表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

78/241

78、名無しのVtuber

 観劇を終えた夜、歌舞伎の公演についてSNSを検索すると、SNSは役者の話題で盛り上がっていた。


:夏目屋(なつめや)の若旦那は、たまに、バタバタしてたけど、全体的に、よく仕上がってたよ。切符の売れ行きも、悪くないし、上出来!o(^-^)o

 

:京高屋(きょうだかや)の坊ちゃんが活動的で人呼べるから売れたんだよ

 

:御曹司たちは遊びすぎ(-_-)海だの動画だのでチャラチャラ遊ぶ時間で芸を磨くべき(-_-)

 

:人を呼んでも芸が拙ければ本末転倒さね

 

:にわかですけど、芸の良し悪しより血筋がものを言うのでは?

 

:太郎冠者(たろうかじゃ)はよかったじゃないか?

 

:動画投稿で世間に認知されてるおかげで集客力を期待されて出演枠もお世話してもらったわけで

 

:集客力に期待もされただろうけど、普通に仲が良いから呼ばれたんだよ(笑)

 

:同じ盃を 2人で飲むのは 感染症 対策の 観点で 問題があると思った


「ふーむ。眺めててもよくわかんないな。……あ、召使い二号役を演じたのが夏目屋(なつめや)の若旦那か……」

 なかなか大変そうな界隈だ。

 

 猫のミーコをお腹に乗せて腹筋しながらスマホを見ていると、アリサちゃんからLINEにメッセージが届いた。


高槻(たかつき)アリサ:お兄ちゃんがお見舞いと観にきてくれたお礼を言いたいんだって

高槻アリサ:ちょっとだけ、お電話してもいい? 

葉室王司:うん! お話はいつも歓迎だよ!  


 もちろん「いつも」なんて大袈裟だけど、人は「私、いつも忙しいの。私の時間は超貴重!」って言ってる相手よりも「いつでも歓迎だよ、話しかけてね!」って言ってくれる相手の方が「この人は話しかけやすい」ってなるよね。

 そうだ、恭彦のインスタDMにもアピールしておこうかな?

 「私はいつもお話大歓迎ですよ!」とか。うざがられるかな?

 

 着信音が鳴って通話に出ると、いきなりのお兄ちゃんボイスが響いた。

 

「王司さん、こんばんは。あなたの高槻(たかつき)大吾(だいご)です」


 よく通る声だ。

 そして、相変わらず女性を誤解させることを言う。

 それはさておき、公演後の役者に話すことと言ったら、決まってる。

 「おつかれさま!」「よかったよ!」の2つだ。


「こんばんは、大吾お兄さん。公演お疲れ様です。お芝居、面白かったです。何回も笑いました!」

「王司さん。今、僕は嬉しくて泣いています」

「えっ」

「お兄さんもいいのですが、もう一歩距離を縮めて『大吾さん』と呼んでくださると泣き止みます」 

「じゃあ私、高槻(たかつき)大吾(だいご)さんと呼びます。フルネームで」

「それだとお兄さんより距離が遠いじゃないですか。大吾お兄さんでいいです、王司さん」


 勝った。

 にんまりしていると、スピーカーからアリサちゃんが「お兄ちゃん、王司ちゃんを困らせないで~」と笑っている声が聞こえる。

 相変わらず仲のいい兄妹だな。


 うちとは大違い……いや、『鈴木家』は終わったのでいい加減に役を抜こう。

 私の兄は、血が片親分繋がっていると思っていたら繋がっていないっぽいのだ。

 冷静に考えると、「血が繋がっていなくても兄」というには関係性が脆弱すぎる。


 彼は……あの青年は……もはやインスタのDMに返事すらしない他人です……。


「アリサちゃんがお怪我のことを教えてくれたんですけど、言われるまで全然わからなかったです。すごいなと思いました」

「え~っ、アリサが僕の怪我をばらしちゃったんですか? 完全無欠のヒーロー目指してたのに。公演を控えて怪我をするなんて、自己管理がなっていないですよね。お恥ずかしいです」

