いいお兄ちゃんなところを見せたい兄と、塩対応な妹
「おはよう! 我が妹よ!」
(ウッッッザ)
休日の朝。普段より遅く起きてリビングへ行くと、眩しい笑顔を振りまくお兄ちゃんが私の前に立ち塞がった。
「今日が何の日か知ってるか? 知らない? なら教えてやろう! 今日は11月23日。つまり」
「勤労感謝の日でしょ」
「あ、うん、それもそうだけど……語呂合わせで考えてみろ。なにか思いつかないか?」
(わざと避けてるんだよ……)
どうでもいいから早くそこをどいてほしい。空腹にお兄ちゃんのバカデカい声とテンションまで加わって、イライラ度が早くもピークを迎えようとしている。しかしどけと言ってもどかないのがこのお兄ちゃんである。遊びに付き合わなければ一生ここをどかないだろう。
「いいふみの日?」
私が別の回答をすると、お兄ちゃんの笑顔が一瞬固まった。
「確かにそれもあるな~! お前は賢いな~! だがそれだけじゃないぞ~! “に”と“さん”、そして俺を見て、なにか思い当たることは」
「うざっ」
「う、うざ……。ごめん、ごめんて……」
思わず漏れた私の本音に、さすがのお兄ちゃんも項垂れた。大人しくなったし、そろそろ頃合いかな。そう思って私は小さく正解の言葉を呟いた。
「……え? お前、今なんて……?」
「だから、いい兄さんの日、でしょ」
するとお兄ちゃんの顔はみるみるうちに笑顔に戻っていった。
「そう! そうだよ! いい兄さんの日! なんだよお前~! 知ってるなら最初っから言ってくれればいいのによ~!」
「そうやって調子に乗るから言いたくなかったの」
「あ、はい。ごめんなさい……」
お兄ちゃん、再度項垂れる。
しかし、バカ故にまた調子に乗り出す。
「でも、たまには調子に乗って、お前に俺のいいお兄ちゃんっぷりを見せてやってもいいだろ~? というわけで、はい! じゃじゃ~ん! お兄ちゃん特製パンケーキです!」
「……え」
お兄ちゃんが横にずれ、リビングのテーブルを指し示す。そこに鎮座するはパンケーキ。それでずっと立ち塞がっていたのか。立ち塞がる意味はあったのか。
意味のわからない行動に私は困惑していたが、お兄ちゃんは構うことなく自慢をし始めた。
「見ろよこのふわっふわな生地! 厚さ! この域に達するには長年の修行が必要なんだぜ~? そしてこの俺の筋肉によりをかけて作ったホイップクリーム! ミキサーに頼らず自分でかき混ぜたんだぞ! どうだ? 美味しそうだろ? だろ? な? 美味しそうだと言ってくれよ頼む嘘でもいいから!」
「……」
たしかに、見た目だけで言えば美味しそう。分厚いし。でもそれを素直に認めるのは癪に障るので、一つ注文をつけることにした。
「……フルーツも欲しい」
するとお兄ちゃんは、謎にもったいぶったような笑い方をし始めた。
「ふっふっふ……。この俺が、いいお兄ちゃんであるこの俺が! 用意していないと思ったか⁉ お前の好きなフルーツもどうだ! ボウルいっぱいに用意してやったぞ!」
じゃーん! と言いながら、お兄ちゃんが冷蔵庫からボウルを取り出した。そこには色とりどりのフルーツが入っている。
「イチゴにオレンジ、グレープフルーツ、パイナップル、リンゴ、キウイ、ブドウ! どうだ! 好きなものだらけだろう! どれも一口サイズに切っておいたからな。好きなだけ乗せて食べていいぞ」
「……なんで、そこまでしたの」
「そんなの、お前の喜ぶ顔が見たいからに決まってるだろ」
「……」
なんでそういうことを妹に向けてさらっと言うかなこのお兄ちゃんは。
「おい。なんでそんな変な顔するんだよ」
「そういうのは彼女にやりなよ」
「ぐっ……いないの知ってるだろ……。つーか、んなこと言ったらお前だって彼氏いねーだろ。……いないよな? いない? ああ、よかった……」
「そこでほっとするなし」
「いや、だって、なんか、嫌だろ。妹が知らない男と一緒にいるところを目撃する羽目になるの。悪い男かもしれないし」
「なにその過保護っぷり」
「過保護で結構。大切な妹を守るのだって、いいお兄ちゃんの役目だからな。……はっ。待てよ。もしかしたら、俺たちが付き合えば万事解決するんじゃぎゃあああ!!」
あんまりムカついたから、私はお兄ちゃんにナイフをつきつけてやった。食事用ナイフではあれど、効果は抜群だった。
「悪い! 悪かった! 変なこと言ってすまない謝るからナイフをこっちに向けるな! 食事用でも危ないものは危ないから! フォークもダメ! なし! お兄ちゃんが全て悪うございました! 調子に乗ってすみませんでした!」
土下座して謝り倒すお兄ちゃん。最初っから変なことを言わなければよかったものを。でも一応反省しているみたいだから、美味しそうなパンケーキを作ってくれたことに免じて、私はフォークを机に置いた。
(あ……)
「ああ……俺と一緒にパンケーキの生地までしぼんじまった……」
さすがに茶番をしすぎた。分厚かったパンケーキが項垂れたお兄ちゃんのようにしぼんでいる。パンケーキが用意されているとは知らなかったとは言え、これには私も多少の罪悪感が芽生えた。
「……私もちょっとは悪いし、このまま食べるよ」
しぼんだからと言って、食べられないわけではない。私は椅子に座ってナイフとフォークを手に……取ろうとしたところで、お兄ちゃんにお皿を奪われた。
「いや、お前には出来立てのふわっふわを食べさせたいからな。ちょっと待っててくれ。今から作り直す」
「……なんで」
「なんでって、だから、お前の喜ぶ顔を見たいからだよ」
「……ありがと」
なにを当たり前なこと聞いてんだ? という顔でさらっと言ってくるお兄ちゃん。でもその気遣いが嬉しくて、私の口からは素直な気持ちが零れ出た。
「ふっ。やっとお礼言ったな。どういたしまして」
出来立てのパンケーキは、まぁ、お兄ちゃんが作ったにしては、美味しかった。




