ホワイトデーかと思ったかっ!
ホワイトデー。
今日はホワイトデーである。
2月14日、つまり、バレンタインデーにチョコを貰った男性が、お返しとしてプレゼントをする日。とても大事な日である。
だが、バレンタインのお返しがあるならば、2月の行事では、もう一つお返ししなければいけない日があるはずだ。
「うらぁ!この間はよくもやってくれたなぁ!ハッハッハッ!!」
もうお分かりだろう。
そう、節分だ。
うちの村では、節分で鬼役をした住人は、ホワイトデーにお返しをしていいというしきたりがある。いつできたかは知らないが、昔からの伝統文化のようだ。
実は、俺も今年は鬼役をやっていた。なので、好きなだけ村人を襲えるのだが。
自分以外の皆は、装備が凄すぎるのだ。
ある者は、モデルガンを豆まき用に改造している。
またある者は、そこらかしこに罠を仕掛けていた。
目はギラギラとしており、殺意がだだ漏れだった。怖すぎて俺も近づけない。
ではおとなしく村人と合流すればいいのではないか?
無理なのだ。行こうとしても……。
「こらっ!こっち来るんじゃないよ!いつ襲われるか分かったもんじゃない!しっしっ!」
誰も受け入れようとしない。いつもは優しい人たちだが、この日ばかりは別人のような態度で接してくるのだ。全く。いつもの雰囲気はどこへ行ったのやら。
「それー。それそれー。豆当てるぞー。いいのかー。」
もう一人になってしまったので、適当に豆を投げる。だが、一つも地面に落ちない。よく見ると、近所の子供達がものすごい速さで豆を貪っていた。
「あれ?なんでやめちゃうの?」
「お前らが全部食べちゃうから!食ったら意味ないだろうが!」
仕方が無いので、村の中心部へ向かったが、もはや豆まきではなく、ただの戦場と化していた。
なぜか村人が抵抗している。俺たちは好きなだけ投げられていたというのに。
「大丈夫か!しっかりしろ!」
「お、俺、帰ったら結婚……するん……だ……」
「おい!おい!ダメだ!戻ってこいぃぃぃぃ!!」
壁の裏、家の中、様々な場所で戦場ドラマが繰り広げられている。撮影でもしているのだろうか。
「危ないなー。もう。」
豆が飛び交う道を歩いくと、耳元でピュンピュン音がする。
怖い。本当に怖い。
本来、豆まきは、手で投げるだけの可愛げのある行事だったはずだよな……と、自分の記憶を疑い始めるほど、節分とはかけ離れていた。
弾豆、もとい弾丸の嵐を抜けると、ただっ広い野原へ出た。
流石に今日は村へは戻れない。街は戦場になってるし、豆まけば子供達の腹の肥やしになっちゃうし。
ここは、景色も良く、静かで落ち着ける秘密の場所だった。だが、先客がいたようだ。黒い長髪から、即座に女性だと気づいた。
「いやー、先に取られちゃったか。残念残念。」
声を掛けると、ウサギのように飛び上がり、ものすごい勢いで俺から遠ざかっていった。
「あ!ごめんごめん!大丈夫だって!怪しい人じゃないから!」
何度も何度も同じ動作を繰り返し、どうにか彼女を説得させることができた。
原っぱに腰掛ける。
「君は、豆まき行かないのかい?」
質問すると、彼女は頭を大きく縦に振った。
「そうか。行かないか。」
あえて理由は聞かなかった。
なぜかって?頭から小さな突起が二つ、髪をかき分け出ていたからだ。
昔からこの辺には人と違ったモノが住んでいると言い伝えられてきた。
まだ彼女は幼いが、間違いないだろう。
「お返しはしないのかい?本来ならば真っ先にすると思ったけど……」
彼女はまた首を横に振った。
「やり返すのは嫌いだから……」
今まで口を閉ざしていた彼女が喋ったので、少しばかり驚く。
「そうか……君もか……」
おっと。俺としたことが飛んだ失言をしてしまった。
彼女も、顔を上げ、こちらを見つめて固まっている。
そしてしばらくして、ふっと微笑んだ。
「ありがとう。鬼さん。」
「こちらこそ。鬼さん。」
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……彼女に出会ったのは、あれが最初で最後だった。
以来、一度も見かけることはない。無論、俺も何事もなく生きている。他の人にバレたら困るからな。
俺たちも、人と同じように成長している。もう十年。俺もいい年したオッサンだ。
対して彼女は二十代。今頃人生を楽しんでいることだろう。
「豆まき……ねぇ……」
言い忘れたが、今日は節分。豆まきの被害者が出る忌まわしき日である。
と、向こうから小さな子供が二人、追いかけっこをしながら走ってきた。
「きゃー!きゃー!」
「まてーっ!鬼はそとー!」
二人ともそっくり。双子だった。
しばらくすると、二人の両親らしき人とすれ違った。
長い黒髪にニット帽。
……あれ?もしかして……。
「いや、まさか……な。」
自分に言い聞かせる。
もしそうだったとしても、それはそれで、幸せに暮らせているようでよかった。
「さーて、帰りますか。」
俺は、小走りに家へと歩き始めた。