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91、TSピーターパンとシスコンバトル

――【葉室王司視点】


 寝る前にスマホを弄るのは不眠の原因になると言われているが、そうは言っても、つい触ってしまうもの。

 就寝前にベッドの中で観たのは、執事セバスチャンが撮影した文豪座の執事室の動画だった。


『お嬢様。ゴランください。ココは執事室デス……ソレデハ、中に入ってミマショウ』

 

 セバスチャンがスマホカメラをぐるりと回し、ドアを開ける。

 ギ、ギ、ギィ……。

 蝶番(ちょうつがい)が古くて錆びているのか、耳障りな音を立てた。


 執事室には、他の執事はいなかった。

 照明がついていなくて、黒いカーテンが窓を覆っていて、暗い。


『暗いデス。にんにくのニオイ、シマス』

  

 うちの執事は実況スキル持ちだ。

 プライベートで実況者してるもんね。鍛えられてるんだ。

 いいぞ、セバスチャン。

 

 壁の右側は天使たちが飛翔する空色と白の天界、左側は悪魔たちの黒と赤と紫の地獄の絵が描かれている。


 世界の狭間には、祭壇があった。芝居のセットだ。

 祭壇にはカメラが置かれていて、祭壇の前には神父がいた。

 

 神父は十字架を掲げ、祈っている。


 何事? エロイムエッサイムって言ってるよ。

 悪魔召喚の呪文じゃないの、これ? 悪魔くんだ。

 室内には、呪文を皮切りにBGMが流れた。

 ……大地讃頌だ。セバスチャンはがんばって実況してくれた。


「ココは、執事室ではナイデスネ」 


 そうだね。そんな感じがする。同感だよ。


 神父に気を取られていると、後ろから「ガタン」と音がする。


 ドアノブがガチャガチャと鳴る音。

 少し錆びついたドアの蝶番がぎ、ぎ、ぎい、と開く。

 そして、BGMが変わった。大地讃頌が君が代になったのだ。なんで?

 

『やあ……セバス君……』


 ドアを3センチ開けて隙間から中を見てくるのは、八町(やまち)大気(たいき)だった。


『……!』 


 視界が揺れ、スマホが手から落ちて天井が映る。


 君が代の音量が上がった。

 なんだこの演出。ふざけてるだろ。


 ガチャガチャとドアノブと蝶番が音を立てている。


 セバスチャンが内側でドアノブとドアを押さえ、八町の入室を阻んでいる姿が脳裏に想像できた。

 

『くっ……』 

『セバス君、なぜ僕を拒むんだい。中に入れておくれ』 

 

 声だけが聞こえる中、コツコツという革靴の音が響いた。

 おい、この部屋にはもう一人いるぞ。忘れるな。

 セバスチャン、後ろ。

 神父だ。神父に気を付けろ。接近されてる――『ギャアアアアアア!』そこで映像が途絶えた。

 

 ……ホラー動画が完成しちゃってるじゃん。


 しかも微妙にBGMがホラーじゃなくてふざけてる。


 八町のイタズラだな、間違いない。

 SNSに投稿して寝るか。

 

    ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 

 翌朝。

 SNSでは『うちの執事がホラー動画(?)撮ってきた』というタイトルの動画が拡散されている。私が投稿した動画なんだけど、なかなか好評だ。


 中学校に登校すると、二俣(にまた)夜輝(よるてみ)が校門で演説していた。

 

 周囲が人でいっぱいで、海賊部がポスターを貼ってる。

 偉そうにふんぞり返っている二俣のバストアップ写真がドーンと出てるポスターだ。


「この学校を生徒全員にとって過ごしやすく、楽しく笑顔が絶えない学校にしよう」


 なんだ、生徒会選挙か? この学校にそんなイベントがあったのか。清き一票をお願いされてしまうのか。え、でもそんなシーズンじゃなくない? 今は文化祭シーズンだよ?


