第83話 情緒不安定
「嫌いじゃないけど──リオンくんのバカ、か……」
昨日、ヴィエルジュに言われた言葉。
「あれか……同い年なのにメイドなんかやらせてたのが嫌になったか……そうだよなぁ。普通は嫌だよなぁ」
だからご主人様呼びをやめて名前呼び。お前自身は別に嫌いまでいかないけど、王族にメイドやらすとかバカじゃねぇの? というヴィエルジュなりの反抗。
それに気が付かず俺は追いかけ回して……。
「うわぁ、俺ってばきもすぎぃ……ぁぁぁぁぁあ!!」
ベッドの上で反省会を取り行っていると、自分自身のキモ行動に悶絶しちまう。
コンコンコン……。
ジタバタとしていると、控えめなノックが聞こえてくる。
ウルティムか? ここ最近、やたら俺の世話をやいてくれるからな。『あれれぇおかしいぞぉ。マリンに教わった時は──』なんて半分実験台になっちまってるけども。
いや、あいつは律儀にノックなんてしないか。
「あいあーい」
ガチャリと扉を開けると、メイド服姿のヴィエルジュが立っていた。
「……」
「……」
数秒だけ見つめ合う。
相変わらずいつ見ても美しい顔をしているなぁと見惚れてしまっていると、プイっと顔を逸らされちゃった。
「おはようございます、ご主人様」
蚊が鳴くよりも小さな声でモーニングコール。
なんだかメイド服を無理に着さして、部屋に来させてる感が半端なくてやるせなくなる。
「おはよう、ヴィエルジュ」
それでもなんでも、いつも通りヴィエルジュが来てくれて嬉しい気持ちは隠せない。
微笑んで朝の挨拶を返すと、顔も合わさずに中に入って来る。
「ここ最近、私が来なかったらから部屋が汚いでしょ。私が来たからにはもう大丈夫──」
そんなことを言いながら入って来るヴィエルジュの言葉が途切れた。
「綺麗……ですね……」
「まぁな」
フーラとウルティムがちょくちょくやって来て掃除してくれていたことは黙っておいた方が良いのかね。
「お姉ちゃんとウルティム様が来て掃除してくれていたのです?」
この子ったらほんっと勘の良い子。って、ちょっと考えればわかるか。
「まぁ……」
「むぅ」
頬を膨らませてちょっぴりお怒りの様子。
そのまま部屋の窓枠なんかを指でなぞる。
「ふっ。まだまだですね」
「自分の部屋は棚に上げるタイプの姑かっ」
あ、やば。つい、いつものノリでツッコミを入れてしまう。
もちろん俺の声が届いていたヴィエルジュは、プルプルと身体を震わせていた。
「べ、別に私の部屋はどうでもいいから」
怒った様子のまま、ヴィエルジュはキッチンに向かっていった。
「紅茶淹れるから座って待ってて」
「は、はい」
怒ってるなぁ。ここはメイドに従い、いつものテーブル席に腰掛ける。
手際の良いヴィエルジュはサクッと紅茶をご提供。紅茶の良い香りが俺の鼻を通ってリラックス効果をもたらしてくれる。
「おいしい」
しみじみと一言。最近、ウルティムの実験台になっていた身としては至高の一時である。
「いつも通り、おいしいな。ありがとう、ヴィエルジュ」
心の底から感謝の意を伝えると、突っ立っているヴィエルジュは顔を逸らして、「ども」なんて簡易的に返事をする。
「座らないの?」
いつまで経っても突っ立っているもんだから、尋ねると、あわあわして俺の膝の上に座って来る。
「ありゃま。そこはいつも通りなんだな」
「!?」
彼女がビクンと跳ねて、俺を睨んで来る。
「リオンくんのえっち!!」
「流石に理不尽の極みでは?」
♢
朝の一時が終わると、ヴィエルジュは着替えて来ると言って一度部屋に戻って行った。
うん。ヴィエルジュよ。今日は学園があるのになんでメイド服を着て来たんだよ。
メイドが嫌なわけじゃない? それとも、もうメイドをやめるから最後のはなむけみたいなノリ?
