第45話 負けられないきみへ、敬意を払って
「お疲れ様、リオン兄様」
ライオ兄さんとの一回戦を終えて選手控え室に戻ると、レーヴェがパチパチパチと拍手で出迎えてくれる。
「まさか、いつもいじめられていたリオン兄様が、ライオ兄様に勝っちゃうなんてね」
「いつもいつもサンドバッグにされてたいじめられっ子の逆襲ってな」
Vサインをすると、レーヴェもVサインで返してくれた。
「ライオ兄さんに勝つなんて本当に凄いよ」
妹が尊敬の眼差しで見てくれる日が来るとは。兄として嬉しい限りである。
「でも良かったの? リオン兄様って、『実力隠している俺、かっけー』とか思っている痛いタイプなのに、実力発揮しても」
すげぇ痛いところを容赦なくえぐってくる妹だ。
「鬼ごっこ引退のためにも、負けられないんだ」
「凄くイケボで、なんとも微妙なことを言う兄ですなぁ」
妹の目から尊敬の眼差しが消えちゃった。
♢
妹から、勝つ動機が微妙、とかなんとか言われようが、やっぱり俺は負けられない。
二回戦は騎士候補の人。準々決勝は騎士学園の生徒。準決勝は三番隊の団員の人。トントン拍子で勝ち進むことができ、ついに決勝戦までやって来た。
『おいおい。ヘイブン家の恥さらしがここまで残っちまってるぞ』
『なんていう番狂わせだ』
決勝戦ってことで、観客席のボルテージはMAXとなっている。そりゃ決勝戦は盛り上がるよね。俺も観客席でジュースでも飲みながら観戦したかったよ。
『だがしかし、次の相手は──』
そう。決勝の相手というのがこれまた面倒なんだよな。
「あなた。魔法学園の生徒とか言いながら、騎士の家系じゃないか! しかも、レオン殿のご子息とは……あたしを騙したな!!」
ルべリア王女ったらご立腹だねぇ。
まだゴングが鳴っていないってのに、剣を抜いてこちらに刃先を向けられてしまう。
「ルベリア王女様。俺は魔法学園の生徒なのは間違いないですよ」
フーラならともかくとして、王女様にウソをつくなんて重罪だ。なので、ウソは言っていないことは伝えておかないといけない。
「屁理屈を……! あなたも騎士の家系ならプライドを持て!!」
「プライドがないから追放されたんですよ」
「追放されてもその態度……その飄々とした態度が気に食わん。性根を叩き直してくれる!!」
あちゃー、火に油を注いでしまったらしい。めっちゃ怒ってらっしゃる。
ふんぬー、ふんぬー、なんて綺麗な顔して鼻息荒いな。
ん? そういや、王女様が使っているのはエスコルさんの剣だよな。
あれ? だったらエスコルさんの剣同士で戦うわけだよね。もう十分に宣伝になったんじゃない? 戦う必要ないんじゃないの?
うーん。しかし、決勝戦を棄権なんて空気を読まなさすぎだよな。めっちゃ盛り上がってるし。
俺は目指せ子供部屋おじさんイン異世界なだけであって、空気の読める男ではある。最後までやるか。
『決勝戦。ルべリア・ステラシオン対リオン・ヘイヴン。試合開始!』
審判の合図で、棄権という行為ができなくなった決勝戦の開始。
観客席の騒音がやり止まない中、開幕早々に、ルべリア王女が瞬時に間合いを取って攻撃を仕掛けてくる。
「──!?」
速い剣撃。まるで四方八方から剣の攻撃を受けているかのような錯覚に陥る。
物凄い剣捌きだ。
『おおっ! 王女の連撃だ!』
『速い! リオンが防戦一方だ!』
戦闘中なのに、観客の声がこっちまで聞こえてきやがる。まったくその通りだよ、ちくしょう。
「うおおおおおお!」
気合いの声と共に、強い一撃が放たれる。
これは受け流すことはできない。
ルべリア王女の剣を、自分の剣で受け止める。
ガキィィィン!! 重い金属の衝突音が響いたかと思うと、ブワッと衝撃派が起こった。
──うおおおおおお!
