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チートな魔術師は夜を眠らない

作者: 雨音ナギ

 

 成都二千五百年。

 世の中に魔術という新しい技術がとある人物によって生み出され、人々の生活に役立ち始めた。

 昔のように特定の道具で火種を起こすこと無く、正確に呪文を唱えれば、小さな弾として炎の塊が生み出される。

 部屋の明かりは以前のような油のランプではなく、淡いオレンジ色の光を灯した魔力光で部屋の一面を映し出す。

 つい、数百年前まで不便に思っていた出来事はほぼ魔術によって解消できるそんな時代に一人の男が人気の少ない山道を歩いていた。

 撫で付けるように流れる濃い紫色の髪は艶やかに手入れされ、その奥に潜む蒼い瞳は空を彷彿させる。

 だが、その周りに漂う殺気は強く、通常の一般人であれば、見た瞬間、恐れ慄いてしまうだろう。

 しかし、彼は一般人を相手にこの薄暗い道を歩いている訳ではない。ある者と対峙するためにこの場所までやってきたのだ。

 持っている懐中時計が午前零時を指し示した時。彼の周りに凄まじい魔力が動き始める。


(来たか――!)


 直ぐに彼は細剣を携え、上空へと視線を向ける。

 まるで天変地異の様な荒れくる風を靡かせながら、そのモノは現れる。

 彼以上に鋭い目付きを持ったそれは、一般の魔術師であれば、巨大な魔力と体の大きさに戦意を喪失させられるだろう。

 大きな魔力を生み出しながら現れたダークヴァンパイアは今日も、とある物を求めてこの地へと舞い降りたのだ。


(連れて行かせるわけには行かねえよ!)


 実はこの山道の少し先に住宅街がある。

 此処最近、原因不明の突然死が起こり、未知の病気が蔓延っているのではないかと疑惑の念を向けられていたのだ。

 日々、死亡する人数が増えていく事態を重く見たこの街の行政の長は一人の魔術師に依頼を行った。

 各国を巡る自由魔術師(フリー・マジシャン)、テオドール・アルベルトは、とある理由から、その仕事を請け負うこととなった。

 報酬は金貨二百枚。金貨十枚が大体の魔術師の一ヶ月の給料であるため、報酬としては破格の待遇である。

 だが、それだけ危険が伴う仕事でもあり、現れてから実際、何人もの魔術師がダークヴァンパイアに挑んだのだが、芳しい結果にはならなかったのだ。

 そこで腕の立つ魔術師として評判の高いテオドールに白羽の矢が立ったのだ。

 彼は大きく走り始めて剣を振って身を翻すと一つの魔術を口にする。


白華(しろか)なる英雄よ、我に加護を与えよ――白華銃火(グラン・マドーレ)!」


 彼の背後から白く光る矢が複数に現れ、ダークヴァンパイアに向かって降り注ぐ。

 まるで華が咲き誇るような幻影を生み出しながら現れた矢だったが、敵はマントを翻して自らの魔力を盾にそれを撃ち落とす。


「成る程。通りで普通の魔術師じゃ対処出来なかったわけだ」


 今、彼が放った魔術は決して柔な物ではない。

 上級ランクに属する、魔物向けの浄化魔術だったのだ。

 まともに浴びれば中級魔物でさえ消滅し、それを防ごうとする上級魔物もある程度の痛手を受けるが、目の前にいる敵はそれが全く通用していなかった。

 魔物退治を生業(なりわい)とする聖職者なら、この現実に動揺を隠せずにはいられないだろう。

 しかし、彼は動じること無く、体勢を整えていつもの武器の構えを行うだけだ。


「普通に考えて、他の奴じゃ無理だから俺に仕事が回ってきたんだろうしな」


 まるで最初から何かを分かっていた様に彼は言う。


(まー、市内中心部から距離あるし、時間も時間だからこれ(・・)使っても大丈夫かな)


