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74、旨辛ラーメンとシアターゲーム

 収録した番組が放送されるまでには、日にちがかかる。

 なので、世間の人たちは、まだオーディション番組でのアピールタイムや結果を知らない。

 

『アイドルオーディション、アルファ・プロジェクトに密告相次ぐ。葉室(はむろ)王司(おうじ)のストーカーアンチが参加中? 学校でも付きまとっていると噂あり。真相は……』


 そんなネットニュースが拡散された朝。

 赤毛の執事セバスチャンが運転する車に乗って中学校に登校する私のスマホに西園寺(さいおんじ)麗華(れいか)からの着信があった。

 

「もしもし、王司ちゃん? おはよう! 今日はこれから学校なの?」

「麗華お姉さん、おはようございます。もうすぐ校門に着くところです」

「ネットニュース見た? ストーカーアンチ、学校の子よね。気を付けた方がいいと思う……!」


 すごく心配そうな声だ。

 出演中の作品を複数抱えていて多忙だろうに、いい人だな。


「ありがとうございます。ご心配をおかけして、ごめんなさい」

「学校、お休みしてもいいと思うの。お姉さんと気晴らしに遊ぶのとか、どう? 実はね……」

「学校は安全なので、大丈夫です。解放区騒動でお勉強進度も心配ですし……もう校門に着くので、失礼します」

「着いちゃったの? じゃあ、終わる頃に改めるわ」


 学校に行くと、アリサちゃんが「おはよう」と声をかけてきた。

 カナミちゃんはお友だちに囲まれて笑っているのが見えた。

 大丈夫かな?

 

「アリサちゃん。ネットニュース見た?」

「うん。これ」

 

 アリサちゃんは、グループチャットを見せてくれた。


三木カナミ:ごめん、しばらくチャットだけでお話するね

三木カナミ:付きまとってるって言われるし


「収録もこれから編集されるから、カナミちゃんの部分はカットされたり、結果が変わったりして」

 

 アリサちゃんが不安そうに言うので、私も心配になってしまった。

 席を立って隣の教室に行くと、カナミちゃんの周りはお友だちでいっぱいだ。

 

「謝罪動画とか出した方がいいんじゃね?」

「カナミは調子に乗りすぎだと思ってたわ」

「ふつーさ、ありえないっしょ。どういう神経してんのってドン引きしてた」

 

 お友だちは、遠慮なくコメントしてる。

 あれ? お友だちで合ってるよね?


「カナミー、行動で示しなよー」

「ほら、うちらが撮ってあげるって。投稿もしてあげる」


 なんか謝罪動画を撮ろうとしている。いじめ動画ができあがりそうな流れだ。

 この後の流れが読めるぞ。

 正義感で謝罪動画を強要する。投稿する。投稿した子が炎上する……。

 止めよう、負の連鎖。

 

「動画撮影中ですか? お邪魔しまーす。それ、生配信? 私も配信していいですか? はーい、配信スタートでーす。近くにいる人、映しますから気を付けて」


 自分のスマホを取り出してスマホを構えてる子たちに向けると、「きゃあ!」と悲鳴が上げて逃げて行った。

 

 ネットに顔と学校が晒されるのは怖いよね。

 重箱の隅をつつくみたいに容姿をディスられたり、道端で他人の視線が気になって仕方なくなったりするんだ。

 オーディションに出てる子は、ずっと晒して戦ってるけど……。

  

「カナミちゃん、おはよう」


 アリサちゃんが私のスマホカメラのフレームに入って、カナミちゃんを引っ張り込んでいる。

 

「お、おはよ」

「あのね、週末にお兄ちゃんの舞台があるんだぁ。王司ちゃんとカナミちゃんと、予定が空いてたら一緒に見てほしいの」

「私は空いてるよ。カナミちゃん、行ける?」


 スマホを構えたまま、フレームの中のカナミちゃんに問いかけると、カナミちゃんは迷う素振りを見せた。

 

「あ、あたしは……」

「予定ある?」


 アリサちゃんが無邪気に問う。お姉ちゃんに甘える妹みたいだ。

 

「ない」

「じゃあ、決まり! いつもありがとね。そいえば、オーディションも私がどうしてもって無理言って付き合ってもらったんだった」


 アリサちゃんは、カメラのフレームの外でハンドサインを送った。

 「私に合わせて」と言われている。

 

「え……」

「そうだったね、アリサちゃん。でも、アリサちゃんだけじゃなくて私も一生懸命お願いしたんだよ」

  

 カナミちゃんが何か言う前に、私はアリサちゃんに続いた。

 

