第1話 謎のゲームと選ばれし者の到来
働くからには稼がなきゃ。ここは悪霊退治の案内所であって、慈善施設じゃないんだから!
ゲームオタクの少女が、突然「生存システム」を引っ提げて見習い呪術医の体に憑依してしまった。
悪霊は退治しなきゃいけない、お金は貯めなきゃいけない、おまけに幼い弟妹の面倒まで見なきゃいけないなんて、これじゃあ先が思いやられるわ。
コツ、コツ、コツと、大理石の床にハイヒールの音が響き渡る。絨毯が敷かれた廊下を歩く誰かの足音は、背筋が凍るほど重々しく、威圧感に満ちていた。ここの静けさは平穏なものではなく、巨大な嵐が吹き荒れる前の静けさそのものだった。エアコンは正常に動いているというのに、誰もが背筋を硬直させて座り、生え際からは汗がにじみ出ている。
時計の針が進む一秒一秒が、人間の忍耐力を限界まで張り詰めさせ、今にもぷつりと切ってしまいそうだった。このフロアには10人以上の人間がいたが、全員がコンピューターの画面をまっすぐに見つめていた。誰もが険しい表情を浮かべ、一言も言葉を交わさない。一般的なオフィスとは完全にかけ離れた異様な光景だった。
「昨夜のダウンロード数が3.2%減少しました、ネトダーオさん」
秘書は淡々と報告したが、その瞳にはプレッシャーが滲んでいた。「ネトダーオ」と呼ばれる、しなやかな体つきの若き女性が足を止めた瞬間、秘書の顔はさらに青ざめた。彼女の鋭く大きな瞳が、タブレットの数字を一瞬だけ捉える。その声は冷徹で、表情には一切の感情がなかった。
「もし明日までに回復していなければ、すべてマーケティング部門の責任とみなします」
その言葉によって、周囲はさらに静まり返った。その絶対的な宣告は、聞く者の胃の腑をかきむしるような感覚に陥らせた。彼女の目を3秒以上見つめ返せる者など誰もいない。冷徹な声と感情のない顔は、まるでコンピューターのようだった。
彼女は……ロボットのようだった。
都心の超高層ビルの最上階に構える「ND Games」。25歳という若さの女性、ネトダーオが、たった一人で築き上げた会社である。
何もない子供時代から、今や国内で最も勢いのあるゲーム会社のオーナーへ。誰もが彼女を優秀で運が良い人間だと認め、称賛した。しかし、彼女自身は自分が運が良いなどとは思っていなかった。ただ生き抜くのが上手かっただけだ。そして彼女の世界において……「優しさ」とは弱さを意味していた。
「ボス、新作ゲームのバグの件ですが……」
「修正は終わったの?」ネトダーオは即座に言葉を遮った。
「現在進めております。ただ、その、問題の箇所が……」
「進捗や原因を聞いているんじゃないわ。修正が終わったのかどうかを聞いているの」
若い社員は言葉に詰まり、こめかみに汗が浮かび始めた。
「……まだです」
ネトダーオは足を止め、彼を正面から見据えた。視線が真っ向から交差する。これまでの仕事の経験から、彼は彼女が本気であることを痛感していた。
「なら、今夜は終わるまで帰宅は禁止。明日も同じ問題が繰り返されるようなら、辞表を出しなさい。無能な人間に割く時間はないわ」
彼女はフロアの全社員に聞こえるように告げると、その場を立ち去った。残された空間は、まるで冷凍庫のように冷え切っていた。
