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89、お好み焼きパーティでカジキマグロをもらったよ


 時は少し戻り、初顔合わせの直後のこと。

 

 【西】のメンバーには、真っ白な紙が配られた。

 

「希望する役を書いてください」

 

 私は迷わずジョバンニと書いて提出した。

 ジョバンニジョバンニジョバンニジョバンニジョバンニ……白い紙をジョバンニの文字が侵蝕していく。もう真っ黒だ。


 見て、猫屋敷(ねこやしき)座長。

 私はこんなにジョバンニをやる気があるんだ。

 私にジョバンニをください。

 清き一票をお願いしまぁす。


 真っ黒の紙を提出すると、ピンクパンサーの着ぐるみは「うっ」と唸って一歩後ずさった。

 怯えた気配を感じたけど、後悔はしていない。


「本日の顔合わせは以上ですぅ。この後は、【東】のメンバーと合同で飯食って『お互いがんばろーぜー』ってやっておしまい! では、飯食いに行きましょーう」


 ぞろぞろと移動した場所は、『第三会場』という札が出ている小さめのスペースだった。

 

 『第三会場』は芝居のセットみたいな空間作りがされている。


 木製の本棚や雑貨棚、古めかしいオルガン。

 観葉植物と熱帯魚が泳ぐ水槽……、床は扉から見て右側が昼間、左側が夜をデザインしていると思われるカーペットだ。

 

 気になるのは、部屋の隅に巨大な檻と募金箱が置かれていることだろうか。

 それに、『着ぐるみ用』と書かれた衝立(ついたて)もある。


 じっと見ていると、さくらお姉さんがスタッフ口調で教えてくれた。

 

「あれは珍獣を入れて見世物にするための檻よ。衝立は着ぐるみが水分や栄養を摂取するときに使うの」

「なるほど、サーカスみたいなことをするんですね?」  

「……火の輪くぐりでもしたら喜ばれそうやね」

 

 檻を眺めながら寛げる位置に、ソファセットとローテーブルがある。

 ホットプレートと食材が用意されていて、お好み焼きパーティでも始めそうな気配だ。するのかな?


「こんにちはー」

「お邪魔しまーす」


 あ、【東】のメンバーが来た。

 

 劇団アルチストの月組と、ゲストたち。

 ゲスト枠は、受付のところでも会った西園寺(さいおんじ)麗華(れいか)火臣(ひおみ)恭彦(きょうひこ)……。恭彦はなぜかカジキマグロの頭部を持っていた。なんだあれは、陶器? 剥製? 謎の物体はテーブルの上に口を上向きにして置かれた。

 

 アリサちゃんもいる。目が合うと「王司ちゃん!」と手を振ってくれた。


「アリサちゃん、お芝居するんだ〜! わぁ、わぁ。同じチームがよかったよ……!」

「うん、うん。でも、王司ちゃんと同じイベントできるの、嬉しいな」

「私も!」


 着ぐるみブラザーズも勢ぞろいしているけど、パンダは不在だ。

 代わりに八町(やまち)大気(たいき)がいる。

 

 八町は黒シャツにグレーの3ピーススーツ姿で、スーツと同じ色のネクタイをかっちりと締めて格好つけていた。


 威風堂々としたその姿には成功者のオーラがあるが、彼の手には2本の紐が握られていて、片方の紐の先にはうちの赤毛執事が、もう片方の紐の先にはチェシャ猫カチューシャをつけた羽山修士が首輪付きで繋がっていた。

 なにやってんの。


「王司ちゃん。あの人たち、面白いね。私たちね、さっきまで自己紹介して、『江良九足(えらくそく)に進化するゲーム』してたよ」

 

 なに、そのゲーム?

