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前編

グロ注意です

狼を数倍にしたような大きな魔獣。

見事な毛並みを撫でた風が私の鼻も擽る。

それは酷く血生臭かった。



魔獣は喜びの咆哮をあげる。

そして、既に下半身が無い父の残りに口をつけ始めた。

母と姉はとっくの昔に魔獣の腹の中だ。


泣き叫ぶ彼女達のハラワタを生きたまま引き摺り出し、その凶悪な牙で突き刺しべちゃべちゃと美味しそうに咀嚼。

それが終わると今度は頭にかぶり付き頭蓋骨が砕けるまでガウガウと振り回した。

そうして飛び出した脳ミソも尻尾を振りながらペロリと食べてしまった。


私はそれを見ながら必死に呟いていた。

「どうか私だけを食べて下さい」と。



願いも虚しく母と姉と父、全て魔獣の腹に入った。

余程腹が減っていたのか、骨までバリバリと噛み砕き、地面に飛び散った血さえも綺麗に舐めとられる。

魔獣が血で汚れた己の口許や前足、首回りを毛繕いしてしまうと、そこに私の家族が存在していた証しは全て失われた。



しかし魔獣は何故私を食べる前に毛繕いをしているのだろうか?

恐怖と絶望で麻痺してきた思考でぼんやりとそんなことを考えていると、毛繕いを終えた魔獣がのそりとこちらを向いた。

私は馬鹿みたいに、もう必要のない言葉を繰り返す。


「どうか私だけを食べて下さい」

「喰わぬ。そなたは我が巣穴に持ち帰るとしよう」


魔獣はそう答えると、私の腰辺りをふわりと咥えて走り始めた。

あまりのスピードと恐ろしさに私は意識を失った。






次に目が覚めると、私は魔獣のふわふわの腹毛にくるまれた状態だった。

感じたことのない心地よさにもう一度夢の中へと旅立とうとしたが、それが魔獣の懐の中だと認識した瞬間一気に眠気は吹っ飛んだ。


「起きたのか?」

「っ………は、はい」


なるべく目覚めを気付かれないようにしなければと咄嗟の判断で思ったのに、緊張のあまり身体を強張らせ過ぎてすぐに気付かれてしまった。


「名はなんと申す」

「……ティア、です」


私は一体これからどうなるのだろうか。

連れて来られたのは恐らく腹が一杯だったせいだろう。

どうせなら家族と一緒に死んでしまいたかった。

悔しくて涙が溢れ出る。


「疲れが溜まっておろう。まだ眠っておれ」


魔獣は何故か宥めるような優しい声で囁く。


「よい夢を、ティア」


家族を殺した仇と、いつ殺されるか分からない敵と、眠れる筈がない。

なのに私の身体は一体どうしてしまったのだろう。

魔獣のもふっとした尾で背中を優しくぽふぽふされれば、目蓋が勝手に閉じてしまうではないか。


まさに今、命の危機にあるというのに安心を感じてしまっている。

私の危機察知能力は馬鹿になってしまったらしい。

きっとすぐに食い殺されるに決まってるのに安心しちゃ駄目でしょ。


嗚呼、でも、気持ちいい。

ポカポカのお日様の匂いだ。

こんなに心地好い眠りなんて知らない。

このまま死んでしまえるのならそれが一番幸せなのかもしれない。






予想に反して、私はグッスリ眠って爽快に目覚めてしまった。

こんなに眠れたのは久々で身体も軽い。


「おはようティア。腹は減っておらぬか?」


魔獣が穏やかな声で問う。

返事は私の腹が間抜けな音を出して答えた。


「ククッ、そうか。では少し待っていろ」


魔獣は鼻を私の頬に擦り寄せると、そのまま去ってしまった。

しばらくポツンと独りで微睡み、ハッと脳が覚醒する。

逃げなきゃ!


