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80、#家に帰ると息子が必ず死んだふりをしています

――【火臣打犬(ひおみだけん)視点】

 

 火臣打犬(ひおみだけん)は、息子と娘を溺愛する宇宙一のパパ族である。博愛進化系の変態クズ科生物に分類され、年齢は43歳だ。

 

 最近離婚してバツイチになったし、世間には彼のアンチが星の数ほどいる。スポンサーと事務所にも怒られた。朝起きてから就寝するまでSNS通知は変態コールにクズコール、しねしねコールでいっぱいだ。

 だが、どんなに逆風が吹いていても、愛する息子と娘が日々元気をくれる。助演映画も好調だ。CMの仕事も契約が継続している。SNSのフォロワーは増え、数年前までと違う客層がついた。

 ゆえに、彼は「パパは死にましぇーん」と101回目の死にましぇん宣言をして今日も生きている。

 

 そんな打犬が家に帰ると、家の庭は見るも無残に荒れていた。

 片付けがされないまま放置されたスコップ。ぽっかりと空いた穴。掘った後の土。安全ヘルメット。集団が飲み食いした残骸に、血糊(ちのり)

 

 集団が去った後の庭には、穴を覗き込んでいる者が一人だけ残っていた。

 いつも火臣家の庭に潜み、隙あらばスクープを狙っているカメラマンだ。

 週刊誌のライターに雇われているバイトマンで、大学生。

 芸術学部映画学科に在籍中。聞けば、なかなかの苦学生だという。

 

 「ここは私有地ですよ」と言ってもわからない様子だし、年齢が近いせいか息子とも親しくなっていくので、「うちにはカメラを持った番犬がいるんだ」と脳内設定して存在を受け入れ、飯を奢ったりしていた。名前は瀬川(せがわ)君というらしいが、打犬の中ではパトラッシュだ。

 

 そんなカメラマンは、カメラを穴の中に向けていた。

 

「恭彦君……『兄は妹に負けない』とライバル宣言して一生懸命徹夜で穴まで掘ったのに。努力の成果を見せる前にオーディション自体がなくなるなんて……。えっと……今のお気持ちを一言お願いしてもいいですか……?」

 

 パトラッシュ――お前には人の心がないのか。

 そんな言葉を飲み込んだのは、相手にその言葉を投げかけても全く意味がないからだ。パトラッシュは犬だもんな。

 

「パトラッシュ、お座りだ。無駄吠え禁止だぞ」

  

 無言でカメラマンの首根っこを掴んで正座させ、打犬は穴を覗き込んだ。

 

 息子、恭彦は、穴の中にいた。

 泥だらけの息子は穴の中で死んでいた。否――死んだふりをしていた。

 

 うつ伏せに倒れていて、泥まみれの全身に血糊を追加でぶっかけて、自分で書いたと思われる張り紙が背中に貼ってある。


『このまま埋めてください。死体です』 


「恭彦……」

   

 とりあえず最初にしたことは、スマホでの写真撮影であった。パシャッ。


「お前、死んでいるのか。もうだめなのか。そのまま埋まってしまいたいのか」

 

 辛いのだな。頑張れないのだな。なんて弱い。お前は本当に脆弱な息子だ。  

 悲痛な思いを抱きつつ、父は葛藤した。

 

 「可哀想に」……我が身が切り裂かれるような痛みを感じる。

 「お前、そこは説明に頼らず演技で表現しろよ」とダメ出ししたくなる。

 「ダメな子可愛い」と胸キュンしてしまう。

 ……結果。

 

「恭彦ーっ! 文字での説明に頼らず演技で表現しなさい!」

「厳しい……」 

 

 火臣家は本日も平和であった。

 

 打犬は息子を引っ張り上げて風呂に入れた後、スマホで撮った写真に加工アプリで加工を施し、ハートや星でゴテゴテに飾りつけて「#家に帰ると息子が必ず死んだふりをしています」というハッシュタグをつけて投稿した。


「恭彦。パパが力作を作ったぞ。明日からこれを毎日しよう」

「……」 

 

 息子は元気がなかった。魂の抜けた人形のようだ。

 話を聞いているかもわからない。いかん、これは落ち込んでいる。


「お前は努力した。成果はともかく、努力したのはとてもよかったと父さんは思う……あれだけの穴をよく一晩で……うむ……普通はしない……動画を見たが、あの集団はなんであんなに増えたんだ? お前が呼んだのか? 人が人を呼んでああなったのか? 集客力があるな、恭彦。いいことだ……」

