92、FPSバトロワゲームで「私が王司」なCMを演じる
――【三木カナミ視点】
3人組って、愛が偏りやすい。
三木カナミは、葉室王司と高槻アリサを「自分の親友だ」と思っている。
理想は『王司♡カナミ』のカップルに『アリサがいいお友だち枠』の3人関係だ。
でも、今のところ現実は『王司♡アリサ』、プラス『やらかしたけど許してもらってお友だちしてるカナミ』になっている。
――そこで満足しとけ。
――やだよ、もっと望みたい。
心が2つある。
「おねーちゃん、やまちたいきのお祭り呼ばれてないの」
「あたし、お芝居はしねえの」
弟の言葉に強がって、家を出る。
自分は歌とダンスを頑張ってるアイドルガールで、2人は役者もする。
そんな違いがあるから、お祭りに出る2人を外側から見てるんだ。
それに、「兄妹対決」と言われてもいる――お仕事って個人の能力だけで決まるわけじゃない。
抱き合わせ販売みたいに、絡めて旨味のある何かを持ってる子が強いんだ。
Vtuberでもよくある「てぇてぇ」ってやつ。
もちろん、親も影響力があるのだろう。
……なんて考えていたら、ネガティブになって性格が悪くなってしまいそう。
あたしは元々悪いけど。
向かうのは番組側が手配してくれたレッスン場だ。
太いスポンサーがついていると、至れり尽くせりでいい。自分、恵まれてる。
――アイドルに打ち込め。
アイドルのグループは1曲で『最初で最後』って言ってるけど、カナミは番組のつてでスタープロモーションに所属できている。
1曲も出せないでレッスン料ばかり出費して夢を諦める子も多いんだ。上澄みの中の上澄みだ。
すごいんだぞ、あたし。
元気を出して、あたし。
レッスン場では、月野さあやと五十嵐 ヒカリが2人で鏡張りの壁の前でダンスを練習していた。2人は仲がいい。
金髪と黒髪をお揃いみたいにポニーテールにしている。
――あたしも王司とこんな風になりたい。
「休もう、ヒカリ。さあや、skebの依頼描く」
skebはクリエイターファーストなコミッションサービスだ。
月野さあやは、アイドルだけじゃなくて絵もモデリングもできるから、すごい。
羨望の目を向けるカナミに、さあやは「おはよ」と挨拶してくれた。壁際で高そうなタブレットとペンタブを出して絵を描き始めている。
カナミはさあやの隣でストレッチを始めた。
ヒカリが「おはよ、カナミ」と言いながらダンスを一人で続けている。
安定して上手い。身体の中にばねが仕込んであるみたいに、躍動感がある。
「あれこれやりすぎよ、さあや。ハンターハンターって読んでる?」
「心配してくれるの、ヒカリ? さあやは幻影旅団とグリードアイランドならわかるよ」
「メモリの無駄遣いってやつ、あたし芸能でもあると思うのよね。一個に集中した方が強いんじゃねって」
「じゃあ、さあや真っ先にアイドル辞めるけどいい? 絵描き業にメモリ使うね」
「アイドルを最優先にしようって言ってんの~、もう~。あと蟻編も読んで」
喧嘩? ううん、仲のいい2人だから、きっと平気。
カナミはタイミングを見計らってヒカリと一緒に踊り出した。
「カナミ、遅れてる」
「うん、ごめん」
「カナミ、ライン、こっち」
「オッケ!」
