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75/241

75、サメゲーム/兄は、妹には負けません

 ラーメンはどれも美味しそうで、一杯だけを選べない。


 名店揃いなんだよ。


「嬢ちゃん! これ美味いぞ!」


大将がニカッと笑ってって声かけてきて、生き生きと湯切りしてるんだよ。

美味しそうだよ。あれもこれも食べたいよ。


 二杯……いや、三杯……食べるのは無理かな?

 がんばったらいけるかな。若さでいけるか? 

 13歳の胃袋のポテンシャルは無限大じゃないか?


「く……」


 迷った。すごく迷った。

そして、私は誘惑に負けた。


「くださぁい!」

 

 三杯をトレイに載せて運ぼうとする私を見かねて、周囲の人が道を開けてくれる。

 気分はモーセだ。


「だいじょうぶ?」

「手伝う?」


 みんなが心配そうに声をかけてくる。

 イベント会場は優しい社会だった。


「大丈夫です、ありがとうございます」

  

 気分は初めてのお使いだ。


 席に戻ると、恭彦がステージ上にいた。


 相変わらずフードをかぶって眼鏡とマスク着用で、コソコソしてる。

 しゃがみこんで隣にいる幼女と何か話してる。

 事案っぽい絵面になってるけど大丈夫か。


 麗華お姉さんは「恭彦君は演技が上手になりたいんですって」と後輩を見守る先輩の顔で言った。

 

「王司ちゃん、ラーメン三杯買ったの? 食べられる?」

「はいっ。時間との戦いを始めようと思います」


 湯気がいい匂い。辛いぞーって訴えかけてくる。

 麺が伸びてスープが冷める前に、私は美味しさを堪能しようと思う。

  

『次はサメゲームを始めまーす』 


 劇団員がステージ上にイカダの絵が描かれた紙を置くのを見ながら、スープをぺろり。うん、美味しい。好きな味!

 

『イカダの間を泳ぎましょう。サメが現れたら、皆さんはイカダに避難です。イカダは、1枚につき1人しか乗れません。しかも、だんだん少なくなっていきますよ!』


 椅子取りゲームに「ここは海です」というシチュエーションを足したゲームだ。

 

 BGMのチューチュートレインが流れ出す。

 私はノリノリで真っ赤なチャーシューにかじりついた。


 ――(から)い!

 

 真っ赤な熱いスープに大きなチャーシューがあと二切れも浸かっていて、シナチクましまし、ネギが山のよう。スープをすすると、舌が痺れて体温が上がる。

 

 ステージでは、手で水をかく仕草をしながら、みんながイカダの周りを歩いている。

 小さな子たちが楽しそうだ。「すい、すい」「ざばーっ」と言いながら泳いでいるふりをしていて、可愛い。

 BGMが明るくて楽しい曲だから、恭彦も気持ちよさそうに泳いでいる。


『サメだ!』


 劇団員が危機感たっぷりに叫んで、BGMがピタッと止まる。


「きゃー」

「逃げろー!」

 

 みんなが悲鳴をあげてイカダの上に乗るのを見ながら、私は手つかずの一杯に箸をつけた。

 とりあえず麺は伸びるので、先に攻略していこう。具は後だ。


『サメがどこかに行きました。遊泳、再開!』


 チリやオレガノなどの激辛スパイスを組み合わせ、トマトペーストが入っているスープが極上の味わいだ。汗が滴る。

 麺がつるつる、もっちり。うまうま!

  

『またサメだー! おっと、イカダが減ってるぞー! あれっ、抱っこしてる。セーフにしましょう~!』


 家系ラーメンのタンタンメンは中央の甘辛い挽肉の山を白い背脂が囲んでいて、ぱらぱらと散りばめられたニラと唐辛子が鮮やかな色彩を見せている。

 この赤色が食欲をそそるんだ。ぎらぎらした油がいいんだ。


『遊泳開始!』

 

 麺をすすり、スープを飲む。ああ、この灼熱感。痺れる~~!

 水をちょっと飲んだぐらいじゃ収まらないんだ。この刺すような辛さ、最高……!