 聞きたいような、知らないままでいたいような複雑な感情が湧いてくる。

 

「王司ちゃん。私ね、最初はミジンコから始めたの。単細胞生物からスタートして進化するシアターゲームでね、最後は究極の生命体、江良九足さんになるんだよ」

「アリサちゃん、そのゲーム、天国の江良さんは『やめて』って言うと思う」

「恭彦さんはカジキマグロを熱演してトロフィーもらってた」

「あれ、トロフィーなんだ」


 カジキマグロを熱演ってなんだろう。想像が全くできないや……。

 アリサちゃんは「楽しいよ」と笑ってくれた。

 お日様みたいな笑顔が眩しい。これが本物のピュアだ。


「私ね、展望台で『王司ちゃんのアリス、可愛いな』って思ったの。銀河鉄道の夜も、楽しかったね」


 アリサちゃん、展望台で私が演じたアリスを観てくれてたんだ。SNSで動画が拡散されてたもんね。

 ……ん? 『楽しかったね』……?


「それって……」


 問いかけようとした時、着ぐるみの白うさぎが挨拶した。

 白うさぎは「丸野です」と名乗り、部屋の隅でカメラをねっとりと構えるトドを「彼は野生のトドです」と紹介した。


「両チームは競争相手でもあり、合同イベントの成功のために協力する戦友でもあります。仲良くやりましょう。『ライバルは戦友であり、劇団は家族である!』……では、かんぱーい」


『ライバルは戦友であり、劇団は家族である!』――これは、歴史ある老舗劇団『文豪座(ぶんごうざ)』の謳い文句だ。劇団アルチストは名前と代表が変わっても、その魂を引き継いでいるんだな。

 

「かんぱーい!」


 こうして、お好み焼きパーティが始まった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 じゅうじゅうという美味しそうな焼き音と、タレを絡める香ばしい匂いが部屋中に満ちて、食欲が刺激される。

 

「トドと執事さんが焼いてくれてる間に、お気持ち表明ゲームをしましょう〜♪」

 

 猫屋敷座長は、お好み焼きと並行してシアターゲームを主催した。


「『腹減ってて飯食いたいぜー』って気持ちがでかい人は、ホットプレートの近くに行ってください。そうじゃない人は離れてー。距離で気持ちを表現してねー」


 あ、さくらお姉さんが部屋から出て行ったぞ。満腹か。


「今、どんなお気持ち? 近くの人と、おしゃべりしましょーう!」


 お好み焼きを見て「美味しそうー」と言うと、隣にいたアリサちゃんが「いい匂い!」と言ってくれた。


「次に、『お芝居がんばるぜー』って気持ちがでかい人、オルガンの近くに来てくださーい。そうじゃない人は、オルガンから距離を取ってくださーい」


 あ、星牙(せいが)が部屋から出ていく。やる気がないのか。

 私はアリサちゃんと一緒にオルガンの近くに移動した。

 

 麗華お姉さんがオルガンにピッタリしがみついて「恭彦君、お姉さんについてきてる?」と確認しているが、恭彦は「焦げそう。ひっくり返さないと」とお好み焼きをひっくり返している。


 猫屋敷座長は部屋から出て行った子を連れ戻してから、ゲームを再開した。

 

「ちなみに、たこ焼きもデリバリーしてますよ。これから届きます」

「おー!」


「では次、『自分は天才だよ~』って人は水槽の近くに。『天才じゃないな~』って人は水槽から離れて。距離で才能を表してね!」

 

 このゲームは内容的に、「自分について考えて他人に伝えて知ってもらう」とか、「外的な要因から湧いた感情を使う」といった自己紹介兼演技トレーニングになっていると思う。

 

「王司ちゃん。私、このソファのあたりにいる」

「私も~」

  

 アリサちゃんと一緒にソファに座ると、八町がジロリとこっちを見た。


「そこ。お友だちに合わせないで、君自身をちゃんと表現してくださいね」

 ……注意されちゃったよ。

 

 水槽の方を見ると、星牙(せいが)高槻(たかつき)大吾(だいご)が天才の座を争っていた。

 

「お兄ちゃん、どきぃや。水槽壊れるやろ」

「僕は天才なので、水槽を頭から被るくらいでいいのかもしれません。もはや僕が水槽ですね」

 