「王司ちゃーん」

 

 不思議に思っていると、アリサちゃんが登校してきた。今日は送迎車付きで、お兄ちゃんの高槻(たかつき)大吾(だいご)が運転席で手を振っている。

 お、お兄ちゃんの送迎だと……?

 

 しかも。


「おはようございます王司さん! 朝からご挨拶できるなんて、今日はいい日だなぁ!」


 なんてキラキラした笑顔なんだ。

 

「お兄ちゃん、学校で目立たないでって言ったでしょ」


 アリサちゃんが可愛らしく怒ってる。


「ははは! いやあ、王司さんが仰ったじゃないですか? 仲良しで楽しいねってする企画だと」 


 高槻大吾は車の中から手を伸ばし、「本日のお菓子です」と言ってクッキーをくれた。

 

「妹との仲良しアピールもできて王司さんにアプローチもできる。一石二鳥というわけです! ご存じですか? 単純接触効果といって、よく話す相手には好意を持ちやすいのです。僕のことをどんどん好きにさせてみせましょう! あれ? なんでスマホで僕を撮ってるんです? 格好いいからですか? 甘いセリフとか言いますか?」


 このお兄さんのクッキー、美味しいんだよね。


「ありがとうございます、大吾お兄さん。動画はうちの兄に共有しておこうと思います」

 

 忘れないうちに送信しておこう。

 動画って本当に便利。説明の手間が省けるもんね。

 ――『ほら、こんなこと言ってますよ』と。

 

「きゃー!」

「サインくださーい!」

  

 ネットを見たらしき生徒たちが「対決頑張ってください」とか声をかけている。

 高槻大吾に、アリサちゃんに、そして私に。


「おい、芸能人に釣られるな! 俺の演説を聞け」

 二俣がお怒りだよ。行こう、もう行こう。

 

「行こう、アリサちゃん」

 

 アリサちゃんと二人で教室に行くと、クラスメイトが「ネット見たよー」と集まってきた。学校、賑やかだな。

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

  

 お昼休みに食堂でランチを楽しんでいると、二俣が来た。

 しかも、今日は隣に座ってくるではないか。周り中、女子ばかりなのに。


 円城寺は? と見てみると、海賊部のメンバーといつもの席に座っている。

 こっちを見ないようにしてる?


「葉室。お前はいつもカレーだな。さてはCMを狙っているのだろう、このカレー馬鹿め。俺が口利きしてやってもいい」

「お好み焼きとかたこ揚げも食べてます」

「そうか。ところで、今朝の俺に感謝してもいいぞ」

「え?」

 

 今朝? 何か感謝することあったっけ?

 

「無自覚な芸能人め。お前らがいつも話題になって出待ちする生徒が出るから、俺が注目を引いてやってるんだ」


 あー、そういうこと。

 確かに、同じ学校に芸能人がいてネットやテレビで騒がれていると、話しかけたり写真撮ったりしたくなるよね。

 登校するときに「出待ち」という言い方は変な気もするけど。

 

「それはありがとうございました、二俣さん。てっきり生徒会の選挙でもするのかと思っていました」

「ふん。お前は俺に投票したかったのだろうが、その必要はない。対抗馬は出ない。満場一致で、来年は俺が生徒会長だ」


 やっぱり狙ってるんだ。

 まあ、将来は総理大臣になるようだし、生徒会長もするよね。


 それにしても自信がすごい。

 もしお気持ち表明ゲームをしたら、絶対「俺が水槽だ」って言いそう。


「葉室。投票はしなくていいが、代わりに台本を見てくれ。実は……(ほまれ)が書いた」

「え、私が見ていいんですか? わぁ……」

 

 二俣は文化祭用の台本を見せてくれた。


 薄い台本は、表紙に『ピーターパン』と書いてある。手書きの絵も添えられていて、なんかいいな。学生って感じ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


