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9、今日はありがとうございました!

 執事のセバスチャンと家に帰ると、和風メイドのミヨさんが出迎えてくれた。

 

 セバスチャンは住み込みだけど、ミヨさんは8時45分から17時15分までの8時間勤務で、 定時に家に帰っていく。年齢は20代だって。

 

「おぼっ、お嬢様。おかえりなさいませ! ただいま居間は支障がございます。入ると爆発します! 少々お待ちください!」

「爆発ってなに?」


 ミヨさんは両手を突き出して「すとっぷ!」と言うと、パタパタと足音を立てて居間に駆けこんでいった。

 セバスチャンが「おーけーもーまんたい」とサムズアップしている。なに?


「わああああ」


 居間から歓声が聞こえた。なにごと?


『可愛かったですねー! 最初キー低かったね!』 

「うおおおおおおお」

  

 耳がおかしくなったかな? ママの雄叫びが聞こえるぞ。


「お、奥様っ、お嬢様が!」

「なんですって! ま、待って! 消すわ!」


 がしゃん、どたんと騒いでいる音がする。

 なにやってんだ?


「お待たせしましたお嬢様! 危険は回避できました!」

「う、うん。ありがとう」


 外側が和風の葉室家の中身は和室と和洋室で構成されている。

 居間は、和洋折衷の内装だ。

 入ってすぐの床には、サイリウムが転がっていた。


 今日のママは着物だ。

 こちらに背を向け、壁にかかっている世界地図を見ている。

 声は低く、冷静に聞こえた。


「王司。帰ったのね。ちょうどさっき制服とお寿司が届いたところよ」

「あー……ただいまです……」

「必要なものは買えたの?」

「買えました」

「そう」

 

 サイリウムを拾ってソファに座ると、テーブルの上にある閉じられたノートパソコンとひっくりかえったマグカップが目に付いた。


「……ママ。ノートパソコン、コーヒーでびしょ濡れです……壊れるよ」


 ハンカチで拭こうとすると、「触っちゃダメ!」と叫ばれた。


「爆発するわ!」

「いや、爆発はしないだろ」


 思わず素でつっこんでしまうと、ミヨさんが袖を引っ張って一生懸命に首を横に振っている。

 

 わかるよ。これで動画観てたんだろ? 

 バレバレだよ。

 

「……ママ。サイリウム落ちてましたけど」

「それはダーツよ。お寄こし」


 どう見てもダーツじゃないのに、ママはサイリウムを左手で奪って世界地図に投げた。

 地図にぶつかったサイリウムは刺さることなく床に落ちたけど。

 

「モロッコね。ママの次の旅行先が決まったわ」

「あ、うん。ダーツの旅ですね。よかったですね」


 実はつっこみしてほしいのだろうか。

 微妙に悩みつつ「スタープロモーションに所属したい」と相談すると、ママはOKしてくれた。賛同してくれてよかった。保護者が応援するか反対するかって結構大きな問題だから。


「王司も配信をするの? いつするの? ママも出る?」


 なんかソワソワしている。

 

 だんだんと「可愛いかもしれない」と感じるようになってきたけど、このママは昔、男性俳優に芸能界出禁レベルのやらかしをした痛いファンだったはずだ。

 

 油断しないでおこう。



   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆



 

 寿司を食べて風呂に入ると、まだ見慣れない自分の体が鏡に映っている。


 ふくらんだ胸や筋肉感のないほっそりした腕を洗っていると、「なんでこうなったんだろう」とどうしても考えてしまう。自分の体なのに変な背徳感がある。あまり見たり触ったりしちゃいけないな、みたいな。


 湯は真っ黒で、風呂を準備したセバスチャンが言うにはモール温泉の素を入れたらしい。

 ジャグジー機能をONにしてみると黒いお湯がボコボコ沸いて、地獄のような見た目になった。


 浸かったときに自分の体が見えないので、少し安心した。


 風呂から上がると、スキンケアだ。

 と言っても、買ってきた美容液を顔につける程度。

 あとは、ストレッチをして発声練習を少し。

 

 この体は体力があまりないし、ボイストレーニングも必要だ。

 芸能事務所に入ってからレッスンを受けられると思うけど、それまでの間は自主トレーニングをしておこう。

 

 明日は学校だ。

 王司のスマホで時間割アプリを見つけたので、時間割はわかる。

 教科書も見つけた。バッグもある。女子用制服もサイズを確認済だ。

 

 明日の準備をしていると、麗華からLINEが届いた。


西園寺麗華:今日はおつかれさま! 明日は学校? 


 「がんばってね」というセリフ付きの白猫スタンプがピコンと送信されてくる。 

 

葉室王司:今日はありがとうございました! 明日は学校がんばります!


 そういえば王司は学校に友達がいるんだろうか。

 LINEのトーク一覧を見てみると、学校公式っぽい連絡用チャットがひとつ。

 男子っぽい友達とのチャットがひとつ。

 

 他人同士のチャットを見るのって、独特のワクワク感と背徳感があるな。

 覗き見するような感覚に近い。



――数日前のチャットログ――

 

田中たけし:王司お前噂されてんぞ

葉室王司:え?

田中たけし:A組の女子がお前に告られて振ってやったって

葉室王司:そんなことしてない

田中たけし:連中、チビに人権ないのにって笑ってたぞ


(通話した痕跡) 


――翌日のチャットログ――

  

田中たけし:おい

 

――翌々日のチャットログ――

  

田中たけし:スルーすんなし

田中たけし:学校こねーの?

田中たけし:俺やっぱアプリみつからねーけど  



「この後ずっと会話がないのか。無視し続けて相手も諦めた感じだな。これ友達って言える状態?」

 

 しかも、この性別カミングアウトして女として登校するんだが。

 考えてみたらクラスメイトとかビックリだよな。


「……あっ」

  

 チャットログを眺めた後、学校公式っぽい連絡用チャットをチェックすると衝撃的な事実がわかった。


『C組の田中たけし君が交通事故で亡くなりました』



 王司の友達は、三日前に死んでいたんだ。 


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