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【完結】俳優、女子中学生になる~殺された天才役者が名家の令嬢に憑依して芸能界に返り咲く!~  作者: 朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます!
2章、銀河鉄道とマグロとアリス

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84、君は残念でダメダメな王子

 

 『白鳥の湖』は、チャイコフスキー作曲のバレエだ。


 王女オデットは悪魔に呪われていて、夜以外は白鳥の姿になってしまう。

 呪いの解除条件は、「まだ誰にも愛を誓ったことのない男が、オデットに愛を捧げる」。

 オデットと出会った王子ジークフリートは、「よっしゃ俺は愛を誓うぞ、俺は愛を誓うぞ」と意気込む。

 しかし、悪魔の娘がオデットそっくりに変身し、王子は悪魔の娘に愛を誓ってしまう。

 物語の結末は演出家によって異なり、悲劇エンドだったり、スカッと悪魔を倒して結ばれるハッピーエンドだったりする……。


 さて、そんな名曲が流れる中、西園寺(さいおんじ)麗華(れいか)がオデットの独壇場(ヴァリエーション)を始めている。

 バレエを習っていない私でも「あ、白鳥だ」と感じる舞いだ。

 腕がゆらゆら~っとウェーブする様子が優雅で、本物っぽさがある。

 

 その視線は、火臣(ひおみ)恭彦(きょうひこ)に向けられていた。「君が王子よ!」と誘っているんだ。

 名曲とオデットの誘いを受けた王子は、困惑の次に恐怖をチラリと覗かせた。これは、「俺が射ろうとしてたの女の子だったの? やべっ」という感情演技だと思われる。情けなくて人間味あふれるへっぴり腰王子だ。

 王子は、そのままオデットに近づいていく――あ、これはバレエの嗜みがありそうだ。打犬(だけん)が習わせていたか。

 

 オデットが逃げる。

 王子は手に持っていた弓矢を下ろし、オデットを傷つける意思がないことをアピール。「待ってー」って感じで追いかける。

 セリフなしの舞いで心を伝えながら少しずつ距離を縮める姿は、なんとなく野生動物が目当てのメスに求愛する姿に似ている……。

 ……と見ている場合ではない。


 緑石(ろくいし)芽衣(めい)ちゃんを見ると、珍しい動物を見るような眼で二人を観ていた。

 目が合うと、「バレエはわかりません」と首をかしげる。


 バレエ組に負けないでお芝居しよう――芽衣(めい)ちゃんの手を握ると、びっくりした顔で見つめられる。その耳元で、そっと囁いた。

 

芽衣(めい)ちゃん、私と芽衣(めい)ちゃんは一緒に呪われた白鳥仲間で、お友だちだよ」

 

 私には目標がある。

 八町大気(やまちたいき)がいずれ制作する映画の主演だ。賞も取る――と、言うのは簡単だが、主演の責任はとても重い。


 商業映画1本の平均制作費は、約3.5億円。

 八町が制作する映画は10億を越えることも珍しくない。

 「黒字になってよかった」とするのが最低目標だ。製作費の3〜4倍の興行収入を達成したい。最低目標をクリアした後は、興行収入ランキング上位、100億円越えを目標に。賞も取りたい。

 昨年度の興行収入ランキングは、4位までがアニメ映画。テレビ局のエンタメドラマ映画がその次に続く。不調なのは、洋画、歴史を踏まえたヒューマンドラマ、重厚な実写映画……。

  

 映画の成否は、関係者の進退に大きく影響する。特に八町などは、現時点でも信用が低下しているのだ。

 制作費集めにも苦労するだろうし、出来上がった作品が低評価の大爆死だと監督生命が本当に終わるかも。

 「失敗失敗、爆死ですみません、でも楽しかったね」では済まない。

 

 そんな映画の主演に求められるのは、知名度。

 そして、「主演にふさわしい」と思ってもらえる安心安全のイメージだ。

 「葉室王司ちゃんという役者は、主役を演じるのに適している子ですね」と世の中の全員に認めさせ、「彼女が主役なら、この映画はクオリティが保証されている」と思わせないといけない。

