第15話 評価:1
その変化は、音もなく起きた。
朝のホームルーム。
出席確認が終わり、教師が次の予定を告げている。
いつもと同じ光景。
いつもと同じ声量。
だからこそ、
最初は見間違いだと思った。
《評価:1》
一瞬だけ、
視界の端に数字が浮かんだ。
小さい。
信じられないほど、小さい数字。
俺は、反射的に瞬きをする。
《評価:???》
消えた。
心臓が、一拍遅れて強く打つ。
今のは――。
見間違いじゃない。
周囲を見る。
誰も反応していない。
評価が表示されたのは、
俺だけだ。
授業中、教師の声が頭に入らない。
評価「1」。
それは、最低値に近い。
だが、重要なのはそこじゃない。
評価された。
評価不能だった俺が、
数値として扱われた。
昼休み、
教師に呼び止められた。
「少し、いいか」
会議室ではない。
廊下の端。
あくまで、
“日常の延長”という形。
「体調に変化はないか」
「ありません」
「そうか」
教師は、
俺の顔をよく見ている。
「最近、
協力的だな」
その言葉で、
理解した。
評価「1」の理由。
協力的。
それは、
褒め言葉のはずだ。
だが、
この学園では違う。
測定対象として、
輪郭が見え始めたという意味だ。
「君の発言は、
制度の安定に寄与している」
教師の口調は、
穏やかだった。
「それは、
良いことです」
俺は、
何も言えなかった。
良いこと。
それは、
俺がここにいる理由を、
否定する言葉でもある。
「一時的な表示だ」
教師は、
念を押すように言う。
「すぐに、
元に戻っただろう」
戻った。
確かに。
だが、
一度でも数値が出た事実は消えない。
俺は、
初めて恐怖を覚えた。
排除される恐怖じゃない。
処分される恐怖でもない。
取り込まれる恐怖だ。
評価「1」は、
小さすぎて意味がない。
だが、
ゼロではない。
ゼロではないということは、
比較が始まるということだ。
午後、
上位役割の生徒が話しかけてきた。
「昨日の調整、
助かったよ」
感謝。
純粋な感謝だ。
俺は、
曖昧に頷いた。
「君が入ると、
話が早い」
その言葉が、
胸に刺さる。
話が早い。
迷いが減る。
判断が揃う。
それはつまり、
俺が“正解側”に寄っているということだ。
夕方、
端末に通知が届く。
《観測ログ更新》
《測定信頼度:微増》
数値はない。
だが、
意味は明確だった。
測れる。
使える。
分類できる。
夜、自室で天井を見る。
評価不能だった頃、
俺は自由だった。
何も期待されず、
何も担わされず、
何も守らなくてよかった。
今は違う。
俺は、
制度にとって
“役に立つ存在”になり始めている。
それが、
一番やってはいけないことだった。
評価「1」。
その数字は、
低いから怖いんじゃない。
高くなる可能性があるから怖い。
もし次に表示されるのが、
「10」だったら?
「50」だったら?
その時、
俺はまだ、
外に立っていられるのか。
答えは、
もう出ている。
一度でも評価されたものは、
二度目を拒めない。
俺は、
無意識に拳を握りしめていた。
評価されるということは、
世界に受け入れられることだ。
だが。
この世界に
受け入れられるということは、
この世界と同じ形になるということだ。
《評価:???》
表示は、
元に戻っている。
それでも。
この空白は、
もう以前と同じ意味じゃない。
測れると、
知られてしまった空白だ。
そして俺は、
はっきりと理解する。
ここから先、
何もしなくても、
状況は悪化する。
制度は、
静かに、
確実に、
俺を“正解”に近づけてくる。
その優しさが、
一番、恐ろしかった。
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