休憩時間にヒカリと一緒にスポーツドリンクを飲みながらスマホを見ると、LOVEジュエル7のグループチャットに王司とアリサが自主トレーニングの動画をそれぞれアップしていた。
葉室王司:今日、CMの仕事と劇団の集まりがあってレッスン場行けないけど
葉室王司:その分、自主トレがんばるね
高槻アリサ:私も~
三木カナミ:お仕事いっぱいで大変だよね、無理しないでね
月野さあや:2人とも、頑張ってて偉い꒰( ˙ᵕ˙ )꒱偉いぞー
五十嵐 ヒカリ:王司の0:23と1:48と( ゜д゜)
五十嵐 ヒカリ:アリサの2:57の振り付けが( ゜д゜)
五十嵐 ヒカリ:ワンテンポずつずれてるわ( ゜д゜)
月野さあや:鬼コーチがいるぞー꒰( ˙ᵕ˙ )꒱負けるな2人ともー
こよみ聖:今レッスン場に合流したけど
こよみ聖:ヒカリの動画撮るから2人はダメ出ししていいわよ♡
葉室王司:ダメ出し大会始まっちゃう
葉室王司:ギスギスXでお願いします
月野さあや:エンジョイ꒰( ˙ᵕ˙ )꒱エンジョイ
高槻アリサ:お兄ちゃんが「みんな可愛いね、仲良くがんばってね」って言ってるよ
「おっはよ。今日は彼氏がノンデリ発言してきたわ。まあ、そういうところも好きなんだけどね」
こよみ聖はレッスン場に入って来て、スマホを構えた。本当にヒカリを撮っている。
「彼氏ねえ。……邪魔じゃない? いるメリットある?」
ヒカリは完璧なターンを見せて言い放った。
「あたしの彼氏は、ファンだけでいいわ。あたし、ファンに人生も魂も全部あげるよ。浮気なんてしない」
「かっこよ」
カナミは笑った。そうだな、と思った。
「ヒカリ。あたしも、彼氏いらない」
「いいぞカナミ。こっちに来い」
2人でダンスしていると、聖がスマホを置いて加わった。
「練習時間が思うように取れない子の分は、暇なみんなでカバーしてあげたいね」
そうか、とカナミは頷いた。
「仲間だもんね」
上手になった自分が、いまいちな2人に「いいよ、あたしが2人をフォローしたげる」って言ってあげるんだ。
……想像すると、「いいな」って思った。
聖は、思い出したように付け足した。
「あと、彼氏はメリットあるよ。スポンサーだもん。みんな、彼氏に感謝して」
なんか最強感のある一言だった。
「ありがとうございます彼氏様」
「ありがとうございます……」
ヒカリがさあやに声をかけている。
「さあや。あんたもそろそろ練習再開しなよ……」
「さあやのメモリはヒカリの3倍あるから、安心していーよ」
ペンタブをくるんっとまわしてペン先をヒカリに向けるさあやは、カナミがスマホを眺めている間にskebでイラストを納品して1万円稼いだらしい。
「ふっふー、帰りにスタバ寄ろう。奢ってあげるよ、君たち♪」
余裕たっぷりのさあやの笑顔は、なんだかすごく頼もしかった。
三木カナミ:あのねえ王司、アリサ
三木カナミ:あたしたちガチで優秀だから
三木カナミ:あんたたちが練習できなくて下手でも補えるわ
三木カナミ:2人はうちのグループの「下手カワイイ担当」って言ってあげるから
三木カナミ:アイドルのことは気にせずお芝居がんばってね
三木カナミ:大事なメモリは2人がやりたいことにつぎ込んで!
