88、東西劇団対決のご案内
――【葉室王司視点】
『八町大気演劇祭~東西劇団対決のご案内~今夜21時、公式HPで詳細を発表』……劇団アルチストと西の柿座がSNSで告知を出している。
今のところ、あまり数字は伸びていない。
「八町大気って死んだんじゃなかったっけ」とか言われてる。
い、生きてるよ。
ネットでは演劇祭よりも『太陽と鳥』の原作者が銃撃され、過激なファンが逮捕されたというニュースや、海外系のクラッカー集団によるサイバーテロの方が話題になっている。物騒な世の中だなぁ。
「防弾チョッキを着ていきなさい」と本気で勧めてくるママを宥めて、私は劇団アルチストの所有劇場に来た。
彼らは代表が変わった際に劇団名を変えたのだが、変更前の名前が「文豪座」といい、所有劇場の名前を「文豪座劇場」という。
劇場は自劇団が公演や稽古に使用したり、他団体に有料で使用させたりしている。
西の柿座は関西勢で、東京遠征中はこの劇場を借りて稽古と公演をするらしい。
受付で西園寺麗華と火臣恭彦に会ったけど、二人は劇団アルチストのチームでお芝居をするんだって。
しかも。
「執事の方には、執事室を用意しておりますので、そちらでお寛ぎくださいませ」
文豪座劇場には、執事室があった。
どんな劇場だよ。
執事たちが集まってる部屋なの?
見てみたくなっちゃうよ。
「セバスチャン、執事室の様子を知りたいから、動画とか写真とか撮れたら撮っておいて」
「承知シマシタ」
西の柿座の稽古場の札がかかった部屋のドアを開けると、人が集まっている。
人数は……私を入れて9人かな?
着ぐるみピンクパンサー姿の猫屋敷座長。
ひょろっとした男性とぽてっとした男性。小学生くらいの男女2名。
さくらお姉さんと、13歳の星牙。あと、なんと高槻大吾がいる。きらきらした笑顔で手を振ってる。
ひとまず、全員にまとめて挨拶しよう。
「こんにちは~、ようこそ、葉室王司さん。座長の猫屋敷です」
「こんにちは、葉室王司です。本日はよろしくお願いします!」
着ぐるみピンクパンサー姿の猫屋敷座長は、白い十字架とカラスウリのランプをくれた。
「たぶんもう一人来るような……来ないかな……」
猫屋敷座長は「開始時間まで待って来なかったら始めます」と壁の振り子時計を見た。それを見ていると、高槻大吾が声をかけてくる。
「王司さん、僕です。王司さんが『次から大吾さんって呼びますね』と約束してくださった高槻大吾です。さあさあ、王司さんのお席は僕のお隣です。ずっと死守しておりました。さあさあさあ」
「そんな約束、したかな……?」
彼は満面の笑みで椅子を引いた。なんとなく大型犬っぽさがあるお兄さんだ――尻尾があったらはち切れんばかりにブンブン振ってそう。
隣に座ると、可愛らしくラッピングした鳥型のチョコレートをくれた。
このお兄さんは私が西の柿座に参加するのを事前にわかっていたんだ?
