Scene 8: 最初の魔法、そして難題
ダンジョン入口
レイムは、ムキムキの剛腕でゴブリンマスターを倒したにも関わらず、ひたすら走ってダンジョン入口まで戻ってきた。息を切らしながら周囲を見渡す。
(落ち着け、私……!)
彼女は、三年前の記憶をたどった。
「そうそう、この辺り……」
レイムの視線が止まったのは、入口付近に転がっている大きめの石だ。角が丸く、腰掛けるのにちょうどいいサイズ。
(アレスが、疲れて立ち上がろうとしたとき頭ぶつけてた石……)
その石の周囲。三人は、ゴブリンマスターを倒した興奮と疲労でフラフラになり、力尽きてそのまま寝てしまった。
「このあたりで……何かが、ぽろっと落ちた気がした……気がした!」
その「気がした」という曖昧な記憶こそが、三年間探し求めてきた手がかりだった。
レイムは、石の付近の草むらに這いつくばるようにして、目を凝らす。
すると、小さな草の隙間に、黒っぽい何かが挟まっているのを見つけた。
そっと指でつまみ上げる。それは、まるで漆黒の紙を切り抜いたかのような、不規則な形をした物体だった。しかし、その表面には、微かに古代文字が刻まれている。
「この字の感じ……これって……魔導書の……」
それは、レイムがかつて使っていた魔導書のページを構成する、魔法の言語だった。
レイムは、震える手でその落ちている文字の綴りを確認した。
【ファイア】
小さな火の玉を作る魔法
「間違いない……!落ちてる!本当に、魔法が落ちてる!」
レイムは感動と困惑がないまぜになった声を上げた。三年間、フリをしてきた魔法。それが、こんな形で、目の前の草むらに転がっていたなんて。
だが、喜びも束の間、次に彼女を襲ったのは、**「これをどうすればいい?」**という、根本的な疑問だった。
(私の中から落ちたものだから、飲み込む? それとも、白紙になった魔導書に貼り付けてみる?)
レイムは、藁にもすがる思いで、魔導書を開き、文字をページに押し当ててみた。
ペラ……
「張り付かない……!」
魔法の文字は、ただの紙のようにパラリと落ちた。
「じゃあ、飲む?」
レイムは、**「ファイア」**と書かれた黒い文字を手のひらに乗せ、じっと見つめた。これを口に入れれば、本当に魔法が戻ってくるのだろうか?
(いや、ちょっと待て。その勇気はない!)
レイムは、未知の物体を摂取する恐怖に打ち勝ちきれず、結局、文字を飲み込むことはできなかった。
しかし、彼女は大きな一歩を踏み出した。
(でも、確実に、魔法らしいものは落ちていることはわかった!)
レイムは、希望を胸に、「ファイア」の魔法文字を服の内側に丁寧にしまい込みつつ、その周辺をさらに捜索した。
だが、結果は変わらない。
(文字は……これだけだった)
三日目の旅で落とした魔法は、たった一つ。レイムの魔法体系は、一体どれほどの文字の集合体だったのだろうか。残りの魔法文字は、どこに散らばっているのか。
レイムの「落とし物探し」の旅は、ようやく手がかりを掴み、そして、さらなる謎を深めることになったのだった。




