第79話 おもいで
「ぼくは……ぼくはね、処刑されるはずの人間だ。それに、ぼくはこの時代の人間じゃない。もう生きているはずのない時代の人間……それなのに生きているのはおかしいよ」
「真実を暴く魔力を持つマスター……リオン・ヘイヴンに、ぼくという世界のウソを、矛盾を、真実を暴いて欲しい」
だから、ね。そう言って次の言葉を放とうとするウルティムは、なんとも穏やかな顔をしていた。
「ぼくを殺してくれないかな」
そうやってひざまつき、首を差し出してくる彼女の肩に手を置いた。
「ウルティム。記憶が戻ったんだろ? 事情を聞かせてくれるか?」
諭すように言ってやると、「あ、そ、そうだね」なんて言いながら立ち上がる。
「ええっと……どこから説明したら良いかな……?」
「ウルティムがセレス・アルバートで元勇者なのと、マリン・アルバートが転生者だってことはなんとなく」
ヴァンパイアは……今はいいや。
そっか。と頷く彼女は、少し遠い目をしてこちらにお願いしてくる。
「最後にぼくの昔話、聞いてくれるかな?」
「別に今回が最後じゃねぇよ。いつでも聞いてやる」
そう返したら、苦笑いを浮かべてウルティムは語り出す。
「ぼく──セレス・アルバートと、マリン・アルバートは双子の姉妹でね。ここで育ったんだ」
「ここ?」
尋ねると、足で軽く地面を叩く。
「そう。ここ。きみたちがダンジョンと呼ぶこの場所は、元々アルバート王族の離宮だったんだよ」
長いこと放置されてダンジョンになってしまったみたいだね。
なんて、少しばかり悲しげに呟いたあと、彼女はフーラとルベリアの方へ視線をやる。
「ごめん、少しだけ待ってて」
二人に小さく謝罪を入れていた。
「歩きながらでも良いかな?」
そう言って奥へと歩み始めるウルティムの後を追う。奥は彼女が封印されていた場所だ。
「何歳だったかな……マリンが大怪我をした時があってね。それが治ったあと、マリンが唐突に、『わたしは日本から来た転生者だ』なんて言い出したんだよ。最初、双子ながらにこの子はなにを言っているんだって不気味だった」
あー……なんも言えねぇ。なんて思っていると、くすりと彼女が微笑んだ。
「マスターはいつ頃から自分が、転生者って気が付いていた?」
「いつ頃……いつ頃だろうな。物心ついた頃からかな……つうか、俺が転生者ってのは確定?」
「そりゃ転生者特有の魔力だからね」
「それもそっか」
ま、俺も隠すことじゃねぇから良いんだけども。
「ぼくだって初めは転生者だのなんだのなんて信じてなかったけどね。でも、それを言い出したあとすぐ、この離宮にヴァンパイアが乗り込んで来たんだよ。そしてぼくはヴァンパイアに魔人化させられてね。それをマリンが転生の魔力で救ってくれた。それでぼくは勇者になれるくらいの強さを得たんだ」
奥の部屋に着くと、まだヴィエルジュの魔法の名残があった。部屋全体は凍っており、寒い。
「魔人化した人間に転生の魔力を送ると強くなる。ってのは、この状況を見ればわかるよね」
「身内ながら恐ろしいな。まだ魔法が残っているなんて」
「ここまで強くなるのは凄いね。もし、今のヴィエルジュがぼくの時代にいたら、ヴィエルジュ一人で世界を救うことができたレベルだよ」
言われて納得できちまう。ヴィエルジュならサッと魔王を倒して帰って来そうだ。
