86、遊園地→銭湯→お泊り会!
中学校は文化祭の準備ムードが高まっていて、放課後にアイドル部で練習して帰るのが日常になった。
「お嬢様、新しいスパイスが届きましたよ~」
「ありがとうミヨさん」
本日は、文化祭に備えて特製カレーの味を模索中。
クミンを少々、コリアンダーを少々、ターメリックを少々、カルダモンを少々……要するに全部を少々。
メイドのミヨさんとママは辛いのが苦手なので、味見係は私自身と執事のセバスチャンだ。
カレーの具は、ネットのカレーの具ランキングで栄えある1位のたまねぎだ。
豚肉とじゃがいもも入れよう。白いまな板の上で泣きながらたまねぎをカットしていると、ミヨさんは目を赤くしながら褒めてくれた。たまねぎって泣けるよね。ツンとくるんだ。目に染みる。
「お嬢様、包丁の扱いがお上手ですね!」
前世では自炊する日も多かったしね。
ネットで話題になった新作のカレーのルーを買って一人で試したりしてたんだ。
「今度、辛くない料理も作るね」
「クッキーなんていかがですか、お嬢様? 可愛い型抜きを買ってまいりますから」
「いいね! LOVEジュエル7のメンバーで遊ぶ時におみやげに持って行こうかな!」
木曜の夜は佐久間監督と7人のガールズアイドルのコーナーがテレビで放送され、ハッシュタグ『LOVEジュエル7』が盛り上がった。
ボカロP『Q』ファンがネットで喜びの声を挙げているので、「いいね」をつけてまわる。同じクリエイターを愛し、偲んでいて、復活の喜びを共有する同志たちだ。
やったね(ぽちっ)、嬉しいね(ぽちっ)、今日はいい日だ(ぽちっ)。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――よく晴れた週末。
新人アイドルグループ『LOVEジュエル7』のメンバーは、動画撮影班を連れて半分プライベート・半分お仕事な1日を過ごした。「遊園地→スーパー銭湯→お泊り会」だ。
グループチャットで話していた時点では100%プライベートの遊びだったのに、SNSで「みんなで遊ぶ」と発信したらマネージャーさんたちと放送作家さんが「公式動画チャンネルにVlogを載せましょう」と食いついてきたのだ。
テーマパークまでは、カーテン付きのロケバスで移動した。
メンバーはみんな変装していて、サングラスが人気アイテムだ。帽子率が低いのは、テーマパークでつけ耳カチューシャをつけるからかな。
行列に並んで入場を果たすと、「ここは楽しい空間です! 楽しんでね!」って雰囲気全開の世界が広がっていた。
カナミちゃんが早速スマホで写真を撮って、グミキャンディーが入ったミニサイズのガチャボックスを買ってる。おもちゃ感が楽しいお菓子だ。
「これ、お揃いで買おう~!」
ドット柄の長いストラップ付きで、肩から下げるんだって。みんなで同じの引っ提げてるのは、仲間って感じがしていいかも。
「王司ちゃん、お揃いカチューシャしよう」
「うん、アリサちゃん。写真も撮ろう~!」
五十嵐 ヒカリ先輩と月野さあや先輩の年長ペアは、放送作家さんと一緒になって「みんなー、次はあっち行くよー」と引率してくれる。私は付いて行くだけでいいんだって。楽でいいね。
私たちはアンティークなデザインの2階建てバスに乗って景色を楽しんでから、列車風のジェットコースターでみんなしてキャアキャア騒いだ。
「ギャーー!」
「きゃああぁっ!」
「あはははは!」
ガーッと急降下してから、また高く登っていく。
ワクワクと怖さが同時に高まる中、隣を見ると緑石芽衣ちゃんはジェットコースターでもマイペースだ。
口をむすーんと引き結んで無表情だった。
いや、これは怖がってるのかな? バーを握っている指が白い。
ちょっと迷ってから「平気?」と聞いてみると、バーを握っている私の手の上に手を重ねてきた。ところで、そろそろ登りきって下りが始まるよ。ほーら。ここが頂上。そして、ガクッと下を向き。
「ひっ」
――急下降!