「知らない人ばかりの現場より、仲のいいお友だちがいてほしいなって思って。えへへ、カナミちゃん、ありがとう」


 タイミングよく始業の鐘が鳴る。


「あ、授業始まっちゃう。じゃあ、またね」


 配信を切って教室に戻ると、「葉室さんと高槻さんは遅刻という扱いになります」と言われた。

 ちょっと遅れただけなのに……。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 学校が終わってセバスチャンの迎えの車で帰ろうとすると、校門にシャンパンゴールドの車体の車が停まっていて、人だかりができていた。

 

「西園寺麗華だ」

「本物……? 顔小さい~!」


 なんと、麗華が車の窓から顔を出してサングラスを片手でずらし、手を振っている。


 そういえば「終わった頃に改めるわ」って言ってたけど、直接訪ねてくるとは。


「麗華お姉さん。どうしたんですか? すごく目立ってますよ。カメラで撮られたりしてますよ」

「んっふふー。お姉さんは、王司ちゃんをお迎えにきたのよ。中で話しましょう。乗って乗って」

「ふむ……?」

 

 セバスチャンに「先に帰っていいよ」というと、ちょっと嬉しそうな顔をされた。

 自由時間ができて嬉しいのか。

 ゲームするのか。メガネ委員長は攻略できたのか――。

 

「王司ちゃん。お姉さんね、先輩として、困っていることや悩み事があれば聞くわ。美味しいものを食べて楽しいイベントを見ながらリラックスして、思春期の傷付きやすくて繊細な感性が抱えてしまったモヤモヤを吐き出してちょうだい」

「ふぇ……」

   

 麗華は紙のチラシを渡してくれた。

 旨辛(うまから)ラーメンフェスタの案内だ。

 辛くて美味しいラーメンの名店が自慢の一品を出張屋台で販売するグルメ会場なので、「行ってみたいな」と思っていたところだった。


「王司ちゃん。その会場で、劇団アルチストの月組と西の柿座の公開ワークショップも行われるの。一緒に見学しに行くわよ。お姉さんがラーメン奢ってあげる!」

「わあ、旨辛ラーメンフェスタですか。美味しそう……ワークショップ?」


 ワークショップは演技のお勉強会だ。

 指導者によって雰囲気も手法もさまざま。

 

 チラシには載ってないけど……いや、よく見ると小さな字で「ステージで子供向けの演技ワークショップ」とか書いてた。よくよく見ないと見落としてしまいそうな添え書きだ。

 

 子供向けってことは、楽しいゲームとかをしそうだな。

 大人がラーメン食べながら「楽しそうだなー、可愛いなー」と微笑ましく見守れるやつじゃないだろうか。


「家に帰って目立たない格好に着替えてもいいですか?」

「もちろんよ。お姉さん、その間に恭彦君を誘うわね」

「えっ」

  

 恭彦君とは、火臣恭彦のことで間違いないだろうか。

 彼……私のインスタのDMにはずっとずーっと返事をしてないんだけど?

 麗華は返事してもらえるの? いつも話してるの? 誘ったら来るの?


「えー……っ」

「そんなにびっくりすることないじゃない、王司ちゃん。お姉さんと王司ちゃんだってLINEや電話するでしょ」

  

 麗華はスマホを指で操作している。

 画面を後ろから覗き込むと、LINEでメッセージを送信していた。


「お姉さん、いつもLINEしてるんですか? 私は……」

 私はインスタのDMをずっとスルー&放置されているのだが?


西園寺麗華:恭彦君!

西園寺麗華:劇団アルチストの月組と西の柿座の公開ワークショップ!

西園寺麗華:今から行くわよ!!!

西園寺麗華:君に拒否権はない

西園寺麗華:ラーメンを奢るから来たまえ、後輩君 


 まさかと思って見守っていると、2頭身のシロクマスタンプが返ってきた。

 スタンプの余白にシロクマのセリフが書かれていて、「いくいく」だって。

 

 えっ、即反応? そんな軽いノリ? 


「わ、私には返事しないのに……どこでこんなに差がついたの? あれぇ……?」


 腑に落ちなくて麗華お姉さんにインスタのDMを見せると、ぽんぽんと肩を叩かれた。


「同じドラマに出たからってプライベートで仲良くなれるとは限らないわ。よくあることよ、王司ちゃん」

「それはわかりますが……」


 麗華は、ふっと影のある表情を見せた。


「自分より年下で才能がある同期って、複雑よね。お姉さん、わかるの」

「あっ、あれえ……」

「でもね、大丈夫よ王司ちゃん。王司ちゃんが『ふっ、下手くそ。年上のくせに情けないですね』みたいな態度を取らなければ」

「あ、は、はい」

 