「お怪我の状態はどんな感じなんでしょうか。公演は明日もあるんですよね?」 

「全然。まったく、絶好調で……完璧な体調です。万事問題なく……」


 後ろから「お兄ちゃんはお医者さんに『やめたほうがいい』って言われてた」という声が聞こえる。


「許さないぞアリサ、罰としてまたお友だちを連れてお兄ちゃんの公演を観るんだぞ、アリサ」

「はーい……」

  

 うーん、仲がいい。

 そしてドクターストップかかってるじゃん。


「アリサちゃんとお兄ちゃんは理想の兄妹って感じで、羨ましいです。それにしても、ドクターストップは大変な事態なんじゃ……」

 

 思ったまま口にしてみると、高槻大吾は楽しそうな声で答えてくれた。


「医者は大袈裟なんです。王司さんみたいな兄妹で芸を競う関係も、楽しそうで羨ましいですよ。うちも真似しようかな?」

 アリサちゃんが「やめてー」と言ってる。

 「芸を競う」というと、ネットで話題の「オーディション兄妹対決」を把握されているのか。


「あはは……私は楽しいです。恭彦お兄さんも楽しんでくれたらいいなと思ってます。ただ、世間的に『鈴木家』の影響で兄妹として認識されてるけど、あのお兄さんは実際のところは赤の他人……」


 私が言いかけた時、高槻大吾は大声で遮った。


「王司さん。それはいけません」

「ふぁ?」

「赤の他人だなんて、寂しいことを仰らず。兄妹セットで推しているファンが悲しみます」

「あ、はい」


 言いたいことはわかった。


 よくあることだ。

 ドラマなどで恋人だった二人が、現実では全然そんな関係じゃないけどファンの間で「あの二人は現実でも恋人!」とカップリングされて推される現象。

 こじつけで「これ匂わせだよー」と盛り上がったり、時には事実を歪曲して「二人が密会してた!」と騒いだり。

 それの兄妹版なのだろう。

  

「僕も推していますから、どうか末永く兄妹してください」

「末永く兄妹ってなんか変な感じ……」


 数分話して、電話は終わった。

 電話を切ってから気付いたけど、怪我のことを有耶無耶にされてしまったな。

 大丈夫なのかな……と思っていると、アリサちゃんがLINEにチャットを送ってきた。


高槻アリサ:無理したら歩けなくなるかもってお医者さん言ってたのに


「ほ、ほう……」

 だめじゃん。


高槻アリサ:うち、梨園では序列が低くて

高槻アリサ:お父さんも公演に呼ばれなかったりして若い頃からずっと苦労してて 

高槻アリサ:夏目屋(なつめや)の若旦那にいい役をもらえたのは滅多にないチャンスだから、他の人に渡したくないんだって

高槻アリサ:お兄ちゃんは駄々こねてるの

高槻アリサ:歩けなくなってもいいって

 

「お、おお……」

 貴重なアリサちゃんの相談だよ。お家の事情だよ。


葉室王司:あのお兄ちゃん、そんな無理しちゃうタイプなんだ?

葉室王司:あと1日くらい代役でもいいんじゃって思っちゃうけど

高槻アリサ:前はそうじゃなかったんだけど

  

 アリサちゃんが困っている話をしてくれるの、嬉しいな。

 こういう話をしてもらえるのって、仲良しって感じだ。


葉室王司:何かあったのかな?

