第22話 救われた例外
その日は、特別な出来事から始まったわけじゃない。
いつも通りの朝。
いつも通りの登校。
いつも通りの教室。
違っていたのは、
あの席に、
人が座っていたことだけだ。
昨日、姿を見なかった彼女が、
今日は来ていた。
欠席扱いにはなっていない。
遅刻でもない。
ただ、
“いなかったはずの時間”が
記録されていないだけだ。
目が合う。
彼女は、
小さく会釈した。
それだけで、
胸の奥が少しだけ緩む。
授業が始まる。
彼女はノートを取らない。
だが、話は聞いている。
集中している、
というより。
必死に、ここにいようとしている
そんな感じだった。
休み時間。
俺は声をかけなかった。
かける理由が、
どこにもなかったからだ。
彼女の評価は変わっていない。
役割もそのまま。
制度的には、完全に正常。
だから、
話しかけること自体が
余計な介入になる。
昼前、
突然、校内放送が流れた。
「本日の午後、
希望者を対象に
自由活動時間を設けます」
ざわめき。
珍しい措置だった。
評価にも、
成績にも関係ない時間。
理由の説明はない。
ただ、
選択肢だけが与えられた。
自由活動。
彼女は、
少しだけ迷った後、
手を挙げた。
午後、
教室には数人しか残らなかった。
ほとんどは、
いつもの役割に戻る。
安全な選択だ。
彼女は、
窓際の席に座った。
何をするでもなく、
外を見ている。
俺は、
反対側の席に腰を下ろす。
距離はある。
だが、
同じ空間だ。
しばらく、
誰も何も言わなかった。
その沈黙が、
制度の外だった。
「……あの」
彼女が、
小さく声を出す。
「昨日、
来れなくて」
「うん」
「でも」
少し、
息を整えてから続ける。
「今日、
来れました」
それだけだった。
理由も、
説明もない。
俺は、
頷いただけだ。
「よかった」
それ以上、
言わなかった。
励ましも、
評価も、
分析もない。
ただ、
事実だけ。
彼女は、
少し驚いた顔をした後、
笑った。
「……それで、
いいんですね」
「うん」
それ以上、
何も起きなかった。
自由活動時間が終わる。
教師は、
特に確認もしない。
誰が何をしたか、
記録もない。
その夜、
端末を確認する。
《全体効率:変化なし》
《問題報告:なし》
当然だ。
評価に影響することは、
何一つ起きていない。
だが、
翌朝。
彼女は、
普通に登校してきた。
遅刻も、
欠席もない。
評価は、
相変わらず中位。
役割も、
変わらない。
それなのに。
彼女の顔色は、
明らかに違っていた。
目に、
焦点が戻っている。
姿勢が、
ほんの少し伸びている。
制度は、
何もしていない。
だが、
確かに、
彼女は“戻ってきた”。
誰にも評価されず。
誰にも記録されず。
理由も説明もなく。
それは、
この学園で
最も扱いづらい出来事だった。
救われてしまった。
偶然かもしれない。
一時的かもしれない。
だが、
救われた事実だけは残った。
俺は、
初めて思う。
制度は、
人を救うように作られていない。
だが、
救われることはある。
その多くは、
評価できない形で。
それが、
例外だ。
そして、
例外は記録されない。
記録されないものは、
次に繋がらない。
それでも。
たった一人が救われた。
それだけで、
この完成した世界は、
少しだけ歪んだ。
誰にも気づかれない程度に。
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