〇夢の国ネバーランド

   舞台下手から海賊ABCD登場。


海賊ABCD「俺たち、女になってるじゃねえか!」


海賊A「俺の息子がねえよお!」

海賊B「お前、女になると可愛いな……トゥンク」

海賊C「きゃーっ、俺を見るな。見ないでくれ……!」

海賊D「船長~! 俺たちの性別が変わっちまいました!」


   海賊ABCD、舞台下手に去る。

   舞台下手より、海賊フック船長が登場。


海賊フック船長「女体化薬を部下が飲んだらしいが、同じ薬をピーターパンも飲んだという。ピーターパンを探せ! 奴がどんな女になったのか見てやろう!」

海賊フック船長「見つけた後は、この左手に誓って復讐だ!」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆ 

 

 海賊とピーターパンが女の子にTSしてるじゃないか。


 ちなみにフック船長は男のままだ。


 宿敵のピーターパンが女の子になっているのを見たフック船長は「か、可愛いだと……!?」とときめいてしまい、「復讐したいのに好きになってしまってどうしよう」「正気に返れ俺! 奴は男だ!」と葛藤するのである。

 その先は白紙で、まだ台本は未完らしい……。


 視線をちらりと海賊部の席に向けると、円城寺誉は週刊誌を逆さに開いて読んでいるふりをしていて、「僕は気にしてないよ」という顔をしつつ、明らかに反応を気にしている。

 へえ、へえ、可愛いな。

 

「へえ~……! 面白いですね! 私、この劇、すごく楽しみですよ!」


 面白いと思う、TSピーターパン。

 海賊部は男子ばかりだし、女装して演じるんだろ? 

 ノリが若者で、文化祭~って感じだよ。青春じゃないか。


「そうか? 俺は海賊が女になる必要性がわからなかった。だが、葉室がそう言うなら、これでいくか」

 

 二俣はそう言って台本を回収し、海賊部に戻って行った。

 円城寺は逆さの週刊誌に顔を隠して、耳を真っ赤にさせて――おお、喜んでる、喜んでる。

 取り巻きの男子が「女装が決まったぜイヤッホーイ」とか「ヨーソロー!」とか雄叫びをあげている。

 楽しそうでなによりだ。

   

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 学校が終わり、アイドル部でダンスの練習をしていると、「大変!」と駆けこんでくる女子生徒がいた。


「校門に芸能人が……すごいイケメンで……」


 みんなして窓際に寄って校門を見ると、人だかりがすごい。


 芸能人はどこ? 停まっている車の中?


 『毎日登校したら「いる」、見慣れているいつもの芸能人(日常的な存在)よりも、レア度が高いから見逃すな!』的なみんなの感情が伝わってくる。


 アリサちゃんは慌てた様子でスマホをチェックし、「先に帰るね」と帰り支度をした。

  

「お兄ちゃんが迎えにきたかも。LINEにメッセージ来てたよ~」

「アリサちゃんのお兄ちゃん、帰りのお迎えもしてくれるの。すごいね……じゃ、今日の練習はここまでにしようか」


 うちの執事もそろそろ来る頃だ。

 アリサちゃんと一緒に校門に出ると、生徒たちがキャアキャアと大騒ぎしていた。

 騒ぎすぎでは――と思っていると、みんなが大騒ぎしている原因が判明する。


「高槻さんは21歳ですよね? 妹は14ですよ。年齢差えぐくないですか?」

「いやいや、僕たちの界隈ではえぐくないです。そちらの定規で僕を型に填めようとしないでください」

「学校に来て声をかけるのもストーカーっぽくないですかね」

「僕は妹の送迎をしているだけですよ? ついでに、妹の友人にも挨拶をしただけですとも! それに、彼女とは知らない仲でもなし。家に遊びに来てくれたこともあるんです。仲がいいんですよ」


 えーーっ。これ、現実?

 

 火臣(ひおみ)恭彦(きょうひこ)高槻(たかつき)大吾(だいご)が車の外で公開ギスギスしてるじゃないか。


「すごーい。ほんものー!」

「指輪してない」

「シスコンシスコン」

「喧嘩してる~!」


 すごい、この生徒たち。

 「握手してくださーい」とか「サインくださーい」って話しかけにいったりはしないんだ。ある意味マナーがいい……のかな?


