第81話 専属メイドの様子がおかしい件
四章へ入る前に……
最近、専属メイドの様子がおかしい。
「あれ? ヴィエルジュ。リオンくんの隣に座らないの?」
アルバート魔法学園一年一組の教室。席は自由席なのだが、いつも俺の右隣に座るヴィエルジュが前の席に座っている。
そのことに疑問を抱いたフーラが、彼女へ直接質問していた。
「あ、ええ、まぁ……」
前に座るヴィエルジュは、視線を向けずに歯切りの悪い返事をしていた。
「だったらぼくがマスターの隣に座っちゃおっと」
そんな明るい声が聞こえてくると、俺の右隣に腰掛けたのは長い髪をツインテールにしたウルティム。
「へへー。マスターが左にいるのってなんだか新鮮だねぇ」
この間まで無表情っ娘を爆発させていたけれど、記憶を取り戻してからというもの、陽気で明るい性格になっている。いや、元々こういう性格だったんだね、きっと。
「だったらまぁ、私はいつも通りに座るとしますか」
そう言って俺の左隣にはアルバートのお姫様、フーラ・アルバートが腰掛ける。
「あ……」
目の前のプラチナの髪が揺れる。
俺の前に座っていたヴィエルジュが、フーラとウルティムを見比べたあと、俺と目が合う。
「ん? ヴィエルジュ。ちょっと顔が赤いぞ。まだ治っていないのか?」
この前、風邪っぽい症状が長く続いていたからな。まだ本調子ではないのだろう。
「や、別に……」
プイっと顔を逸らしてくるもんだから、無理してんじゃねぇかと心配になる。
「体調悪いなら、無理せず休めよぉ」
そう言いながらヴィエルジュの額に手を当てる。
「うん……熱はなさそう……」
「ひゃっ……!!」
小さな悲鳴と共に俺の手が弾きとばされちゃった。
「だ、大丈夫ですから」
冷たく言うと、彼女は前を向いた。
うん。やっぱり、専属メイドの様子がおかしい。
♢
「リオンくん。ヴィエルジュになにやったの?」
お昼休みになり、学園の学食にて、フーラとウルティムとランチタイム。いつもならここにヴィエルジュがいるはずなんだけど、今日は別行動。
「そうそう。ヴィエルジュがマスターにあんな態度を取るなんて、ありえないよ」
「いつものヴィエルジュなら、『ご主人様の手がヴィエルジュのおでこに……ああー甘美なりぃ♡』ってなるもん」
「フーラ。ヴィエルジュはそんな阿呆な語尾を使わないよ。それはフーラでしょ」
「なっ!? 誰が阿呆なりぃ!?」
「ほらぁ、なってるなりぃ」
「ウルティムもじゃん」
「「いえー」」
一緒に暮らしているからだろうか、この二人は日に日に仲良くなっていっている。
それに比べ、俺とヴィエルジュにはいつの間にか溝ができてしまったようだ。
「俺が全面的に悪いんだよなぁ……きっと」
「そりゃリオンくんが悪いだろうね」
「でも、心当たりがないというか……」
「あんだけマスターに好意むき出しなのに、マスターが中途半端な態度だから嫌気が差したんじゃない? ほら、こんなのとか、ルベリア王女とかと婚約とかさ。そりゃヴィエルジュも嫌になるよ」
「おい、そこのロリババア。誰がこんなやつだ」
「まて、ロリババアについて徹底的に話し合おうじゃないか」
うぬぬぬぬ──なんて犬の喧嘩みたいに睨み合っている。アルバート一族うるせぇなぁ。
「俺が悪いとして……なにに対して怒っているのかわからないと、謝罪もできないからなぁ」
「しょうがない。ここはアルバート最高のお姫様である、このフーラ・アルバートが、さりげなくヴィエルジュの本音を聞いてあげよう。大船に乗ったつもりでどーんと任せて」
「こんなおっぱいもさりげない子に任せてられない。ぼくも一肌脱ぐよ」
「ウルティムが脱いだって貧相なだけでしょ」