 ポスターにどーんと1人で映って観客を動員できるぐらいの強力な主演になりたい。

 

 そんな私は、役柄未定の自由演技の場で「私は脇役します」と自分からスポットライトの外に引いたりはしない。

 ここで見せるべき姿勢は……「オデットは私がする。先輩相手でも負けない」だ。


 私は芽衣(めい)ちゃんの手を取り、お芝居を始めた。セリフは、大きな声で。

 

芽衣(めい)ちゃん、聞いて。王子様が愛を誓ってくれるの」

「――?」

「私、今からお城の舞踏会に行くわ! 今夜、呪いを解いてくださるの……!」


 芽衣ちゃんは突然のお芝居に目を大きく見開いていた。

 今何してるか、わかってくれてるんだろうか。

 お姉ちゃんたちね、白鳥の湖してるの。

 芽衣ちゃん、白鳥の湖……わかる……? 


 ハラハラしながらお城に向かおうとすると、芽衣ちゃんはスッと指を麗華お姉さんと恭彦に向けた。

 

「でも、オデット。あなたの王子、偽者と踊ってる」

「……!」


 芽衣ちゃん、わかってくれてる!

 抱きしめて頬擦りしたいくらいグッジョブな説明セリフだ。

 これで、麗華お姉さんと恭彦は『悪魔の娘がオデットになりすましている』『王子は騙されている』キャラになった。

 

 王子は「あれ?」って顔で麗華お姉さんと私を見比べた。

 出会いのシーンを演じていたところだったのに、という本心が見える迫真の騙され王子っぷりだ。


「王子様……よそ見をしないで……」 

 

 麗華お姉さんはこの流れを受けて即座に演技プランを切り替えた。

 踊るのをやめて、王子の顔に手を添えて、自分に向けさせている。


「私だけを見なさい、王子様」

 

 清楚だったオデットが、妖艶さを増していく。悪魔の娘がオデットになりすまして王子を誘惑する演技になっていく。

 するりと王子の顎に指を滑らせて、猫でも愛でるように顎を撫でる仕草のなんて艶めかしいことか。


「……王子様。愛を誓ってくださるのでは?」

「あれ? でも……あれ?」


 「あれ?」じゃないよ。演技するんだよ。いや、そういう演技なのか?

 麗華お姉さんが「は、や、く」と甘ったるい声でおねだりしている。

 

 バレエに出てくるヒーロー役の王子はダメ男やクズが多いが、ジークフリート王子はバレエに出てくる最低キャラランキング上位常連の残念ヒーローだ。

 愛の力で「お前は偽者だ」と見破ってくれたらいいのに、騙されてしまうのだ。

 

 さあさあ、王子。君は残念でダメダメな王子だよ。

 私と芽衣(めい)ちゃんは口をつぐんでおくから、残念な姿を見せて。


 王子は促されるままに膝を突き、お姉さんの手を取った。

 そして、「俺の迷いは晴れました」と指先に口付けをして「あなたに永遠の愛を捧げます」と誓った。はい、騙され王子の出来上がり。

 

「オデット、彼はもうあなたの呪いを解けなくなった」

 芽衣(めい)ちゃんが説明セリフを言ってくれる。そう、私がオデットです。

「王子様……どうして……」

 

 オデットはショックです。悲しいなあ。

 床に倒れこむようにして嘆くと、芽衣(めい)ちゃんは傍らにしゃがみこみ、頭を撫でてくれた。

 可愛い。でも、なんかムードが削がれる。

 

 いや……ムードとかは気にすまい。

 初心者ちゃんが頑張ってお芝居を一緒にしてくれているんだもの。

 とてもいいことだ。

 芽衣(めい)ちゃん、みんなでこの芝居、走り切ろうね。

 

「オデット。あの王子、見る目がない」

芽衣(めい)ちゃん、本当だよ。私とお姉さんは全然似てないのに」

「オデット。あの王子、今、ママに泣きついてる。情けない」

 