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【葉室王司視点】
アイドルグループってドロドロしてるイメージあるけど、私のグループは雰囲気がいい。
今日はCM撮影の後、西の柿座のメンバーとの集まりだ。
たぶん配役が決まると思うのだけど、それにしては集合場所が文豪座じゃなくて新宿駅なんだよね。
……行ってみたらわかるか。
先にCM撮影だ。
マネージャーの佐藤さんは「簡単」って説明してくれる。
「ゲーム会社のCMで、ゲーム系Vtuberさんとの共演です」
へえー、Vtuberさん。どうやって共演するんだろう。
ノコさんだったらいいな……そんなわけないな! ゲーム系じゃないもん。
撮影場所には、ゲーミングPCとマイクがあった。
台本はなくて、簡単に口頭で説明されるだけだ。
「オンラインで遊ぶFPSのバトルロワイヤルゲームをゲーム初心者の王司ちゃんが初めてプレイすると、eスポーツチームに所属しているプロプレイヤーのVtuberさんと偶然野良マッチング。一緒に勝つ……という筋書きです。自然な感じでゲームしてください、その映像を使うので」
なるほど、ゲームをしている私の姿とゲーム画面を使うんだな。
「私、本当にこういう銃を撃つゲーム、初心者です……」
「銃を撃つゲームって……か、かわいいなあ、王司ちゃん。怖くないから大丈夫だよ」
「魔法を撃つゲームは得意なんです。メラゾーマとアルテマが好きです」
「王司ちゃん?」
西園寺麗華が配信でプレイしているのは観たことがあるけど、自分で遊ぶのは初めて――そう訴えると、「ちょうどいい。適役だね!」と言ってくれた。
スタッフが準備してくれてゲームを開始して、チュートリアルをおぼつかない手付きでプレイする。
一人称視点のゲームだ。画面酔いしそうになる。
坂道を滑り降りたり、アイテムを拾ったり、銃を撃ったり……おろおろしながらプレイしていると、スタッフさんが丁寧にわからないことを教えてくれる。
「この映像、メイキング動画としてネットに公開したいですね! 王司ちゃんは理想の初心者って感じだ」
「爆弾を投げるのは楽しいですね。どっかーん。えへへ」
「王司ちゃんの趣味がちょっとわかってきたよ。ははは」
スタッフさんとすっかり仲良しだ。
ゲーム、楽しい。
「なんとか野良マッチングに行けるかな」ぐらいに慣れた頃、Vtuberさんと事前に組んで挨拶をした。
Vtuberさんは、江良星牙といい、CMでは偶然マッチングしたことにするらしい。すごく誰かを連想させる名前だけど、まさかね。
江良星牙は所属チームのゲーミングハウスからゲームに接続するんだって。
「王司ちゃん。このVtuberさん、江良九足さんの甥に当たる人だって言われてるんだよ」
「へ?」
誰が言ったの、それ。
「まあ、確定してないことで、その可能性が高いってだけなんだけどね。なにせ、江良九足さんのご両親は『赤ん坊の時に施設に預けた』と主張してるらしいから」
「自称、両親とかはよくいますね。週刊誌とかでも見たなあ……『死んだ親友に妻を寝取られてたことがわかって、愛せないと思った』みたいなどろどろしたやつとか……」
一時期そういう自称・父親の記事が出たりしたんだよね。
それ以外にもいろいろ出ていたし。
「王司ちゃんよく知ってるね。実は……さっ……春海さんっていう人でね、江良さんが有名になってから親として名乗り出るか迷ったけど、迷ってるうちに彼は亡くなってしまったんだって」
「へ、へえ……それはそれは……なんか、どう思ったらいいか感情が迷子になる……」
「まあ……有名人の親戚を名乗る人ってよくいるし、相手が亡くなってるから……反応に困るよね」
全くだよ。
本当でも嘘でも困るよ、なんか。
だって江良はもう死んでるんだよ。ところで今、春海さんの前に「さっ」ってなんか違う名前を言いかけた? 気のせい?
