Scene 10: 文字の帰還
レイムの「力(STR)530」を込めた剛腕に肩を掴まれた少年は、顔を真っ青にした。
「うぐっ……! し、死ぬ……!」
レイムは慌てて力を緩め、少年から手を離した。自分の異常な筋力に、未だ慣れていない。
「あ……っ、ごごごごっ、ごめんなさい……!」
少年は咳き込みながら、地面にへたり込んだ。しばらく息を整えてから、睨むような目でレイムを見上げる。
「おまえ、魔導書持ってんのは見たけど、魔法使いだろ? 何にも知らねぇんだな」
「いや……ずっと旅してたので……」
レイムには、後ろめたさがあった。自分が魔法を落とした事実を隠すため、旅の間、彼女は世間との関わりを極力避けていた。勇者一行の他のメンバーに迷惑をかけないよう、情報収集や交流はすべてアレスかラザロに任せてきたのだ。その結果、世間的な常識から完全に隔離されてしまっていた。
少年は、レイムの様子を見て呆れたようにため息をついた。
「しょうがねぇな」
少年は立ち上がり、手を差し出した。
「ほら、その文字貸せよ。いや、返せよ!」
レイムは、恐る恐る、内ポケットから「ファイア」の魔法文字を取り出し、少年に渡した。
少年は魔法文字を受け取ると、自分が持っていた古ぼけた魔導書を開き、文字をペタッと置いた。
すると、「ファイア」の黒い魔法文字は、まるで水に溶けるように、すーっと本の中に消えていった。
「これで良し!」少年は満足げに魔導書を閉じた。
「ほらな。魔法の文字は、ちゃんと持ち主の魔導書に戻っていくんだよ」
魔法の文字は、一度魔導書から放出されると、持ち主が意識して回収しない限り、誰の魔導書にも取り込まれない。ましてや、文字自体を無理やり組み込もうとしても意味がない。必要なのは、持ち主の魔導書に触れさせることだけだったのだ。
レイムは、目の前で起こった現象を理解できず、口をぽかんと開けたまま、恐ろしく感心したような声を漏らした。
「へーっ!」
三年間、壮大な旅を続けてきた勇者一行の魔法使いは、たった数秒で解ける魔法の基本すら知らず、たった一人の少年にすべてを教えられてしまったのだった。