ルベリア王女と俺の攻防に、観客席からは壮大な歓声が沸き上がる。
「……ふっ」
刃と刃が噛み合った状態で、ルベリア王女は小さく笑ってみせた。
「流石は決勝まで来る騎士だ」
「俺は騎士ではないですよ」
「その挑発はもうあたしには通用しない。魔法学園の生徒と偽り、実力を偽り、相手を挑発して怒りを買う。あたしはその作戦にまんまとハマっていたようだ」
「魔法学園の生徒なのは本当なんですけど」
「戦う前からの仕込み。とんだ策士だ」
「聞いてます?」
「だが、冷静さを取り戻したあたしの実力は──こんなもんじゃないぞっ!」
聞いちゃいない。冷静さってなに? 状態だな。
ルべリア王女はバックステップで俺との間合いを取り、剣を構え直す。
「……」
空気が、変わった。
ゴクリ……。
ついつい生唾を飲んでしまうほどの緊張感。
刹那。
「はっ!!」
先程よりも更に速く攻撃してくる。
八方十方から攻撃されているかのような感覚。
太陽のバフがかかっていても、避けることは難しい。
「くっ……!!」
彼女の剣が右腕を剣がかすめ、軽く俺の血が飛び散ってしまう。
続けて左足も。
「ぐっ……!!」
剣で何度か受け止めているが、次々と攻撃が襲いかかってくる。なんとか急所は守れているが防戦一方の完全不利な状況。
このままじゃ本当にやられる。
『王女の猛攻が止まらない!』
ほんと、蜂のように刺し、蜂のように刺し続けて来やがる。蝶のように舞いやがれよ、ちくしょう。
このままだと串刺しになっちまう。なにか打開策を考えないといけない。
縦、横、斜め、突き──
避ける、避ける、避ける。
ギリギリだ。一撃でも受け止め損ねたら終わる。
「はああああ!!」
ルベリア王女の剣が、俺の頬を浅く切り裂いた。
「っつ!」
素早い剣撃は顔面も狙って来やがる。
頬から垂れる血を拭う余裕もなし。
だけど、余裕がないのは向こうも同じみたいだ。
「ぜぇ、はぁ……くっ……! ぉぉぉおおおおおお!!」
攻撃を続けているルベリア王女からは苦しそうな顔が見られる。息が切れている。
これだけ一気に加速させて攻撃を仕掛けたんだ。疲労も一気に来ているということか。
「あたしは、負けられない。ステラシオン剣術大会の決勝で勝って、みんなに認めさせる」
息が切れた状態で、ルべリア王女は自分を奮い立たせる言葉を呪文のように呟いていた。
「あたし、が、クレス王子の妹ではなく……ルべリア・ステラシオン、という、騎士だというこ、とを。皆に──認めさせるんだああああああ!!」
気合いと根性が付与された剣。しかし、本当の魔法でないその呪文は、デバフのようにその剣撃が遅くなっていく。
スタミナ切れ、か。
遅くなった剣撃から、彼女に隙が生まれた。
それを見逃すわけにはいかないっ。
「はっ!!」
一瞬の隙をつき、上空へ剣を弾き飛ばした。
「なっ!?」
ルベリア王女の剣は、彼女の後方に飛んでいってくれた。
『リオンが王女の剣を弾いた!』
『これで決まりか!?』
「俺の勝ちです。王女様」
剣を突きつけ、降参を促す。
でも、ルベリア王女は──
「……だ、ま……だあああ!!」
「!?」
ルべリア王女の蹴りが飛んでくる。なんとか避けることに成功したが、執拗に蹴りを連発してくる。
右、左、回し蹴り。
「あたしは! あたしを! みんなに認めさせるために! 負けられないんだあああ!!」
『王女が素手で戦い続けているぞ!』
『なんという執念!』
『諦めるな!! ルべリア王女!!』
観客席は王女応援ムード。どうやら俺は完全に敵キャラになってしまっているようだ。
彼女には負けられない理由があるのだろう。
武器を失っても戦おうとする執念、熱き思いは、俺なんかよりよっぽど、真っ当な理由なんだろう。
だが、ここでわざと負けるようなことをしたら、彼女の騎士道に泥を塗ることになる。
それが一番失礼であることだ。
「はあああ!!」
もうすっかり体力のないルべリア王女へ、敬意を払い、全力で剣を振るう。
「がっ、はっ……」
ルべリア王女のドレス風の鎧が砕け散り、俺の方へ倒れ込んでしまう。
剣を捨て、彼女を受け止めてやる。
「リ、オン……ヘイヴン……。あたしは、まだ……」
「あなたはとても強い騎士ですよ、ルべリア王女」
俺は、心からそう思った。
剣の技術も、精神力も、そして何より、その騎士道が。
「……本当、に?」
「ええ。あなたはクレス王子の妹という名前ではありません。騎士、ルべリア・ステラシオン様ですよ」
「名前……フルネームで、呼んで、くれたのは……あなたが、はじめて……ありが、と──」
彼女は少し嬉しそうな顔をして、そのまま俺の腕の中で力を失ってしまった。
静寂。
コロシアム全体が、一瞬静まり返った。
そして──
『勝者、リオン・ヘイヴン!!』
うおおおおおおおおおおお!!
観客席が爆発したように沸き上がった。
番狂せのステラシオン剣術大会は、ヘイヴン家の恥知らずリオン・ヘイヴンの優勝で幕を閉じた。




