Scene 11: 魔法が落ちるのは常識
目の前で、魔法の文字がスゥッと魔導書に溶け込む光景を目撃したレイムは、頭の中がパンク寸前だった。三年間の苦悩が一気に解消された安堵と、新たな疑問が一気に噴出する。
「ごっ、ごごごごごごめんなさい……!」
レイムは再び少年を捕まえそうになりながら、剛腕を抑え込んだ。
「でも魔法……魔法! なんで!?どうして!?そそっ、そういえばそもそもあなたは誰!?」
「待て待て、誰はこっちのセリフだ!」
少年は、レイムの凄まじい勢いに後ずさりながら叫んだ。
「人の魔法、盗みやがって!」
「ちっ、ちちちち違う違う違う! 私も……落としたの!落としたのよ、魔法!」
その必死すぎる弁解と、極度の動揺ぶりに、少年は完全に呆れてしまった。
「……本当に、何も知らないんだな、お前」
少年は、やれやれというジェスチャーとともに、ため息をついた。
「俺はリム。魔法使いだ。……いいか、お前が隠してた事実を教えてやるよ」
リムは、レイムの目をまっすぐ見て、驚くべき「常識」を告げた。
「魔法を落とすのは、常識だぜ!」
レイムは目を丸くした。
「数年前から、魔法は落ち続けてるんだよ。あっちこっちの魔法使いが、気づかないうちに魔法を落として、街中や野山に転がってるんだ。お前が特別なんじゃねえよ」
世界規模の異常現象。魔王討伐どころではない、魔法界の危機。
「わっ、わ私は……レイム。魔法使いだけど……魔法、全部落とした……」
レイムは、自分だけが抱え込んでいた、人生最大の恥ずかしい秘密が、単なる「よくあること」だと知って、混乱しながらも、根源的な疑問を口にした。
「そそそっ、そもそもなんで魔法……落ちるの……?」
リムは鼻を鳴らした。
「知らねぇよ。知ってたら落とさねぇし、原因不明で魔法使いみんな困ってんだよ」
その言葉を聞いたレイムは、なぜかストンと肩の力が抜けるのを感じた。
(……へー……)
「自分だけじゃなかったんだ」という、絶望的な世界情勢の中での、まさかの安堵感。レイムの心は、三年間張り詰めていた糸が切れ、一気に軽くなったのだった。