「よろしくお願いします。江良星牙です」
江良星牙の声は、爽やかだ。
標準語で、大人っぽく振る舞っていて、ちょっとよそよそしい。
西の柿座の星牙とは全然違う。
もっとも、コエトモで「デュフフ」ってやってたハンドルネーム・江良の星牙も全然別の声だったけど……。
「もうすぐVtuberだらけのオンライン大会もあるから、王司ちゃんは最後に自分の正体明かしと『大会、観る予定です』ってセリフで締めくくってね」
なるほど。
1、このゲーム、葉室王司と野良マッチングするかもしれないぞ。
2、大会、葉室王司も観戦するんだってさ。
このCMでそんなイメージを発信して、ゲームと大会を宣伝する戦略なんだ。
わかりやすいな。『私がゴマキ』作戦だ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【CM・江良星牙視点】
設定:一緒に出場する予定だったVtuberが不慮の死を遂げ、その悲しみを抱えたまま新メンバーともいまいち上手くいかずに大会の日が近づいている。
そんな江良星牙は、配信中の野良マッチングで初心者と組んだ(配信はフリだけで実際はしない)。
ボイスチャットから聞こえる声が、可愛い。
「あの、チュートリアル終わったばかりの初心者です。よろしくお願いします」
「え、……声がアイドルの子に似てる……こほん、……よろしく」
初心者は、本当に不慣れなようだ。
移動すら危うい。
「ひゃっ。撃たれてる。やばい、死んじゃう。死ぬ、死ぬ」
「こっち来て」
移動場所を指示しても、わかってくれない。
棒立ちだ。でも「爆弾だ。わーい、どーん。私が爆弾魔だ」と楽しそうに投げてる。撃たれてる、撃たれてる。
守らねば。敵を倒していこう。美味しそうな餌に群がる敵は、隙も多い。
囮になってもらってると思えば、やりやすい。
「わあ、死んじゃった」
「蘇生しますよ。爆弾もあげます」
「ありがとうー! やった~、爆弾~!」
「爆弾楽しんでください」
CMなので、ひたすらに紳士的な対応が求められている。
見た未プレイ者に「このゲーム、面白そう」って思ってもらわないといけないから。
でも、実際のゲームでは暴言が当然飛び交うのだから、ちょっとぐらい毒を放っておいたほうが広告詐欺にならなくていいんじゃないか……。
「初心者さん可愛いけど、オンラインゲームは中に人が入ってるから、キッツイことを言われることもあります。これからそういう体験もするかもしんないけど、それ含めて面白さなんだって思って楽しんでくれたらいいな」
「はいっ、りょうかいです!」
素直で可愛いお返事だ。
キルログをどんどん流して勝利すると、初心者ちゃんは「え、勝ったの? すごぉい。やったー!」と嬉しそうだ。
「好きなアイドルに声似てるし、ご褒美回でしたね」
配信を見ているリスナーに言うような演技で呟くと、初心者ちゃんが「好きなアイドル、誰ですか?」と聞いて来る。
「LOVEジュエル7かなぁ。知ってる? 鈴木家の妹ちゃんがセンターでこれからデビューする……ああいう妹に大会応援してもらいたい……『お兄ちゃん、がんばって』って言ってほしい」
江良星牙が推しを語ると、初心者ちゃんは爆弾発言を投下した。
「え、私が王司です。ありがとうございます、嬉しい……♪ 大会って、なんですか?」
「え、えっ? えっと、Vtuberがチーム作って戦うeスポーツ大会があるんですよ。V最推しチーム決定大会って言って。エンジョイ寄りなんですが」
驚くばかりの江良星牙に、葉室王司はアイドルオーラ120%の可愛い声で言ってくれた。
「Vtuberのeスポーツ大会、私も観ます。応援しますね。お兄ちゃん、がんばって!」
脳が蕩けるようなスイートボイスだった。
可愛い。これは可愛い。
――大会、盛り上がるわ。
この子に釣られて、大盛況になるわ。
『オンラインには、感動がある』――そんな文字と共に、ゲームタイトルと大会日時が表示された。
ゲームをプレイしながらの即興劇が終わる。
CMは、いい出来だ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――『おまけ枠のmahoo知恵袋』
質問者:匿名の兄
妹が8歳年上の男にクッキーで餌付けされています。
クッキーが美味しいらしいです。
しかも、もうすぐ誕生日かもしれません。
俺もクッキーで対抗するべきでしょうか?
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