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93、なりきり無人島脱出ゲームと【シークレットミッション】

 待ち合わせ場所に行く車の中で眺めていたSNSで、私はやばいものを見てしまった。


『ネットドラマ「全人類抱いてやる」主演 火臣(ひおみ)打犬(だけん)で配信スタート!

 おじさんじゃん、と仰る方に、俺は「おじさんだからいいんだろ」と言ってやりたい。

 出産経験もある俺にしかない究極の包容力で真のエロスとラブを布教したい――彼はそう意気込んでいた』

 

「いや、出産はしてないだろ。また燃えるぞ……」

 

 思わず声に出して突っ込んでしまう。これだから火臣打犬はけしからんのだ。

 どうせこの発言、また炎上するんだろ。そしてなぜかフォロワーが増えるんだ。

 

「お嬢様、ソロソロ到着デス」

「うん。ありがとう、セバスチャン」 

「お嬢様は本日、イジメラレマス」

「なんでそんなこと言うの……みんないい人たちだよ」

  

 西の柿座の2回目の集まりでは、配役が決まる予定だ。


 集合場所は新宿駅で、今日も猫屋敷(ねこやしき)座長はピンクパンサーの着ぐるみ姿だ。目立っている。

 

「脱出ゲームハウスを貸し切りにさせていただきました~!」

 

 猫屋敷座長の着ぐるみの尻尾を、黒髪ショートに黒縁眼鏡の緑石(ろくいし)芽衣(めい)がぎゅっと掴んで付いていく。

 それを見て星牙(せいが)は「座長の威厳が皆無やん」と口をとがらせていた。

 

 まさかなー、と思いつつ、小声で確認してみることにする。

 

「星牙君。ゲームのCMお疲れ様でした」

「……あ、お疲れ様です」

 

 えっ、本人?

 しかも不意を突かれた顔で返事した時のキャラがCMで共演した江良(えら)星牙(せいが)寄り。

 あっちが素? え~~?


 私たちが互いに動揺しているうちに、猫屋敷座長はゲームの説明を始めた。

 

「説明しますぅ。このハウスが無人島という設定で、皆さんは無人島から脱出していただきまーす。仲間と協力してゴールを目指してくださぁい。

 ただし、これは演技の練習でもありますよ。

 皆さんは、自分がやりたい『銀河鉄道の夜』のキャラになりきってゲームをしてください。同じキャラが何人いてもいいですよ」


 おおっ、なりきり脱出ゲームか。面白そう。

 そして、このゲームが配役に影響するのは間違いないだろう。よーし、よーし。


「さらに、皆さんのスマホには定期的に猫屋敷からの秘密のメッセージが届きます。

 メッセージ内容は他のメンバーには内緒ですが、例えば『皆で作った脱出用のイカダを壊せ』とか『次の休憩スポットまで思っていることと反対のことだけ発言しろ』と言ったシークレットミッションが届いたりしますよ、楽しいですねえ!」

   

 猫屋敷座長は、ハウス内のあちらこちらに設置されたカメラを指した。


「攻略中の皆さんをボクはずっと観てます。ほな~、すたぁと~」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

  

 ゆるっとした号令と共に、ゲームは始まった。


 最初の部屋は、白と青で海と青空が描かれた空間だ。

 足元は砂浜っぽい絵の床になっている。

 

 メンバーは、私、葉室王司。緑石(みどりいし)芽衣(めい)ちゃん。

 小学生のルリちゃんとしんじくん。星牙(せいが)高槻(たかつき)大吾(だいご)

 年長組のさくらお姉さんとTAKU1(たくわん)さんと兵頭(ひょうどう)さんだ。


「ぼくは語り手~。ここは~無人島で~す。この集団は今流れ着きましたぁ。たぶん、船が沈没したんかな~?」


 星牙は語り手になっている。

 さっきまではこの明るくて少年味の強いキャラが素だと思っていたけど、今は「このキャラ、演技?」と思えて仕方ない。謎すぎる……。


「わー、脱出ゲームだって」

「おもしろそー」


 小学生の二人が普通にはしゃいじゃってる。

 高槻大吾は二人の手をつないで「みんなで脱出するぞー、おー」と笑った。


「おー」

「いくぞー!」


 子どもたちを遊びに連れてきたお兄さんって感じで自然に家庭教師のお兄さん役を演じている。抜け目ない。


 ジョバンニは無人島に来たら困るよね。

 体調が悪くて寝ているお母さんが家にいるんだもの。現在ヤングケアラーな少年なんだ。

 