 周りを見渡し、納得した表情を浮かべると直ぐにテオドールは次の手段を講じた。

 彼は自らの剣に魔力を込め、一気に解き放つ。

 彼が大きな雄叫びを上げた瞬間、剣は赤く染まり、彼の魔力に同調するかのように力を開放させる。

 赤い剣は彼と敵をまるで閉じ込めるかのように赤い光を映し出し、一つの空間が出来上がる。

 そして、彼の風貌は剣の力によって、変化が起こり始めた。

 美しく撫で付けられた紫色の髪は赤く染まり、蒼い双眼は真っ赤に燃え上がるような真紅の瞳へと変化する。

 人間の姿を維持しながらも、通常の者には存在しない両腕にまとわりつく鱗を撫でながら彼は大きく息を吐いた。


龍神(ドラギニア)の力、見せてやろう」


 剣を構え、彼は不敵に笑う。

 空間内に広がる巨大な力に流石の敵も動揺を隠し切れないようだ。


(まあ、普通は人間界に龍神の力を使える奴がいるとは思わないからな)


 彼は力を開放し、龍人としての姿をしているが、れっきとした人間である。

 魔術師の両親の間に生まれた彼は魔術の教えを受けながら育ってきたが、十八歳の時のある日の出来事をきっかけに赤龍の加護を受ける事となったのだ。

 契約した剣は彼の意思に応えるかのように力を放出させる。


「頼む、あいつを倒すのに力を貸してくれ」


 小言を言うかのように彼は呟くと剣は鮮やかな赤い光を映しだすと強い魔力を彼の周りに纏わせる。

 テオドールは一気にヴァンパイアの方へと踏み込むと素早く一線を画した。

 常人の力では追いつかないスピードで迫り来る彼にヴァンパイアは直ぐに回避を行うと黒い羽を槍の様に飛ばしてくる。

 龍人化したテオドールの姿を見てもヴァンパイアは自分の力に自信を持っているらしいが――。


「これはどうかな?」


 ヴァンパイアの息を飲む音が聞こえる。

 それもそうだろう。彼はヴァンパイアの方へ走り抜けたと思えば、絶妙なタイミングで方向転換し、一気に詰め寄ったのだ。

 彼の刃がヴァンパイアの体に当たる。致命傷は与えられなかったようだが、それでもヴァンパイアの動きは鈍くなった。

 敵は彼の行為に凄まじい怒りを見せて、大きな雄叫びを上げる。

 その音量は想像以上に大きく、彼は思わず耳を塞がずにはいられない。


(聞こえすぎるが故にこういうのは駄目なんだよな)


 感覚は全て人間の時に比べて、飛躍的に上昇している。

 少しの大きな音でも不快に感じるのだ。

 それでも顔を顰めるぐらいで済むのは結界内部による緩和魔術の展開のおかげだろう。


「さて、そろそろ終わりにしようじゃないか!」


 彼は剣を持ったまま笑う。

 その表情は黒く、場面が場面でなければ、悪役として見られてもおかしくはないだろう。

 だが、その顔を見せないことにはヴァンパイアに精神的な動揺を多くは与えられない。

 意外と自尊心を傷つけれた敵に向けて黒い表情を見せて詰め寄るのは、追い詰めるのに効果的なのである。

 一部、その例外もいたりするが、ヴァンパイアぐらいならば、その精神力を揺さぶるのは難しくはない。


龍尾(ドラゴテール)!」


 彼はそう叫んだ途端に持っていた赤い剣から複数の蔓が放たれる。

 まるで龍の尻尾の様動き回るその蔓は彼の意思に沿いながら、ヴァンパイアの体を巻きつけた。


「キィキャアアアアア!」


 その灼熱の炎の熱さにヴァンパイアは金切り声を上げながら苦しむ。

 そして、蔓が彼の体を完全に縛り付けた時。

 ヴァンパイアは一瞬の内に消え去り、彼の目の前で塵と化していく。

 呆気無い敵の姿を彼はじっと眺めながら、思考する。


(これでこの世界の半分の均衡は保たれたか)