私は誰がいるか知らない状態で来たけどな。
「僕の手作りです。レパートリーを増やしてみました」
「わぁ……ありがとうございます、大吾お兄さん」
「こちらこそ、折り鶴をありがとうございました。僕が死んだ後、子孫に家宝として受け継がせるか、墓の中で僕だけの宝として持っていこうか迷っているところです」
「あはは。相変わらず面白いことを仰いますね」
笑っていると、星牙が「歌舞伎マンがナンパしとる!」と茶化している。
「不純異性交友始まってまうやん。チーム内恋愛で風紀が乱されるで!」
面白がるような言い方だけど、念のため言っておこう。
「不純異性交友もチーム内恋愛もしないので大丈夫です」
「あれ? 僕は今、公然と振られてますか?」
高槻大吾は楽しそうに「親にも振られたことないのに!」と唱えた。
そりゃ、親は振らないだろうよ。
開始の時間になり、座長がどことなく哀愁を漂わせながら「諦めますか」と呟いたのと同時に、もう一人がやってきた。
黒髪くせ毛ショートヘアに眼鏡の女の子、緑石芽衣ちゃんだ。
「おうちの事情で遅れました、すみません」
ぺこりとお辞儀をする芽衣に、座長は「よく来たね、いいんだよ遅れてないよ」と優しすぎる声で言って椅子に案内した。
芽衣ちゃん、採用だったんだ。
そういえばアフタートーク担当はまともに審査したか怪しいトドだったし、猫屋敷座長は「初心者に演劇を広めたい、エンジョイしてもらって好きになってもらいたい」と公言している人だしな。
「では、全員揃ったので簡単な説明と自己紹介から始めましょうか♪」
猫屋敷座長は嬉しそうだった。
やる気がアップしているのがわかる。
「座長の猫屋敷です。『猫屋敷』の3文字が芸名のバツイチおじさんです。いつもは脚本と演出を両方するのですが、今回はボクは演出だけを担当します。と、いいますのも、今回は劇団アルチストとの共同イベントをするからです……」
座長はイベントについて教えてくれた。
要約すると以下の通りだ。
1、友人の八町君が色々とやべーので仲の良い代表同士で助けることにした。
2、八町君に脚本書かせて一緒に演劇しようぜってなった。
3、八町君が「それなら2個書くから両劇団で興行収入勝負してアソボウ」って言ってきた。
4、話し合っているうちに「他所がやってるような話題作りをうちらもしてみるか」ってなった。
5、営業があった役者や採用したら面白そうな役者を誘ってみたよ。
「と、こんな流れで今に至りますー。勝負と言うても演目も違うし、他所を意識する必要はありまへん。大事なんは、これがみんなで楽しむための企画って点ですぅー。遊びですー。せやから、楽しいイベントにしましょうねえ♪」
「座長、ウキウキやん。今回の演出は甘々で劇はおんぼろ確定やな」
「こら、星牙」
劇団員が不安になることを言っているが、自己紹介を始めよう。
こういうのは早めに挙手した方が好印象だし、楽な気持ちで他人の話を聞けるから。
ちなみに、これからこのチームが何の演目をするのかがまだ知らされていないけど、たぶん『銀河鉄道の夜』じゃないかな。
展望台でやってたし、八町がそれっぽいこと言ってたし、白い十字架とカラスウリのランプも、世界観の演出を意図している気がするもん。
「葉室王司、13歳です。初心者ですが、お芝居が好きです。好きな食べ物は辛いものです。苦手なものは火臣打犬とトドです。最近読んではまっているのは、『銀河鉄道の夜』です。私はジョバンニです」
「んー? そら、ないわ」
星牙が声を挟んだ。まだ途中なのに。
「ジョバンニはうちの看板役者がやるに決まってる。今日はおらんけど、ゲストにはやらんわ」
西の柿座の公演で看板役者が主演を務めるのは当たり前だ。頷いておこう。
「事前に教えられてなかったんですけど、星牙君の言い方だと『銀河鉄道の夜』をするみたいですね。わぁ、楽しみだなぁ!」
無邪気に喜んで椅子に座ると、高槻大吾が「楽しみですね!」と共感を唱えながら立ち上がった。
「僕は5分前に失恋したばかりの高槻大吾、21歳です。一度失恋してから逆転大勝利って燃えますよね。ぜひ目指したい所存です。
能力的には、ポエム、スキューバダイビング、バスケットボールにLINEスタンプ作り、料理に洗濯、生け花にけん玉……と、なんでも手を出しちゃう自称天才、他称は歌舞伎界のプリンス5号。それが僕なのです。
父の営業と企画者の思惑によりW兄妹対決の兄枠に放り込まれた客寄せお兄さんな僕は、ご覧の通り、ほっておくと無限にしゃべります。舌がよく回るんです、この舌が。プリンスの次に向いているのは営業マンかもしれません。父も営業に力を入れていますからね。我が家、本業が弱めなので営業に励まざるを得ない部分があると申しますか。逆境って燃えますね。
と、こんな僕なので、タイタニック号の乗客だった家庭教師のお兄さん役にぴったりではないでしょうか。彼の長いセリフ、僕は今この場でそらんじることができますよ。よっ」
誰かが止めないと本当に家庭教師のお兄さんを始めそうなので、「わー、すごーい」と拍手すると、他の人も拍手して終わりムードにしてくれた。
ところでW兄妹対決ってなにかな?