高槻アリサ:今は考えが変わったんだけど

高槻アリサ:前、「私が目立たないようにしてたら世の中のみんなは私のこと忘れてくれるかな」って言ったの


 あー、オーディションで言ってたやつだ。


高槻アリサ:そしたら、お兄ちゃん「お兄ちゃんがめちゃくちゃ目立って、みんながお兄ちゃんしか見ないようにして、アリサを隠しちゃうよ」って

葉室王司:なるほど!それでお兄ちゃん、頑張って目立つようになったんだね

高槻アリサ:パーフェクトにやりきって信用を高めたいんだって

葉室王司:いやー、でも、怪我は……

葉室王司:うーん……

  

 うーん。そうか。あと1日かぁ……。

 び、微妙だなぁー。

 

 私は少し迷ってから、執事のセバスチャンの部屋を訪ねた。

 セバスチャンの部屋のドアは開いていた。 


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


メガネ委員長『セバスくん。あたし、そういうの、いけないと思うの……』


『選択肢

1、セバス「そうだね。ボクもそう思うよ。ボクは清く正しくをモットーにしているからね」

2、セバス「お前の意見なんて聞いてない。俺色に染まりな」

3、セバス「そんなこと言って、本当は……」

 いずれかを選んでください』


「これは、1回ノーマルエンドした後に解放されるトゥルーエンドルート……セバス君やりこんでるな」


 画面を覗き込むと、配信はコメントで賑わっていた。


:すげえナチュラルに部屋に入って来て配信に映るお嬢様

:お互い慣れたな

:王司ちゃんチーッス

:ネコチャン抱っこしてる可愛い


「お嬢様……タダイマ、イイトコロでした」

「うん、うん」


 セバスチャンが不満を伝えてくる。


「プライベートタイムです。一日の疲れを委員長との二人きりのラブで癒してイタノデス」


:執事、切れるw

:お嬢様に邪魔されるのはご褒美だと思ってた

:でも俺だったら仕事終わった後ギャルゲ中に上司が来るの嫌だわ

:上司が日本一のギャルでも?

:日本一のギャルでもメガネ委員長とは違うっていうか

:ナンバーワンよりオンリーワンを目指せよ

:王司ちゃん可愛い


 コメント欄がカオスだよ。

 よし、君たち。ちょっと待ってて。


 私は一度部屋に戻り、変装用の眼鏡と学校のセーラー服姿でセバスチャンの部屋に戻った。


:おおおおおおおおお

:委員長コスプレキターーーー

:なんというサービス精神

:お嬢様!!!

 

「セバス君。あたしよあたし。幼馴染のエマよ」

「幼馴染? エマ?」

「セバスチャン、ドラクエ11は未履修か。今度買ってあげる」

 

 セバスチャンには通用しなかったが、視聴者たちはわかってくれた。


:メガネ委員長にエマをミックスしないでアンチになるよ  

:次はドラクエ11実況だなセバス君

:お嬢様にゲーム買ってもらう執事とは

:ところでお嬢様は何しにきたん

:俺たちと遊びにきたんだよ

:お嬢様はもしかすると執事にちょっかい出さないと眠れない子なのかもしれない

:なんだそれ可愛い

   

「そうそう、用事があってきたんだ」

  

 配信のマイクをOFFにしてから、私は本題を切り出した。


「アリサちゃんのお兄ちゃんってドクターストップかかってるんだって。ちょっとだけ怪我をましな状態にして『これなら、あと1日ぐらい出演しても大丈夫』ってできないかな? 代償いっぱい必要になっちゃう?」


  

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 代償は、三日ほど寝込む発熱だった。

 

 三日くらい、大したことない――早速ベッドで風邪の引き始めみたいな症状を感じていると、スマホの通知が目に付いた。

 なんと、散々スルーされていた火臣恭彦からのインスタのDMだ。


「お、おお……? 今……? あれ? 夢かな?」 


 しかも、メッセージが動画のURLだけ。

 何事?

 アカウントを荒らしに乗っ取られたとか?

 ……動画自体は観ても大丈夫そうだけど。

 

「……」


 動画のタイトルは、『無題』だった。すぐに埋没しそうなタイトルだ。

 動画の投稿者も、『no-name』だって。名無しさんだ。

 フォロワー数も少なくて、再生数もまだ少な――いや、ちょっとずつ増えてる。

 なんか、更新するたびに数字が増えてる。バズってる? 


