第1話 評価と役割が与えられる日
この学園では、
評価されないことが、
一番の欠陥だ。
名門、と呼ばれる学校にはだいたい共通点がある。
校舎がやたらと広くて、無駄に静かで、空気が張りつめていることだ。
国立総合育成学園。
進学、就職、研究、行政――あらゆる分野の「次」を担う人材を育てる場所。そう説明されていた。
入学式は、驚くほど簡素だった。
校長の挨拶も、来賓の祝辞もない。
あるのは、壇上に立った一人の教師が、淡々と告げた一言だけ。
「これより、適性評価を開始します」
次の瞬間だった。
視界の端に、文字が浮かんだ。
《評価:72》
《役割:実行者》
「……え?」
ざわめきが一気に広がる。
「見えるか?」
「数字……?」
「俺、65って出てる」
周囲を見渡すと、全員が同じように宙を見つめていた。
まるで、現実そのものにUIが重ねられたみたいに。
教師は騒ぎを制する様子もなく、続ける。
「それが、あなた方の“評価”です。成績ではありません。優劣でもありません」
黒板に、簡単な図が表示された。
【評価】
【役割】
「評価は、あなたがこの社会で果たす役割の“適合度”を示します。
役割は、それに基づいて割り当てられた、最適な立場です」
最適。
その言葉に、妙な引っかかりを覚えた。
「評価が高いほど、重要な役割を担います。
それに応じた環境、権限、支援も与えられる」
ざわつきが、期待の色を帯びる。
視線の先、前の席の男子が小さく息を呑んだ。
《評価:81》
《役割:管理補佐》
直後、彼の手元に端末が表示され、教師が声をかける。
「あなたは本日から、個室を使用できます。授業選択の一部も免除です」
空気が、はっきりと変わった。
評価が高い。
それは、特別扱いされるということだ。
逆に。
「……俺、42だ」
《役割:雑務補助》
誰かが呟いた瞬間、視線がそちらに集まる。
教師は何も言わない。ただ事実として受け止めているだけだった。
そして。
俺は、自分の表示を見た。
《評価:???》
《役割:未定》
一瞬、思考が止まった。
見間違いかと思って、目を擦る。
だが、何度見ても変わらない。
「先生」
勇気を出して、手を挙げた。
「俺の表示が……」
教師がこちらを見る。
そして、初めて表情を変えた。
困惑。
それを隠そうともしない顔だった。
「……少し、待ちなさい」
教師は端末を操作し、別の教師と短く言葉を交わす。
教室の視線が、一斉に俺へ集まった。
「役割未定……?」
「そんなの、聞いてないぞ」
教師は咳払いを一つして、告げる。
「システム上の誤差でしょう。後ほど確認します」
誤差。
その言葉に、なぜか安心できなかった。
評価と役割の説明は、その後も続いた。
役割には責任があること。
月に一度、再評価が行われること。
評価が変動すれば、役割も変わること。
つまり。
ここは、固定されたクラス社会じゃない。
常に、位置が入れ替わる世界だ。
説明が終わり、教室が解散する。
廊下に出た瞬間、あちこちで声が弾み始めた。
「管理補佐だって!」
「俺も60台、悪くない」
「来月、絶対上げる」
上に行く。
その言葉が、当たり前の目標として共有されていく。
その中で、俺は一人、立ち尽くしていた。
評価もない。
役割もない。
まるで、この場所に定義されていない存在みたいに。
そのとき、背後から低い声がした。
「君」
振り返ると、さっき壇上にいた教師が立っていた。
「少し、来なさい」
廊下の端。
人目を避けるような位置で、教師は小さく息を吐いた。
「正直に言う。役割未定の生徒は、想定されていない」
胸の奥が、ひやりとする。
「過去にも、極めて稀に例はあった。だが――」
教師は、そこで言葉を切った。
「記録は、残っていない」
質問の意味を考える前に、教師は背を向けた。
「今日は解散だ。今後の指示を待ちなさい」
取り残された廊下で、俺は自分の視界を見つめる。
《評価:???》
評価されない。
役割を与えられない。
――それは、この学園で、何を意味する?
答えはまだ出ない。
ただ一つ、はっきりしていることがあった。
ここでは、
上に行くことが正解だと、全員が信じ始めている。
そして、その“上”には、必ず席数の限界がある。
なら。
この学園は、
最初から、誰かを押し下げる前提で作られている。
そう直感した瞬間、背中に冷たいものが走った。
評価されない俺だけが、
この場所を、少し外側から見ている気がした。
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