「マリンが救ってくれたことで彼女が転生者ってのは理解していたんだけど、マリンは更に『魔術』なんてものを発明したんだ。ぼく達は双子だったけど、まるで年の離れた姉を持った気になったよ」
ウルティムは自分が封印されていた、凍っている大樹の幹を、ポンポンと叩く。
「よく、ここでマリンが日本にいた頃の話を聞いたよ。げぇむ、あにめ。すまほ、とか?」
「日本は食べ物がすごくおいしいとも聞いたよ」
「ファッションが好きだったみたいでね。ぼくはブルベ? だから、上品でクールなファッションが似合うって言ってくれて、一緒に城下町へ買い物に行ったっけ」
懐かしむように話す彼女は、まるであの頃に戻ったみたいな顔をして喜んでいるように見える。
「勇者に選ばれてから魔王討伐の旅もね、一緒に来てくれたんだ」
「二人で行ったのか?」
「ううん。他にも仲間がいたよ。みんなで一緒に戦って、やっとの思いで魔王を倒して、アルバートに帰還して、みんなが祝ってくれて、世界が平和になって、幸せになって──ぼくは処刑を言い渡された」
急激な落差に目眩がしそうになる。
「なんで、いきなり処刑なんて……」
「表向きは、ぼくが一度魔人化した人間だったから。真実は──王権争いの政治的理由、だね」
「世界を救った勇者なのに? お姫様なのに?」
「当時の勇者人気は凄すぎたんだよ。ほんと、神様でも称えるような、そんな異常な光景だった。ぼくはぼくなのに、ね」
「それなのに処刑って変じゃないか?」
「どんな国でも組織でも派閥がある。ぼくが王になるのに困る連中も多い。過激な反勇者派の連中にぼくが魔人化したことがある情報が入ったんだね。それは処刑するのに充分な理由なんだ。そりゃそうだよね。魔王を倒した奴が魔王みたいな奴なんて、誰も喜ばない。実際、ぼくを神として崇めていた人達は手のひらを返したかのようにぼくの処刑に賛成していたよ」
ふふ。なんて呆れたように笑ってみせる。
「笑っちゃうよね。世界のために戦ったのに、世界に殺されるなんて。とんだバッドエンドだ」
「抵抗はしなかったのか? お前ならそんなふざけた国を滅ぼすこともできただろうに」
「処刑を言い渡された時、それも考えた。でも、そんなことをしたらぼくが倒した魔王と変わらない。自分の人生の軌跡を否定したくはなかった。でも世界はぼくを否定する。だったら、こんな世界に生きていても仕方ないかなって思ってね」
彼女は大樹をジッと見つめた。見つめて、見つめて、見つめて、泣きそうな顔になったが、涙は出ていなかった。
「せめて、処刑はマリンにお願いしたんだよ。処刑場もマリンとの思い出の地を所望した。そこは王族だったからかな。そのわがままを通してくれてね」
そのまま彼女は大樹を背にして、封印──処刑された時みたいな格好を取る。
「マリンには酷なことをお願いしちゃったけど、マリンはぼくを殺すんじゃなく、封印する形で処刑を終わらせたみたい。封印なんてどこで覚えたのか……どこまでいってもマリンは凄い魔術師だよ」
「そしてぼくはマリンと同じ転生者に同じ酷なことをお願いしようとしている。だけどお願いマスター」
「真実を暴く魔力で、この時代まで取り残されたぼくという存在の矛盾を暴いて終わらせて」
終わらせる? なんでだよ、なんでそんな答えになる。
マリン・アルバートが封印という形で処刑を終わらせたのはなぜだ? 殺したくなかったから?
