82、ジュエル、司令室でえいえいおー
学校が終わった後は、『LOVEジュエル7』としてのメンバー全員での収録があった。番組のスタッフがいて、カメラが回っている。
撮影中のセットの舞台名は『司令室』だって。
北側に横長のスクリーンと佐久間監督。
南側にLOVEジュエル7のメンバー全員が集まって座る。
「よく集まってくれた、LOVEジュエル7のジュエルたち。そして、視聴者の皆さんは観てくれてありがとう。ファンネームは『ジュエラー』に決まりました。公式動画チャンネルも作ったので、ぜひお気に入りをお願いします」
私たちは「ジュエルたち」と呼ばれるらしい。
佐久間監督は虚空を指さした。
放送時には、編集で文字が挿入されるのだろう。
「さて、ジュエルたち。これより私のことは佐久間司令、もしくはアイドルマスターなプロデューサーさんと呼ぶように。昇進したわけではないが、呼ばれてみたいので」
佐久間監督は趣味に走り出していた。
目元にはゴーグルをつけ、髪をオールバックにしている。
服装はいつもラフだったのに、今日は黒スーツで決めている。
女の子たちは、私を入れて7人いる。当たり前だが、みんな可愛い。
佐久間監督は「初回の試みとして、みんながしゃべったシーンに名前付きテロップを出してみるよ」と説明してくれた。人数が多いので、名前と顔とどんな子なのかを覚えたもらうための工夫らしい。
「はーい! あたし、超がんばる。カメラさんあたし映して、あたし。あたし、炎上中のカナミでーす。クラスメイトがアンチです!」
……茶髪ロングをポニーテールにした三木カナミちゃん。13歳。
「はい、司令。本日は台本がないのですか? 放送作家さんって、それでもいつもとギャラが同じなんですか?」
金髪ヤンパモリ(たまねぎヘア)の月野さあや先輩。16歳。
「プロデューサーさん、アイドルマスターってなんですか?」
……黒髪おさげの高槻アリサちゃん。13歳。
「アリサちゃん、アイドルマスターはゲームだよ」
……私。13歳。
「なんか監督の性癖を感じる。 みんな危機感持った方がいい」
……黒髪ストレートロング、釣り目の五十嵐 ヒカリ先輩。16歳。
「この茶番……アイドルに必要?」
……黒髪くせ毛ショートヘアの緑石芽衣ちゃん。黒縁眼鏡。12歳。
「今日、このあと彼氏とデートなんです……」
……柔らかなウェーブの茶髪を肩の長さに切ったこよみ先輩。15歳。
落選の不安から解放されたアイドルたちは、のびのびとしていた。
そんな彼女たちに負けず劣らず、佐久間監督もフリーダムだ。
手作りの推し活ノートを披露してくる。
「全員のイメージカラーと宝石を考えたんだ。どうかな」
推し活ノートが回し読みされる。
せっかくスクリーンがあるんだから活用すればいいのに、アナログだな。
推し活ノートには、メンバーの写真が飾られていた。
今までオーディション番組中に見せてきた、歌ってる姿や踊ってる姿、笑ったり泣いたりしている顔。そんな写真がハート型だったりダイヤ型の枠に填められている。
枠の近くにはカラフルなペンで名前と年齢、イメージカラーと宝石が書いてあって、シールもぺたぺた貼られていた。
これ佐久間監督が作ったの?
『ジュエル・葉室王司chan 13歳♡青、水色/サファイア(アクアマリンもイイネ!)。おじいちゃんとお母さんが番組に出資してくれました。ありがとう! リーダーよろしく。
ジュエル・高槻アリサchan 13歳♡赤、白/ルビー(ローズクォーツも似合うカナ(^^))。お父さんがいつもお菓子を持ってきてくれます。ありがとう!
ジュエル・三木カナミchan 13歳♡黄色、ピンク、ダイヤ♪ストーカー疑惑があるけど大丈夫かな? 面白いのは歓迎だけど潰されない程度には健全にいこうね!