「きゃーー!」
「王司ー! 好きだぞー!」
……怖くて爽快! カナミちゃんが好きだって叫んでくれてる。ありがとう。
「ありが……、あ~~っ!」
「わぁぁ~~っ」
スピードに乗ったまま斜めに傾いてカーブされると、背筋がぞくぞくする。スリリング! 風が気持ちいい。息の仕方を忘れそう。
「はふ、はふ……」
「楽しかったねー!」
降りてからグミキャンディを一個あげると、芽衣ちゃんは無言で食べてくれた。小動物みたいで可愛いかもしれない。
「どんどん乗るわよー!」
「おー!」
ヒカリ先輩とカナミちゃんが空飛ぶ回転木馬に向かって行く。さあや先輩がチラッとこっちを見て「乗りたい子だけでいいよ」と言ってくれた。
「私は高いところがちょっと苦手だから、お空を飛ばないのに乗りたいな。あのメリーゴーランドに乗らない?」
アリサちゃんはジェットコースターで楽しそうにしてたから、たぶん芽衣ちゃんを気遣ったんだろうな。優しい。
「飛ばない組の引率はさあやがするよ~」
こよみ先輩は自分はメリーゴーランドに乗らず、外から手を振ってくれた。
メリーゴーランドが終わってみると、いつの間にかキャラクターがプリントされたペーパーケース入りのチュロスを持っていて、「一口どうぞ」とシェアしてくれた。美味しかった。
のんびりしていると、さあや先輩がヒカリ先輩とカナミちゃんを引っ張って来る。
「お空組と地上組、合流~! 休憩が必要だとおもいまーす」
合流した後は、軽食タイムになった。
全員で囲むテーブルに、見た目も華やかなフードが並ぶ。
キーマカレー入りホットドッグに骨付きソーセージ。
赤いプレートのワッフルに、真っ白の生クリームとクッキーがトッピングされたカップアイス――スプーンもピンクで可愛い!
「ちょっとだけ抜けて間山君に会ってくるねー」
こよみ先輩は彼氏タイムを挟み、人数分の風船を持って戻ってきた。
「風船もらったよー」
風船とフードをフレームに入れて全員でカメラに手を振ったあとは、「休憩終わり―!」と言って次のアトラクションへ。
カラフルな回転カップのアトラクションは、ハンドルがついていて、くるくる回るのが楽しいやつだ。
「このアトラクション、不思議の国のアリスがモチーフなんだね、アリサちゃん」
「可愛いね、王司ちゃん。あのね、私もアリスするんだよ」
「うん?」
「あ、ハンドルまわしすぎ……あはは!」
次はあっちに、その後はこっちに、と遊びまわっているうちに、気づけば帰る時間になっていた。
車に乗って、次は江戸をテーマにした温泉スパへ移動だ。
移動時間は、お互いが撮った写真を見せ合ったり、SNSに投稿したりした。あっという間に到着したけど。
「雰囲気あるねえ!」
「和風だー」
みんなで服を脱ぐのは、最初はちょっと恥ずかしい気もしたけど段々と慣れてくる。
だって、他のお客さんたちもみんなが裸で、他人を気にしてないもんね。気にすることじゃないんだって思えてくる。
浴場は湿度が高めで、シャワーやお湯が立てる音が反響していて、入っただけで気分が高揚する。それに、壁に大きく葛飾北斎の浮世絵の富士山があるんだ。
「おお~っ、富士山があるねえ! 銭湯のイメージだわ! 写真撮れないのが残念!」
当たり前のことだけど、浴場は撮影禁止エリアだ。
さあや先輩は手を叩いて喜んでいた。その横ではヒカリ先輩が入浴指導係になっている。
「いい? 迷惑になるから、ちゃんと洗うのよ。隅々までよ。足の指もよ」
ヒカリ先輩は腰に手を当てて全裸で仁王立ちだ。堂々としているなぁ。
「タオルは浸けちゃだめよ。頭に乗せるの!」
「ヒカリ先輩、ママみたい」
「あはは」
ざばーっと浴槽に並んで浸かり、サウナも入って、みんなで「ととのった?」「ととのったー!」と騒いでいると、常連の奥様グループが「今日は賑やかね」とお話している。うるさくしすぎちゃったかな?
