Ⅱ総理の椅子~怪文書
待ってましたと喜悦の表情。
手をパチンッと打つ。
「しめしめっ」
"この女将はチョロい"
まったくもってでたらめな詐称神楽坂女将を作って疑問すら持たない。
こりゃあペラペラ喋ってくれるぞ
「神楽坂ですが。我が新聞社の情報で恐縮です」
神楽坂(料亭)は国会が混乱に陥る直前から自民党代議士や地方議員が深夜にかけこそこそ出入りする。
女将は地方議員という付録に目を見張る。赤坂にはまず寄りつかない雑魚の類いではないか。
「深夜というのはつまりでございます」
政治部記者は国会の裏の世界の代議士を追跡し政変の新たなる火種をつぶさに知りたいのである。
「女将さんにズバっとお聞きしたいんだが」
記者は大袈裟に身振り手振り。
椅子から身を乗り出した!
"昨夜遅くですが…"
「(タヌキは)"お忍び"で神楽坂に出入りしています。こちら赤坂には来たかどうか知りませんが」
えっ!
神楽坂にお忍び?
女将は素知らぬフリを装うが精一杯だった。
「さようでございますか」
女の闘いに"敗北"を認めた瞬間である。
昨夜どころかこの数日に赤坂料亭には自民党代議士さんは誰ひとり顔を見せてはいないのである。
※記者は国会議事堂に詰めて取材している。解散総選挙の煽りから各党は政策論議と選挙対策に忙殺されている。
「ほほぉ~」
赤坂に姿を見せていない?
情婦であるはずの女将の貴女に
夜な夜な逢瀬に来なくて…
「それはどうしたことでしょう。国会や総裁選でトラブルがあったのでしょうか」
ニヤリ
「私はこれから自民党本部に詰めます」
女将さんがお逢いしたいと願いますと"代議士さん"に伝えましょう。
記者は女将が情婦であると見込みである。
「せっかく女将さんと打ち解けたんですから」
タヌキに神楽坂には足を運ばぬようにと伝えておきます。
「とは言えですなあっ」
男の気持ち
"好き好む女将に逢うな"
恋の成就の通行止め!
「殺生ですなあっ」
神楽坂の色白美人
"一緒にいて和む"
赤坂のやり手女将
"インテリ女将はよき相談者"
両天秤に掛けるは
よき艶の饗宴
「女将さん。この闘いに負けはいけません」
このままでは"神楽坂"の勝ちで決着ですよ。
旅館の買収話は御破算になりかねないという絶望もある。
「自民党代議士がこぞって神楽坂に」
料亭の常連客半数を占めており女将の経営手腕は干上がってしまう。
「いけませんね。さっそく手を打ちます」
記者は風呂敷をサアッ~と開き記者の命原稿用紙を取り出す。
「女将さんの承諾をこちらにいただけますか」
うっ
《承諾!》
なんのでしょうか?
テーブルの上に色鮮やかな新聞記者の原稿用紙が置かれた。
記者はニヤリとしただけでペンを女将に手渡すだけであった。
翌日の夕方であった。
国会議事堂は蜂の巣を突っつく騒ぎになっていた。
「総裁選にスキャンダル発覚したんだって」
自民党詰めの政治記者にまずは"怪文書"を送りつけられていく。
"赤坂の美人女将は長年にわたる情婦女"
"公私に渡り女将に経済援助を繰り返す"
"隠し子がいる"(デマカセ)
代議士と出入りの料亭。
赤坂銀座界隈の高級料亭は美人女将しかいない。
夜の銀狐にホロ酔い加減な艶話。
どこにでもありがちな男女の関係は珍しくない話。
あり溢れて誤解すら日常茶飯事である。
清廉潔白で意固地な代議士のイメージが崩れ去るには当たらない。
だが
隠し子発覚はいただけない。
「なんだ?子供って」
色恋沙汰はいくらでも否定できる。
だが"隠し子"という動かぬ証拠は…
「まずは拵えたお子さんを確認しておかなくちゃ」
記者仲間に隠し子がクローズアップされた。
怪文書が出回って驚いたのは"赤坂の美人女将"である。
「そんな…」
私は代議士の情婦となるの
ご丁寧にも隠し子も身籠っているなんて
「こんなバカな話しありますか!」
料亭に詰めかけた記者らに憤りを露にする美人女将。
「まあまあっ女将さん。冷静に話しましょうや」
お互い秘密にしておきたい男女関係ではありませんか。
「自民党の首領との蜜月は前々から噂にあがっていたんだから」
今更ながら
女将が事の顛末を隠す必要もないだろう
「女将っ。あのタヌキの子供を産んでいるんですか」
