第32話 やみの炎は灰すら残さない
「や、やめっ……」
「おらおらぁ!!」
「ちょ、まじで……」
「おらおらおらぁ!!」
「ぐおおおおおお!!」
ムチでジュノーを痛ぶっていると、気合いの声を発しながら懐よりなにかを取り出した。それを飲んでみせる。
「がっあああ──ああああああ!!」
ジュノーの様子がおかしい。やばい薬ってのはわかるが、目に見えてやばい。
彼の身体から煙が立ち上がる。段々と筋肉が膨張していき身体が一回り大きくなった。目は充血し、毛細血管が浮き出ている。爽やか系イケメンの面影は残っていなかった。
ガシッと俺の打っていたムチを掴まれてしまう。
「くっくっくっ……あーはっはっはっ!」
禍々しい姿のジュノーは高揚感に駆られ大きく笑っている。
「素晴らしいぞ、この力。常人ではこの力に耐えきれず自滅するが、少しずつフーラの血を飲んでいた成果だ。日々の努力が実を結んだのだ!」
「毎日のドーピングを日々の努力とか抜かすなよ」
フーラへの血が出るまでの訓練も、彼女の血を飲んで魔人化の耐性を付けていたということか。
……クズめ。
「貴様、SMは終いだ。この力の恐ろしさを思い知るが良い」
「おっ!?」
ふんっ! とムチごと俺は投げ飛ばされてしまう。
まるで電車を後ろ向きに乗っているみたいなスピードで、バサバサと草木を薙ぎ倒して行き、最終的には大木が俺のことを受け止めてくれる。背中を強打してしまったがなんとか止まってくれた。
「──ってぇ!」
すげー馬鹿力。ありゃもう魔法使いでもなんでもない。化け物だ。
あれが魔人というやつなのだろう。
いてて、と背中を摩りながら立ち上がると違和感があった。
夜なのになんだか太陽のように温かい空気が流れている気がする。
「あ、見つけた」
俺を受け止めてくれた大木には学園長の剣が刺さっていた。
「こんなところまで飛んで来ていたんだな。俺の剣投げも伊達じゃないってか」
自画自賛しながらも、この剣の違和感に気がつく。
月明かりに照らされた学園長の剣は、燃えるように赤黒く染まっていた。しかし、不思議なことに木は燃えていない。
その剣には学園長先生の嫉妬の炎でも蓄積しているかのようである。
いや、違うか。
この剣はフーラの魔法を打ち砕いてくれたよな。もしかすると、彼女の魔法を吸収でもしたから火で炙られたように見えるのかな。魔法を吸収。そんな凄い剣だから祠に祀ってた?
いや、あの学園長先生だ。父上からもらったもんだなら祀ってたんだろうな。メンヘラ過ぎる。
「見つけたぞ! リオン・ヘイヴン」
ドォォン! と空から降ってくる魔人ジュノーが俺の前に立つ。
こんな化け物が空から降ってくんなよ。空から降ってくんのは美少女で昔から決まってるだろうが。
「お前は俺の破瓜の快楽を奪い、SMの世界へ誘おうとした。その罪は重い。じわじわと殴り殺しにしてくれる」
「魔人になっても処女中毒者なんだね」
それにしたって、なんで俺がこうも変な恋愛劇に巻き込まれなきゃならんのだ。
ヘイヴン家を追放されてからろくなことがない。
実父と元カノの恋愛。王族との恋愛。挙げ句の果てに、処女中毒から嫉妬を買う始末。
入学してから今日までまともな日があったか? 否、ない。
あ、なんかイライラしてきたわ。病みそう。
「ただ、親のスネをかじって生きていたいだけ……ただ、学園生活を平和に過ごしたいだけなのに……」
「なにをぶつぶつ言っていやがる! もうお前は終いだ!! 死ねえええええええ!!」
「どいつもこいつも俺を巻き込んでくんな!! どちくしょおおおおお!!」
木に刺さっていた学園長の剣を引き抜き、俺達の思いを乗せて斬りつけた。
化け物になったジュノーには斬撃は効果がないのか、ニヤリと勝ち誇った顔をされる。
「そんな一撃、魔人となったオレの前では無意味──」
ボオオオオオオオオオオ──!!
斬りつけたところから漆黒の炎が巻き起こる。
「ぐ、ああああああ!! 熱い、熱いいいいいいいい!!」
漆黒の炎は一気にジュノーを包み込んだ。
漆黒の炎には、学園長先生のドロドロの恋愛癖な病みの念と、俺のスネをかじって生きていたいのを邪魔された怒りな病みの念と、フーラのジュノーに対しての気色悪い感情の病みの念がこもっている。と思う。
みんなの思いを漆黒の炎に変えて──。
「病みの炎に抱かれて消えろ」
病みの炎はねちっこい。
ようやくと炎が消えた時、魔人は灰すら残っていなかった。
やっぱ学園長先生の剣なだけあり、病みが半端ないね。
♢
さて、処女中毒者から聞いた情報をヴィエルジュに共有しないとな。
ルージュを魔人化させた魔法の先生であるエウロパが生きている。
そいつがフーラをも魔人化させた。
今、街で暴れている化け物というのは魔人化したフーラで間違いないだろう。
早くヴィエルジュに伝えてやらないといけないのだが。
「ここから走って行ったら時間がかかり過ぎるな」
かといって俺は風魔法で飛んで行くなんてできないし。どうしたものか。
悩んでいると、病みの炎を纏った剣が大きく燃え上がった。
その煙が大木に刺さった跡に向かっていた。
「なんでぶん投げた方向に煙が……」
そこでピンとくる。
「もしかして、剣を街にぶん投げろって言ってんの?」
返事はないが、大きく燃え上がった炎が消えていく。
「……そうか。剣をぶん投げて、変幻自在のムチに絡ませれば飛んでいけるな」
果たして、この病みの剣がそれを教えてくれたかどうかはわからないが、今はそれが街への最速ルートだと思える。
「この剣、重いけど、今は文句言ってる場合じゃないよな」
よっし、と気合いを入れる。
「こんくらい、か、なっ!」
少し調整を入れつつ、剣を街の方向に向かって投げた。
「よいしょー!」
瞬時に剣の鍔辺りに絡ませた。
ビュンッ!
「おっ、おっ!」
上空を駆ける剣と共に俺の体も共に街を目指して駆け出した。




