第61話 エモーショナルワールド
『絶対零度・世界』
ヴィエルジュがぽつりと呟くと、瞬く間に世界が変わってしまった。
先程まで遺跡のダンジョンにいたはずなのに、目の前に広がるのは銀色の世界。全てが凍りついてしまった世界。
壁や地面、瓦礫や学園長先生の剣、中央にそびえ立つ大樹も。そして、ウルティムや魔人化したルベリア王女──全てが凍ってしまった。
その光景は自分が絵画の世界に入ったかのように──感情的で、情緒的で、心が揺さぶられるような深い感動があり、喜びや悲しみ、愛しさと切なさ──色々な感情が強く表れてしまう。
「神秘なる氷の世界へようこそ、ご主人様。手、離さないでくださいね。ご主人様も氷の檻に囚われてしまいますよ」
風魔法の時に似てるのかな。この世界ではヴィエルジュだけが干渉されない。だから彼女と密着していたらその恩恵を受ける、と。
手を離せばあっという間に氷の世界の住人か。
「凍漬けは勘弁だな」
ギュッと反射的にヴィエルジュの手を強く握ると、彼女は嬉しそうな顔をして、ギュッ、ギュッと二回、握り返してくれる。
俺達は凍ったルベリア王女の方へ向かって歩き出した。
「ふふ。ね? 言ったでしょ。神秘なる氷の世界をご主人様と歩くというのがエモいって」
嬉しそうに、それでいて勝ち誇ったかのように尋ねてくるもんだから、率直な感想を一言。
「最高にエモいよ」
この世界になり、俺の中にあった絶望という感情も凍り付いて粉々に砕けてくれた。
代わりに疑問の念が生まれてしまう。
「それにしても、なんでヴィエルジュは魔法が使えるんだ? この空間は魔法が使えないはずじゃ?」
尋ねると、ヴィエルジュは凍った学園長先生の剣に視線をやる。
「あの剣には魔法吸収の付与があるとレーヴェ様からお聞きしました。ですので、試しに投げてみました」
「あー、ね」
あの剣に魔法を使えなくする魔法を吸収させたってか。そういや、ヴィエルジュは風魔法でゆっくり俺の前に降りて来たっけか。
「頭上ではお姉ちゃんとレーヴェ様がそこら辺を飛んでいるはずですよ。降りたらエモい世界の人になっちゃうので待機してもらってます」
レーヴェの奴が強引に二人を連れて来たんだろうな。最高だよ我が妹よ。
しかしそれ、フーラがレーヴェをおんぶかだっこをしているだろうから、負担は結構大きいだろうな。
「もし、上手く行ってなかったらさ、風魔法も使えねぇから、入った瞬間に真っ逆さまじゃ?」
「その時は、ダイブ・トゥ・ご主人様、ですよ」
「信用されてるねぇ、俺」
「信用という名の愛ですよ」
淡々と愛を語ってくれて、俺の疑問も解消。
すっきりとした脳で凍漬けになったルベリア王女の下へ。
「こうやって見ると、どこか芸術を見ているようだな」
さっきまで暴れ狂っていた化け物も、凍漬けになると神秘的に見えちまう。
「ご主人様。こちらは?」
「ルベリア王女だ。詳細は色々と片付いたら説明するよ」
「そうですね。今は一刻も早くルベリア王女を助けてあげるべきです」
「……そう、だな」
バンベルガさんの話では、サーブタイって人は殺されてから魔人化させられた。だから救えなかった。
生きたまま魔人化された、ルージュやフーラ、ライオ兄さんは救えた。
大丈夫。ルベリア王女も救える。
自分に言い聞かせ、ルベリア王女へ手を伸ばす。
俺の魔力を送る、送る、送る。
助けたいと思いながら、治れと思いながら──。
すると、氷の中から煙が上がった。その後すぐ、パリンと氷が弾ける音がして、中から生まれたままのルベリア王女がこちらに倒れ込んで来る。
「はい、受け取りましたぁ」
まるで俺には受け取らせないようにヴィエルジュがサッとルベリア王女を受け止めた。
「なんです? もしかして裸の王女様に抱き付きたかったです? しょうがない、最高の身体、ヴィエルジュで我慢してください」
「待て待て。こんなところで脱ごうとするな」
「──残念」
この子、脱ぎ癖あるよね。裸族かよ。
「しかし、王女様をご主人様に渡すと凍ってしまいますゆえ、私が受け止めておかないといけません」
「大事な理由の方をおまけみたいな言い方するね、きみ」
ま、なんにせよ、ルベリア王女も元に戻って良かった。今は気絶しているみたいだけど、呼吸があるから大丈夫だろう。
──ゴォォォ!!