どうやら此処は魔獣の巣穴らしく薄暗いい。

取りあえず光を目指してふらふらと這うように移動する。

そこで見た光景に、私は軽く目眩を起こした。


「た、高い……」


一体どうやって掘ったとか、巣穴は数メートルの高さの絶壁にあったのだ。

でも手の届く位置に木が生えている。

あれに飛び移れば下りられないことはなさそうだ。


そぅっとそぅっと。

しかし魔獣が帰る前になるべく速く。

どうにか木に移り下の枝へと足を下ろす。


少し踏んで安全を確認してから体重をかけると、そこで枝が折れてしまった。

あっ! と思った時には既に落下中。

もう駄目だと思い目を固く瞑り衝撃を覚悟したのだが―――尻に感じたのはもふっとした柔らかい感触だった。


「少し待っていろと言っただろ? 危ないではないか」


魔獣の腹を下敷きにして尻餅をつく私の腰に尻尾をするりと巻き付かせる。


「一緒に行きたかったのならばそう言ってくれ。こちらの寿命が縮んでしまう」


誰が一緒に行きたいものか。

しかし逃げ出したなんて言えるわけもなく、呆れ混じりの説教を粛々と拝聴する。


「巣穴に戻るぞ」


項垂れる私に小さく溜め息を吐いた魔獣は尻尾に私を巻き付けたまま跳ぶ。

あっと思う間もなく一っ跳びで巣穴に戻ってきてしまった。

そして私を置くと再び巣穴を飛び出し、口に何かを咥えてすぐに帰ってきた。


「プェルの実だ。口に合えばいいのだが」


地面に置きそれを鼻で私の元へ転がしながら、生真面目にそんなことを言う魔物。

これは、私にくれると言うことなのだろうか?


滋養強壮に優れたプェルの実は村では高級品で、私は一度も食べたことがなかった。

魔物を窺いつつも、空腹の欲望に抗えずに実に歯を立てる。


柔らかく甘い汁が口いっぱいに広がる。

こんなに美味しいものは人生初で、思わず脳内に花が咲き乱れてしまった。


「気に入ったようだな。まだまだある、沢山食え」


鼻でコロコロ転がされるプェルの実数個を慌てて回収する。

高いのに、なんて雑な扱いをするんだ。


魔物は楽しげに目を細め、お座りをして尻尾を激しくバサバサと揺らしていた。

さっきからずっと思っていたけど、この魔物………激しく犬っぽい。

ただのデカイ犬でないことは家族の死をもって思い知らされている筈なのに、やっぱり犬に見えてしまう。


私がプェルの実を齧れば齧るほど尻尾の振りが大きくなる。

なんでちょっぴり可愛く見えてしまってるんだ自分よ。


私はきっと魔物にとって晩のおかずなのに。

高い栄養価を採取したところで私の薄い身体に今すぐ肉が付く訳もない。

最期の施しのつもりだろうか。


でもそれって、凄く凄く残酷なことなんだよ。







その晩、魔物に食べられることはなかった。

それどころか翌晩もその次も更に次の夜も魔物は私を食べない。


反対にせっせと三食私の食事を用意してくれる。

それは美味しい果実や野菜の他、こんがり焼けた魚や肉だったり。

魔物は口から火が出るらしく焼きたてを私に差し出す。


他には干し肉やサンドイッチやお弁当、甘い焼き菓子なんて日もあった。

驚いてどうしたのかと訊ねれば、魔物の領域に入った人間から奪ったのだとか。

ついでにその人間は魔物のご飯になったのかと嫌な想像をしてしまったが知る勇気はなかった。


また食べ物だけでなく、綺麗な装飾品や衣服まで時たま人間からくすねて来てしまう。

なんでも商人が命乞いに置いていった品らしい。

手に触れるのも躊躇われる美しい品々を魔物に誇らしげに寄越され、毎回度肝を抜く。

装飾品はどうすれば良いのか分からないので巣穴の隅へ置きっぱなしだが、衣服は申し訳なく思いながらも着替えとして重宝している。


その他にも魔物は何を考えているのか可愛らしい花を一輪、毎日私の前へと置く。

戸惑いつつも礼を呟くと「わんっ」と短く鳴く魔物。




今すぐ私を食べる気配がないのなら、考えられるのは非常食という立場。

肥らせて美味しく頂くつもりか。

三食昼寝付きでゴロゴロしているからか最近腹周りが少し肉付いてきた気がするし。


とは言え、ずっと巣穴に監禁されているわけではない。

排泄を催した時は下まで背に乗せて運んでくれるし、なんと毎晩天然温泉にも連れて行ってくれる。


魔物は魔物のくせに、私が入浴する間、ずっと背を向けた状態でお座りをして紳士的に待っている。

葉のざわめきと魔物のハッハッという息遣いと、お湯の跳ねる音。

それらが響く空間が、私は自分でも信じられないくらい好きだ。


家族が殺されたのに、私は三食お腹いっぱい食べて気持ち良い湯に浸かり、たまに森を散歩して寒い夜には魔物のモコモコに包まれてほっこりと眠る生活。

今なら、明日私を喰うと魔物が宣言しても、笑顔で頷いてしまいそうなほどに心安らかだ。




でも……夜になると家族の死に様を夢で見てしまう。

決して、許すな。恨みを晴らせ。

脳ミソやハラワタが飛び出た血塗れの家族が私に訴える。


悪夢に魘され夜中に目を覚ますと、いつも魔物は私の顔を心配そうに覗き込んでいる。

無意識に流れていた涙を舐めとりキュゥンと切なげに鳴くと、身体に被さっていた尻尾を少しだけ強く締め付けた。


私は一体、どうすればいいのだろうか?







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