白い祈りの村
私達は、廃村を巡るのが趣味だった。
その村での営みが、そのままに残る様を感じられるからだ。
しかし、この趣味が、数年前立ち寄った村をきっかけに終わりを迎えることになるとは、微塵も思っていなかった。
とある廃村へ向かう途中、大降りの雨に見舞われた私達は、友人の提案で近くの村へ立ち寄り雨宿りをする事にした。
そこは小さく寂れた村で、かろうじて携帯の電波が届く程度だった。
人気の無さも相まって、ひどく気配が沈んでいるように見えた。
まるで、過去にタイムスリップしたかのような、そんな村だった。
友人と私は、昼食を摂るため最寄り無人駅に車を停めて、辺りを散策する事にした。
こじんまりとした定食屋くらいならと、そう考えたのだ。
人気のない通りを歩きながら、友人と私はどこか張りつめた空気に息を詰まらせていた。
「なんか…変に静かだな」
至る所に、白い布をぶら下げた影が揺れている。電柱、軒先、ガードレール。
軒先に並ぶ白布の群れが、雨風に合わせてゆらゆらと身をくねらせていた。
どの家も静まり返り、雨音だけが、この地からは聞こえてくる。
「……これ、全部、てるてる坊主…?」
友人の声が雨に溶け、空気が一段と冷えた気がした。
引き続き飯屋を探していた所、蕎麦屋を見つけたので、腹を満たすため蕎麦屋へ入った。
「すみませーん、どなたかいらっしゃっいますか?すみませーん!」
声を掛けてはみるが、返事がない。
コンクリート剥き出しの床には、机や椅子が綺麗に並べられている。
壁の張り紙には、角の破れて薄汚れたポスターが貼られていた。
「まだ人がいないのかな…。それとも準備中か…」
不審がりながらも、奥に人が居るのではないかと思い先へ進む。
店内を散策していると、埃被った一枚のチラシが目に入った。
「古い…授業参観の案内…?」
そこには、小学校の授業参観の案内文が書かれていた。
日付けや時間も書いてある。どうやら1年前のものらしい。
友人と相談し、授業参観が無いにせよ、小学校になら人が居るのかもしれないと、実際に訪問してみる事にした。
小学校に到着して間もなく、友人と私はこの村の異常にやっと気付いた。
やはり異様だ。まるで人の気配がない。傘を握る手が濡れるほど震えている。
私と友人は、校庭にも無数の白い影があったのも相まってこの嫌な雰囲気に圧倒されていた。
顔が書いてあるもの、そうでないものが、ただただ吊るされている。
この学校には何があるというのだ。
「少なくともナビに載っているわけだし、廃村の類ではないだろう…」
「それもそうか…」
友人と私は短く言葉を交わし、大粒の雨音が響く中、恐る恐る小学校へと足を踏み入れた。
廊下には子どもの上履きが整然と並んでいる。
廊下を進むたび、不安が募る。私の鼓動は早まる。手のひらに汗が滲む。
廊下の壁には、子供たちの描いた「晴れた日の絵」が並んでいる。
その下にはかすれた文字で「晴娘遊びはやめましょう」と書かれていた。
息を飲み込み、視線が壁の上に自然と移ると、天井から吊るされた白布の影がわずかに揺れていた。
この異様な光景に、私の心臓はさらに跳ね上がる。
「晴娘遊び…?なんだこれ…。」
「はれ..むすめ…?」
謎の遊びが小学生の間では流行る事はしばしばあるが、聞いたことのない遊びである事に間違いはなかった。
一番最初に着いた教室に、奇妙な気配がした。
どうも中の様子が見えない。
だが、友人と私が確かに感じたソレは、未だかつて経験したことのない恐怖そのものだった。
息を飲むたびに喉が詰まり、視界がわずかに揺れて、雨音が遠くに反響するように聞こえた。
教室の扉を開けた先にあるものに、嫌な予感しかしない。
友人と私は顔を見合わせ、互いの手の震えを感じながら息を整える。
教室の扉を開けた瞬間、空気が変わる。
教室の壁には「はれるといいね」の文字と、笑顔の絵。
壁の文字は、天井から伸びる紐に浮かぶ子供たちと奇妙に呼応していた。