「「!?」」
神秘なる氷の世界ではあり得ない音が響き渡った。
俺達は瞬間的に振り返ると、凍漬けになったウルティムの頭上に、雷が落ちたみたいだ。
氷の世界に落ちる雷というのも、また美しいもの。
なんて余裕ぶってる場合じゃない。
「……」
あんにゃろ、何事もなかったみたいに普通に立ってやがる。
「……この世界を自力で脱するなんて、相当なお方ですね、あのロリ様」
「そんなロリがバチクソ強いんだよな」
「ご主人様も認める相手なんですね。なんだか妬けてしまいます」
「実際に雷に焼けて出て来たって感じだよな」
「いかがなさいますか?」
「なにも心配ないさ。空がこんなにも晴れ渡っているんだから」
俺達は空を見上げた。
天井はもうない。ヴィエルジュが割ってくれた頭上からはお日様が俺を照らす、照らす、照らしている。お日様が俺の魔力を上げる、上げる、上げてくれる。
無限に広がる青天の様に、俺の魔力も無限大に上がっていくみたいだ。
まさに青天井。
「それもそうですね。お日様を浴びたご主人様に勝てる人など誰もいませんもの」
当たり前のように全肯定してくれるヴィエルジュの言葉のあと、ウルティムが地面を蹴り、瞬く間に距離を詰めて来る。
目で追える。攻撃を受け止められる。勝てる。
ヴィエルジュと手を繋いだまま、ウルティムの攻撃を──
「ジーッ……」
「?」
物凄い勢いで詰めて来たウルティムは、俺のことなど眼中にないって感じでルべリア王女の方を見た。
なめまわすように見たあとにヴィエルジュの方を見ている。攻撃の意思は感じられないため、俺達は茫然と彼女の行動を見ていた。
最後に俺の方を見てから首を傾げてくる。
「魔族は?」
「魔族?」
「もういない?」
「魔人化した化け物のことか? ならもういない。治したからな」
「そう。なら良い」
短い答えのあと、自分の剣と俺の剣を見比べていた。
「これ、ぼくのじゃ、ない?」
「あ、ああ……こっち、だな」
彼女に刺さっていた剣を見せると、ジーっと見つめていた。
「でも、この剣気に入った。使いたい。交換はだめ?」
「いや、ええっと……別に良いけど……もう襲って来ない?」
「……? 襲う? なんで?」
「いやいや。めちゃくちゃ俺に襲いかかって来ていましたが?」
「ぼくは魔族にしか攻撃しない」
言われて思い返す。
確かに……ウルティムだけを見れば、魔人化したルべリア王女だけを狙っていた、か。
バンベルガさんの腕を斬っていたが、あれは攻撃されたから。そして、魔人化したバンベルガさんを雷で屠っていたな。
「──いやいや、一番最初に俺から剣を奪って攻撃して来ただろ」
「武器なかったから借りただけ」
「それから攻撃して来たよね!?」
「危ないから離れてって意味」
「表現方法が過激だなっ、おい」
「ぼくがきみを襲うということはあり得ない」
だって──
「きみはぼくのマスターだから」
「……はい?」