『サメだーー! おっと、イカダが風で飛んだ~!』 


 ふう。

 今日は暑いな。ジャージの上は脱ごう。

 下はTシャツだ。火照った肌に風が気持ちいい。


『なんということでしょう、お兄さんが小さな子を救命しています……イケメンですね! そしてお兄さんはサメの餌食に……』

  

 ステージを見ると、恭彦がイカダに乗れなかった子を抱っこしてイカダに救い上げ、自分は海に沈んでいくという演技を見せていた。


 ああ、なんか力尽きてる。

 イカダに乗せてもらった子が「おにいちゃぁん!」って死を惜しんでるよ……。



   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 恭彦がワークショップを終えて席に戻ってくる頃には、私とラーメン三杯との決着にゴールが見えていた。


 私は(あなど)っていた。

 もう食べられない。

 まんべんなく手を付けていったけど、どのどんぶりも麺が結構、残っちゃってる。


「王司ちゃん、無理はよくないわ」


 麗華はちょっと呆れ顔だ。


 敗北だ。ごめんなさいラーメン屋さん。

 美味しく作ってくれたのに、私はポップコーンに引き続きラーメンまでも無駄にしてしまう……。


「葉室さん。残り、俺が食いましょうか?」

「……助かります」


 恭彦! 協力してくれるのか。

 

「うーん。私も自分の分を食べた後だけど、ちょっとなら手伝うわ。ちょっとだけカロリーが気になるけど、食べた分は運動すればいいわよね」

  

 麗華も!


「ありがとうございます、お二人とも!」


 次からキャパオーバーには気を付けよう。

 反省しつつ二人の食事を見守っていると、見覚えのある人がテーブルに近付いてきた。


 真っ黒な長髪をポニーテールにした、さくらお姉さんだ。

 私と同じぐらいの年齢の男の子と女の子を連れている。

 

「ワークショップへの参加おおきに~。劇団から、アドリブがおもろかったお客さんへの記念品プレゼントですう」


 さくらお姉さんは華やかな笑顔で過去の舞台公演のDVDをくれた。

 『時計塔の怪人と青薔薇のレディ』――これ、今はもう販売してなくて新規に入手できないやつだ。わぁ、いいな。

  

「おおきに。ありがとうございます」


 恭彦がお礼を言う。

 イントネーションが標準語寄りから関西寄りになっているのは、相手に釣られたのだろうか?

 それを見て、男の子が声を発した。

 

「あ、やっぱり。鈴木家の兄妹と家庭教師や。僕、知っとるわ」


 あれ? この声、知ってるな?

 記憶違いじゃなければ、解放区で勉強会の時にアプリで話した相手だな?


「話題ばっか作ってる炎上系で、テレビの編集で誤魔化しまくりの芝居で役者気取ってる俳優二世兄妹やんな~。あ、でもお兄ちゃんの方は血引いてへんって聞いたで」


 女の子がちょっと意地悪そう。

 さくらお姉さんが「こら」と窘めている。

 

 たぶん恭彦は「血引いてへん」のを気にしてる。

 個人的には「打犬と血がつながってないほうが喜ばしいのでは?」と言いたくなるのだが。

 人の心って不思議だな。

 恭彦、最初は「親父嫌いだ」って言ってたのに……。


「妹ちゃんが天才なんは、お父さんの血のおかげやね!」

 女の子が言うので、そこは全力で否定しよう。

「いえ、それはないです。私の努力のおかげです」

「えー?」  

「えっと、恭彦お兄さん。血は繋がっていなくても、家族は家族ですよ。あんまり名前を呼びたくない例のあの人も『血の繋がりなんて関係ない』って言ってたし。逆に、血がつながっていても私があの人を家族じゃないって思っていたら家族じゃないんですよ」


 様子を探りつつ擁護してみると、恭彦はラーメンのスープをぐいっと飲み干した。

 おお、完食だ。ありがとう。

 どんぶりを置いて口元を拭った恭彦は、眉間に深い皺を刻んでいた。

 (から)かったか。発言が不快だったか。両方か。


「いや。あの親父はパフォーマンスで言っただけやで。心から思ってるわけやない」


 複雑な父子だなぁ。

 他人事のように見ていると、恭彦はこっちに視線を流した。

 

「葉室さん」

「あ、恭彦お兄さん。ラーメン食べてくれて、ありがとうございました」 

 

 お礼はちゃんと言わないとね。

 ぺこりと頭を下げると、恭彦は「どういたしまして」と返してくれた。

 綺麗な標準語に戻っている。釣られていたのを軌道修正したのか。

 

「このネットニュースで兄妹対決などと煽られていますが」

「ん?」


 恭彦がスマホで記事を見せてくる。

  