 顔を上げて確認すると、麗華お姉さんは一人二役で王子のママである王妃になっていた。

 王子はママの足にみっともなくすがりつき、「すいません、すいません。俺、ワンクリック注文をキャンセルします。発送前だから間に合いますよね……?」と懇願していた。

 

 おそらく咄嗟のメソッド演技に失敗したのだろう。

 似た感情体験を急いで探した結果、通販で間違って購入した時の感情を引っ張ってきちゃったんだな。感情だけ使えばいい演技になったかもしれないのに、設定もAmazonになっちゃった。

 曲に集中しよう、恭彦。

 世界観はAmazonではなく白鳥の湖で、話している相手はカスタマーサービスセンターのお姉さんじゃなくて王妃だ。

 私が非現実的な西洋世界観に歌で引っ張ってあげよう。


「ら~、ららららら~♪ ジークフリート王子は情けない人~♪ 本物は私なのに、悪魔の娘に騙されて♪ 大空はおまえのもの~♪」

 

 BGMを強調するように歌うと、空に不死鳥ラーミアが飛んだ気がした。恭彦にもぜひ大空を飛んでほしいものである。

 

 王子はこちらを見た。「情けない人~♪」までは「はい、すみません」って顔だったのに、大空の後は「そのネタはなんですか」って首をかしげている。私は王子との間にジェネレーションギャップを感じた。

 壁があるんだ、私たちの間には。乗り越えられない分厚い壁が。

 

「さよなら……王子!」

「ま……待って! 待ってください! オデットで合ってます?」


 確認するなよ。オデットだよ!

 

 悲恋エンドで終わろう。二人は結ばれませんでした――……と、締めくくろうとした時、王子は私をひょいっと持ち上げた。

 

「俺が悪かったです……俺の真実の愛は、本当にあなただけに捧げるつもりだったのに……」

「ん?」


 私はバレエを習っていないので、リフトされてもポーズなんて……取るが!

 両手を広げて、見様見真似で鳥っぽいポーズを取っておこう。

 足もポーズ取れるか――結構きつい。かなりきつい。あ、無理。足は無理。手だけで勘弁してもらおう。

 

 私がポーズを頑張っているうちに、王子は怖いことを言い出した。

 

「一緒に湖に沈みましょう。来世ではせめて結ばれますように」


 いくつかある演出パターンのうちの一つ、心中エンドである。しかし、私は納得いかない。

 なんでオデットが王子と死なないといけないんだ。

 

「あの、死ななくてもよくないですか? 私、次の王子様を待つので……違う方に呪いを解いてもらうんで……」

「え……な、なぜ?」

「だって、私まだ若いし。もっと生きたいし。やりたいこといっぱいあるし。お友だちもいるし……」

「そ、……そう、ですか……」

 

 王子はそろそろと私を床に降ろした。そして、ひとりで湖に沈んで行った……。

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

  

「一番グループ、そこまで。そのまま、あちらの部屋での二次審査に進んでください。二次審査といっても、簡単なアフタートークです」

 

 ストップがかかり、芝居が終わる。

 

 西の柿座の猫屋敷(ねこやしき)がピンクパンサーを揺らして促すので、私たちは一次審査会場を後にした。


「続いて二番グループ、スタート」


 背後からは『だんご3兄弟』が聞こえてきた。どんなパフォーマンスするんだろ、二番グループ。観たいなぁ……。


 後ろ髪引かれながら二次審査の部屋に入ると、トドがいた。


 トドは事前に用意していたらしきメッセージボードを見せた。

『お疲れ様のハグをします。1人ずつトドの胸に飛び込んできてください』


「そういうの、職権濫用のセクハラじゃないですか?」

 

 麗華お姉さんが指摘すると、トドはメッセージボードを引っ込めて悲しげに壁際でのの字を書いた。

 立ち直って進行して。立て。立つんだトド。


「すみません、のんびりしてると次のグループ待たせちゃうと思うし、お仕事してください……」

 

 おずおずと言うと、トドは立ち直ってくれた。

 メッセージボードが見せられる。

 