赤坂の女将は三十路過ぎの女学校卒インテリであり既婚者(婿養子)である。
(伴侶には子なし)
「子供?私にはおりません。隠し子だなんて。ひどい」
怪文書は女将のプライドをズタズタに引き裂いてしまう。
「あのタヌキは女癖が人一倍悪いではありませんか」
情婦たる"小指"はあっちこちに散らばる。
「隠し子がひとりやふたりいても不思議ではないですね」
さあっ女将さん。
高級料亭のハイソな経営者の顔は表向き。
「淫らな夜の女将の素顔を見せて貰えませんか」
淫らな…
記者は遠慮なく
会釈なく
矢継ぎ早に
女将を切り崩したい
「この女将が高級料亭を切り盛り?女の細い腕ひとつでか」
黙って座れば万金が飛んでいく高級料亭を経営している。
「サラリーマンの記者稼業は一生涯暖簾を押せない世界だ」
太い金蔓を一本や二本持たないとやっていけないぜ
からだを張るのは理の当然ではないか。
料亭の控えの間は従業員が心配顔を揃えていた。
「女将さん。大丈夫でございますかね」
仲居や飯炊き女は知るのである。
「女将さんって婿養子の旦那さんとさあっ~」
老舗料亭の跡取り娘は銀座画廊の三男と見合い結婚をしている。
「私は料亭仲居やって数年になるけどさあ」
婿養子の旦那さんを見かけたことがない。
「うん。それなんさっね」
女将さんと旦那は"家庭内別居"ではないか
「板さんだってさっ。旦那さんってどこのどなたか。顔がわからないって言うもの」
先代の旦那は直系男子ではあったがやはり料亭にはほとんど顔を出さなかった。
「この水商売の世界は男衆が邪魔くさいらしいのよ」
ペチャクチャ
女将のプライベートは控えの間から露呈をしていく。
「女将の隠し子ってさあ」
従業員も知らない子供があるのか
「あの記者が言うゴシップじゃあないけど」
女将ほどの美貌なれば
世間一般の男は黙ってはいない。
「だってさあ…」
仲居が声をひそめる。
「見たらしいわよ」
観察力鋭い仲居は"女将さんの密会を見た"仲間があると言い張る。
それっ本当っ?
深夜の宴会場でふたり切りの影を見た
女将はほんのりと薄い化粧をしていたが顔がにこやかにみえた。
「お相手は誰なの」
料亭で密会だなんて大胆ねぇ。
「記者が問い詰めるあの代議士のオジイチャンかしら」
女将とは親子ぐらいの年齢差がある
やんや
やんや
"怪文書"の存在はたちどころ総裁選に影響を見る。
生真面目で武骨漢が代議士の好感度であった。
"悪事千里を走る"
国会議事堂の狭い議員の流れの中を波が打つかのごとく
「なっなんだとぉ!」
"隠し子"発覚
老獪な代議士はばら蒔かれた怪文書を手にする。
「誰がこんな卑劣な真似をしでかしたのでしょうか」
公設秘書は目を丸くし"隠し子"と言う文句に絶句する。
「隠し子は(代議士が)赤坂に産ませた?」
"赤坂料亭"は秘書に衝撃的を与える。
確かに政治家を貶める怪文書には憤りを見せる。
だが密接な関係にある秘書からして真実の空洞化はわからない。
「どこまでが誹謗中傷になるのか。どこから(虚偽の)怪文書なのかっ」
若いじぶんの代議士は鼻筋の通るハンサムな男であった。
家柄もよく女の方から言い寄ってくるお坊ちゃん。
一高や帝大生のころに女には不自由しなかったと本人から聞いている。
インテリはとかく口がうまいのである。文学的な甘言を好きな女性の耳許で囁くのである。
「しかしなあっ」
代議士自身が知らない"隠し子"を怪文書で指摘されている。
「女将が(俺の子を)産んだんだなっ」
忙しい総裁選に雑念は入れて欲しくない。
「しかし俺の子を見てみたい気もあるなアッハハ」
公設第一秘書に命じるのである。
「女将の子を連れてこい」
俺の子供なのか見てやる!
政治部記者がでっち上げた怪文書は総裁選を左右しかねる火種となりそうである。
赤坂料亭の女将が隠し子を産んだ(虚偽)
身に覚えのある代議士は"そんなこんなガチャガチャ言うのなら"
我が子に遇おうじゃあないか
公設第一秘書を探偵に仕立てさせ赤坂に侵入させるのである。
代議士の"実の子"
帝大生の書生
"嘘から出た誠"
代議士は初めて我が子と対面を果たす。
また被告人として拘留の身である母親も期せずして…