ジュエル・こよみ聖chan 15歳♡ピンク、白、シトリンクォーツとかどう? 彼氏持ちを最初から公言してるアイドルって面白いね。番組で惚気てもいいよ(笑)
ジュエル・五十嵐 ヒカリchan 16歳♡赤、黒、君はオニキスでいこう! 歌唱力もダンスも実力十分、副リーダーとしてみんなを引っ張ってください!
ジュエル・緑石芽衣chan 12歳♡緑、緑だからエメラルドだね。君はクール系かな。おじさんのこと、嫌わないでね。
ジュエル・月野さあやchan 16歳♡紫、銀、月だからムーンストーンかな(笑)ヒカリchanと仲がいいよね。年長組として仲良くよろしくお願いします』
「わぁっ、可愛いね、王司ちゃん。この写真ね、私の推しノートにも飾ってるよ」
……高槻アリサちゃん。
「愛情たっぷりだねー! アリサちゃんのこの写真も私の推しノートにあるよ」
……私。
「こんな推し活ノート作ってくれる監督そういないよ、みんなもっと感激してありがたがって!」
……三木カナミちゃん。
「これ、彼氏と水族館でくらげを背景に撮った写真です」
……こよみ聖先輩。
「……なんか……鳥肌立った」
……緑石芽衣ちゃん。
「泣いちゃいそう」
……五十嵐 ヒカリ先輩。
「それはどういう涙なの?」
……月野さあや先輩。
佐久間監督は全員を「うんうん、みんないいよ。その調子でしゃべっていこう。黙っていたら埋もれるから負けないで自己主張してね」と見渡し、スタッフに合図した。
すると、明るく弾けるようなメロディーがセット内に広がった。スタートして3秒で「可愛い」と思った。
聞いたことのない曲だけど、なぜか前回の収録の「ばいばーい」が思い出される。
全員が手を取り合って飛び跳ねてるイメージが湧くんだ。
「……」
曲が終わると、リアクションが待たれている沈黙が訪れた。えーと、つまり。
「これ、みんなで歌うの?」
そーっと声をあげると、みんなが「わああ!」と声を続かせた。
佐久間監督はニコニコしてスクリーンを示し、作曲家と振付師SACHIさんを紹介してくれた。
振付師のSACHIさんは元アイドルグループ所属で、現在は自身がプロデューサーになってアイドルグループを育てたり振付師として仕事をしているお姉さんだ。TikTokの総再生回数が29億ある。
「あれ、この作曲家Qって人……」
作曲家Qは、10年くらい前に活動的にネットに楽曲を投稿していたボカロPで、死んだと言われている人だ。死因は不明で、交流のあった人たちが言葉を濁しつつ訃報を伝えたんだっけ。
ネットのクリエイターは、いつ消えるかわからない。
理由は様々で、「飽きた」「夢を失った」「リアルの人生のステージが進んで多忙になった」「亡くなった」などなど……。珍しいことではなく、直前に病んでる雰囲気の呟きもあったから、てっきり……。
「生きてたんだ。……すごい」
スマホで当時の人気曲を確認すると、コメントに「曲は生き続ける」と書いてあってしんみりしてしまった。
わぁ、わぁ。この番組が放送されたらファンの人たち、大喜びだよ!
ファンの人たちに今すぐ教えてあげたくなる。
でも、この番組が放送されるまでお口にチャックだ。
「王司ちゃん、うるっとしてる?」
「あ、うん。この作曲家の人がね、すごい人で……」
この子たち、知らないんだ。
そっか、そうだよね……と思っていたら、何人か「生きてたんだ」って驚いてる。
カナミちゃんが「あたし知ってる!」とまっすぐに手を挙げている。
おお、わかる子もいるのかー!
