②~赤坂料亭女将と書生
政治部デスクに連絡をする記者である。
「国会が紛糾しているところ申し訳ないんですが」
与野党詰めの国会記者を外して欲しいんです
「外す?」
おいおい
冗談は高見盛だぜ。
「この忙しい最中どうしてなんだ。わけを聞こうじゃあないか」
怪文書?
「タヌキの女性関係?」
赤坂の女将?
「気立てがよくて美人の女将がいる?」
だから赤坂に向かいます。
「うんわかった。気をつけていけよ」
うん?
「バカヤローなにを寝言していやがるんだ」
冗談は高見盛だけにしろっと言っただろ。
「怪文書なんか"ガセ"に決まっている!」
あんなもので踊っていたら
「記者なんざいくら身があっても勤まらない」
悪い事言わない
「なあっ新聞社に夢物語は勘弁だぜ」
悪いこと言わん
「おとなしく社に戻りなっ。おまえにやってもらいたい取材はゴマンとある」
有能な政治部記者をデスクはおだて宥めすかした。
ガチャン!
「アチャア~話も聞かないで切りやがった」
蛸糸の切れた記者は昼間に神楽坂赤坂に向かった。
「この近辺は夜にしか来ないからなあ」
活気溢れる夜の赤坂界隈は土地勘がある
「どうにも灯りが輝かないと赤坂に見えないやアッハハ」
さてっ。
覚束無い記憶を頼りに赤坂界隈を歩いてみる。狭い街であるからそのうち高級料亭を探索であろうかである。
「昼の赤坂は人の通りも少なく…だな」
片田舎の風景を見ると夜の顔とまったく違っている。
「とても繁華街のシンボル赤坂神楽坂と思えないなあ」
芸者さんもいないじゃあないか。
赤坂料亭は玄関近く小川のせせらぎが聞こえていた。
「小川の近くだった」
家並みのある路地を渡り田園風景の長閑さを見つけ川の流れを頼ってみる。
さらさらと流れる小川にカランカランと下駄の音が響く。
うん?
高下駄の主を見ると目の前に絣の着物がやってきた。
背の高い帝大生だとすぐわかる。
「おやっ珍しいなっ赤坂に」
勉強しか取り柄のない帝大の学生がいる。
粋な学生もいるということか
書生も小川の畔に記者をみて驚く。昼間に赤坂界隈にお客様がいるのか。
「学生さん。こんにちわ」
記者は職業柄帝大生に興味を持った。
「ちょっと聞きたいんですが」
赤坂高級料亭を知りたい。
「あっそちらの料亭ですか。僕は今からそちらの女将さんに会いにいくところです」
おっ…偶然にも
「じゃあ学生さんについていけば良いかな」
人当たりのよい記者は初対面の気まずさを払拭し打ち解ける。
「こりゃあ不思議っ。赤坂界隈に勉強一筋の帝大くん」
なぜ芸者遊びの赤坂に?
「そりゃあまた!とんだ"御挨拶"ですねアハハッ」
帝大生も破目を外して赤坂や神楽坂で遊ぶこともあります
書生は初対面の男が新聞記者と名乗ったので信頼してしまう。
「赤坂料亭の女将さんですか。知っていますよ」
ほっ
「あの女将さんはやり手ですけどね。仕事を離れたら気さくな方です」
法律事務所の書生として料亭に顔を出します
なるほど!
高級料亭は事務所のクライアント
学生の身分である帝大生が赤坂をふらつくのもムベナリか
ところで
「君は書生さんなのか」
弁護士事務所の所長さんにひょんなことからお世話になってしまった。
所長自ら書生として引っ張ったわけか。
「中学から目を掛けられた?すごいなあ」
一高から帝大かいっ
「専攻は法学?こりゃあ恐れ入りますなあ」
私大出身の記者は"帝大法科"に畏敬の念を感じてしまう。
日本政府の中枢を担う帝大法科である。
「帝大さんは料亭の女将さんと昵懇なんだね。なんとなく奇遇さを感じるなあ」
料亭への道すがらに記者は盛んに帝大を書生を知ろうとする。
「僕みたいな私大(専門学校)から見たら」
(帝大は)雲の上だからね。
「嬉しいから握手してもらおうかな」
進学の際に帝大など名前すら読むこともなかった。
「面白い記者さんだなあ」
帝大や事務所にはまずいない柔らかいタイプである。
「女将さんにどのような用件でございますか」
うっ!
