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72、私、貞子になってカレー作るんです

 学校では、文化祭の相談が始まっている。

 

「アイドル部のみんなで歌を歌おうよ」

「いいね!」


 アイドル部はステージでガールズグループの曲をパフォーマンスする。

 全員、一緒にだ。

 

 クラスの出し物は、学級会で決めた。

 「アイディアをどんどん挙げていきましょう」というのでカレー屋さんを提案してみたが、残念ながら私のアイディアは採用されなかった。民主主義の結果だ。みんながやりたいことをしよう。


「私たちのクラスの出し物は、お化け屋敷に決まりました!」


 ぱちぱちぱち、と拍手が湧く。

 お化けの演技も楽しそうだ。私は貞子(さだこ)になりたい。

 悲鳴の絶えないお化け屋敷を目指そうと思う。


「そうだ。途中に休憩場所を設けて、食べ物を出したらどうでしょうか?」


 我ながら名案だと思って言ってみたら、そちらは採用してもらえた。

 やった。カレー作ろう。貞子の手作りカレーだよ。楽しみだね。


 お昼休みに食堂に行くと、海賊部が「俺たちは解放区で宣言した通り、ピーターパンをするぞ」と宣言していた。

 

 いつもの激辛カレーコーナーに行くと、二俣(にまた)夜輝(よるてみ)が声をかけてくる。

 

「葉室、お前も演劇に出たいと思っていることだろう」

「二俣さん。私は貞子をします。お互い楽しみましょうね」

「だが今回、お前は遠慮してほしい。お前が出ると客はお前ばかり注目しそうだし、お前が鬼コーチ化したり、実力の差が気になって楽しめなくなる奴が出るかもしれない……熱烈にやりたいオーラを出しているところ、本当にすまない」

「私、貞子になってカレー作るんです。二俣さん」

「海賊部ではなく演劇部ならお前を歓迎すると思う」

 

 二俣、話を聞いて。


「悪いな、出たかったのに」みたいに謝らないで。


 海賊部の子たちもヒソヒソ話しないで。


「ちょっと可哀想じゃね?」

「でも女は俺たちの船に乗せられねえから」


 君たちの船に乗りたかったわけじゃないから、同情しないで……。


「二俣さん。私、海賊部じゃないですし、別に『出たい』とも言ってません。気にせず、楽しくお過ごしください」

「そうか。気を使わせたな」

「使ってないんで」

「いいんだ。お前の気持ちはわかっている」

「わかってないから否定してるんですけど……?」

 

 演劇は好きだけど、そんなに落ち込んだりしないよ。


 お化け屋敷で貞子を演じるし。カレー作るし。

 アイドル部で歌ったり踊ったりもするし。お友だちと出店を見て回ったりもしたい。

 

「時間帯が合えば、お友だちと一緒にピーターパン観に行きますね」

「そうか。俺もいつもお前を見ている」

「その言い方はちょっとストーカーっぽく聞こえるので、気を付けた方がいいかも……」

 

 円城寺誉が「よっくんは本当に見てるよ」というので、思わず自宅に帰ってから「盗撮とかされてないよね?」と確認してしまった。

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

  

 学校の後は、映画を観に行った。

 待ち合わせ相手は、アリサちゃんとカナミちゃんだ。

 

 大きめサイズのライラック色のトレーナーをだぼっと着て、白いひざ丈スカートを合わせる。足元は白い靴下にカジュアルなスニーカー。トートバッグは紫のチェック柄。

 眼鏡と帽子とマスクで顔を隠して待ち合わせ場所に行くと、アリサちゃんもカナミちゃんも顔を隠していた。

 みんなオーディション番組で顔出してるから、顔を出していたら話しかけられたりするんだって。


 映画館は、ロビーがすでに少し薄暗い空間になっている。

 売店には行列ができていて、入場時間まであと少し。


 並んでいるとカナミちゃんが「先輩がいる」と耳打ちしてきた。

 見てみると、行列の前の方に相山(あいやま)先輩とこよみ先輩が並んでいる。


「わぁ、デートだ。デートだよ、王司ちゃん」 

「手を繋いでるね。青春だねえ」

「王司ってたまに年寄りくさくなるよね。あ、こっち来るよ。ばれないように声潜めて!」


 買い物を済ませた先輩カップルがポップコーンを持って近くに来る。

 私たちは全員で一斉に背中を向けた。

 挙動不審すぎる。でも、意外とばれない。

 

