去り、破壊の後も悲壮な広間には物言わぬウィルヘルミナの遺体が残された。その近くへと寄ったアムネリアは、膝まずいて元主君の絶命を確認するなり、魂を安息の地へ送るようクーオウル神に祈りを捧げた。隣ではイシュタルが黙祷しており、こちらはディアネ信仰の流儀で葬送がなされた。


 十天君随一のマジックマスターが倒れたことによる衝撃は、ソフィアの国民ならぬ二人にとっても破格に大きかった。これから魔神へと対抗していくにウィルヘルミナの知性と実力は頼りにしていたし、何より地位の低下著しいベルゲルミル連合王国をまとめるに彼女ほど相応しい人物は見当たらなかった。


 アケナスは代替不能の人材を失ったのだと、アムネリアの胸中を悲嘆の嵐が荒れ狂った。


「あのマジックマスター……ルガードが従えていた部下の一人よね?」


「……名をエドメンドという。女王陛下によってマジックアカデミーを追放された外道。まさか、<白虎>に通じていたとは」


 イシュタルに応じたアムネリアは立ち上がり、無理矢理に頭を切り換えて事後策を講じ始めた。


「万魔鏡は奴らに奪われたと見る他あるまい。アルヴヘイムの襲撃と合わせて、これでは万魔殿への侵入を許したも同義だ。クルスに何と色目を使って弁解したものか」


「アムネリア。冗談を言っている場合ではないでしょう?」


「うむ。この国も多大に混乱するであろうが、私たちに何が出来るでもなし。そうなると、次に向かうとすれば<フォルトリウ>と対峙するクルスのところか、或いはミスティンであろうな。イシュタルの意見は?」


 二人はこの旅路において急速に信頼関係を醸成させており、気兼ねなしにファーストネームを呼び合う仲となっていた。イシュタルは少し考えてから、距離的に近いミスティンを選択した。


 今から東にとって返せば費やす時間が多く、その上クルスらとすれ違う公算も高かった。幸いミスティン王国の騎士団が全滅させられたとの報は耳にしておらず、直線距離も短いとなればそちらの援護に赴くが常道と考えられた。


「東の情勢も気にかかるが、ここは理性的に動くがよかろう。では早速ミスティンに向かう」


「道中、遠回りにはなりますが、アルケミアに寄り道をさせては貰えませんか?可能であれば、手勢を同行させたい」


「イオニウムの勢力と対するに、戦力が多いに越したことはない。願ったりと言うもの」


 アムネリアは頷いてイシュタルの要望を容れた。


(……陛下。今一度、胸襟を開いてお話をさせていただきとうございました。この先も己が過ちを忘れることはありませんが、後ろ向きに生きることだけは致しません。お目こぼしを賜りましたこの命、アケナスの未来の為に使わせていただきます。色々とお教えいただき……誠に有難うございました)



***



「皇帝陛下!ここは危のうございます!速やかに後方へお引きください!もはや……長くは支えきれません!」


 <人喰い(マンイーター)>の体当たりを紙一重のところでかわしつつ、セイクリッド・アーチャーは必死の声を上げた。なおも自ら剣を振るい、迫り来る悪魔の大群を払わんとするネメシスに対して、側仕えの神官・ベンが泣き落としとばかりに顔面を歪ませて懇願した。


「陛下!アーチャー卿の進言をお聞き入れください!ここで陛下に万一の事があれば、カナルはどうなりましょう?……クルス・クライストに、何と言い訳をするのです!」


 ベンは<山羊面(ゴート)>の胴体を大槌で打ち付け、ネメシスへの接近を阻止した。それでも<山羊面>から反撃の殴打を浴びて、構える小盾が真っ二つに割れた。


 突如カナル軍の前に立ちはだかった悪魔の数は膨大で、白騎士団のセイクリッドは推定千匹以上と試算していた。悪魔一匹へ対処するに正騎士三人をもって優勢というのが通説であることからも、カナル軍を取り巻く状況は絶望と呼んで差し支えないものであった。


 ミスティン軍の支援を目的にネメシスが自ら率いた軍勢は、イオニウムへの道半ばにして進行を妨げられた。奇しくも日は沈みかけており、いたずらに戦闘を長引かせれば敵に暗闇という加勢のあることも危機的状況に拍車をかけていた。


「陛下の退路を作る!第四小隊は壁を作れ!十四番と十五番とで前方を斬り破る!私に続け!」


 自身が裂傷や打撲でぼろぼろのセイクリッドが剣を掲げ、白騎士団の残騎に発破をかけた。同じくベンも、数の減らされた神官戦士をネメシスの周囲に張り付けて後退の護衛を託した。


 側近二人の奮闘により一時的に悪魔不在の空間が形成され、ネメシスは神官たちに拉致されるような形で前線から遠ざかった。


「待ちなさい!そなたらは上司であるベンを見捨てるというのですか?皆で残り、力を合わせて戦えば……」


「……陛下、何もおっしゃいますな。我等が安全なところまでお連れ申します!……もう来たのか!サルエル!ウプサラ!頼んだ!」


「応!」


「陛下に聖神の御加護があらんことを!」


 指名を受けた二人の神官は反転し、追跡の<黒犬(ドッグ)>の群に向けて馬を進めた。ネメシスは戻るよう絶叫するが、彼女の前後左右を神官らの騎馬が囲っているためどうすることも出来なかった。