心当たりがあるな?
首をひねっていると、猫屋敷座長が台本を配布してくれた。
「台本でーす。我が国の誇る天才、世界の八町大気が書いてくれましたぁ!」
セリフだけが書かれた台本は、『銀河鉄道の夜』だ。
わーい、作者名に八町大気の名前があるぞ。
って、あれ?
ぱらぱらとページをめくると白紙のページがあるけど気のせいかな? 八町?
首をかしげていると、座長は「W兄妹対決」について説明してくれた。
「うちは『銀河鉄道の夜』、劇団アルチストは月組が『不思議の国のアリス』をやるんですが、営業してきたお父さんが2人ほどいましてね、おもろいことにどっちもお子さんたちが兄妹で……」
なるほど、アリサちゃんのお父さんと恭彦の変態父が同時に営業をかけたのか。
目に浮かぶようだよ。
ん? ということは、アリサちゃんがあっちのチームにいるの?
「ちょーどええわー、ライバル宣言してる子もおるし、別々のチームに放り込んで対決させたろーって。あはっ」
あはっじゃないよ。親のせいでいつも子どもは振り回されるんだよ。
「では、劇団メンバーの自己紹介です」
おっと、次はさくらお姉さんか。
劇団員同士はお互いに良く知っているので、ゲストに向けて自己紹介してくれるようだ。
「27歳、劇団員の芸名『さくら落者』です。劇団に入る前は、名前の通りよく一般オーディションに落ちていて、後に引けなくてずるずる続けていました。芽が出なくていい加減引き際を意識するようになったころ、劇団に拾ってもらえました」
続いて、星牙?
「ぼくは13歳の星牙様や! そこのうるさそうなお兄ちゃんは自称やけど、ぼくは座長が言ってくれるから他称の天才様やで。勝ったな! ほな、観たいVtuberの配信コラボあるさかい八町さん家に帰りますー」
「こら、星牙。帰るな」
出ていこうとして捕まってる。待って。待って。
「星牙君、八町さん家って? 八町大気?」
確認すると、こっくりと頷いた。
「ぼくら、遠征資金節約したくて八町さん家の庭でキャンプしてんの。ホテルとか高いやん」
西の柿座は八町の家の庭に住んでいるらしい。
どんな状況だよ。今度見に行こう……。
ちなみに、その後の自己紹介によると、年少組は2人とも小学生で、「ルリちゃん」と「しんじくん」。学校休んでるんだって。
ひょろっとした男性とぽてっとした男性は「TAKU1さん」と「兵頭さん」だって。劇団員はスケジュールに余裕があるメンバーだけがこの遠征に参加していて、彼らは「他人の家でキャンプするの楽しい」と胸を張っていた。八町、追い出してもいいと思うよ。
緑石芽衣ちゃんは、小さなピンクパンサーのぬいぐるみをバッグから出し、「これを持ってきました」と言った。
そして、ピンクパンサーの手を着ぐるみピンクパンサー姿の猫屋敷座長の手にちょこんと触れさせて「握手」と言い、場を和ませていた。癒し系である……。
「このチーム負けるわぁ」
「こら、星牙」
ほんわかしつつ、なんかダメそうな空気の漂う西の柿座のスタートであった。
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『八町大気演劇祭~東西劇団対決~』
〇あらすじ:
劇団アルチストの丸野と西の柿座の猫屋敷は、傷心の八町姫を励まそうと決意して彼の家に駆け付けて鉢合わせしました。結果、両劇団は八町姫への友情を競い合い、対決する事態となったのです。
この戦いに勝利した方が八町姫を慰める権利を獲得するわけです。
やめてみんな、私のために喧嘩しないで!(※このあらすじは八町大気が書きました)
〇演目:
【東】劇団アルチスト:
『不思議の国のアリス』
原作 ルイス・キャロル/脚本 八町大気/演出 丸野カタマリ・八町大気
【西】西の柿座:
『銀河鉄道の夜』
原作 宮沢賢治/脚本 八町大気/演出 猫屋敷
〇出演・配役
劇団アルチスト(クリックで表示)
西の柿座(クリックで表示)
※両劇団は勝利のためにHOTな人材をゲストとして招待しました。
仲良しだったりワケありだったりライバル宣言している兄妹たちが、なんと敵対チームになっちゃったんです!