 バケツカップ入りの塩味ポップコーンにバターを垂らしてもらって、ドリンクはコーラでお願いした。辛味チキンも買っちゃおう。3人で来ててよかった。うっかり「ビールください」って言うところだったよ。


「あたし、チュロス買ったよ」

 カナミちゃんはチュロスと一緒にラズベリーソーダ味のドリンクも買っていた。

「お菓子の量り売りコーナーあるよ」

 

 アリサちゃんはお菓子の量り売りに興味津々だ。

 好きなお菓子を袋に入れて買うやつ、わくわくするよね。


「みんなで買おう」

     

 上部が白っぽくて下部がコーラ色のコーラグミ、カラメル色のプリングミ、水色や黄緑のサワーグミ。

 ハートのクッキー、イチゴ味。眺めてるだけで楽しい。


「くまのクッキー入れる~」

「カエルグミも仲間に入れてあげて!」


 入場開始のアナウンスが流れる頃には、先輩カップルに存在を気づかれていた。騒ぎすぎたらしい。

 

「偶然ね。同じ映画みたいだし、あとで感想会しよっか」


 こよみ先輩はニコニコと言ったけど、相山(あいやま)先輩はちょっと怯えた目だ。邪魔したりしないよ……。

 

 入場後、お互いの席が離れているのを確認すると、相山(あいやま)先輩はとても嬉しそうだった。さすがに近くの席は取らないよ。

 どうも私は、一部の人に誤解されている。

 ホイミンの気分だ。ぷるぷる。私は怖いスライムじゃないよ。


「足元、気を付けてね。転ばないように。ポップコーンひっくり返さないように」

「王司は心配症だね。転んだりしないよ」

「油断してると転ぶんだよ、カナミちゃん」

  

 階段を上って席に座ると、ほっとした。

 

 何を隠そう江良は映画館でポップコーンをぶちまけたことがある。

 上映開始まで時間に余裕があったため、スタッフさんに謝ったら掃除をしてもらったし、新しいポップコーンに交換対応もしてくれたんだ。

 おかげで楽しく観れたのでスタッフさんには大感謝だけど、「食べ物を無駄にしてしまった……」と罪悪感を覚えたものだ。

 

「あたし、ブランケット持ってきたよ。冷え対策」

「ありがとう、カナミちゃん」


 カナミちゃんは「チーム友達」という文字入りのブランケットをかけてくれた。


 上映時間になると、パッと会場が真っ暗になり、巨大スクリーンに映像が映る。

 そして、そのタイミングで私は前方の席に見覚えのある海賊部の男子たちが座っていることに気付いたりした。

 ……みんな解放区で映画どころじゃなかったから、タイミングも被るよね。

 

 映画は面白かった。

 映画自体も見ごたえがあったし、観ている人たちの様子を見るのも楽しい。

 カナミちゃんやアリサちゃんをそっと見たときに、心を動かされている様子で画面に集中していたり、同じシーンでハンカチに手を伸ばしていたりするのが、「いいな」と思う。

 

 一緒に来たお友だちも、見知らぬ不特定多数の観客たちも、きっちり決まった時間をひとつの空間で過ごして、みんなお互いを気にせず画面を見て物語に没入し、同じものを観て同じタイミングで笑ったり泣いたりする。終わった後は、観た人だけがわかる感想トークの世界にも旅立てる。

 だから私は「映画館が好きだな」と思った。

 

 しみじみと「いやあー、映画って本当にいいものですね」な気分に浸っていると、カナミちゃんが肩をつついてきた。どうしたの? おトイレ?


「あれ、あれ」

 

 どれ、どれ?