 微妙にショックを受けつつ着替えを済ませる。


「あ、このタオル。ついでに返そう」


 スポーツタオルをバッグに入れた。

 そういえば、倒れた時に買い物もしてもらったので、お金も払った方がいいかもしれない。

 

 旨辛ラーメンフェスタのイベント会場に向かうと、現地会場はラーメンを食べに来ただけの人たちと劇団のファンと子供と親とで賑わっていた。

 会場の南側に屋台が並んでいて、中央は白い仮設テント付きの飲食テーブルと椅子が設置されている。

 ステージは北側で、結構広い。


「わあ、恭彦お兄さん。本当に来た……」

「俺、来ない方がよかったですか?」

「お姉さんと仲いいんだなって思って。妹とは仲良くしてないのに」

「俺、呼ばれたから来ただけなんですが……」


 恭彦は古着風のスウェットパーカーのフードをかぶり、マスクと眼鏡付きで、長身を猫背気味にしてコソコソしている。不審者っぽさがすごい。

 とは言え、私も野球帽にマスクに眼鏡にジャージ姿なので他人のことは言えないか。


「席が空いていてよかったわ。ここをキャンプ地にするわよ! 王司ちゃんは可愛い嫉妬しないで」

「嫉妬じゃないです麗華お姉さん」


 麗華はステージがよく見える席を取り、宣言した。

 ステージを見ると、ワークショップが始まるところだった。


「恭彦お兄さん。以前、タオルとかジャージとか色々ありがとうございました。タオルは洗ったので、お返しします」

「返さなくていいのに」


 お金は直接渡しても断られそうなので、袖の下よろしくタオルの中に「買い物していただいた分のお金です」と書いたメッセージカードと一緒に包んでおいた。


『これからいくつかゲームをしまーす。最初は、問題解決ゲームです』


 劇団員がマイクを持って説明している。

 幼稚園から高校生ぐらいまでのお客さんがステージに上がって行って、「やるぞー」って雰囲気だ。


『まず、役を決めまーす。社長役が1人、社員役が3人……』 


 ゲーム性が強いワークショップだ。初回の社長役は、劇団員がやるんだな。


「恭彦お兄さん、こういうの遊んだことがありますか?」

「あいにく俺は経験がないです」


 そんな気がしていた。恭彦は真面目な顔でステージを観ている。

 麗華に視線を向けると、お姉さんは解説してくれた。

 

「ゲーム性が強いワークショップは、シアターゲームって呼ぶのよ。楽しさ重視なの」


「ありがとうございます、西園寺先輩。俺、本で読んだことならあります」

 

 先生役はお姉さんに任せて、私はラーメンを買いに行こう。

 

 私は「わーい、ラーメン美味しい」って言ってるぐらいがきっといいのだ。

 賢し気に「ふふん。教えてあげますよ!」ってやると、たぶん恭彦には嫌われる……。


『あなたは通販会社の社長です。社員が一人ずつ順番にやってきて、トラブルが発生したと言います。このトラブルは、なんでもいいです。社員の人が考えてください。社長さんは、必ず「そうか、ちょうどよかった!」と返してください。そして、「なぜちょうどよかったのか」を即興で考えて、言ってください。社員の人はそれを聞いて感じたままの気持ちで「承知しました」と言って、次の社員と交代です!』 


 ラーメンの匂いに食欲を刺激されながら屋台を見てまわる耳には、楽しそうなワークショップの声が聞こえてくる。


『社長ー! た、大変ですー! 商品が全部ラーメンになっちゃったー!』


 小学生ぐらいの女の子社員が事件を報告して、社長役が答えている。


『そうか。ちょうどよかった。定年後はラーメン屋をしたいと思っていたが、今日からにする! 通販はやめだ!』


 女の子社員は「あはっ」と笑って『承知しました♪』と言って次の社員に交代した。


『社長! 本のレビューに酷評をもらった女流作家が電話してきて、レビューを消せって怒ってます!』


 次の社員は、年長者っぽい。男性社員だ。


『そうか、ちょうどよかった! 何を隠そう、私はその作家さんのファンなんだ。一度お話してみたいと思っていた……! 声は可愛いか?』  

 

 おっと、アドリブ。


『それはもう! 頑張って口説いてください、応援してますよ!』


 男性社員が茶目っ気たっぷりにアドリブの返事をした。

 社長は『よし、君。下がりなさい。近くに人がいると照れてしまうし、緊張するから』と言って男性社員の「承知しました」に繋げた。


『承知しました!』

 溌剌とした男性社員の声を聞きながら、私はラーメンを選んで、選んで……。


「こ、これも食べたいし、あれも美味しそうだし」


 ひとつに絞りきれなくて、三杯買った。   

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