「あ、オーディションが話題になってるんですね。『太陽と鳥』がリメイクされると正式に発表がありました……オーディションは一般には非公開で行われますが、参加者の中には『鈴木家』で人気を博した兄妹もいると言われており、業界関係者が注目しています……」

 

 ついに始動かあ。楽しみだな。

 どんなオーディションかな。がんばろう。


「オーディション楽しみですね、恭彦お兄さん。当日は……」


「兄は、妹には負けません」

「んっ?」


 顔を見ると、恭彦はマスクを付け直していて、表情を隠すように顔を背けていた。


「わあ、お兄ちゃん。へたっぴやけど熱いやん! ライバル宣言や、宣戦布告や。僕、応援するで。たぶん、負けるけど」


 男の子が面白がるような声で笑い――その声で私は、完全に思い至った。


「君、コエトモでお話した江良(えら)って子?」


 ハンドルネームを呼ぶと、男の子は目を剥いて私を見た。

 

 劇団の仲間の女の子とさくらお姉さんが「なんの話?」って首をかしげてるから、きっと秘密の遊びなんだろう。

 目で「言わんといて」って訴えかけてくるもん。

 

「あ、いえ。人違いでした。気にせずに! 失礼しました!」  


 明るくはっきりと言ってあげると、男の子は安心したようだった。


「ほな、僕ら、帰るわ~!」

 そう言って他の子たちを連れて、あっという間に去って行った。嵐のような集団だったな。


「俺は相手にする価値もない。……そうですよね。自分が恥ずかしいです。失言でした」


 あっ、恭彦がうなだれてる。

 そうか。ライバル宣言をスルーしちゃった。ごめん。

 少年漫画みたいに「おお! 負けないぞ!」とか言えばよかった。今から言う?


「あっ、あっ、ち、違いますよ恭彦お兄さんっ、今のは、今のはですね……! あの、私も負けません。お互いがんばりましょうね、私たち、よきライバル……」 

「葉室さん、1点だけつっこみたくて仕方ないことがあるんです。本当に1点だけ、いいですか?」

「な、な、なんでしょうか……っ?」


 恭彦は、「ずっと我慢していた」という目で私のTシャツを見た。

 

「家族じゃないって言いながら、なぜ『パパ嫌い♡』ってTシャツを着てるんですか。それ、親父が贈ったやつでしょう……」

「……! こ、これは、急いで着替えてきたから……あんまり選ぶ時間なくて、そのへんにあったのを……」


 どうしてこのTシャツをヤフオクで売らなかったんだろう。

 なぜそのへんに置いといたんだろう。

 なぜジャージを脱いでしまったのだろう。


 後悔したが、時すでに遅し。  


「まあまあ二人とも。血がつながってなくてもお兄ちゃんと妹ってことで、仲良くしなさいな! お姉さんも入れてくれる? 私、長女になるわ。恭彦君は弟で、王司ちゃんは妹ね」


 麗華が間に入り、明るい声で空気をやわらげてくれる。


「俺は言いたいことは言ったのでもういいです」


 周りからヒソヒソ声が聞こえてくる。


「ねえ、聞いた? あのテーブルの人たち」

「うん。鈴木家……」

「揉めてる?」 

「ライバルって言ってた」 


 これは不仲疑惑が囁かれてしまうのでは。


「そろそろ帰りましょうか、王司ちゃん、恭彦君」

「そうですね、麗華お姉さん」


 私たちはイベント会場から撤収した。

 

「お姉さんもオーディション受けようかしら」


 麗華お姉さんは車を運転しながら明るい雰囲気を作ろうとあれこれ話してくる。

 恭彦を見ると、隣で無言を貫いていて……おそるおそる顔色を窺ってみると、なんと寝ていた。


 ワークショップで疲れたのかな。





 SNSを見ると、さきほどの件が話題にされていた。


:火臣恭彦が妹に宣戦布告してたよ

:子供をイカダに乗せて死んだ

:父親を取り合ってたよね

:え、妹ちゃんが死んだの?

:地上のもつれで殺人事件?

:葉室王司が素手でサメを殺したって

:王司つえー


 生きてるよ。父親取り合ってないよ!

 サメを殺したってなんだよ。なにがどうしてそうなったんだよ。


葉室王司:お兄さん死んでないよ 

葉室王司:サメ殺してないよ

葉室王司:父親だと思ってないよおおお!



 SNSに放った魂の叫びは、1秒ごとに拡散数が増えていった。



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