「…う…うそだろ…」
「なん….これは…」
声にならない叫びが喉の奥で詰まる。
目の前の光景を、本能が理解するのを拒んでいる。
見てはいけないものを見た。
そんな安易な言葉では言い表せない、そこだけが切り取られた異空間の様な、人の感じられる全ての恐怖を凝縮した様な光景だった。
ここはまずい。そう直感する自分と、真実を確かめずにはいられない自分が戦っていた。
思わず後ずさりし、震えが止まらない手を必死に抑えた。
ここから先は、あまり憶えてない。
足は自然と出口へ向かう。
理性が感情に押し潰された瞬間だった。
私の記憶には、出口へと全力で向かっていたことだけが断片的に残っている。
あの子供達は一体なんだったのか。この村で何が起きたのか。村の人はどこへ行ったのか。
辿り着きもしない思考が絶えず頭を駆け巡る。
「…早く家へ帰ろう。」
友人と私は、急いで車を走らせた。
途轍もない恐怖に胸が締め付けられながら、私達は帰路へと着いた。
日常の落ち着きを取り戻した頃、友人から連絡があった。あの村についてだ。
少なくとも、一年前までは人の暮らしがあり、あの小学校の張り紙の「晴娘遊び」は、てるてる坊主の原型である「掃晴娘」に関係している可能性があるという。
小さな布や紙で作った人形を吊るし、天候の安定や行事の成功を祈るものだと。
「…だから、それが何だってんだよ…」
「わからない…それはそれとして、こういう場合、警察に知らせた方がいい。もう一度だけ…あの村へ行かないか?」
思い出すだけで吐き気がする。二度と行きたくない。
それでも、見てしまった以上、流石に警察には届けた方がいいだろう。
友人の強い説得に折れた私は、胸の奥にざらついた不安を抱えたまま、私は渋々その提案を受け入れた。
私たちは村の小さな交番を訪ねたが、やはり人の気配はなかった。
仕方なく隣町の警察署へ行き事情を話すと、何を言っているのか分からないと言わんばかりに渋々上司の許可を得た警察官が、村の調査のため同行してくれることになった。
再び村へ入ると、あの日よりも雨脚が強い。
警察官も半信半疑のままだったが、村に入った途端の人気のなさ、あちこちにある白布、不気味さを肌で実感したようだ。
とにかく、小学校のアレを見てもらわなきゃ信じてもらえない。
私と友人は警察官を小学校へと案内した。
異常さを肌で実感した警察官も、小学校の光景を目の当たりにした途端、思わず息を呑み、この現実が現実であるかを疑った。
警察官は青ざめた顔で「今日は一度戻る」とだけ言い、応援を呼ぶと告げた。
教室から離れる際、友人がふと足を止めた。
「どうした…?」
「これだけ吊るされてないの、かわいそうだろ?」
彼は軒先に残された一体を拾い上げ、吊るされていた一体の近くにそっと吊るした。
その瞬間、遠くで雷が鳴ったような気がした。
雨は弱まるどころか、さらに激しさを増していた…と思う。
…何か嫌な予感がした…杞憂だといいが…。
それからというものの、一週間ほど友人と連絡を取ることもなく、私は平穏な日々を再び取り戻しつつあった。
そんなある時、警察から連絡があった。
電話口の声を聞く前から、胸がざわつき、嫌な予感が走る。
「自殺…?アイツが…?」
言葉が喉に詰まり、血の気が引くのが分かる。
「…ご冥福をお祈りします…」
その瞬間、全身の力が抜け、目の前が暗転するようだった。
警察官が落ち着いた口調で何かを伝えていたが、そんな事は私の耳には入らない。あの日、あの時一緒に居た仲間である友人が首を吊っていたとの情報が、何よりも私をさらなる恐怖へ突き落とした。
私の胸は激しく波打った。見てしまったあの村の光景、小学校で流行っていた謎の遊び、吊るされていないてるてる坊主を友人自ら吊るしたあの瞬間——すべてが頭の中で繋がった。
それ以来、私は廃村巡りの趣味をやめ、静かに暮らしている。
雨はまだ、やまない。