 学校では、家庭のことを他の子に(いじ)られたりしている。

 集団の中にいると居心地が悪い。帽子を深くかぶっていこう。

 帽子は社会的な意味のあるアイテムだ。かぶったり脱いだりすることで、「僕は社会の一員としての礼儀をわかっている、ちゃんとした人間です」ってアピールできるんだ。


「僕、困ったなあ。失敗したくないなぁ。だって、あとで皆になんて言われることか」

 

 前は、こうじゃなかったけどなぁ。

 他の子たちみたいに、「子ども~」って感じで遊んでいられた。

 でも、僕の足元だけポッカリと穴が開いちゃって、僕は落ちてしまったみたいだ。

 みんな、落ちた僕を見ている。(わら)われる。

 ……みじめなんだ。

 

 背中を一度丸めると、どんどん元に戻せなくなって、内へ内へと全身が縮まっていく。

 

 俯いていると、芽衣ちゃんの声が聞こえる。


「おうちでママが待ってるから帰らないといけないのに……どうしよう」


 芽衣ちゃんは……ジョバンニだ。


「鳥がいるじゃないか。そーれ、食糧確保!」


 TAKU1(たくわん)さんは鳥捕りだ。

 押し花でもするようにぎゅうぎゅうと見えない鳥を押している。

 本当にそこに鳥がいるみたい。上手い。


「この島には私の学説を証明できる化石があるに違いない。ジョバンニ君が2人いるが、化石を持ってきてくれた方を本物と呼ぼうではないか」


 兵頭(ひょうどう)さんは大学士かな。


「芽衣ジョバンニ、王司ジョバンニ。変な大学士に寄ってはいけないよ、こほ、こほ」


 さくらお姉さんは母親役になっていた。

 母親がここにいると「ママが待ってるから帰らないといけない」の演技の前提が崩れない? 


 困惑していると、スマホにシークレットミッションが届いていた。


『【シークレットミッション】君は、自分の母親がその場にいないと思うように』

 ほう……。

 

「ママ、手をつないでいこう」

 芽衣ちゃんとママが手を繋いでいる。

 あっちはミッションをもらってないんだ。ふうん。 


 みんなで次の部屋に行くと、食糧と水を確保するための部屋があった。


 壁が森林になっていて、赤い果実の絵が描いてある。BGMは鳥のさえずり。


 木の下には『林』と書かれた札がたくさん置いてあって、回答用の台に正しい数の札を置けと求められている……。


 このあたりから、「列車に乗った」と考えたらどうだろう。

 そんな演技にシフトしてみようか。


「ここは、不思議な場所だね。ぼく、遠い世界に来た気分だよ。そういえば、ここには……ぼくの日常にいる人たちがいないや……」


 言外に「ママもいない」と存在を否定すると、ママは「ママはいるわよ」と絡んでくる。


「王司ジョバンニ。ここにぼくたちのママ、いる」

「芽衣ジョバンニ。ぼくには見えないなぁ……」 


 芽衣ジョバンニは不思議そうにママの手を持ち上げて「ほら」と言ってくるけど、ぼくにはそのママ、見えません……。


「ねえ、ジョバンニのママいるよ」

「ほんとだ。ぼくのママだね、カンパネルラ」


 あれ? 小学生の二人、ジョバンニとカンパネルラしてる?

