第82話 ヴィエルジュ
おかしい。変だ。
「──って感じでさ、色々やばかったよ」
自室にて、ご主人様から今回の件を聞く。アルバートの行方不明事件のこと。ヴァンパイアのこと。ウルティム様のこと。そしてご主人様の魔力のこと。
全て聞いて理解する。理解はできるけど。
「ヴィエルジュ。まだ顔が真っ赤だけど、体調はまだ悪い?」
「へ!? あ、や……」
なぜかご主人様を直視できない自分の感情は理解できない。
チラリと顔を見ただけで、心臓が強く鼓動をうつ。
「ま、無理だけはすんなよ。じゃあな」
言い残してご主人様は出て行った。
パタンと閉まる扉の音を聞くと、「はぁ……」と重いため息がもれた。
「なんで……こんなにドキドキしてるの、私……」
♢
体調はすっかり良くなっている。いつまでも休んでいるわけにはいかない。
だからご主人様のメイドとしてお世話をしないといけない。
なのに、ちょっとでもご主人様のことを考えるとドキドキして身体が熱くなる。
意味わかんない。なんなの、この感情。初めてなんだけど。
自分自身に起こっている異常に怒りながら制服に着替えて──
「なんで私は学園に向かっているの……」
ご主人様の部屋に行って起こしに行かないといけないのに、なんで私は逃げるように学園に向かって行っているのだろうか。
「あ、ヴィエルジュだ」
私の名を呼ぶその声の主は、メイド服を着ており、ピョンと目の前に立つ。
「お、はようございます、ウルティム様」
「おっはよ」
今回の件を経て、随分と印象が変わってしまった彼女。ご主人様の話では、元勇者で私達の先祖ということになるお方。記憶がなかったから物静かなだけであり、その本質はやはりアルバート。お姉ちゃんみたいな性格の人なのですね。
「あれ、もう学園に行くの? マスターのところには行かない感じ?」
「あ、ええっと、あはは……」
なんて返して良いかわからず、苦笑いが出てしまうと、「うーん?」と覗き込むように見られてしまう。
「まだ体調が良くないの? 無理しないでね。同じ双子でもフーラは阿呆だからもう良くなったみたいだけど、ヴィエルジュは繊細そうだからさ」
ウルティム様はこちらの事情も知っているみたいだ。こちらも彼女の事情を知っているからお互い様だろう。
「お気遣い感謝します。でゅわ」
語尾を噛んでしまい、そそくさとその場を去ってしまう。
「またあとでねー」
元気良く手を振ったあと、とてとてと学園寮の方へ走って行くウルティム様。
ああ……ご主人様のお世話をするんでしょうね……私も……。
そう思い、学園寮へ足を向けたかったが、自分の足は言う事を聞かず、そのまま学園に向かってしまった。
♢
私のばかばかばか!!
ご主人様がせっかく心配してくれたのに、なんで拒絶するみたいに弾くのよ。
「普段なら、『ご主人様の手がヴィエルジュのおでこに……ああー甘美なりぃ♡』ってなるところでしょうね……」
「ほらぁ、やっぱりそう言うじゃん」
「ヴィエルジュも阿呆族、だったんだね」
「!?」
お昼休み。学園の中庭で座っていると、唐突にお姉ちゃんとウルティム様が現れた。
「いやいやいや。普通に中庭で独り言ぶっ放して、『なぜ!?』みたいな反応やめてよ」
「でも、本当に様子がおかしいね」
ウルティム様が隣に座ると、艶容な顔付きで尋ねてくる。
「この超絶お姉様に話してみな、ガール」
「あ、えと……」
「とりあえずリオンくんが全部悪いのはわかっているからさ。私達に話しだけでも聞かせてよ」
逆隣にお姉ちゃんが座りながら優しく言ってくれる。
「や、その……ご主人様が悪いとかではなくてですね……えと、なんて申しましょうか……自分の気持ちがその……」
どう話して良いかわからず、ごにょごにょとなってしまうと、ウルティム様がポンっと軽く背中を叩いてくれる。
「上手く言語化する必要はないよ。素直に今思っていることは吐き出してみなよ」
あ、この人、世界を救った人だ。となんとなくわかってしまう物言い。それに甘えて、彼女の言う通りに率直に感じている胸の内を曝け出す。
「最近、ご主人様のことを考えると、ドクンとしてビクンとしてバタンとするというか。もう、ブワアアアってなって、ウワアアアアアンとなります」
「うん。どういうこと?」