女将への用件かっ
「どうしようかな。取材内容は社内の"内密事項"に匹敵するから(教えない)」
うん?
内密?
「それはたいへんに重要なことでございますね」
弁護士事務所でも法務上の内密議案をいくつも抱えている。
部外秘は守られクライアントの要求に応じている。
「なるほど」
違う意味で妙に納得していく。
料亭の玄関口にふたりは到着する。
立派な門構えは繁華街赤坂の代名詞のごとく映る。
その玄関先は従業員らが夜のために掃除や花飾りなど調達品の準備に余念がない。
「見てください。女将さんの教育がしっかりしていますから」
料亭の従業員はきびきびして働いています。
「赤坂や神楽坂などの料亭はいくつもありますね。これらの同業者が生き残るためにはそれなりの努力がないといけないと思います」
働き者の女将は浜辺の旅館にオーバーラップされてもいた。
「そうかっ。料亭のよさは女将の腕次第というわけか」
やり手経営者の女将さんというわけか。
美貌を武器に料亭という社交の場を切り盛りする手腕か。
"女の細腕ひとつではどだいに無理がありそうだ"
ちらっと女将を尊敬する書生をみてしまう。
"だから情婦に成り下がる"
「たぶんに政治家たちと癒着する素地はありそうだ」
玄関に出てきた仲居に書生は見つかる。
「あらっ書生さん。いらっしゃっいませ。今日はお早いご来館でございますね」
ハンサムな書生に気のある仲居はさっさっとしゃしゃり出て手を握りしめてしまう。
"書生さんは私のものよ"
「おやっ?そちらのお兄さんはどなた」
疑問符を持たれた記者はサアッ~と手際よく名刺を差し出した。
「新聞記者でございます」
女将さんに"取材の申込"をしてございます
(でたらめ)
「女将さんにご用でございますか」
ふたり揃って…
せっかく出迎え書生を早めにつかまえた仲居は不満げな顔を膨らせた。
書生は事務所からの預かりもの(公正証書)を女将さんに手渡し法務上の説明をしたい。
「しばらくお待ちください。女将さんはまもなく帳場に参ります」
女将と事務所は赤坂近くにある"売り出し旅館"を買い取る算段をしている。
立地条件は集客に適し料亭の二号館として充分機能しそうである。
問題は築数10年の老朽した旅館の建物だった。
建て直すのなら
更地で引き取りたい。
客間を料亭に改造するにも手を入れなくてはならない
老朽化を逆手に田舎風景の料亭に仕上げるか(安上がり)
いずれの選択肢も複雑な民法の契約が生じるのである。
女将は法務上の判断を書生に委託していたのである。
「本日の用件は公正証書でございます」
先方の買収先はいち早く現金の支払いを要求している。
「女将さんの話しから事務所がいろいろと調べておりますが。申し訳なく思います」
売り主の素性がよくわからない
一筋縄でいかない売り主は堅気な旅館経営者ではないのである。
「私が先方さまに契約書について足を運びますと」
屈強さがある怖い形相の若い衆が対応している。
「早く現金を支払いなさいと二言目に催促します」
契約条項だ
法律の取り決め
無情なことを抜かすと
「売買契約は女将だけとは限らない。こちらに嚇し文句もありそうでございます」
女将としてはややこしい商談になるとは思いもよらずである。
「しかしでございます」
あれだけの立地を赤坂で見つけることはまずございません
書生さんにはしっかりした契約書を作成して貰いたい。もしも料亭なり同業者職種が買収されてしまってはもともこうもない。
「今の小川のせせらぎよりも立地条件は格段によろしくなりますの」
商談となると目の色が違う女将。
物件に惚れた女将は他人さまに手渡してなるものかっと"女の意地"があるのである。
「とにかく買収相手がはっきりしてくれましたら対処もしやすいのです」
書生は頭を掻いて女将に謝った。