 白騎士団と黄竜隊は総勢三百騎を揃えてあった。ミスティン軍と連係してイオニウムと当たるに立派な数字と言えたが、千を上回る悪魔を相手にしてはまさしく手の打ちようがなかった。


 雲霞の如き大量の悪魔に飲まれたアルテ・ミーメ率いる前軍はあっという間に潰滅したようで、後軍に控えたネメシスらが戦闘に入るまで時間的な余裕は殆どなかった。こうしてネメシスが最後尾から離脱しつつある以上、突き付けられた現実は過酷であった。


(……我が軍が、全滅させられつつある?まだ戦闘が始まって間もないというのに、そのようなことが……!)


 何かを予感したネメシスが首だけで振り返ると、彼方、悪魔と激戦が繰り広げられているあたりで、巨大な火柱の立ち上る様子が窺えた。それは極大魔法の所業に違いなく、ネメシスの目には数多の悪魔を道連れにする炎の霊柩と映った。


「……フィニス?」


 ネメシスは絶大なる信頼を寄せる腹心の名を呼ばわった。フィニスはアイザックやマルチナらと共に中軍に身を置いていた筈で、悪魔と開戦して直ぐ敵の群に埋もれてしまい、動向を把握出来なくなっていた。


 数の暴力は途方もない勢いでカナル軍を食らい尽くした。それをスペクトル城から超常の力で見物していた主犯は、特段勝ち誇るでもなく玉座の傍らに控えるエルフに向けて語りかけた。


「<白虎>がこちらの想定通りに動いてくれました。あの者は万魔殿のディアボロスの力を取り込むつもりでいたのです。ですが、それこそ不可能というもの。あれに素体はないのですから」


「……どういうことだ?」


「万魔殿それ自体がディアボロスなのですよ。言わば悪魔を供給し続ける無限機関。ディスペンストらはあれを現世と違う時の流れに放り込みました。丁寧なことに、妖精王の血の封印まで施して。それら二重の封印は、ウェリントンが聖タイタニアの肉体の一部と万魔鏡を持ち寄ることで見事解かれたようですが」


 ぞんざいな態度で臨むエルフを咎めもせず、魔神はラーマ・フライマの人となりそのままで答えを告げた。


「では、万魔殿にはディアネ神の干渉が及んでいなかったというのか?」


「いいえ。万魔殿の力は本来、その名の通りに幾万もの規模の悪魔を同時に放つというもの。今こちらに引き寄せたあれにそこまでの奇蹟は起こせません。それどころか、私の召喚に応じ転移してきただけで、悪魔を供給する為のエネルギーを殆どを失っている始末。ディアネが影響力を行使している限りは、ここの防衛程度にしか活用できないでしょう」


「ふむ……<白虎>が万魔殿の封印を解いた以上、ミスティンのエレノア・ヴァンシュテルンに拘る必要はもうないのだな?妖精族の血を求める理由そのものがなくなったのだから」


 エルフのその確認に対し、ラーマは真っ向から否定することで新たな目的を聞かせた。


「いいえ。<北将>の持つ神剣クラウ・ソラスと、<白虎>所有の賢者の石。この二つのマジックアイテムは回収します。魔法力の供給装置として名高いあれらを野放しにしておくことは好ましくありません」


「サイ・アデル騎士団が離脱し、獣人軍は半減。傭兵に至ってはあの男一人を残すのみ。これでどうやってミスティンを攻めるというのだ?私とシアジスのエルフだけでは、<白虎>の横槍とてさばくに一苦労ぞ」


「<白虎>はもうミスティンに用などないでしょう。あの者は己が力の強化欲求に憑かれているだけ。一度黒の森を狙い空振りに終っている結果を踏まえれば、次は凍結湖に竜王を訪ねるものと推測できます」


 一筋縄ではいかぬ<白虎>の行動すらいともあっさり類推する魔神に対し、大陸エルフを束ねるネピドゥスはその洞察力と情報収集能力に感服した。シアジスの激戦に敗れた彼とその場のエルフの生存者は、挙って魔神の旗下に取り込まれていた。


 かつてモンデがそうであったように、ネピドゥスの思考は依然明瞭であり、それでも魔神と敵対する意思だけがすっぽりと消え失せていた。


「クラウ・ソラス奪還は巨人族と獣人族、それに竜を動かします。<フォルトリウ>の強硬派へも働きかけを致しましょう。分裂状態のオズメイなど良い駒です。ラーマ・フライマとして、私が使者に立ちます」


 ネピドゥスは不快を感じるでもなく魔神の宣言に一礼し、同意を示した。巨人と獣人にこれ以上の犠牲を出させることは種族滅亡と隣り合わせになると了解していたが、それに同情を寄せこそすれ、魔神に抗議するような情熱は如何程も沸かなかった。



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