 

「おっと~、座長からぼくにナレーション指示がきたで。皆さんはハラペコです。あのりんご食いたいなあって思ってます。食うためには謎を解かないといけません。なんでや。ふつーにもぎ取ればええやん」

「星牙、シークレットミッションって内緒にしないとだめなんじゃないの?」


 さくらお姉さんがツッコミをいれている。


 TAKU1(たくわん)さんはメンバーに板チョコを配ってくれた。


「りんごを取らなくても鳥があるよ」


 鳥は甘くておいしいチョコだ。

 原作では「この平べったいお菓子はただのお菓子じゃない? 鳥なもんか」ってなるところだけど、ぼくたちは実際にさっき鳥を捕っているところを見ていたから「これが鳥なもんか」ってならないよね。


 回答用の台に向かうのは、兵頭(ひょうどう)さんだ。

 役者がいっぱいいるから、誰が何の役をやっているか混乱しそうになるや。

 兵頭さんは大学士。頭のいいおじさん役だ。

 その役の通り、彼は5枚の札を台に置いて回答してみせた。


「こんなもの簡単じゃないかね。りんが5枚でりんごだよ。星牙君、果実の名前を言っては答えているようなものだよ」


 台がガチャリと音を立てて、中から次の部屋に行くドアを開ける鍵とリンゴが人数分出てくる。正解だ。

 こういう謎解き脱出ゲームだと、頭のいいキャラは頼りになる。演じる役者も謎解きが得意じゃないと説得力が出ない。お見事だ。

 

 りんごを手に次の部屋に行くと、スマホに『シークレットミッション』と書かれたメールが届いていた。


『【シークレットミッション】緑石(みどりいし)芽衣(めい)のりんごを奪え』

 一瞬、いじめっ子のザネリが連想される。ふーむ?

 

 メールに気を取られていると、前方から悲鳴が上がった。


「狼がいるぞ!」

「きゃー!」


 おお、アトラクションの造り物の怪獣みたいな狼が部屋にいる。

 家庭教師のお兄さんが、狼に木の枝を向けている。


「く、来るな。来るなっ……大丈夫ですよ二人とも。神が僕たちを見ていてくださいます……」


 お兄さんは震えながら、無理して強がっていた。迫真だ。

 小学生たちは「こわーい」「きゃー」と楽しそうに『お兄さん』にしがみついている。


「ねー、ルリ! ぼくたち、今なんの役だっけ」

「しんじ。あたしたち、これから天国に行く幽霊の子たちよ」

「そっか。そうかなって思ってた!」

 

 星牙は面白がって「おっとジョバンニが減りました。カンパネルラもです。そして、狼です! 血に飢えた狼が今、遭難者たちを牙にかけようとしています!」なんて実況を始めちゃったよ。フリーダムだな。


「ジョバンニ……母さんは動けないから、お逃げ……」

 さくらママは床にへたりこみ、息子想いの病弱母を熱演している。


 待って。

 でもさりげなーく2人の足にぎゅうーっと両腕でしがみついてるじゃん。

 ジョバンニ逃げられないじゃん。

 こっちは「いないと思え」と指示されているのに。


 ママに束縛された芽衣ちゃんは、りんごをママに渡そうとしている。


「ママ……謎解きは大学士さんがする。ママは、りんごを食べて寝ていて」


 あっ、そのりんご、待った。

 私は慌てて割り込んだ。

 無理やり奪うのはジョバンニのキャラじゃないので、強引に「よこせ」とは言わないけれど。


「芽衣ジョバンニ。大変だ。あの狼、りんごを寄こせって言った。腹を減らしているんだと思う……」


 自分のりんごをポーンと投げると、芽衣ジョバンニはりんごを見て「狼の声? 聞こえなかった」と呟いている。


「まだ満足してないみたいだ。ぼくにそのりんご、投げさせておくれ」

 ちょっと無理があるかなぁ。芽衣ジョバンニのりんごに手を置くと、抵抗を感じる。

 

「いいのよ、母さんは気にしないで、ごほ、ごほっ」

 

 さくらママは咳き込みながらジョバンニに全身でしがみついてくる。

 もはやゾンビ映画のゾンビだ。

 これ、絶対シークレットミッションで「ジョバンニを邪魔しろ」みたいなの出てるだろ。


 存在を認知していないママに羽交い絞めにされながらスルーしていると、高槻大吾が味方してくれた。

 

「僕も聞こえましたよ。狼がりんごを欲しがってます。皆さんで投げましょう! あと、ママさんは横になって休むのがいいと思います」


 小学生の二人は、家庭教師のお兄さんの周りでぴょんぴょんしている。


「先生、あたしたち、死んじゃうの?」

「先生、狼が来るよ」


 家庭教師のお兄さんはさくらママを寝かしつけてから、子どもたちを抱きしめた。


「ああ、みなさん! どうか子どもたちのためにりんごを投げてください! 狼よ、食らうなら僕を先にお食べ。小さき子どもたちを守るのが、僕の義務……われわれ大人の使命ではないでしょうか!」

