3話「虹色の松明亭」
『第8城塞都市リムリオ』
ここはエリディア王国でも中規模な街であり、人口は20万人ほど。
ミーネ大森林とデボアの内海の丁度中間に位置する都市だ。
人の手に負えない魔獣が多いこの世界では制圧した土地をまず城壁で囲み町を作る。
そうして作った城塞都市を足掛かりに次の土地を開拓していき、魔獣を駆除して城壁を築きまた新しい街を作っていく。
最初に作られた王都リディアを中心に、エリディア王国には12の城塞都市がある。
また城塞都市を中心に比較的安全な場所に作られた村落もいくつかあり、リムリオ周辺にも4つほど村がつくられていた。
そのリムリオの東側の城壁沿いに一軒の酒場がある。
「虹色の松明亭」
酒場と言っても料金を払えば宿泊もでき、またこの店は経営者夫婦が出す料理が美味いと評判の店でもある。
「シェルはまだ戻らない?」
早朝、店に入ってきた金髪の冒険者 ロレイン・ブルームフィールド が開口一番女将に尋ねた。
「もう1週間になるけどまだ帰ってきてないねぇ。」
開店準備をしていた店主の妻 サンディ・トーチス はそう答える。
「どうせまた面倒事に巻き込まれてるんだろうよ・・・。」
奥から現れた大男の店主、レイン・トーチスがぼそっと言った。
「はあぁ・・・やっぱそうなのかなあ・・・」
ロレインはため息をつきながら面倒臭いように肩を落とした。
「うん、わかった。シェルが帰ってきたらギルドに顔出すように伝えてくれる?」
「はいな。あ、ロレインちゃんせっかくだからこれも持って行って~。」
「なぁに?・・・わあ!ミーフパイだ!」
ミーフパイはエリディア王国でも一般的な家畜 ミーフ の肉を具に入れたパイだ。
ミーフの挽肉をトマソのソースで味付けして、森で獲れたキノコと一緒にパイで包んで焼いてある。
「夕べ作ったんだけど余っちゃってねぇ。旦那と食べようにも量が多すぎたから~。」
「ありがとう!お昼にみんなと一緒にたべるねっ!」
「あまり日持ちしないからできるだけ早めに食べてね~。」
ロレインはミーフパイが入った包みを受け取ると手を振りながら店から出て行った。
それから数分後・・・
ドサッ
店の入り口からの音に気付いたサンディが厨房から店内にでてくると、
「つ・・・疲れた・・・・」
「シェル?!」
銀髪に黒ずくめの格好をした隻腕の男が入口に倒れていた。
その傍らにはぽっちゃりした少女も倒れている。
「どうしたのさ!シェル!」
「・・・どうした。」
サンディが男に駆け寄ると、仕込みをしていたレインも騒ぎに気付いて奥からでてきた。
「とりあえず水くれ・・・。あとこの娘をベッドへ寝かせておいてくれないか。」
「わかった。あなた、この娘をシェルの部屋へ運んであげて。」
「あいよ。」
レインが娘を二階へ運んで行ったのを見ながら、シェルはとりあえず椅子に座った。
サンディが持ってきた水差しとカップを受け取り、水を注いで一気に飲み干す。
「ぶはぁ・・・生き返る・・・。」
「何言ってんの~。殺しても死なない癖に~。」
「それはそれだ。」
もう一杯水を注ぎあおる様に飲んだ後、シェルは店のメニュー表を見始めた。
「腹減ったからなんか食うかな。」
「別にいいけど、まだ仕込み途中だから軽いものしか作れないよ~?」
「ぐぬ・・・しょうがない。なんでもいいから作ってくれ。あ、ガリコはなしでな。」
「はいはい。」
シェルが唯一苦手なガリコという香辛料。エリディア王国では比較的多くの料理に使われるため、注文をするときは予め言っておくのだ。とは言え、虹色の松明亭では勝手知ったるなんとやらなので言わなくても大丈夫なのだが。
まあ癖のようなものである。
「あーそうそう~。ロレインちゃんがさっき来て、ギルドに顔出してって言ってたわよ~。」
「あ~・・・とりあえず今すぐはダメだ。夜通し移動してたから疲れたんだ。メシ食ってからにする。」
「も~しょうがないなあ。じゃあ食べたら行ってきなさいよ~。」
「へいへい。」
サンディは二階から降りてきたレインに声をかけ厨房へ入る。
しばらくすると何かを焼いている音と香ばしい匂いが漂ってきた。
水を飲みながら待つこと数分。サンディが出来上がった料理を持ってきた。
「はい~、ミーフのシャンゴ焼きよ~。あとレティアのサラダとワクメのスープ。ライスはまだ炊いてないからパンね。」
「十分だ。」
シェルはさっそく箸を取り出し、料理も並び終わらないうちに食べ始めた。甘辛いタレとすりおろしたシャンゴを絡めたミーフの焼肉は空腹に溜まらない匂いを漂わせている。
なにせこの一週間、シェルはまともな食事を取っていなかった。
本来3~4日で終わるはずだった森の調査が悪天候によりなかなか進まず足止めも食らい、挙句に夕べのガルムとの戦闘である。天候回復後で月が出ていたことだけが幸いだったが、それも良い方に転んだとは思えなかった。
「ところで、あの娘はだれ?また厄介事~?」
料理を運び終わったサンディが聞いてきた。
「厄介事なのは間違いないな・・・なんせ素性もわからない上にずっと気を失ったままだからな。」
答えながらパンにかじりつくシェル。
実際、森での遭遇のあと街に連れてくるのもどうかと思ったのだが、着ている服も見たことはないが上等な上に体格や雰囲気など貴族かそれに近しい者ではないかと推測し、大丈夫と判断して宿契約をしているここに連れてきたのだ。そのまま見捨てて放置するのも寝覚めが悪いと思ったのもある。
ただ、昨夜のあの地点から街までそれなりに距離があった上にシェルは左腕しか使えない。
加えてその前までの悪天候で地面もぬかるんでおり、少女もその通りの重さだったため冒険者として体力にもそれなりに自信のあるシェルでもかなりの重労働だったのである。
「ふ~食った。勘定頼む~。」
「はいな~。全部で25センね~。」
懐の袋から銀貨と銅貨を取り出しサンディに渡す。
「まいど~。・・・ちょっと1イエン多いわよ。」
「その金であの娘が起きたらメシなりなんなり食わせてやってくれ。俺はとりあえずギルド行ってくるよ。」
「わかったわ~。疲れてるんだろうから早く帰ってきなさいよ~。」
「へーい。」
シェルは満腹の腹をさすりながら虹色の松明亭を出てギルドへと向かって行った。
シェルはまだ知らない。
連れてきた娘と長い旅が始まることを。
そしてシェル自身の運命との戦いが始まろうとしていたことを。
次回から本編が始まります。
なるべく早い段階で出せたらな~と思っていたり悩んでいたり・・・
よろしくお願いします~orz