「フーラに言われたくないやいっ!!」
こんなんで大丈夫かいな。
♢
「「なんの成果も得られませんでした」」
放課後。元気良く、かわいく報告して来るフーラとウルティムへ、無言の圧を与えておく。
二人は顔を見合わせた。
「ご、ごめーん。なんかリオンくんの話を振ろうとするぞ、思いっきりグラタンの話に面舵一杯されるんだよぉ。幻術だよぉ」
「え、え? グラタン?」
フーラの話にウルティムがボソッと耳打ちをする。
「なんだよ、グラタンって……」
「しょうがないでしょ。あの子グラタン好きだし」
「だからっていきなりそんな……」
おーい、聞こえてるぞぉ二人共ぉ。
なんて言うのは野暮ってやつなのだろうか。
「ま、いいさ。なんにせよ俺が原因だろ。直接俺から言うのが筋ってもんだ」
そう言って立ち上がり、フーラとウルティムにバイバイする。
さっさと教室を出て行ったヴィエルジュの後を追う。
「おーい、ヴィエルジュー」
案外簡単に追いついて、彼女の背中に声をかけると、ビクンと大きく身体を震わせた。
すると、こちらを振り返ることなくそのまま走り出した。
「ちょ!?」
なんで逃げるんだか。反射的に俺もダッシュで彼女の背中を追いかける。
「ヴィエルジュ、なんで──って、はぇぇなぁぁ、おいっ!!」
魔法使いの一族なのにヴィエルジュの運動神経が良いのは知っていたが、追いかける側になって彼女の足の速さを生で実感する。
つうか、俺ってばこの学園に来てから鬼ごっこばっかり。今回は鬼側だけども。
しかし、ヴィエルジュの足が速いと言えど、俺は脳筋一族の生まれ。そのダッシュで徐々にヴィエルジュへ追いついて行く。
校舎を出て、もう背中を捉えた。
「捕まえ──」
ブワッと彼女の周りに風が吹き荒れ、そのまま急上昇。パンツが丸見えなのも気にせず空へと駆け上がって行く。
「んなのアリかよ……」
よぉし、わかった。そっちがその気なら、こっちだって本気出しちゃうもんね。
俺は脚に力を込め、思いっきり地面を蹴り上げた。
垂直に駆け上がって行く途中で、ヴィエルジュに追いつく。
「ほい、追い付いた」
「ええええええ!?」
珍しいヴィエルジュのびっくりな顔をもらいながら、彼女を抱き寄せ、お姫様抱っこ。そのまま屋上に不時着。
「学園ものの男女の話し合いと言えば、屋上がテッパンだよね」
「──お、下ろして……ください……」
「どしたよ。いつもなら喜ぶのに」
「い、良いから……は、早く……」
あ、これ、あかんやつ。
「ごめん。今すぐ下ろします」
言われるまま彼女を下ろすと、そのまま顔を逸らして背を向ける。
「な、なぁ。ヴィエルジュ。なんか怒ってるのか?」
明らかに様子のおかしい彼女へ、恐る恐る質問を投げてみる。
「別に……」
すんげー塩対応。
「なんか俺、悪いことしたかな……いや、気が付かないうちにヴィエルジュを傷つけてたんだよな……」
「別に……」
取り付く島もない。
「せめて俺を嫌う理由を──」
教えてくれないか。
その言葉を言う前に、ガッとこちらを向いて涙目で顔を真っ赤にしていた。
「あなたのことを嫌いになるなんてないから!!」
まるで駄々っ子みたいに言い放ってくるもんだから、こっちも面食らってしまう。
ヴィエルジュ自身も、自分の声にびっくりした様子で、またプイっとそっぽを向いてしまう。
「嫌いじゃない……嫌いなんかにならない……だけど──」
「ええっと、ヴィエルジュ?」
「リオンくんのバカー!!」
最後に罵倒すると、風魔法でピューンと飛んで行ってしまった。
「いや、美少女に罵倒されるのはご褒美なんだけどさ……」
どう足掻いてもウチの専属メイドの様子がおかしいんだが。