  

 俯いてタオルを被っている息子の頬を水滴が伝い落ちるのが見えて、どきりとする。

 涙……いや、汗だ。風呂に爆汗湯(ばっかんとう)を入れたから。泣いてないよな、恭彦。オーディションが中止になった程度で泣く子に育てた覚えはないぞ。

 汗だな。パパ、汗ってことにするからな。

 

「しかし、こほん。夢中になるのはいいが、危険でもある。生き埋めはよくなかったな。危うく死ぬところだったではないか。ああいう時は救急車にちゃんとお世話になりなさい。意欲があるのは感心だが……」

 

 恭彦がゾンビのようになっていく。

 「うるさい、この音の全部」って感じで耳を塞いでしまっている。

 オーディション程度で軟弱な。

 繊細すぎる。可愛い奴め。俺がついていないとだめなんだ……。


「恭彦。スシロー行くか。今、リカちゃん人形とコラボしているらしいぞ。食うか、リカちゃん。父さんはあわびをつつきたいな。活きあわびあるかな」

「……」


 息子を引きずるようにスシローに行くと、葉室家の母子がいた。

 

 相手はこちらを素早く発見して「出たわね変態!」と扇子を投げてきたが、全くの偶然であることを主張したい。

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 

――【葉室王司視点】

 

「なんですって。原作者のせいで中止? 酷いじゃない。うちの子は病み上がりを押して行ったのよ。可哀想に。え、この招待状はなあに? 選ばれたですって。怪しいわね。連絡先があるから事実確認をするわ……まあ、あら、そうですの? あら……ありがとうございます。うちの子は天才ですの、うふふ。お目が高いですわ。うふふふふ」

  

 葉室家では、ママの感情がジェットコースターのような急下降からの急上昇を見せていた。

 

「王司。この招待状、ちゃんとした劇団さんだったわ。有名なところよ。ママも観に行ったことがあるの。さすが王司ね。何か食べに行きましょうか。何がいいかしら……あら、リカちゃんコラボ? これはスシローね」


 ママは上機嫌になり、私をスシローに連れて行った。


「王司。覚えていて? 小さい時にリカちゃんを欲しそうにしていたのに、ママが『欲しいの?』と聞いたら真っ赤になって首を振って、『ぼく、男の子だからいらない』って言ってたわねえ……ママ、あの時ね、どうしたらいいかわからなくなってしまって……」


 しみじみと語るママの思い出は、私の中にない思い出だ。

 でも、想像できる気がする。複雑な幼少期だなぁ。


「ママが棚にあった商品全部とレジを買って居間に並べて『お店屋さんごっこよ』と言ったら、喜んでいて可愛かったわ……『お店屋さんごっこにはアルバイトのお姉さんも必要よね』って思いついてアルバイトのお姉さんも連れてきたわよね」

  

 いや、どんな遊びだよ。ママのやることはぶっ飛んでるな。

 アルバイトのお姉さん大変だったね……お金いくらもらったんだろう。

  

 和風メイドのミヨさんや執事のセバスチャンも連れてスシローに入ると、なんと火臣父子がいた。


 打犬に引きずられるようにしている恭彦は、見るからに「意気消沈中」という顔だ。大丈夫?

 

 ママは素早かった。

「出たわね変態!」  

 「悪即斬」の扇子を投げて、「かかってきなさい」と宣戦布告し、店員に「困ります」と頭を下げられるまでが3秒だ。

 

「知り合いなのよ。別に、無差別に突っかかったわけじゃないのよ」

「お知り合いでしたか、かしこまりました。失礼いたしました……」

  

 変態撃退スプレーは飲食店なので控えたらしい。賢明な判断だと思う。

 ところで、店内の注目を集めちゃって「ねえ、あれ」「火臣家と葉室家」とか噂されてるけど。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

  

「ほら恭彦、リカちゃんだぞ」

「妹にあげます」

「火臣さんのお宅には例の招待状は届きましたの? いえ、何とは言いませんけど、うふふ。まさか届いてないのかしら。うふふ」

「やめてママ。そういうの絶対やめて。あ、リカちゃんありがとう……」


 ――数分後。

 なぜか私たちは同じグループとして固まって座り、回転寿司を食べていた。

 タッチパネルで食べたいものをポチポチ注文して、流れてきた皿を取って食べる形式だ。


「いがみ合っていた2家が一緒に寿司を食ってるっていいですね。きっと受けますよ。自分まで混ぜてもらっちゃって、ほんとすみません」


 しかも、カメラマン付きである。

 聞く話によると、SNSを騒がせた『火臣恭彦の穴掘り』動画は、彼が撮影したのだという。名前は瀬川さんというらしいが、打犬はパトラッシュと呼んでいた。あだ名?