当然、ネトダーオは自分のやり方がどれほど人から嫌われているかを知っていた。だが、世界中の人間の顔色を窺っていては、ここまで成功できるはずがない。血の滲むような努力で築き上げた会社を、質の低い人間のせいで破滅させるわけにはいかなかった。
社員たちが陰で自分のことを「氷の女王」と呼んでいるのも知っている。
彼女の能力に対して異論を唱える者はいない。誰もが認めている。しかしその反面、彼女を心から愛する者もまた、一人としていなかった。
だからどうしたというのだ。
「さっきのボスの言い方、聞いたか?……ウィチャーンさんが気の毒すぎるよ。あんなに長く貢献してきたのに、ボスは彼が辞めてもこれっぽっちも惜しくないって感じだった……」
廊下の角の裏から、ひそひそ話が聞こえてくる。
「いつもあんな調子さ。私たちのことをロボットか何かだと思ってるんだよ。あの人には血も涙もないんだ」
「仕事ができるのは確かだけど、信じられないくらい自己中心的分よね」新入社員が同意するように付け加えたが、ボスが不意に現れるのを恐れて、その視線は警戒を怠らなかった。
「あの人が誰かに微笑みかけてるの、見たことある?」
「一度もないね」
「そんなんじゃ、誰が長く一緒に働きたいと思うかってんだ……」
オフィスには、長年蓄積された不満が混じる微かな冷笑が響いていたが、やがて全社員が退社していった。
その日の夜、オフィスの大半の照明はすでに消されていた。ただ、ネトダーオの執務室だけが、煌々と明かりを灯している。しんと静まり返った空間で、彼女は一人座っていた。音楽をかけることもなく、何も聴いていない。彼女の意識は、目の前にある四角い画面の情報だけに注がれていた。
コンピューターの画面が、その美しくも冷ややかな顔に冷たいブルーの光を反射させている。彼女は満足げに口元を歪めた。数値、グラフ、レポート、すべてが彼女の計算通りに完璧に運んでいた。
「この世界なんて、簡単すぎるわ……」彼女は満足感からぽつりと呟いた。「実力さえあれば……勝てるのよ」
新着メールが届くと同時に、スマートフォンと画面上の通知が同時にポップアップした。
彼女は目を向けた。差出人不明のそのメールの件名は、「あなたが決して作ることのできないゲーム」だった。
ネトダーオはわずかに眉をひそめた。鼻で笑う。彼女は「匿名」のような曖昧なものが嫌いだった。だが、それこそが挑発的だった。彼女は不敵に微笑む。一体どこの誰が、この私にこんな挑戦状を叩きつける度胸があるというのか。業界の友人か、あるいは……自分に実力を試そうとしている生意気な新入社員か。
すらりとした指でメッセージを開くと、中身はたったの一行だけだった。
「プレイする勇気はあるか?」
その下にはファイルだけが添付されており、ロゴも、クレジットも、何一つなかった。すべてが異常だったが、ネトダーオにとっては、それこそが興味をそそるものだった。
「私が怖がるとでも思った?」
彼女はふっと口元を緩め、ダウンロードを開始した。
インストールが完了し、画面に漆黒のアイコンが現れた。ゲームのタイトルはなく、ただ歪んだ円のようなシンボルが描かれている。
ネトダーオはマウスを動かし、クリックした。
画面が暗転する。静寂。会社のロゴも、オープニングの音楽もない。ただ、白い文字がゆっくりと浮かび上がってきた。
“WELCOME, PLAYER.”