 そこに麗華お姉さんが「お姉さんも水槽を名乗りたいわ」と加わっている。

 なんか、あまり混ざりたくない集団だな。混沌としている。


 羽山修士も同じ想いの様子で、「チェシャ猫は人間の指示で動かないんだにゃあ」とか言ってソファで毛づくろいしている。いい身分だ。


「王司ちゃん、行かなくていいの?」

 アリサちゃんが尋ねてくるので、首を振っておこう。

「私は水槽の近くにいなくても天才だよ……なんちゃって。もちろん、冗談……」

「格好いいね、王司ちゃん」

 

 あ、アリサちゃんが目をキラキラさせてる……。冗談だよ。恥ずかしくなってくるよ。


「冗談だよアリサちゃん。イキったこと言って恥ずかしい……」


 羞恥に火照る顔を手で覆っているうちに、恭彦がお好み焼きを皿に盛ってきてくれた。

 お好み焼きはいただくけど、このお兄さん、なんか裏方スタッフみたいになってない? 大丈夫?


 焼き色のきれいなお好み焼きは、混ぜ込みスタイルでさっき恭彦がひっくり返してたやつだ。

 上には黒いソースがかけられていて、カツオ節と青のりがトッピングされている。

 うーん、いい匂い!


「いただきまーす」

「私もいただきまーす」


 アリサちゃんとソファに座って箸で生地を切り分けると、柔らかい。パクッと頬張ると、期待通りの熱さだ。


「んー!」

「あふ、あつ」


 紅しょうがが入ってる。

 キャベツ多めで美味しい。生地は小麦粉と卵の甘みと旨みがいい具合で、甘辛のソースも最高。

 特別お好み焼き通ではない私でも「こういうのが美味しいんだよなぁ!」ってなる美味しさだ。

 あつあつ、ふぅふぅ。おかわりー!

 

「たこ焼きも届いたよー」


 お好み焼きを堪能していると、たこ焼きが追加された。

 羽山修士がセバスチャンと一緒にたこ焼きを並べている。猫モードはもういいのか。

「王司ちゃん、アリサちゃん。たこ焼きどうぞ」

 麗華お姉さんがたこ焼きを配ってくれるので、いただこう。生地が厚くてもっちりしてる。タコがぷりっぷりだよ。

  

「おいひい!」

「おいしーねー!」


 アリサちゃんはスマホを向けてきた。

 

「王司ちゃん、写真撮ろう」

「いいね。撮ろう撮ろう」

 

 2人でスマホを掲げて自撮りしていると、高槻大吾が混ざってくる。


「アリサ。お兄ちゃんも入れてくれー」

「あはは。お兄ちゃん、入って入って」


 この二人は本当に仲良しだなぁ。対抗したくなっちゃうよ。


「恭彦お兄さん! お兄さんも入ってください」

「なぜ?」

「恭彦お兄さん、今回の企画は兄妹対決なんですよ。つまり、どっちの兄妹が仲良しかを対決するんです」

「葉室さん、それ、完全に間違ってますよ」

 突然さいとうなおきにならないで。

「兄妹対決は、『別々のチームに分かれた兄と妹が演技を比べられて優劣をつけられる』という悪趣味な企画です。……俺がうっかりライバル宣言したばかりに……」

「ち、違うもん。仲良しで楽しいねってする企画だもん……」

  

 大人たちはビールジョッキを掲げて何度も「乾杯」「めでたい」と連発していた。


 楽しそうだな――着ぐるみブラザーズは人前で飲食しない主義なのか、『着ぐるみ用』と書かれた衝立の影にジョッキや食べ物入りの皿を持っていっては戻ってくる。

 衝立はあのためにあったんだ。

 

 ……これだけ賑やかなら、うっかりビールを舐めても気づかれないんじゃないかな?