「『歌ってみた』で知ってる。今年になってから新人歌い手グループがバズってた曲よ。わからない子、これからアイドルするのに歌分野へのアンテナ弱くない? 一般常識レベルで有名なのに!」
五十嵐 ヒカリがバズ動画を紹介して、最年少の緑石芽衣もコクコクと無言で頷いている。
過去の曲が現在の誰かに歌われて世代を越えるんだ。「歌ってみた」文化って、いいな。
「さあや、そういえばヒカリに見せて貰った記憶あるわ~。でも忘れてた。あは!」
月野さあやは「知ってて当然みたいに言わないで~」と陽気に笑い声を響かせた。
佐久間監督はみんなに「そうそう。すごい人たちなんだぞ」と言って、スクリーンの表示を変えてスケジュールを提示した。
『楽曲制作 (完了!)
作詞・作曲(完了!)
編曲(完了!)
ボーカルレコーディング(これから)→ミキシング・マスタリング (これから)→ミュージックビデオ (MV)制作 (これから)→プロモーション準備 (これから)→……』
メンバーの目がキラッキラに輝いた。はっきりとこれからの道筋がわかって、安心したのと希望で胸がいっぱいになってるんだ。
「おおーー!」
「司令〜〜!」
「プロデューサーさん!」
歓声が湧いて、佐久間監督は気持ちよさそうにゴーグルを手で抑えた。
「ふふふ。よし、LOVEジュエル7のジュエルたち。バラエティの本気を見せようじゃないか。みんなでてっぺん取るぞー、なんちゃって」
新人アイドル少女たちは立ち上がって「きゃーー!」と飛び跳ねた。座ったままの私は「今から立つか?」と迷ったが、アリサちゃんと緑石芽衣ちゃんも座ったままだったので、このまま座っていよう。
だって今日、アレの日なんだ。
ぴょんぴょんしたら漏れちゃうよ。
「てっぺんはビッグマウスすぎかな……まあ、盛り上がってるからいいか」
佐久間監督はゴーグルを抑える手をぷるぷる震わせていた。実はこういうの初めてで色々無理してるんだろうなあ。
よし、よし。ここはリーダーとしてみんなを引っ張るところも見せないとね。
「ジュエルのみんな、円陣組もう〜」
私は座ったままで声をかけ、みんなが集まったタイミングで立ち上がった。
「えっと、みんなでいい作品にしましょう〜」
映画や舞台みたいなノリで言うと、みんなは1人ずつ言葉を足してくれた。
「いい思い出つくろう~♪」
……アリサちゃんは楽しそうに手を重ねてくれた。
「間山君、見てる~?」
こよみ先輩はカメラ目線でウインクしてる。
「さあや、てっぺんとか気にせず楽しくやりたーい、そういうこと言い出すとヒカリがガチになっちゃうもん」
月野さあや先輩が冗談のような本気のような声で言って。
「あのね、ガチが悪いみたいに言わないでほしいの。いい? オーディションに人生賭けてた子はいっぱいいたんだよ? 合格したんだから、その子たちの分もがんばって結果出す努力するのは当たり前なの」
五十嵐 ヒカリ先輩は真剣だった。本気度が高い人だ。
「王司。話題作りが必要だったら、あたし、炎上してもいいよ」
……カナミちゃんは炎上しないで……?
緑石芽衣ちゃんが何か言わないかなと待ったけど、無言で頷いただけだった。省エネ仲間か?
「では、ジュエルのみんなでえいえいおー」
「おー」
「なんかダサい」
「えいえいおー」
「王司はこれでいいよ」
「これから格好いいの考えたいね」
「一曲作って解散でしょ?」
ダサいと言われつつ、円陣は完了した。
ダサくない円陣って何? わ、わかんないよ……。
「じゃ、最後にばいばーいしようか」
保護者みたいな顔で私たちを見守っていた佐久間監督は、カメラを示した。
「ばいばーい、ばいばーい」
「ばいばーい、ばいばーい!」
「ばいばーい、ばいばーい!」
「またね」
「またねー!」
「またーねー!」
「ありがとー!」
賑やかに挨拶して、収録は無事に終わった。
楽しい収録だなぁ。
収録の後は、みんなで写真を撮ったりグループチャットを作ったりした。
今日はガールズグループの始まりの日だ。
これからがんばろうね。