「そっかそっか。つまり、今までリオンくんのことは大好きで、気持ちを素直に出せていたのに、ここ最近、リオンくんを見ると胸がドキドキして直視できない、と」
「なんで今のでその解釈ができるんだよ」
「お姉ちゃん……」
「正解なのかよ」
「そりゃ私達双子だからね」
「良いのかよ、学園では隠してるのに中庭で普通に声を出して言って」
「見なよウルティム。今、この場には私達しかいない」
「ぼくが少数派かよ、ちくしょう」
ま、そんな茶番は置いておき、とウルティム様が改めて私へ聞いてくる。
「ヴィエルジュ。フーラの言う通りなの?」
改めて聞かれると恥ずかしくって、声に出さずにコクリと頷いた。
「なるほど、ね……。それってここ最近の話って言ったよね?」
「は、はい。ヴァンパイアの魅了? 風邪っぽい症状が治った辺りから、です」
ウルティム様は少しばかり考えて、「もしかしてだけど」と前置きをしてから教えてくれる。
「それはヴァンパイアが死んだことと関係があるかも」
「ヴァンパイアが?」
お姉ちゃんの方から声がして、ウルティム様がお姉ちゃんに質問を投げた。
「フーラは魔人化される前、マスターのことが好きだった?」
いきなり言われてちょっとばかし恥ずかしそうにするお姉ちゃんだったけど、真面目そうな顔をするウルティム様にならい、真面目に答える。
「そう、だね。リオンくんといると楽しいなぁって感じで好きだったかも」
「ヴァンパイアの血を体内に入れられて魔人化。それをマスターの真実を暴く魔力で治す。もともとフーラはマスターが好きだった。でもほら、片想いって相手に悟られたくないでしょ。だけど、真実を暴く魔力が体内に入ったから好意を隠すことなく、その好意が表に現れる」
「確かに……魔人化を治してもらってから、リオンくんめっちゃ好きぃってむき出しになってたかも」
「マスターのお兄ちゃんは家族だから一旦別件として、多分、ルべリアもフーラと同じような感じだと思うんだ。だけど、ヴィエルジュ場合、二人とは状況が違うんじゃないかな?」
なにも違うことはないだろうと思ってしまう。私だってご主人様に魔人化を治してもらって──。
「ぁ……」
疑問の中で気が付く。
「私は幼い頃、ご主人様に好意を抱く前に……」
「うん。二人とは順番が逆だね。魔人化を治してもらってから好意を抱いた。それもまだ心が育っていない幼子だ。だからヴィエルジュは極端にマスターへの好意がむき出しになってしまった」
私だけ順番が逆。それはわかったけど。
「なんとなくわかったけど、ヴァンパイアが死んだことと関係があるの?」
お姉ちゃんが私の疑問を代弁するように質問してくれた。
「魔人化が治っても魔人化したのは事実。ヴァンパイアの血が体内に残っていたんだ。ヴァンパイアの魅了にかかり、マスターを襲ったのがその証拠だね」
思い当たる節があり、私とお姉ちゃんは黙り込んでしまう。
「ヴァンパイアが死んで、その血の効力が完全になくなったことにより、単純にマスターへの好意だけが残る。フーラはマスターのこと好きだよね?」
「うん。めっちゃ好き」
「フーラはあまり変わらないと思うんだ。もともと好きという感情を隠さずにむき出していただけだから」
「だけど、ヴィエルジュの場合、好意なしから一気にマスターを好きになってしまった。恋を通りこして、愛になってたんだよ」
「その愛を抱いたままマスターと一緒に時を過ごし、大きく膨れ上がった。ヴァンパイアが死んで、血の効力が完全になくなったことによって大爆発を起こし、愛から恋に戻った」
「そんな感じゃないかなぁと、ぼくは睨んでいるよ」
「愛が……恋……?」
「似て非なるものだよ。恋を育んで愛になるんだから。本当にヴィエルジュは順番が逆だったと言わざるを得ない」
「ええっと、じゃあ、今回のヴィエルジュの場合は──好き避け?」
「端的に言うと、そうなるね。まさにヴィエルジュは恋する乙女となったのだ!!」
ビシッとウルティム様から指をさされる。
「私が、恋する乙女?」
♢
とりあえず、この話はぼく達がマスターにする話じゃないから、黙っておくよ。
そう言って、昼休みは過ぎた。
「──はぁ」
壮大なため息が出てしまう。
ウルティム様の話はなんとなくわかった気がする。
でも、だったら、私のご主人様への気持ちはあの血のせいだったの?