 あっ、先輩カップルがキスしてる……。熱々だね。

 

「ラブラブだね」

「ね……!」

 

 鑑賞後は、サイゼリヤで感想会をした。SNSで作品名のハッシュタグを検索すると感想がたくさんあって、その中に「キスしてるカップルがいた」という投稿があったので、「先輩たちのことだったりして」と盛り上がった。

 

 帰りにウインドウショッピングをして、お揃いの入浴剤をおみやげに買った。『ブクブクアワー』といって、真っ白な泡がものすごく湧いて楽しいらしい。


 帰宅後、さっそく試してみると、本当に泡まみれになった。


 泡だけというわけではなく、泡の下にお湯はある。

 ただ、入浴中の自分の体が泡で隠れて見えない。

 肩まで沈むと、視界が泡でいっぱいになった。


 埋もれてる。

 両手でかきあつめたら泡の塊が持てる。すごい。

 

 お風呂上がりにグループチャットを見ると、カナミちゃんとアリサちゃんが泡風呂に入浴中で頭や鼻の上に白い泡を乗せたりしている写真を共有していた。


 可愛い。楽しそう。

 そうか、泡風呂はただ浸かるだけじゃないんだ。

 「()え」ってやつだ。

 

三木カナミ:じゃーん!泡まみれー!

高槻アリサ:私も撮ったよ~♪

葉室王司:写真いいね、私も写真撮ってくるよ

  

「……あれっ」

  

 お風呂に入り直したところ、泡が消えていた。

 端っこにちょっとだけあるけど、これじゃ「泡まみれー!」な写真は撮れない。

 かき混ぜたらまた泡立ってくれないかと思って頑張ってみたけど、泡立ってくれなかった。

 どうもこの泡、時間が経つと消えてしまうものらしい。

 残念だけど、仕方ない。


葉室王司:泡、消えてた

三木カナミ:泡の寿命は短いよ

高槻アリサ:儚いね……

三木カナミ:シンデレラなんだよ

葉室王司:12時の鐘、まだ鳴ってないのに 

三木カナミ:泡はせっかちなの 

高槻アリサ:泡さん、眠くて12時まで起きていられなかったのかも

葉室王司:泡って寝るんだ…… 

 

 スマホのチャットログを眺めながら自分の部屋に戻ると、ドアの向こうから怪しい声が聞こえる。

 

「あん、だめよ……」 

 

 潤羽ママではないか。


「やだぁ……」


 悩ましい感じの声だ。色っぽい。

 えっ、どうしたんだろう。ここは私の部屋なんだけど?

 

「もういかなきゃ……これ以上はだめ。王司が戻ってきちゃうわ」


 人の部屋で何やってるの、ママ?


「もう、放して……ほんとにだめよ、だめだめ。あっ……あぁっ……」


 これは盗み聞きしていていいんだろうか。


 なんか、中で誰かと逢引してる? 

 なぜ娘の部屋で?

 今どんな状態? 

 もしかしてイチャイチャしてる?


「あっ、爪立てないで……ほら、チュールあげるから。仕方ないわね、これが最後よ」

「にゃーあ」


 ……。


 がちゃっとドアを開けると、潤羽ママは猫のミーコを餌付けしていた。


「王司! こ、これはね、ドアが開いてたから閉めてあげようと思って……」

「ママ……」


 えっちな逢引とかじゃなくてよかった。

 本気で焦った。猫でよかった。


「別に隠さなくてもいいじゃない。堂々とミーコと仲良くしてよ!」

「そ、そうね。ママ、もう隠さないわ」


 その日から、ミーコの活動場所は広がった。


 私の部屋だけでなく、葉室家の家中を自由に走り回るようになった。

 ママはキャットタワーを居間に置き、ミーコに見下ろされて「見下ろしてるわ!」と喜んでいる。


 我が家が平和でなによりだ。


 SNSに「タワーの最上階から見下ろすミーコ」の写真を投稿しようかと思った時、ネットニュースの「伊香瀬(いかせ)ノコ、引退」というニュースが見えた。

 

 ノコさんは引退しちゃうのか……。


 ライブの一件でファンの中には「トラウマになった」って子もいる。

 作り物ではない「人が殺される瞬間」を見せたんだもんね……。


「明日はアイドルのパートナーが決まるのよね、王司? 王司と相性のいい子に決まるといいわね」

「うん、ママ」


 オーディションに合格するのはアリサちゃんになるのかな。

 お父さんの猛アピール・熱烈プッシュがあるから……。

   


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