『1人一言ずつ、先ほどのパフォーマンスでスタート時点で自分が狙っていたことと、実際に演じた内容についての自己分析をして帰ってください』


「西園寺麗華です!」

 

 麗華お姉さんがガタッと椅子を鳴らして立ち上がり、「何も恥じることはない」って顔でアピールした。


「私はバレエ経験もあり、この子たちの先輩でもあったのでパフォーマンスを引っ張るリーダーとしてオデットを演じました。

 すると、悪魔の娘を演じたほうが良さそうな流れになったので……チームでの作品完成度を意識して、(こだわ)ることなく柔軟に協調性を発揮しました。

 妖艶な悪魔の娘も王妃も、私が一番相応しかったと誇れる演技ができたつもりです! 悪役を快演する伸びしろもある西園寺麗華でした!」


 心が強い。全部プラスに置き換えて「私のパフォーマンスは最高だったの!」とアピールする姿勢、とてもいいと思う。


「火臣恭彦です。俺は最初オデットと初対面で距離を詰めていたのに、気づいたら浮気と言われていました。

 全く訳がわからないのですが、誓って俺は浮気しようと思って浮気したわけではないんです。

 ただ、彼女がオデットだと本心で思っていただけで……だって出会いのシーンだったし……。

 ワンクリックは気づいたら誤クリックしてるのが怖いと思います。罠すぎる……しかし便利でもある……。

 ラストはどうして心中を提案したんやろか。俺は1人で死ぬのがお似合いのクズなのに……」


 トドは慌てた様子で手を振り体を揺らし、恭彦の肩をポンポンと優しく叩いて「王子ヨカッタヨ! 元気ダシテ!」と書かれたメッセージボードを見せてハグをした。今日も愛されてるな……。


 次は私がアピールしよう。

 今回みたいに即興劇(エチュード)で主役ポジションの取り合いになった際の江良(えら)の常套句がある。


「私はオデットなので、どうして王子は違う人を私だと思ってるんだろうって思いました。

 ……芝居中は役が降りてきて自然とその役になってたんです。

 私がオデットだから『あ、麗華お姉さんは悪魔の娘で、私のふりをしているんだな』って思いました」


『君は計算したり考えて演じたのではなく、自然と役になっていたんだね?』


 本当は計算したし、考えて演じたよ。

 しかし、嘘も方便なのである。うんうんと頷いておこう。


『途中でドラクエ3が出てきたのはなぜかな?』


 それは恭彦がAmazonでの通販体験を出してきたからだよ。トドの息子のせいだよ!


「……私がさっきまでいた世界の風景は……大自然で、緑豊かで……大きな不死鳥が悠々と飛ぶ西洋ファンタジーでした……ドラクエ3ってなんですか? わかんないなぁ……私の知らないゲームだなぁ……FFならわかるけど」


 それっぽく言うと、トドは『君は特別な才能があるんだね。まるで亡き江良九足(えらくそく)のようだ。彼もインタビューでたまにそんなことを語っていて、憑依型と呼ばれていたよ』と思い出語りしてくれた。

 

『江良はヒカセンだった。懐かしい……俺たちは一緒に月に行ったんだ』

 そんな事実はない。勝手に思い出を作るな。

 文句を言いたくて仕方ないが、死人に口はないのである。


『では最後。緑石(ろくいし)芽衣(めい)ちゃん』

 トドに指名されて、芽衣(めい)ちゃんは「はい」と返事した。

「お芝居はしたことがなかったので、新鮮でした」


 一言だけ?


『楽しかったかな?』

「まあまあ」

『お芝居もっとしてみたい?』

「あんまり」


 合格する気がなさそうな受け答えだ。愛想が全くない。

 トドはうんうんと首を縦に振り、メッセージボードを掲げてお辞儀した。


『では、本日の審査は終わりです。忘れ物に気をつけてお帰りください。お疲れ様でした』


 本日の審査は終わりだ。

 私たちは互いの健闘を称えつつ、解散した。


 そして後日、我が家には『西の柿座』の採用通知が届いたのだった。


 わーい、舞台で演劇できるよー!

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