 アリサちゃんも今はお兄ちゃんとドリンクのお代わりを取りに行ってるし。

 

 そーっと。


「葉室さん、それはビールです」


 私が心の中の悪魔に誘惑されていると、恭彦がビールを遠ざけて「こちらをどうぞ」とオレンジジュースをくれた。


「ありがとうございます……」

「お好み焼きもどんどん焼いてますんで」

「お、お疲れ様です……」


 お好み焼き職人と化した恭彦は、上着を脱いで腰に巻き、お好み焼きのヘラを動かして、焼いた生地をひっくり返した。

 汗を拭う姿をトドが下から煽るように撮っている……。


「お兄さん、いつも思うんですけど、あの……着ぐるみの正体とか、気づいてます?」

「着ぐるみの中の人なんて、気にしたことがありません。気にするのは無粋では?」

「あ、はい」


 本気っぽい。

 これは気付いてないな。そうか、無粋か。


「着ぐるみはさておき、恭彦お兄さん。焼いてばかりですし、ご自分も食べてください。たこ焼きを分けてあげましょう。生地が分厚くてもっちりなんです」

「葉室さん、これはたこ揚げです」

「商品名はたこ焼きですよ?」

「たこ揚げです」


 恭彦は謎の拘りを見せていたけど、たこ焼きを口に運ぶと食べてくれた。

 やったぞ、ほらトド。

 シャッターチャンスだよ撮って。仲良し兄妹の絵が撮れたよ。あとでSNSに投稿してね。

  

 ……そういえば、緑石(ろくいし)芽衣(めい)ちゃんは?


 きょろきょろと部屋に視線を巡らせて見ると、芽衣ちゃんはソファにいた。

 ピンクパンサーのぬいぐるみを膝に座らせ、隣に座る着ぐるみ姿の猫屋敷座長にお好み焼きを「あーん」して困らせている。


「おおきに、ありがとう。あのな、ボク、着ぐるみやから……あっちで食べてきますね」

「うん」


 もらったお好み焼きをお皿に乗せて『着ぐるみ用』の衝立の向こうに行き、食べて戻ってくる猫屋敷座長に、芽衣ちゃんはおかわりを渡した。


「おおきに。またいただきますぅ」

「うん」


 着ぐるみ姿の猫屋敷座長は再び衝立の向こうに隠れて、お好み焼きを食べていた。

 た、大変だな……。でも、幸せそうでもある。

 着ぐるみ姿でもじもじしたりくねくねしたりしている全身の動きで「あ、嬉しいんだな」と伝わってくる。


 星牙が「あかんわアレ」と呟いてソファに寝転んでいる。


 その「あかん」はおじさんがロリに手を出す事案的な「あかん」だろうか。

 確かにちょっと「あかん」感じもするが――しかし、謎の微笑ましさもある……。


「あかんわ、座長、裁判やで。社会に制裁されるわ」


 そこまで危惧しなくても。

 別に彼、ロリ趣味系の噂はなかったはずだよ……大丈夫だと思うよ。

 ぜひ「微笑ましい」のラインのままでいてほしい。私はそっと心に祈った。

 

「全員の成功を願って、八町先生がオルガンを弾いてくださるそうですよ~~!」


 食事も終わり解散ムードになってきた頃、八町はオルガンを弾いた。

 構えは様になっていて、「ピアニスト」って雰囲気だ。しかし、私は知っている。

 八町はピアノで評価されたことは一度もない。下手だ。

 

 堂々とした指使いで音が奏でられる――ビ、ギュギュピピ、キー、ドロドロ、ダンダダーン。タンタンタタンタン。ギュインッ……。ギュルルン。ダダダッダーン。


「うっ……」

  

 これがオルガンから発せられる音なのか。

 怪奇な演奏で全員を大困惑テンションに落として、八町は陶酔したアーティストの顔でお辞儀した。


「いい演奏でした」

 自分で言うな。


 こうして2劇団の顔合わせ初日は終了し、私は恭彦から「お土産にどうぞ」とカジキマグロのトロフィーをもらって家に帰った。

 飼い猫のミーコはこのカジキマグロがたいそう気に入った様子で、猫パンチを連発している。


葉室王司:恭彦お兄さんがカジキマグロのトロフィーをくれました。飼い猫が喜んでいます。(画像添付)


 SNSで自慢すると、「それ、20万以上するぞ」というコメントが寄せられた。

 え、そんなにするの?


 ネットで検索すると本当に高価なものらしい。

 なんということだ。


 しかもコメントしてきたアカウントは先日の「寿司屋では寿司を食え」のアカウントなので、たぶん二俣(にまた)夜輝(よるてみ)だと思われる……。


 

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