心優しいご主人
私が転移した先は…この世界のを管理する神が指定していたため、どんな場所に転移するか知らなかった。
とは言え景色からそこが日本であることは分かる。
…そして、今私がいる場所が段ボールの中であると言うことも分かる。
少し前まで神獣様と崇められていた私には、あんまりな仕打ちに感じたが…体をウサギに変えられた影響か、この狭い段ボールの中がとても落ち着く。
まあ、体を作り変え、種族を変えることでその種の本能に引っ張られる事はよくある事。
それに、かつての私の威厳にあふれた姿もいつでも取り戻せる。
…むしろ、あの威厳に溢れた体はこの世界では大きすぎて窮屈だ。
この世界に適応できるようにという、神の配慮と言うことにしておこう。
…しかしこれからどうしたものか。
ただのウサギとして生きるからには、野生に還るような真似はしたくない。
もちろん、野宿歴は2000年の私に、今更外で寝るのが嫌などと言う考えはないが…せっかく現代日本に来たのだから、文明的な生活がしたい。
そのためには、人間のペットになる他ないだろう。
であるならば、まずは拾われる必要がある。
「ウサギだ!可愛ぃ〜!!」
段ボールの壁の上に前足を置き、外を見渡していると、女子高生の一団が近付いてきた。
『ちょこんと顔出し』作戦は有効である事が証明されたね。
…おっと、そんなに私の体を撫でくり回すんじゃない。
普通のウサギならストレスで病気になっちゃうじゃないか。
ウサギはとても臆病な生き物。
見ず知らずの人間に触られるなど…ストレスで仕方ないだろう。
まっ、私は中身が元神獣なのでストレスでもなんでもないけど。
しばらく女子高生に撫でくり回されて、大人しくしていると、段ボールに戻された。
「じゃあね〜」
「バイバ〜イ」
「いい人に拾ってもらうんだよぉ〜!」
…うん、見捨てられた。
そりゃそうだ。
私を連れて帰った所で、親に『返して来なさい!』と叱られ渋々元の場所に戻すのが関の山。
期待などしていなかった。
…とは言え、撫でくり回されて妙に疲れた。
やろうと思えば飲まず食わずでも死なずに生きていけるけど…それをすると拾ってもらえなくなるので、疲れはそのままに、お腹を空かせて人間がやって来るのを待つ。
……あっ、来た。
しばらくして、やさぐれてそうな目に深い隈が出来たサラリーマンの男性が近づいて来て、バナナを差し出してくる。
私はそれに喜んで食いつくと、小さな小さなお口で、ピチャピチャと咀嚼音を鳴らしながらバナナを食べる。
ちなみにウサギにバナナを与え過ぎると、お腹を壊す事もあるので要注意だ。
あげるにしても、分量を守るべき。
なにせ本来のウサギは草を食べる生き物。
甘い果物は大好きだけど、嬉しそうに食べる姿に流されてあげすぎては、かえって寿命を減らす原因になる。
私以外には果物をあげすぎないようにしよう。
バナナを3分の1食べ進めたあたりで取り上げられ、私が食べた部分を千切って手で食べさせてくる。
残りはサラリーマンの男性の分だ。
お昼ご飯を分けてもらった事に感謝し、スリスリと体を擦り付けて感謝を伝える。
これでちょっとでもストレスが緩和されて、これからも頑張ってくれることを祈ろう。
…せっかくだし、最初にご飯をくれた人間と言うことで、加護を付けてあげようか。
彼には…無病の加護が良いだろう。
本来病気になりにくいようになる加護だけど…彼にとっては、過労で体が不調になりにくい加護として機能するはず。
これからもバリバリ働いてくれたまえ。
そして願わくば、ストレスで自殺なんて事はしないでくれよ?
休憩が終わったのか、去っていくサラリーマンを見送ると、お腹がいっぱいになった私は段ボールの中で丸くなる。
そして、すぐに眠りについて気が付けば夕方になっていた。
「ウサギさんだー!」
「ほんとだ!可愛い!!」
「ウサギ飼いたい!!」
可愛らしい子供達に囲まれ、渾身の後ろ足立ちを見せる。
子供達はきゃあきゃあ騒ぎ、私のことを撫でたり抱っこしたり、人形のように扱われた。
1人が私のことを連れて帰ろうとしたが、その現場を母親に目撃され、叱られる事に。
まあ仕方ないと思い、他を当たろうとするも…どの家も飼ってくれる気は無いらしい。
結局暗くなる前に子供達を見送る事となり、さみしい夜がやって来た。
街は夜になろうとも眠らず、街灯や建物の明かりはずっとついたまま。
ここが何処なのかは分からないけど…随分と車の音がうるさいのは確かだ。
初日は駄目かなぁ…と考えながら、夜なのでお休みの準備に取り掛かっていると…1人の女性が近寄ってくる。
段ボールの中を覗き込み、私を見つめる目と目が合い――――運命を感じた。
女性は私を段ボールごと持ち上げると、歩き出して何処かへ向かう。
保健所に連れて行かれないかな?と心配したけど…着いたのはマンション。
その一室に案内され、私は安心して眠りにつくことが出来た。
明日は沢山の愛くるしい姿を見せてあげよう。
そう考え…疲れたの溜まった小さな体を休ませるのだった。