飼い主の部屋を改造
立ち上がってプラスチックの板を押すと、簡単に持ち上がって、外す事が出来た。
特別神獣の力は使っていない。
素のウサギの身体能力で、プラスチックの板を外して外に出た。
全く。詰めの甘い飼い主である。
とは言え、私に危ない目に遭ってほしくなくてした事。
その好意を無碍にしないように……いや、あの中に居たら蒸しウサギになっちゃうね。
季節は夏なのか、妙に蒸し暑い。
ふさふさの毛並みを持つ私には、この部屋は少し暑すぎる。
…仕方ない。
不審がられるかもしれないけれど、魔法で冷やすとしよう。
壁と天井に魔法陣を埋め込み、そこから冷気を放つ。
両隣と上下の部屋の温度も下がるかもしれないけれど…そこはまあ、空調代が浮いたと言うことで許してもらおう。
……いや流石にマズイか。
簡単にやっているが、これは壁の中で結露が発生し、壁や天井が腐りやすくなる行為。
せっかく拾ってくれた、優しい飼い主の部屋にカビを生えさせるのはマズイ。
…面倒だけど、この部屋の壁の中に断熱の結界を仕込んで、外に冷気が漏れないようにしよう。
そして、部屋の壁の中に乾燥の魔法を仕込んで、結露の発生を防ぐ。
我ながら完璧な魔法技術…!
無駄に長い間生き、意味もなく魔法の鍛錬に時間を費やした甲斐があったものだ…!
『さて…あとはこのままだと、部屋がひんやりするだけだから微弱な空気の流れを作って、部屋の温度を快適なものに保とう』
意味もなく思念を垂れ流し、誰もいない部屋で独り言を呟く。
もちろん、それはこの部屋の外には漏れないようにしているので、飼い主が気味悪がられる事はないはずだ。
空気の流れを魔法で作り出すと、ゆっくりと部屋の温度が下がり始めた。
我ながら完璧な魔法技術…!(2回目)
誰もいない部屋でドヤっていると、うまく魔法を使えた興奮から、ウズウズしている自分が居ることに気付いた。
…そう、もうこれだけの事をしたのだから、今更多少派手なことをしたって誤差だ。
なら、せっかくこの私が――神獣と呼ばれた、神の領域に立つ存在である私が――本来下界にいる事があり得ない私が生活するマンションの一室が、こんなに辛気臭くては威厳が無い。
そんな口実を勝手に作り、私はこの部屋を浄化する。
辛気臭い気配が綺麗に消し飛び、部屋に染み付いた負の感情の淀んだオーラが、私の神聖なオーラに上書きされる。
この世界の如何なる『神聖な場所』と呼ばれる場所よりも、神聖なオーラを放つ場所になったであろうマンションの一室を見て、またドヤる。
しかし、オーラは綺麗になっても部屋はそのまま。
古臭く、フローリングや壁、天井の汚れがそのまま担っている部屋では…がっかりすると言うもの。
よし、大掃除を始めるか!
まずはリビングの壁を全て綺麗にする。
私は仮にも神の領域に立つ存在。
壁紙から汚れだけを落とすと言う、無駄に高度な無駄過ぎる技術を平気で扱えるのである!(ドヤッ!)