勝利チームにはご褒美が、負けたチームには罰ゲームがあるので、ぜひ応援してください!
〇スケジュール
初日:午前 不思議の国のアリス/午後 銀河鉄道の夜
二日目:午前 銀河鉄道の夜/午後 不思議の国のアリス
三日目:午前 不思議の国のアリス/午後 銀河鉄道の夜
四日目:午前 銀河鉄道の夜/午後 不思議の国のアリス
五日目:午後 合同打ち上げシャッフル公演
〇オンライン配信
配信内容:ゲネプロ(最終リハーサル)
※一部、本番とは演出が異なります。
〇観劇会場
文豪座劇場内、第一会場、第二会場
住所・アクセス情報(クリックで表示)
〇別会場
文豪座劇場内、第三会場(不定期・ゲリライベント)
八町が檻の中で仕事をしているのをウォッチングできます。静かに見守ってね!
住所・アクセス情報(クリックで表示)
〇応援グッズ販売のご案内(準備中)
〇スタッフ
劇団アルチスト(クリックで表示)
西の柿座(クリックで表示)
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――SNSの反応
:八町大気、引退撤回?
:【東】のメンバーが豪華
:八町大気ってこんなふざけたあらすじ書く?偽物じゃね?
:2つの劇団が共同でデマを拡散するなんてある?
:八町が檻の中で仕事をしているのをウォッチング←これがわからない
:八町先生は最近やばい、ガチ
:王司ちゃんが出るじゃないか
:【西】の配役が全部(未定)な件
:【西】の看板役者、事故に遭ったばかりだから
:高槻アリサちゃん【東】でお芝居するの?
:歌舞伎兄妹と変態二世兄妹がW対決だってよ
:【東】の「チェシャ猫:羽山修士」はずるい
:面白そうw
:歌舞伎のプリンスは銀河鉄道で見栄を切るの?
:宇宙歌舞伎?
:お兄ちゃんたちは宮沢賢治の役でいいんじゃね?
:シスコン対決するんですかね……
:舞台ってネットで見れるんだなあ
:罰ゲームする配信してほしい
:俺の知ってる八町大気はこんなにふざけたことしない、八町大気を汚すな
:今八町監督とキャンプしてるよ(劇団員)
:八町監督が焚火囲ってマイムマイムしてる写真(画像添付)
:なお場所は監督の自宅の庭
:先生何やっとん
:よし、著書燃やします
:現地行って目の前で本燃やしてやるよ待ってろ
:おまわりさーん
:【東】の演出だけ2人体制なのおかしくない?
:めいちゃんお芝居するの?
:めーちゃん大きくなったねえ
:麗華のことも話題にして
「待って。変態二世兄妹って呼ぶのやめて」
情報公開後のSNSはお祭り感がすごい。
そして、私は「変態二世兄妹」という不名誉な呼び名をゲットしていた……。