わ、わからん。女心、まじでわからん。
そう思いながら学園寮を出たところで、ヴィエルジュを待つ。
「おはよーリオン。今日、あっついねぇ」
「うぃーっす。夏服に衣替えってもあんま変わり映えしねぇよな」
流石に数ヶ月が経過したもんだから、寮にいる人達とは顔見知り。すれ違えば挨拶する程度の関係にはなる。まぁ全員が全員、俺のことを嫌いではないってこったね。
「あ……」
何人かとすれ違い様の挨拶のあと、圧倒的ヴィジュアルの女の子。
俺と目が合うと、軽く目を逸らしながらもこちらに駆け寄って来る。
「別に、先に行っていても良かったのに」
「夏服に衣替えしたのに冬のように冷たいこという子だな」
「……感想は?」
「え、鬼の子かな。感想を言ったのに感想って、遠回しに言い直せってこと?」
「ちがいますー。私、夏服着ました」
「あー、ね」
そゆこと。
まじまじとヴィエルジュの夏服を見る。ただ魔法学園のマントを取っただけ。あとはワイシャツに学年カラーのネクタイ。スカートという、ザ・シンプル。だからこそ素材の良さが際立つ。
「視線がえっちです……」
「感想を求めて来たんだよね?」
「見ずに感想を言ってください」
「大いなる理不尽。リオンじゃなきゃ耐えられないぜ」
「良いからさっさと感想言ってくださいよ」
「御意」
この理不尽メイドに夏服の感想を発表させてもらう。
「めっちゃ似合うな。一緒に放課後デートしたらめちゃくちゃ楽しそう」
本音をぶちまけると、ジトーっと俺を見つめてくる。
「それ、服の感想ではないのでは?」
「仰る通り過ぎでぐぅの音も出ん」
「ぷっ、くすくす」
ヴィエルジュは楽しそうに笑うと、ニコッと笑顔で言って来る。
「リオンくんってバカだよね」
「……あのさヴィエルジュ」
「あ、えと……いきなりバカはダメでしたね……すみません」
「ちょくちょく名前呼びされるのギャップでどうにかなりそうだからさ、名前で呼ぶ時は予告してくれよ。じゃなきゃ心臓がドキドキしちまう」
「ふぅん……こんなんでドキドキしちゃうんだ」
どこかイタズラっぽい笑みを見せながら一言。
「やっぱりバカだね」
この子、なんか小悪魔みたいになっているんだけども。
♢
教室に到着すると、小悪魔系メイドのヴィエルジュが当たり前のように俺の右隣に座ってくれる。なんだかそれが妙に嬉しくて、安心していると、ジト目で見られてしまう。
「ご主人様。目つきがえっちですよ」
「今日やたらえっちって単語使ってません?」
「ご主人様がえっちなのがいけないのです」
男は一五分に一回えっちなことを考える生き物だぞ。なんて言えば、恐ろしい答えが返ってきそうなので黙って敗北しておこう。
「おっはよー」
犬っころみたく元気で人懐っこい挨拶が聞こえてきた。
「おはよう、フーラ」
「おはようございます。フーラ様」
俺の左隣に腰掛けるフーラは手をひらひらとさせらながら着席した。
「やーやー、みんなー、おっはよー」
なんか、どこぞの大御所みたいにウルティムがやって来て、俺の前の席に座った。いや、どこぞの大御所っていうか、この子は元勇者なんだし、立派な大御所か。
「あれ、ウルティム。今日はリオンくんの隣に座らなくて良いの?」
「んー?」
ウルティムが後ろを振り返り、フーラとヴィエルジュを見比べたあと、含みのある顔をしてみせる。
「アルバートの未来のために、この超絶お姉様が譲ってあげているのさ。ぼくって超おとなぁ」
これが世界を救った勇者かぁ……。
歴史に名を残す人達も所詮は人間。俺の知っている偉人達も蓋を開けてみたら大したことねぇのかもな。
「ウルティム超おとなぁ。リオンくんとの結婚式は盛大にステラシオンでやるからダンベル持ってやって来てね」
「なんでアルバートの子孫がステラシオンとかいう脳筋の国で結婚式を挙げようとしてんのさ」
「ヴィエルジュも祝儀はバーベルでオッケーだからね」
「私、スミスマシン派なので」
この世界にスミスマシンなんてあんの?
「というか、フーラ様はなにをご主人様と結婚できる気でいるんですか?」
「あっれー。ヴィエルジュちゃんはぁ、大好きなご主人様とぉ、結婚したいでちゅかぁ?」
「あ、やや……」
いじられキャラのフーラがいじる側に回っている、だと!?
そのことに驚愕していると、パチンとヴィエルジュに肩を叩かれる。
「こっち見ないでください!!」
「まだ見てねぇよ」
「なんで見ないの!?」
「今見たよ」
「こっち見ないでよ」
「理不尽オブザイヤー受賞できるぞ、おい」
ヴィエルジュは机に突っ伏して顔を隠した。
「やっば、ヴィジュアル超かわいー」
「フーラ性格最悪―」
「普段いじられているからこそ、たまにいじる感覚──たまんねぇなぁ、おいっ」
「うわぁ……」
ウルティムが子孫の性格の悪さに引いていた。
♢
「あーい、お前らー。明日は、『学園合同ダンジョン攻略、夏の陣』についての決めて行くから、朝から講堂集合だぞぉ」
授業が終わり、担任のカンセル・カーライル先生がクラス全員に伝わるように言うと、さっさと教室を出て行った。
まぁあの先生も教師じゃない方で色々忙しいだろうからなぁ。
「さて、今日もお勤めご苦労さん」
ってなわけで颯爽帰宅。さっさと部屋に戻ってゴロゴロすっべ。
なんて考えていると、俺の制服の右袖が掴まれる。
「んぁ?」
そのまま右隣を見ると、ヴィエルジュが視線を伏せたまま俺の服の袖を引っ張っていた。
「──の?」
「ん?」
聞こえなかったので、首を傾げると、ゆっくりとこちらに顔を向けてくる。
その顔は真っ赤に染まっていた。
「放課後デート、しない、の?」
「します」
こんな言い方されたらするに決まってんだろ、ちくしょう。