新品同様…!とはいかないものの、少なくとも汚れは落ちた壁紙。
日焼けしてくすんでいるのは仕方ない。
人の生活によって付着した汚れが取れただけ充分だ。
次は天井。
壁紙と同じ素材だけれど…経年劣化で随分汚い上に、ホコリと汚れが結着して、黄ばんでいる。
まずはその黄ばみを落とすと、次にホコリを払う。
払ったホコリは一箇所に集め、転移魔法で家の外に転移させポイだ。
あとは床に落ちているホコリや髪の毛、小さな食べカスや摩耗で散ったゴミを、最新の掃除機も真っ青な吸引力で綺麗さっぱり集め、家の外にポイ。
これでリビングは見違えるほど綺麗になった。
次は廊下だ。
リビングと同様に綺麗にしつつ、玄関の小さな砂埃や土なんかを綺麗さっぱり外に出した。
あと、ドアも内側と見えない部分だけ綺麗にして、経年劣化で歪んだ部分を直す。
誰も居ないのにドアが開閉すると言う怪奇現象を起こしてしまったけれど、誰にも見られていないからセーフ。
玄関も綺麗になり、廊下もピカピカになった所で洗面所とお風呂だ。
ここはまあ…やることと言えば、水垢やカビを取ったり、汚れを落とす程度。
特別な事はせず、とにかく綺麗になればいいの精神で、水垢を落とし、黒カビを消滅させると言う、中々に高度過ぎる技術で綺麗さっぱり気分爽快。
輝きを少し取り戻した浴室を見て、自己満足に浸った私はその後もあらゆる場所を掃除し…マンションの一室が見違えるほど綺麗になった頃、小さい体で力を使いすぎて、疲労から倒れるようにして畳まれた布団の上で眠るのだった。
「な、なにこれ!?」
飼い主の驚愕の声で目を覚ました私は、自分の失態を理解した。
疲れて帰ってきた飼い主は、その疲れを癒そうと私に触れようとしたみたいだけどそれは出来ない。
2000年の生活の中で、何の気も使わずにぐっすり寝られるようにと鍛え上げた結界の無意識発動。
それが機能し、何も無い場所をパントマイムのようにペタペタと触る飼い主の姿が目に映った。
結界によって警戒用の探知を使う必要がなかった為に、飼い主の接近に気付けずに起きた結界を切り忘れ。
「あっ…!?」
何事もなかったかのように結界を解除すると、飼い主は恐る恐る私に触れてくる。
その手をペロペロ舐めて、無害なウサギをアピールするが…明らかに警戒されている。
どうしたものかと必死に頭を回転させると…飼い主が何かお土産を買ってきていることに気が付いた。
私はその袋に無邪気に突撃すると、飼い主は少し警戒を緩めた。
そして、袋の中身を取り出して、私に見せてくる。
牧草だ。
私のご飯のつもりらしい。
「チモシーって言うんだって。歯が伸びすぎないよう調整したり、腸の調子を整えてくれたりするから、たくさん食べてね」
袋を開けて食べさせてくれた牧草をチモチモ食べていると、笑顔になってとろける飼い主。
その顔をもっと見たくてチモチモ食べていると…流石に喉が渇いてきた。
すると、それを察したのか、水入れを出してお水を飲ませてくれる。
短くて小さな舌で必死にちびちび水を飲んでいると、飼い主が背中を撫でてくる。
「お名前、何にしようか?いろいろ考えたんだけど…栗毛色だからマロンとか?」
安直だなぁ…
もっとこう、ペットらしい名前がいいね。
なんだかマスコットみたいな名前だ。
「ダメ?じゃあポンポン。丸くてふわふわで、ポンポンみたいでしょ?」
なんでそうなる。
悪化してないか?
もうっとこう、可愛い名前は無いわけ?
「流石にダメか……じゃあ、やっぱりこれだよね。シナモン!」
…これはツッコミ待ちなのかな?
ウサギじゃないもん!って言ってほしいのかな?
「冗談だよ。きなこ」
きなこ……まあ良いでしょう。
なんだか自分の中でしっくり来た。
というかこの飼い主、食べ物ばっかりだね。
お腹空いてるのかな?
そんな事を考えつつ、体を擦り付けてそれがいいとアピールする。
すると飼い主は嬉しそうな顔をして、頭を撫でてくれた。
「これからよろしくね。きなこ」
とても癒やされた様子の飼い主に撫でられてフニャンとなっていると…急に手が止まって顔を覗き込んでくる。
「……で、きなこは何者なの?ただのウサギじゃないのね?」
…勘の鋭い人間だね私の飼い主は。
意を決した様子で話しかけてきた飼い主の顔は…少し強張りながらも、興味津々な様子。
さて、どうしようかな…