アジト襲撃
畠山は黒塗りのセダンの後部座席に座っていた。車内には他に3人の男がいたが、いずれもごつくて屈強な体をしており、目つきも鋭い者ばかりだ。
セダンは深夜の南美島を風のように疾走している。道路の両脇はヤシの木が生えており、本州では耳にしない獣や鳥の鳴き声が遠くから聞こえてくる。
鳴き声だけでは、どんな生き物か想像もつかない。とてもじゃないが、同じ日本にいるとは思えぬ光景だ。
もっとも、今の日本は地球温暖化の影響だか何だか知らないが、特に関東以南は熱帯化が進んでいるので、そのうちどこも、こんな気候になるのかもしれないと畠山は思った。
「ドブネズミ共のアジトをつきとめました」
畠山は、スマホで明定に報告した。
「発信機から出てる電波をたどってくと、でっかい屋敷がありましてね。春間という男が1人で住んでます。舎弟に聞きこみさせましたが、近所づきあいはないそうです。そもそもあの辺は家の数もあまりないし、周囲の住宅とも離れてます。春間はこっちの鉄道会社で働いてます。同僚にも聞きこみさせましたが、無口で仕事の話しかしないそうです。元々東京にいて1年前来たって話でした。1年前といやあ、南美美術館に例の王冠の展示が始まった時期です。怪しいでしょう」
「よくそこまで調べたな。さすがは、おれの見こんだ男だ」
満足そうに秋定が答えを返した。
「やり方は任せるから、ミスティー・ナイツの連中を全員なぶり殺しにしろ。もしできるならメンバーをしめあげて、奴らが全部で何人いるのか、他に住処はないのか吐かせるんだ。が、生け捕りにこだわる必要はねえ。逃げられるより、殺した方がいいからな。奴らの家も燃やしちまえ」
「わかりました」
畠山は自信たっぷりに答えると、スマホを切った。
「聞いてたかもしれねえが、奴らを全員ぶっ殺す。アジトも火をつけて燃やしちまえ。奴らのねぐらは他の家から離れてるから、近所を気にせずできるしな。どっちにしても地元のサツはこっちの味方だ。普段からたっぷり金を渡してる。生け捕りできる奴がいたらしめあげて情報を取りたいが、無理するこたねえ。奴らも名の知られた盗人だ。くれぐれも、油断するんじゃねえぞ。今までもサツが痛い目にあってる連中だ」
他の3人は、口々に同意の返答をした。畠山はスマホで他の車にも連絡を取り、指示を伝える。
車は全部で5台あり、現在ばらばらに敵のアジトへ向かっていた。
地元の警察には明定を通じて、今の時間帯この周辺にパトロールへ来ないよう、指示を出してある。
また、事情を知らない第三者が付近に入れぬよう、多数の警官を配置していた。
明定も鶴本も警察や、畠山のような裏社会の人物とも太いパイプで昔からつながれている。
鶴本は長年与党の大物代議士として、政界・財界・官界・法曹界に、絶大な影響力を発揮していた。
警察の上層部には金をばらまき、従わない者がいれば、ヤクザや半グレを使って恫喝した。
マスコミの幹部にも金をまいたり恫喝で、警察やヤクザとの癒着を告発させないようにしているのだ。
今夜ミスティー・ナイツの連中を皆殺しにして家を焼いた後、明日になってようやく地元の警察が捜査に来るという寸法だ。
捜査陣は今度の事件を怪盗団の仲間割れによるものと断定する手はずになっている。
ただ1つ厄介なのは、全国警察の存在だ。この組織は元々、鶴本のような腐敗議員に対抗して、国会の良心的な議員達が超党派で動き議員立法で立ちあげた組織である。
全国警察に捜査されると、明定の筋書き通りにならない可能性がある。
特にミスティー・ナイツ担当の姫崎瀬戸菜は、裏社会の脅迫も、ワイロも通じない女だ。
そのためにも、証拠は残さないようにしなければならない。実際畠山も含めて、今度の殺しの後はしばらく、フィリピンに高飛びする予定であった。
「しかし、久々にこう武者震いがするじゃあねえか」
畠山は、誰に言うでもなくつぶやいた。
「ミスティー・ナイツだかねずみ小僧だか知らねえが、所詮はこそ泥。おれ達の恐ろしさを、たっぷり味あわせてやるぜ」
やがてセダンは怪盗団のアジトから、少し離れた路上に停車した。
「井口、頼んだぞ」
畠山は、隣に座った角刈りの男に指示した。車には運転手と畠山だけが残り、井口ともう1人は静かに出ていく。他の4台は、運転手以外3人ずつがアジトに向かう手はずだ。なので、動くのは合計で14人である。
マシンガンと手榴弾を手にした、裏社会の訓練された男達が襲撃するのだ。万が一にも失敗するはずのないミッションだ。この作戦のリーダーは井口である。畠山同様元ヤクザで、今は明定の下で、汚れ仕事に関わっている。