そう思った瞬間、胸がきゅっと締め付けられた。
「おーい、ヴィエルジュー」
帰宅のために廊下を歩いていると、ご主人様が私を呼ぶ。その優しい声に振り返りたい。だけど振り返ったらどうにかなりそうで──。
頭がごちゃごちゃになってしまっている私はその場で走り出してしまう。
「ちょ!?」
ご主人様が追いかけてくるのがわかる。いつもなら嬉しくなってその胸に飛び込みたいって思うんだろうけど、今回はそうはならない。自分の気持ちが、わけがわからなくなってしまっているから。
──あれ? なんで、私、空を飛んでいるのだろう。
「ほい、追い付いた」
「ええええええ!?」
なんだか久しぶりにご主人様の顔を間近で見たから、やたらめったらと変な声が出てしまう。そのままご主人様に引き寄せられ、私は彼にお姫様抱っこされてしまう。
きゃあああ!! 近い、近い、近いいいいいいい!!
心臓の音が聞かれる。やだやだやだ。恥ずかしい。
「学園ものの男女の話し合いと言えば、屋上がテッパンだよね」
「──お、下ろして……ください……」
「どしたよ。いつもなら喜ぶのに」
いや、ほんと、前までの私、どんなメンタルしてんのよ。
「い、良いから……は、早く……」
「ごめん。今すぐ下ろします」
いつもお姫様抱っこしてくれたら飛んで喜ぶのに、今日はだめ。本当にだめ。
「な、なぁ。ヴィエルジュ。なんか怒ってるのか?」
「別に……」
うう……直視できないぃ。
「なんか俺、悪いことしたかな……いや、気が付かないうちにヴィエルジュを傷つけてたんだよな……」
「別に……」
「せめて俺を嫌う理由を──」
彼の言葉の途中、自分自身に腹の底から怒りがわいて涙が出て来る。
「あなたのことを嫌いになるなんてないから!!」
そんなのあり得ない。絶対にない。
「嫌いじゃない……嫌いなんかにならない……だけど──」
「ええっと、ヴィエルジュ?」
「リオンくんのバカー!!」
ご主人様を名前で呼んで私は風魔法でその場を逃げ出した。
「──ぷっ……くすくす」
空を飛んでいると、唐突に笑ってしまった。
ご主人様を名前で呼んで罵倒するなんて、今まであまりなかった。風邪の時、ふざけたことをぬかした彼にお説教した時以来かな。って最近ですね。
なんだかそれが、妙に彼と近づけた気がして嬉しくなってしまう。
「この思いがあの血のせい……私はバカなことを考えていたな」
これは誰のせいでもない。私自身の気持ちだ。
あの血は私の感情を暴れさせていただけ。
消えた今も、胸はちゃんと痛い。鼓動は速い。目で追ってしまう。
これは私自身の恋だ。
上等。
私は恋する乙女。
「明日からまた一緒にいようね、リオンくん」
三・五章は2話くらいで終わらそうと思っていたのですが……あと2話くらい続きます。ラブコメ回が書いていて一番楽しいぜ。




