Scene 2: 最初の試練
魔王城一階・広間
魔王城の分厚い扉をくぐると、その先は信じられないほど広大な広間だった。
天井は遥か頭上、空間全体を巨大な祭壇のように禍々しい装飾が埋め尽くしている。石柱には異形の生物が血を啜るレリーフが彫られ、床には呪文じみた幾何学模様が浮かび上がっている。入った瞬間から、全身を押し潰すような圧倒的なプレッシャーが四人にのしかかる。
そして、広間の奥。ひときわ強い怪しい光を放つ玉座のような場所に、女性の影が浮かび上がっていた。
「……人間ごときが、足を踏み入れていい場所ではないわ」
ゾクッとするほど冷たく、それでいて聴く者を惑わす妖艶な声。
彼女こそ、魔王直属六代魔将の一人、霊魔女リーグリース。
肌の露出の多い、漆黒と深紅のローブを纏ったその姿は、一見すると息を呑むほど美しい。しかし、その瞳に宿るのは、人間という存在を見下す、深すぎる侮蔑の色だ。
リーグリースは、玉座に肘をつき、気だるそうに、それでいて高圧的に言葉を放った。
「かえりなさい……と言いたいところだけど、残念ね。もう城の外には出られないわ」
彼女はフッと口元を歪め、残酷な宣告を下す。
「そのまま、土に還りなさい」
「ふざけるなッ!」
真っ先に反応したのは戦士ガリウムだ。仲間の命を弄ぶ態度に、彼は激高する。
「俺達はお前を倒して、先に進むんだよ!」
ガリウムは巨大な戦斧を捨て、得物である大剣を引き抜き、雄叫びと共にリーグリースへ真っ直ぐ斬りかかる!
刃が、リーグリースの細い首筋を目掛けて振り下ろされる――が。
スッ、という空を切る音だけが響いた。
ガリウムの剣は、リーグリースの身体を何の抵抗もなくすり抜けた。彼女の体は、まるで実体のない幻影のようだった。
「ッな……!?」
ガリウムが目を見開くのと同時。
リーグリースは、煩わしそうに左手で軽く払うしぐさをした。
その瞬間、ガリウムの巨体が重力から解放されたかのように宙に舞い、広間の壁に叩きつけられる。
「ぐっ……!?」
衝撃が全身を貫き、大剣が手から滑り落ちた。
「ガリウム!」
勇者アレスが駆け寄ろうとし、すぐさま状況を分析する。
「チッ……やっぱりか。リーグリースには、物理攻撃は通じない!」
魔将の情報を思い出し、アレスは即座に仲間に指示を飛ばす。
「**レイム!魔法攻撃だ!**アイツは霊体に近い!魔法なら効くはず!」
アレスの声を受け、今まで無言でいた魔法使いレイムが、ようやく顔を上げた。
だが、彼女はアレスの方を見ようとせず、目線をそらして、まるで罰を受ける子どものように気まずそうにしている。
「レイム、どうした?」アレスは苛立ちを隠せない。状況は一刻を争う。
「……おと……」レイムの口から、か細い声が漏れた。
「どうした?何だ、はっきり言え!」
焦るアレスに、レイムは、さらに目を泳がせて、耳を疑うような言葉を口にした。
「落としてきちゃったみたい……」
「何を?」
「魔法を……」
……静寂。魔王城の重圧さえも、一瞬だけ消え失せたように感じられた。
アレスは数瞬、思考が停止した。
「……はい?」
「だから……魔法……」
レイムは、涙目になりながらも震える声で告白する。
「落としちゃったみたい。だから、魔法使えない」
広間に、深すぎる絶望の沈黙が落ちた。
「は、はははは……」
リーグリースが、心底面白そうに、腹を抱えて笑い始めた。