 テオドールは今までの想いを馳せながら、この剣と出会った事を思い出す。

 この赤い剣、もとい赤龍(せきりゅう)の剣と契約したのは十八歳の出来事であった。

 新たな回復薬を作り出すため、薬草集めに出かけた彼はとある地域の洞窟の奥まで潜り込んだ。

 目当ての薬草を見つけた時、まるでひっそりと佇むかのように一本の錆びた剣が洞窟の奥深くで落ちていた。

 彼はそれを興味本位で触った時だった。突然、自分の体が謎の赤い光に包まれ、動けなくなったのだ。

 まるで抑えつけられているかのように倒れ込む彼の耳元で一つの声が聞こえてきた。


『我に相応しい器、見つけたり』


 体が熱いと思った時には既に倒れ込んで次に意識を取り戻した時には、彼の体に変化が起きていたのだ。

 母親譲りの黒髪と翡翠の瞳は真っ赤に染まり、手には龍のような鱗がまとわり付き、右手には真紅の剣が握られていたのだ。

 人間の手とは違うそれに彼は動揺を隠せずにはいられなかったが、剣は満足そうに彼に呟いたのだ。


『純粋な気持ちを持つ、選ばれし者よ。そなたに力を貸す代わりにある願いを持ちかけよう』


 契約という言葉に恐怖感を感じるテオドールの姿に赤い剣はその動揺を払拭するかのように優しい声音で話し始めたのだ。


『契約と言っても野蛮な魔族のように意識を全て同化させたりするものではない。世界の均衡を守ってほしいのだ』


 赤い剣の願いはただ一つ。各地に広がる世界で暴れる魔物たちを駆除して欲しいという願いだった。

 この時、彼は世界という物は自分自身が住んでいる世界の事だけを意味しているのかと思っていたのだが、違っていた。


『二百ある世界での均衡を守って欲しい』


 話を聞く限り、彼がいる世界は二百ある世界のほんの一つであり、後、百九十九の世界が存在しているとの話であった。

 当然、彼はそれは不可能だと言った。例え、世界を巡る力を身に付けたとしても、彼の人間としての生命がそこまで持つ訳がない。

 その事も織り込み済みだったのか、赤龍の剣は彼に自身が持つ特殊な力を分け与えたのだ。

 すなわち、不老不死である。彼は二百年ほどの間、十八歳の時の姿を保っているが未だに衰える事無く過ごし続けているのだ。

 そして、この時点で彼に拒否権は無いことが分かったのだ。赤龍の剣は彼の生命力と繋がっている。

 もし、故意に壊そうとすれば、彼に与えた力の中にある魔術が作動し、彼自身も痛み苦しむことになるのだ。


(これで十五世界目……か。二百までは程遠いな)


 完全なる魔物や魔族の絶滅を行ったのは十五世界目である。

 世界という物は何処でも広く、一年やそこらで均衡を保てる物ではないのだ。

 一世界に三十年以上掛かる時もあった。二百年で十五世界は少ないのかもしれない。

 だが、赤龍の剣との契約を破る訳にはいかない。


(色んな世界を見てきたけど、やっぱりどの世界の夜空は変わらないんだな)


 技術や文明、はてまた未知の力まで多くの物を目にして来たが、昼間の太陽と夜の空はどれも一緒だ。

 彼は空を少しだけ眺めた後、周りにあった結界と龍人化の力を解くと大きく息を吐く。


「さて、あの人に報告するのは明日にして、今度はあの国の方へと向かうとするか」


 明日に会う行政の長の顔を思い浮かべながら、テオドールは真っ暗闇の道を歩き始める。

 先ほどまで彼が戦っていた場所は何事もなかったかのように、夜の風景と共にいつもと変わらない日常を映し出していたのだった――。

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