 動画を再生すると、Vtuberアバターが無言で真っ白な背景にグランドピアノが一つだけ置かれている世界に佇んでいた。3Dアバターだ。

 

 見たことのないアバターは、クオリティが高い。

 白いうさぎの耳がついていて、ピンク色のゆるふわロングヘアーで、目は水色だ。

 体形は、スレンダーな女子。

 大人っぽい黒のドレスを着ていて――グランドピアノの椅子に座って、ピアノを弾き始めた。


 ピアノの音が綺麗な高音を奏でて、いいメロディだなと思った次の瞬間、息を呑む。


♪自分のことばかり歌う曲が増えたのはなぜだろう


 ――Vtuberの歌声が、初めて聞く曲を歌唱する。


♪前はもっと世の中のこととか考えてさ

♪手に負えないようなメッセージを生意気な顔で偉そうに

♪勇者みたいな気持ちで発信してた…… 

 

 その声に、私が気付かないはずがない。

 わからないはずがなかった。

 ……彼女は、ノコさんだ。


 うさぎの耳がひょこりと揺れる。

 ふわふわの長い髪は、幻想的な艶をみせていた。


 歌声は透き通っていて、とても綺麗だ。

 私が大好きな、明るくて切ない声だ。


♪恥ずかしくなって 背中をまるめて 顔を覆って


♪|Am I a Loser《ぼくは敗者》, |an Underdog《負け犬》?| Down-and-Out《落ちぶれた》?


 アバターを被った歌姫は、飾らない声でセリフを呟いた――彼女の声で。

『いいや、ぼくは 大人になったんだ』 

『自分のことだけ歌っていれば 誰も傷つけることがないから』


♪善人の皮をかぶって言えば


♪|Am I a Winner《ぼくは勝ち組》, |in a Free Paradise《自由な楽園で》? 


 ――ああ、ノコさんは、歌ってくれるんだ。

 彼女の歌は、終わらないんだ。

 

 彼女の歌声は特別だから、ファンなら絶対に「絶対に彼女だ」と気付くだろう。

 SNSではきっと、ファンとアンチが大騒ぎしているだろう。

 

♪窓の外を眺めてみたら 想いが無限に湧いてくる

♪これを歌うのは罪だろうか

♪考えるより先に歌ってた 子供時代……

  

 ……外野なんてどうでもいい。

 

 私は恭彦にお礼を言うのも忘れて、熱に浮かされながら夢中で動画を再生して歌の世界に耽溺した。

 

 寝込んでいる三日間、SNSを見る気にもならず、ベッドの中でひたすら動画だけを観て過ごした。ママやミヨさんが部屋に来ては「まだ熱が下がらないわねー」とか「スマホでお返事しないからお友だちが固定電話に『王司ちゃんだいじょうぶですか』ってかけてきたわよ」とか教えてくれた。

 

「私、今、お友だちとお話する気分じゃないの」

「ええ、ええ。ゆっくり休みなさいな。最近、無理をしすぎていたのよ」

 

 そして、三日目。

 ふっと社交性だか社会性だかを取り戻した私は、「LINEやインスタDMをチェックしてお友だちに返事をしたほうがいいのでは」と思うようになり、メッセージをチェックした。


 最初に目に入ったのが、恭彦からのメッセージだった。


火臣恭彦:兄は

火臣恭彦:心配しています


「……あ、兄……!」

 

 どうも、私たちは兄妹という関係性でいいらしい。

 

葉室王司:ずっと動画みてました!


 その日は、動画を無限再生して歌を聞きながら放置していたLINEやインスタのDMを読んでお返事するだけで時間が溶けた。


 夜になって気づいたのだけど、翌日はオーディションの日だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