Scene 5: 旅の振り出し
近くの町・酒場
酒場の片隅。レイムの「心当たりがない」という絶望的な告白は、テーブルをさらに重い沈黙で包み込んだ。
「……拾ってこい」
やがて、勇者アレスが、まるで魂が抜けたような声で言った。
「え?」
「いいから、拾ってこい!」
アレスはテーブルに両手をつき、レイムに向かって身を乗り出した。その顔は、三年間の苦労と、裏切りと、そして一縷の希望がないまぜになったような、複雑な表情をしていた。
「幸い、始まりの村は近い」
「……そ、そそそ、そうなの?」レイムは、おずおずと尋ねた。
「そうだ!」アレスは声を荒げた。「俺たちは必要なアイテムやら何やらを集めるため、七つの大陸をグルっと回って魔王城に来たけど……始まりの村からも魔王城はしっかり見えていた!」
三年間、壮大な旅路だと思い込んでいた行程の最後に、故郷が目と鼻の先にあるという事実。それは、レイムの嘘と同じくらい、アレスたちの徒労感を深めるものだった。
「いいか。俺たちは、ここで魔王城の様子を探りながら待ってるから。お前はすぐに拾ってこい!」
「……お、おおおお、落としたの三年前だけど……あるかな……?」
レイムの不安はもっともだった。三年間、雨風に晒された地面に、魔法という概念的なものが残っているとは、にわかには信じがたい。
アレスは、そんな常識的な懸念を、最早、考えることをやめていた。
「あることを期待する!」
彼は、一人の勇者として、最後の力を振り絞るように叫んだ。
「魔法なしじゃ、何も始まらないんだ!」
アレスの必死な目を見て、レイムの瞳に微かな決意が宿った。自分のせいで仲間を絶望させてしまったという罪悪感が、彼女を突き動かす。
「……わ、わわわ、わかったわ」
レイムは勢いよく立ち上がると、震える声に力を込めた。
「探してくる!」
そうして、人類の命運を賭けた魔王討伐の旅は、一旦停止した。
代わりに、レイムの落とした魔法を探す、たった一人の旅が、今、再び始まろうとしていた。