「アイドルの子たちですよ」
「ほんとう? 声かけちゃだめかしら」
「アイドルちゃんって、みんなでお風呂入ったりするのねえ」
聞こえてる、聞こえてる。
みんなで顔を合わせてから「お邪魔してます」と挨拶すると、奥様グループは湯上りにスポーツドリンクやお饅頭をくれて、「応援してるわね」「おばちゃん名前を覚えるわ」と言ってくれた。
いいな、この感じ。地域密着型アイドルって雰囲気だ……。
「今度、みんなでスーパーの野菜売り場で野菜の着ぐるみ着て歌おうよ。私、にんじんする」
「王司ちゃん?」
「なにそれ?」
「はむちゃん、疲れた?」
スーパーの野菜売り場で野菜の着ぐるみを着るプロモーションは、不評だった。残念だ。
お湯を楽しんだ後は、我が家へご案内だ。
「葉室家へようこそー!」
「わあああ……!」
「大きい」
「広い!」
「にゃんこちゃんがいるー!」
ママは気合いを入れてめかしこんでいた。着物に扇子で「王司がいつもお世話になっております、おほほほ」と挨拶して、さりげなくカメラ目線を意識している。
「うちの子がお友だちをこんなに連れてきてお泊り会だなんて……」
なんて嬉しそうなんだ。
夕食はみんなでカレーライスを作って食べた。私の自慢のスパイスコレクションを見せてあげたら、「なんかすごいね」「カレーマニア?」というコメントが返ってくる。
「文化祭でもカレーを作るよ!」
やる気満々で言うと、みんなは「辛さは控えめにした方がいいと思う」と助言してくれた。
そして、食後に子犬の形のクッキーを出すと「可愛い」「こういうのでいいんだよ、こういうので」と言われた。可愛いはわかるけど後者はどういう意味だろうか。
夜は客間にお布団を敷いて、みんなで並んで眠ることにした。
「パジャマで写真撮ろう~!」
可愛いパジャマ写真も全員で撮って、SNSに「せーの」で投稿完了。
ヒカリ先輩が「枕投げは定番よね」と言い出して枕を投げると、さあや先輩とカナミちゃんがノリノリで付き合いだした。ヒカリ先輩とカナミちゃんは、気が合うんだな。2人とも元気で「ぐいぐい行くよ!」「前に出ちゃうぞ!」って感じの活発な子だもんね。
さあや先輩は付き合いがいいタイプかな?
「間山君? こっちねえ、今、枕投げ中よ。うん、おやすみ。お話できて嬉しかった! ……きゃっ、あははは!」
こよみ先輩は彼氏におやすみコールをして枕をぶつけられていた。電話の向こうで彼氏が心配してくれたらしく、「だいじょぶ!」と返事しているのが可愛い。
「次は怪談、その後は恋バナでフィニッシュね」
ヒカリ先輩はお泊り会の夜を仕切り、「恋バナしたいけど恋したことないわ」とオチを付けてくれた。
「トランプとかしない?」
さあや先輩はトランプと言いながらタロットカードを出して、「カップルがいつ結婚するか占うか」とか言い出した。そこへ、猫のミーコがひょっこりと加わる。
「みゃあ~」
「ミーコちゃんが来た! お布団入る?」
「猫ちゃんだ~」
「フーッ」
「ネコチャン、フーッって言ったよ。怖がらせちゃだめだよ」
ミーコは賑やかな来客に怯えて走り回ったりしていたけど、時間の経過とともに慣れたようだった。
きゃあきゃあと騒いでいると、芽衣ちゃんがお布団に潜って出て来なくなっていることに気付いた。たぶんこれ、眠りたかったけどみんながうるさくて潜ったんだな。ごめんね。
「そろそろ寝ようか」
口元に人差し指を立てて芽衣ちゃんのお布団を示すと、みんなわかってくれたようだった。
「おやすみ!」
「おやすみ~! 今日、楽しかったね!」
新人アイドルグループの賑やかな一日は、こうして幕を下ろしたのだった。
特に喧嘩することもなく、みんな仲良しな雰囲気なので、いいグループだと思う。