彼女は少し眉を上げた。
「ありきたりな英語ね。このデザイナー、クリエイティブな発想がまるでないわ……」
だが、彼女がそれ以上考える前に、画面が切り替わった。
画像が次第に鮮明になっていく。それはゲームのメニュー画面ではなく……「ある場所」だった。
ネトダーオの目の前に広がった光景は、酷く陰鬱で、どこか物悲しさを湛えていた。色褪せた光、今にも雨が降り出しそうな薄暗い空。古い木造家屋が立ち並び、赤土の道が続いている。そよそよと吹く風の音が響き、枯れ葉が画面をかすめて飛んでいく。ネトダーオは一瞬、言葉を失った。
「墓地が暴かれた年、押し寄せた幽霊や怨霊の大暴走により、村人たちは多大な苦しみに陥った」
この場所の歴史を語る、簡単な導入文が表示される。
「タイのいつの時代かしら……。あぁ、架空の世界なの?」ネトダーオはその美しい映像に見惚れていた。
「このグラフィック……リアルすぎるわ。一体どうやってこれほど美しい映像を作り出したの?」
彼女は独り言のように呟いた。その脳裏には、瞬時にビジネスの計算が駆け巡る。もし自分のグラフィックチームがこれほどのクオリティを出せるなら、我が社は間違いなく世界レベルに到達できる。
突如、カメラのアングルがゆっくりと自律して動き出した。まるで、彼女が「本当にその場所に立っている」かのように。HUDも、マップも、チュートリアルもない。あるのは音だけ。誰かの……足音。
コツ……コツ……。
彼女は本能的にそちらを振り向いた。「ただのゲーム」だと分気ているのに、心臓の鼓動がわずかに速くなる。
画面の中に、一人の老人が立っていた。その佇まいは洗練されており、同時に圧倒的な威厳を放っていた。老人は背筋を伸ばし、手には宝石が散りばめられた美しい龍の彫刻の杖を握っている。彼は伝統的なタイの古式装束を身にまとっていた。
「ふん……素晴らしいエフェクトね」
ネトダーオは呟き、知らず知らずのうちに唾を飲み込んだ。息苦しさを覚えるが、彼女の指先は……マウスの上で硬直していた。
囁き声が聞こえた。スピーカーからではない。まるで「耳元」で囁かれたかのようだった。
「お前が、選ばれし者だ」
ネトダーオはハッとした。左右を見回したが、執務室は先ほどと変わらず静まり返っている。
「音声のバグ?」彼女は呟いたが、心臓は不規則に激しく脈打ち始めていた。
ゲーム内の映像が再び動いた。あの老人の姿が……消え、代わりに黒い影がさらに近くに立っていた。近い……ゲームの通常の距離感を遥かに超えるほどに。
ピピッ――という電子音が鳴り響き、画面に赤い文字が現れた。
“MISSION 1: 生き残れ”
彼女はキャラクターを前方に移動させた。古い木床がきしむ音がする。その音は……あまりにもリアルすぎた。まるで自分が本当にその場所を歩いているかのような。風が激しさを増し、一枚の木製の扉が、ゆっくりとひとりでに開いた。まるで、何かを
「招き入れている」かのように。
「サイコロジカルホラー系のゲームね……」
彼女は分析を試みたが、奥へ進むほどに映像は鮮明になり、音は大きくなっていく。
臭い……? 彼女は眉をひそめた。
「私……臭いを感じてる?」
カビ臭い、古い木のような、泥水のような臭い。
「そんなはずはないわ……」
その瞬間、画面が激しく揺れ動いた。画像が歪み、鋭い音が耳を突き刺す。
「キャーーーッ!!!!」
悲鳴が響き渡った。ゲームからではない。それは彼女の「周囲全体」から聞こえていた。数十もの怨霊が苦しみに悶える、おぞましい叫び声。男の声、女の声、老人の声、子供の声が同時に響き渡る。
「何これ……っ!!!!」
ネトダーオは勢いよく立ち上がり、首にかけていたヘッドフォンを剥ぎ取った。極限の恐怖に目を見開き、心臓が異常なほど速く、激しく、高鳴っている。
視界が遮られ、かすみ始めた。画面の中では、あの老人の黒い影が……目の前、画面いっぱいに迫り、そして「微笑んで」いた。
“PLAYER ACCEPTED.”
「くそっ……」
ネトダーオは必死に手を伸ばしてPCの電源を切ろうとしたが、身体が微動だにしない。
ピッ、ピッ、ピッ、と警告音が鳴り響く。コンピューターからではない。まるで「頭の中」から聞こえてくるようだ。
「心臓の異常を検知」「心拍数が限界値を突破」「選考プロセスを開始します」
「何なのよ……これ……」
息ができない。胸が締め付けられるように苦しい。
彼女が最後に見たのは、真っ暗になった画面と、そこに鮮明に浮かび上がる白い文字だった。
「おめでとうございます。あなたが選ばれし者です」
ネトダーオの身体が床へと崩れ落ちた。
すべての音が消え去り、床に叩きつけられた身体からは、二度と呼吸が戻ることはなかった。
その深い闇の中で、まるで誰かが……「彼女を待っている」かのようだった。




