第20話 最適解の副作用
配置換えの通知は、朝に出た。
《役割最適化のお知らせ》
《対象:複数名》
《全体効率:上昇》
いつも通りの文面。
誰も騒がない。
評価が下がった者はいない。
上がった者もいない。
それでも、
空気が少しだけ変わった。
授業中、教師が説明する。
「今回の調整は、
作業負荷の偏りを是正するためのものです」
「全体として、
無理のない配置になっています」
誰も反論しない。
反論する理由が、
どこにもない。
昼休み、
俺は食堂で見覚えのある背中を見つけた。
昨日、相談してきた女子だ。
彼女は一人で座っていた。
食事には手をつけていない。
「……大丈夫か」
声をかけると、
彼女は少し驚いたように顔を上げる。
「あ」
それだけで、
安心したように息を吐く。
「配置、変わったな」
「はい」
短く答える。
「評価は?」
「変わってません」
即答だった。
彼女は、
自分の端末を見せてくる。
確かに、
数値は微動だにしていない。
「負担、減ったか?」
少し考えてから、
首を横に振る。
「分かりません」
その答えは、
正直すぎた。
「やることは、
減りました」
「でも」
箸を置く。
「何もしない時間が、
増えました」
問題は、
そこだった。
制度は、
負荷を減らした。
効率を上げた。
だが、
空いた時間に
何が起きるかまでは、
評価していない。
「前は」
彼女は、
視線を落としたまま続ける。
「疲れてたけど、
考える余裕はなかったんです」
「今は、
ずっと考えてます」
考える内容は、
聞かなくても分かる。
自分のこと。
意味。
必要性。
評価されない思考。
「誰かに言ったか?」
「言いました」
「なんて?」
「“楽になってよかったね”って」
間違っていない。
誰も悪くない。
配置換えは、
正しく機能している。
だからこそ、
彼女の不調は
制度にとって“存在しない”。
「欠席は?」
「してません」
「遅刻は?」
「ないです」
すべて、
問題なし。
午後の授業中、
彼女は一度も
顔を上げなかった。
教師は気づかない。
気づく必要もない。
評価が下がらないからだ。
放課後、
教師に声をかけられた。
「調整後の様子、
どうだ」
雑談の延長のような口調。
「特に、
問題は見当たりません」
俺は、
そう答えた。
嘘ではない。
問題は、
“見当たらない”だけだ。
「そうか」
教師は、
満足そうに頷く。
「制度は、
よく機能している」
その言葉を、
否定できなかった。
帰り道、
校舎の外で彼女を見た。
立ち止まって、
空を見上げている。
「帰らないのか」
「……少し」
夕焼けの色が、
彼女の顔を照らす。
「何を考えてる」
少し迷ってから、
彼女は言った。
「自分が、
何のためにここにいるのか」
それは、
この学園で
一番してはいけない思考だった。
「評価は、
悪くないんです」
「役割も、
安定してます」
だから、
悩む理由がない。
そう、
制度は判断する。
「でも」
彼女は、
小さく笑った。
「私、
消えても
誰も困らない気がして」
その言葉は、
数値にできない。
記録にも、
報告にもならない。
だが、
確実に壊れている。
俺は、
何も言えなかった。
慰めれば、
嘘になる。
否定すれば、
根拠がない。
その夜、
端末を見る。
《全体効率:改善》
《問題報告:なし》
制度は、
正しく動いた。
誰も切られていない。
誰も怒っていない。
誰も困っていない。
それでも、
一人だけ、
確実に削れている。
この副作用は、
どこにも記録されない。
だから、
誰の責任にもならない。
最適解は、
いつもそうやって
余白を削る。
評価できないものから、
先に。
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