 

 大袈裟なくらいの熱演に、鳥捕りは「よし、任せろ」と言って芝居の流れを認めた様子だ。

 鳥捕りがりんごを投げている――私もこの流れを逃さない。

 

「さあ、ぼくたち、りんごを投げなきゃ。芽衣ジョバンニ、いくよ。二人で、一緒に」 

「うん。せーの……あっ……」

 

 一緒にと言って二人で投げるふりをしつつ、私は芽衣ちゃんのりんごをサッと奪ってポーイと投げた。


「ああ、ぼく、手が滑ってしまったものだから。ごめんよ」


 ……ミッション達成だ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


――【猫屋敷(ねこやしき)座長視点】


 猫屋敷は別室に移動し、モニターで【西】のチームメンバーを見守っている。 


●事前の希望リスト

葉室(はむろ)王司(おうじ)……ジョバンニ

星牙(せいが)……空欄

緑石(ろくいし)芽衣(めい)……ジョバンニ

ルリ……カンパネルラ

しんじ……ジョバンニ

さくら落者(らくしゃ)……ジョバンニの母

TAKU1……鳥捕り

兵頭(ひょうどう)……大学士

高槻(たかつき)大吾(だいご)……子どもたちの家庭教師 

新川(しんかわ)友大(ゆうだい)(入院中・欠席)……ジョバンニ

 

 モニターの中の役者たちは、賑やかで楽しい脱出劇を見せていた。

 今は、イカダの材料を集めている。


 役者自身が謎解き好きの兵頭(ひょうどう)の大学士は、当然のように謎解き担当になっていて、大活躍だ。

 

 小学生コンビ、ルリとしんじは主役コンビをしようとしたらしいが、気づくとタイタニック号で死んだ子どもたちにされている。

 高槻(たかつき)大吾(だいご)が「この子たちが僕の教え子」と決めて、役に引きずり込んだのだ。

 

 さくら落者(らくしゃ)はミッションに忠実で、「置いて行け」と言う癖に邪魔をするミッションをなんとか自然にこなそうとしている努力を感じる。

 

『【シークレットミッション】君のジョバンニは、もうひとりのジョバンニを引っ張ってあげるお友だちだ』――葉室王司にシークレットミッションを送って、猫屋敷はその演技の変化を見守った。

 

 葉室王司は、猫屋敷の目には初心者には見えなかった。

 キャラクターの時代考証と掘り下げを丁寧にしている熟練の演じ手に見えた。

 そして、ミッションに忠実だ。

 周囲の協力も得て、自分の思う物語世界に役者仲間を引っ張っていく主演の力がある。

 高槻大吾の場合は「僕は右に行くと決めたよ。左に行きたかった子たちも、右に行くのさ。さあ、ついておいで」と強引に引っ張っていく。

 が、葉室王司の場合は「この子は右の道に行きたいのだな。よし、手伝おう」と周囲が手を貸してくれるのだ。

 

「13歳……」


 その言動を観ていると、幼い感じもすれば、大人びた感じもする。

 不思議な子だ。

 

 脚本を書いた八町(やまち)大気(たいき)からは、「葉室(はむろ)王司(おうじ)でカンパネルラを当て書きしたので、彼女には必ずカンパネルラをさせるように」「執事にも協力を取り付けている」と言われている。

 本人がジョバンニを希望しており、任せてもいいと思っていると伝えたところ、八町大気は「その希望を方向転換させて『カンパネルラがやりたい』と言わせるのが猫屋敷座長のお仕事かな」などと言うのだ。

 わがままな脚本家である。

 しかし――そこまで八町大気が言うなら。


「ふーむ」


 猫屋敷座長は指示を追加した。


『【シークレットミッション】君は記憶を失う。自分が誰なのか、わからなくなる』


 葉室王司は、職人(プロ)だ。

 指示を理解し、即座に記憶喪失者になった。


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