Scene 7: 最初の魔法と、終わった時代
床にめり込んだガイムを尻目に、レイムはカウンターの前に移動し、呆然としているライラに歩み寄った。
「どうしちゃったんですか?」
レイムは、今の荒れたライラと、三年前の彼女の姿を重ねて、胸が痛んだ。
「三年前、私たちの冒険者登録をしてくれた時は、あんな素敵な笑顔で、すごく親切にしてくれたのに!」
「……そんな昔のこと……」
ライラは、うつろな目で、酒瓶の残骸を見つめた。
*回想(三年前)**
レイムたちの登録時。ライラは、登録用紙を出しづらそうにしているアレスに、笑顔で優しく語りかけた。
「どうされました?どうかしましたか?わからないことがあったら何でも聞いてください」
アレスが「勇者で良いのかなって思って」と尋ねると、ライラは力強く断言した。
「問題ないですよ!勇者に資格はいりません。気持ちの問題!志のある人はみんな勇者になれますよ。さっ、登録しちゃいましょう!」
*回想、終了。*
「あの頃のライラさん……なんでこんな……」
ライラは、レイムの目から逃れるように顔を背け、荒れた声で吐き捨てる。
「あーもう!世界が変わったんだよ!」
「みんなが希望に満ち溢れ、冒険者に憧れ目指した時代はとっくに終わったんだよ!今や冒険者になろうなんてやつは頭のおかしいやつだ。だから冒険者ギルドは、御覧の通りだ」
「……なんで……あんなに……いたのに……」レイムは、当時の喧騒を思い出して呟いた。
「あんた、何にも知らないね」ライラは、憐れむような目でレイムを見た。
「冒険者目指した奴は魔王討伐目指して……ほとんど死んじまったよ。死んじまったんだよ!そんな危険な仕事やろうなんて奴は異常者なんだよ」
「……異常者……」
レイムは、言葉を失った。アレスたちが目指した理想の未来は、とっくに潰えていたのだ。
「結局、魔王の元には誰もたどり着いていない」ライラは、カウンターに顔を伏せる。「最近、魔王城まで到達した勇者がいるって噂が流れてきたけど、どうなったんだか。その後、何にも情報入ってこないし、どうせ魔王に殺されたんじゃないかね」
レイムは、すごく気まずい感じになり、視線を彷徨わせた。
「……死んでないです……死んでない……と思います」
「なんでそう言い切れんのさ」
レイムは、さすがに自分が**「魔王城の前にいる勇者パーティーのメンバーだ」**とは言えない。
「……なんとなく……なんとなく……がんばって……いるんじゃ……ないかな……」
「どうなんだか……」
ライラは、希望のない世界に慣れきっていた。
「大丈夫……大丈夫です。がんばりますから!」
レイムは、自分自身を鼓舞するように、そしてライラを励ますように、強く言った。
「あんたが頑張ってもね……まぁいいさ」ライラは、壁にめり込んだ看板に目をやった。「あれ、あの文字持っていきたいんだろ。好きにしな」
「……っ!あっ、ありがとう……ございます」
レイムは、感謝を告げ、看板からせり出した魔法の文字を手に取った。それは、先のダンジョンで見つけたものよりも、大きくしっかりとした形をしている。
レイムは、真新しい魔導書を開き、文字をそっと置いた。
スゥーッと、魔法の文字は魔導書に吸い込まれていく。
「戻った……! まずは一つ目……火炎矢!」
それは、彼女が冒険に出始めの頃に覚えた魔法だった。それでも、確かに戻ってきた。
レイムは、失われていた自分の「一部」を取り戻した喜びに浸り、そっと魔導書を胸に抱きしめた。これで、レイムの魔法探しは、ようやく本格的なスタートを切ったのだった。