違う。そんなんじゃない。
俺ならどうする? 大切な人が世界から否定されたなら──一緒に逃げる? どうしてなにもしていないのに逃げて、怯えながら生きていなくちゃいけないんだ。
「……そうか」
わかった気がする。
どうしてマリンがセレスを封印したのか。
現代じゃセレスに居場所がない。だったら居場所を作れば良い。
未来の可能性に賭けたんだ。セレスが未来で幸せに生きて欲しいという希望に。
その答えに辿り着くと、彼女が封印されていた剣が光を放つ。
その光が俺の手に伝わり、脳へ伝わり、この剣にかかっている魔法の意味を知る。
「ウルティム……いや、セレス・アルバート。お前の真実、俺が暴いてやる」
「……ありがとう……マスター」
礼とは裏腹に、ギュッと目を強く瞑る彼女。
俺は封印されている剣を──凍ってしまった大樹へ突き刺した。
「ぇ……?」
どうして? なんて言いた気な彼女を無視して、大樹の凍りが溶けていく。
冬の終わりを告げ、春の訪れを知らせるように大樹から桜の花が満開に咲き誇った。
「ぁ……」
舞い散る桜の花びらが雨のように俺と彼女に降りかかる。
無数の花びらには、まるでアルバムをめくるかのように、彼女と彼女達との思い出が描かれていた。
「マリン……」
彼女とよく似た女性と楽しげに笑う様子。
それだけじゃない。
父親、母親と笑っている様子。
「ガウエル……パシフェル……」
魔王討伐を共に成した仲間と思しき人達と写るもの。
「ルシアン村の人達……テオドールの人達、も……」
どこかの村の人、街の人との姿。
彼女の軌跡の姿が無数の桜の花びらに描かれている。
そのどれもが楽しそうで、嬉しそうで、幸せそうである。
剣の鍔に書かれた古代文字は、『おもいで』
マリンは彼女を封印していた剣に思い出の魔法をかけていたのだな。
『セレス』
いつの間にか、彼女の前に、彼女と良く似た女性が立っていた。
「マ、リン……」
桜の雨が彼女の身体を吹き抜けた。
『あなたを救えなくてごめんなさい。平和になった世界であなたといつまでも幸せに過ごしたかった。本当だよ』
マリンの言葉に、彼女の瞳からはスーッと一筋の涙が流れ出た。
「ぼくも……ぼくだって……わたしだって!! お姉ちゃんと一緒にいつまでも──」
『きみはわたしに殺して欲しいと願ったけど、そんなの無理。だってこんなにも仲の良い妹を殺すなんてわたしにはできない……わたしには、できない……』
「ごめんなさい、お姉ちゃん……わたしは……お姉ちゃんに、酷いお願いを……」
『だから、私は未来に賭けることにした。この時代でセレスが生きられないのなら、未来を生きれば良い』
『わたしがこの世界の未来を変える』
『だからセレス、きみは未来を生きて。きっといつの日か、わたしと同じ転生者がやって来てわたしの封印を解く日が来るから。それまでここには誰も入らせない。魔法も使わせないから』
「お姉ちゃん……」
『ごめんね、勝手にこんなことして。でも、わたしはきみに生きていて欲しいんだ』
段々とマリンの姿が霞んでいく。
「待って、待ってよ、お姉ちゃん……」
『セレス……愛してる……』
「お姉ちゃんっ!!」
桜の花びらが見せた幻影か、それとも彼女の魔術か。
どちらにせよ、確かにそこにマリンがいた。マリンが最後にセレスへ胸の思いを伝えることができた。
それは真実だ。
「──ぅ、ぁ……あ……お姉ちゃん……お姉ちゃん……」
先程までどこか大人びていた女性が、幼子みたいに泣いている。
「ねぇ……ぼくは……ぼくはぼくは──わたしは、どうしたら良いの? 死ぬ覚悟はできていたよ? でも、こんなこと知ったら……もう、どうしたら良いか、わかんなく、なっちゃったよ……」
涙でボロボロになってしまった彼女を、優しく抱きしめる。今の俺にはこんなことしかできない。
「一緒に生きよう」
彼女は生きるべきだ。
彼女の未来を作った姉のためにも。
そして、理不尽な世の中から脱することができた、自分のためにも。
「うっ、あっ、ぁっ──」
ああああああ!!
強く大きく泣く彼女。それは生きることを決意した号泣。
その決意表明が終わるまで、俺は彼女をずっと抱きしめ続けた。