 現在、大学生だって。

 あの動画、出来がよかったなぁ……。八町に紹介してあげようかな?


「王司ちゃん、いくらは好きかな……サーモンも美味しいよ」

「火臣さん。うちの子に話しかけないでくださる?」

「親父……」 

「ち、違うぞ恭彦。パパ、王司ちゃんばかりに夢中になっているわけじゃないぞ」

  

 店内中から好奇の視線がすごい。

 気分は動物園のお猿さんだ。

 

 そう思うと、猫撫で声で話しかけてくる打犬がゴリラに見えてきた。

 ゴリラは浮かれて私に話しかけようとしてはママに止められ、息子に嫉妬され、慌てて息子の機嫌を取るという振る舞いを見せている。

 

「恭彦お兄さん。ガリ美味しいですね」

「わさびも美味しいです」


 下のレーンにスパイス粉が流れてくる。確保だ、確保。


「恭彦お兄さん、この粉は美味しさの(もと)ですよ。元気も出ます。私、ガリにかけてあげます」

「じゃあ、その上にわさびもトッピングしましょう」


 トッピングを盛り盛りにしたガリをスマホで写真に撮ると、恭彦も自分のスマホでガリを撮っていた。ちょっと元気が出てきたんじゃないかな?

 

 セバスチャンとミヨさんがタッチパネルを手にエビ天と天つゆを注文している。


「子どもたちよ。サーモンといくら。カニにあわびだ。同じものを同じ数だけ注文したから、平等だぞ」

「火臣さん。うちの子の父親面しないでくださる?」


『到着した商品を、お取りください』

 あ、エビ天と天つゆが届いてる。


 セバスチャンとミヨさんはエビ天を一つずつ箸で取り、天つゆのカップにエビ天を漬けて寝かせた。


「マルデ、エビ天が入浴しているヨウデス!」

「本当ですね~、いい湯だな~」

「チャプ、チャプ」

 

 我が家の使用人は癒し系だな。見ていると心が洗われるようだよ。

 

 「童心」というのかな、ああいうの。無邪気で楽しそうで、とてもいい。

 ライバルとかオーディションとか、もう忘れよう。

 「エビ天がつゆに漬かってて気持ちよさそうですね、うふふ。あはは」って仲良くしよう。平和で素晴らしいじゃないか。


「恭彦お兄さん、私たちもエビ天ちゃぷちゃぷしませんか」

「なぜ?」


 なぜって……楽しそうだからだよ。それだけだよ。

 

「恭彦! 妹にツンはやめなさい。デレだけにしなさい」

「火臣さん、うるさくてよ」


 恭彦は付き合ってくれなかったので、私はひとりでエビ天ちゃぷちゃぷを楽しんだ。

 エビ天は気持ちよさそうにつゆの中でくつろいでいた。

 どれ、入浴シーンを写真に撮ってやろう。ぱしゃっ。さっき撮ったガリの写真と一緒にSNSに投稿するか。


葉室王司:恭彦お兄さんと盛ったスパイシーわさびガリです

葉室王司:エビ天がつゆのお風呂で(くつろ)いでいます


 ――投稿完了っと。

 

「葉室さん」

「なんでしょうか恭彦お兄さん。さては羨ましくなりましたか? エビ天はもう一尾いますから、お兄さんにあげましょうか?」  

「エビ天ちゃぷちゃぷには全く興味がありませんが、ご体調が回復してよかったです」

「あっ、はい。ご心配をおかけしました」


 そちらも意気消沈から立ち直ったようでよかったです。

 

「ところで、招待状とは、なんでしょうか。俺はもらってないのですが」

「アッ……」


 世の中には、言わない方がいいこともある。

 私はその後、貝になった。

 

 そして、投稿した写真には「お兄さんと仲良しでいいね」「楽しそうだね」「我が家も影響されてスシロー行きます」という感想と「食べ物で遊ぶな」「寿司を食え」というお怒りの声が寄せられたのだった。

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