畠山は井口の頼もしい後ろ姿を目を細めながら見送った。ほれぼれとするような筋肉質のごつい体型で、戦国時代に生まれていたら、戦場で獅子奮迅の力を発揮し、ひとかどの武将になったかもしれない。
実際、裏社会でもヒットマンとして、大勢の人間を殺していた。ムショにも何度か入っている。1人でたくさんのちんぴらをのしたりなどの武勇伝が、無数にあった。
*
その井口だが、巨体に似合わず足音を立てぬよう注意しながら風を切ってミスティー・ナイツの住居に向かった。とても広くて、豪邸と表現してもいいぐらいだ。その屋敷に侵入するメンバーは井口も含めて全員が、小脇にドイツ製のサブマシンガンMP5を抱えている。
腕時計を見ると、午前2時だ。古い表現を借りるなら、草木も眠る丑三つ時である。目的の邸宅の照明は全部消えていた。物音もしない。昼からはりこみを続けてきた舎弟の情報では、アジトの中にはおおよそ男6名、女が2名いるそうだ。
それがメンバーの全員なのか一部かはわからぬが、いずれにしろ今日が、かれらの命日になるだろう。井口を含めた14名の男達は、敷地の周囲を取り囲む生垣を、なるべく音を立てぬよう乗りこえて、庭の中に侵入した。
14名全員が庭に入ると、屋敷の周囲を取り囲むよう散開した。それぞれが手にした短機関銃の筒先をピタリとアジトに向けている。その時だった。突然庭のあちこちの地面から、無数の棒が垂直に伸びだした。
棒の先には金属製の箱がついており、そこから2本の銃口が飛びだしていた。その筒先が、耳を聾するけたたましい連続音と一緒に無数の銃弾を吐きだしたのだ。邸宅の庭は一瞬にして、阿鼻叫喚の地獄となった。井口は反射的に体を伏せたが、そうしなかった男達は銃弾をまともに浴びて、一瞬にして血だらけの肉塊となりはてたのだ。
井口はすぐ応戦し、庭から飛びでた機関銃に向けてトリガーを引いた。サブマシンガンの銃弾を浴びて、地面から飛び出したマシンガンは1基、また1基と破壊されてゆく。結局最後は、庭から伸びでた全ての機関銃が沈黙したのだ。
もっとも、味方の犠牲も甚大だった。井口も入れて14名いたが、そのうち2人がたっぷりと銃撃を浴びて死亡したのだ。残り12名のうち3名が生きてるものの、全身に浴びた銃弾のため、とてもじゃないが戦える状況ではない。地面に倒れ伏したまま、うめき声をあげている。
次の瞬間今度はアジトのいくつかの窓が開いて、そこからサブマシンガンの銃口が現れたと思いきや、次々と銃弾が飛んできた。1人2人と、仲間が次々倒れてゆく。井口達もすぐ迎撃したが、今度は窓にシャッターが降りはじめた。
防弾仕様になってるらしく、銃弾を浴びてもシャッターには風穴1つ開かぬのだ。が、シャッターが降りきる前に、1発敵の誰だかに当たったらしく、悲鳴が夜を貫いた。
「お前ら一旦、退却だ」
井口は皆にどなるような口調で命令する。今の攻撃で3名が銃に倒れた。何とか逃げる余力があるのは井口を入れて6名しか残っていない。
「兄貴、仲間はどうします」
倒れた仲間の姿を見ながら、無事だった舎弟の1人が質問した。
「この状況で助けられるか。悔しいが、置いてくしかない」
ところが6名が退却をはじめだしたら突然、それまで生垣しかなかったところの手前に地面から、真っ黒い壁がせりあがってきた。黒い壁はみるみるうちに3メートルほどの高さまで伸び、邸宅の敷地の周囲をぐるりと隙間なく囲んでしまった。
井口はMP5をぶっぱなしたが、こっちも防弾仕様になってるらしく、びくともしない。まるで悪魔がこの世に生みだした城壁のようである。その時だった。後方からヘリコプターのやかましいローター音が響いてきたのだ。
振りむくと、いつのまにか軍用ヘリコプターが3機も空から近づいてきた。ヘリの機首の銃口から次々と銃弾が吐きだされ、井口の配下の男達は1人、また1人と倒れていった。まさに虐殺である。
井口は自慢の跳躍力で壁のてっぺんを両手でつかんだ。そしてどうにかそれのてっぺんに足をかけ、壁を越えて敷地の外に飛びおりる。振りかえって後ろを見たが、助かったのは自分1人だけらしい。
ほうほうのていでベンツに戻ると、畠山に事情を説明する。すでに彼もヘリが発射する銃声を聞いて、事情は飲みこんでいた。
「どうやら奴らを甘く見ていたようだ」
悔しさを隠せぬ様子で畠山が吐きだした。五台のベンツは彼の指示で一旦撤退を余儀なくされる。いくつかの銃弾を浴びて負傷した井口は、そのうちの1台で病院へと運ばれた。