「な、何してるんですか、お二人とも? 写真とか動画とか撮られまくってますよ」

 

 人垣(ひとがき)をかきわけて近づくと、恭彦は「お疲れ様です」と挨拶してきた。ビジネス感がある。


「葉室さんが動画を送ってきたんじゃないですか」

「送りましたね」

「ですから、迎えにきたんじゃないですか」

「おお……」 


 『1、動画を送った』→『2、だから迎えにきた』。

 なんだろう、1と2の間にワンクッション欲しい説明不足感。でも、説明がなくても想像できると言えばできるかもしれない。ギスギスしてたし。


「心配してきてくださったんですね! わぁ、ありがとうございま……」

「仲良し対決です。『やられたらやり返せ』、『自分が勝利するまで戦え』、『妹がたこ揚げをたこ焼きだと言っても否定するな』とは、昨夜の家族会議で追加された火臣家(わがや)の家訓です」

「家訓とかあるんですね……しかも決まったの昨日なんだ……?」

 

 打犬と恭彦が真面目に家訓を話し合っている光景を想像すると、何ともいえない気分になる。


 私には遠い世界だ……そうか、世の家族は会議して家訓を決めるのか。

 

 私が呆然としていると、恭彦は私を庇うように立ち位置を変え、高槻大吾に言い放った。

 

「そちらが毎日送迎すると、こちらも毎日送迎する羽目になってしまうので、やめていただきたい。俺の送迎は今日だけです。こんなイベントを毎日していたら、羞恥心で死んでしまいます」 


 恥ずかしかったんだ……。


 ああ、恥ずかしそうな表情に女子たちが「はう……っ」って悶えてるよ。このよくわからない感情伝播……才能……。いや、単に美形に見惚れてるだけかな? 紛らわしいな……。

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

  

 数分後、私は恭彦が運転する車に乗っていた。家まで送ってくれるんだって。

 

 免許あったんだな……。あ、セバスチャンに連絡入れておこう。


「葉室さん」

「あっ、はい」

「明日もロリコンが来たら連絡してください。通報します」

「……えーと、でも、アリサちゃんとお兄ちゃんは元々すごく仲が良くて。あのお兄さんはすごく社交的で陽気な方で、冗談みたいな感じで、誰にでもあんな風に……クッキーも美味しいんですよ」


 一応、擁護しておこう。

 嫌なことをされたわけではないので。


「いいですか、葉室さん。あちらの界隈の男は、モラルが低いのです。御曹司ともなれば、社会的にアウトなことをしても許されてしまうので、タガが外れてるんです。経験が豊富なので、判断力のない幼い女の子を簡単に騙してしまうんですよ。危険です」


 私は同じセリフを君に言いたいよ。


「恭彦お兄さん。こ、こちらからも、いいですか?」

「なんでしょうか」


 言うよ。言うよ。言っちゃうよ?

 

火臣(ひおみ)打犬(だけん)は、モラルが低いのです。なんかよくわかんないけど、社会的にアウトなことをしても許されてしまっていて、タガが外れてるんです。経験が豊富なので、判断力のないご子息を簡単に騙してしまうんですよ。危険です」


 言った! 言ってやったー!


「葉室さん。ご自宅に着きました」

「あっ、ありがとうございます」


 恭彦は会話をなかったかのように綺麗にスルーして、「それでは、バイトがあるので」と去って行った。

 バイトしてるんだ。えらいなぁ。

 そしてあの様子では、打犬と離れる気はないんだな……。

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


――『おまけ枠の葉室家・家族会議』

 

「ママ、他のお家では、家族会議をして家訓を決めたりするらしいです。私もそれをやりたいです」 


 ママが帰宅してから家族会議を提唱すると、第一回・葉室家・家族会議が無事行われた。


「じゃあ、第一回の議題は、何を話し合おうかを考えましょうか」


 ポテトチップスをつまみながら話し込むこと、30分。

 結論が出ないままお風呂の時間になり、「会議は踊る、されど進まず」という挨拶と共に会議は終わったのだった。

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