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70、銀河鉄道の夜のサソリを演じる

――展望台のイベント会場は、人で賑わっていた。


「葉室王司ちゃんがいるって本当? SNS見て来たんだけど」

「アリス演じてるの?」

 

 『不思議の国のアリス』チームに人が集まっていく。

 劇団員は張り切ってお客さんを接待して、不思議な世界へと没入させた。

 成果は目に見える形で増えていく。


「投げ銭ありがとうございます」

「おひねり、ありがとうございますー!」

 

 一方、『銀河鉄道の夜』チームはというと、客を取られるままで小休憩を始めたりしている。

 2チームは「どちらのチームが投げ銭を多く獲得するか」の勝負中だ。


 休んでいる間もライバルチームは興行収入を上げていくので、休んでいる場合ではない。

 しかし、小劇団『西の柿座』の一部メンバーは、勝敗どころではなかった。

 

 彼らは葉室王司という役者の実力について話すのに夢中だった。


「葉室王司……あの子、舞台もできるんか」

「初心者じゃないね」

「発声も空間の使い方もウチの芸風に寄せてたよ」

「そう? 俺はそう思わんかったけど」


 小劇団『西の柿座』の舞台演技は、『大袈裟。大きな表現。極端な誇張』。


 観客が軽食を片手に気楽に眺めて、動物園の動物を眺めるように『あの生き物たち、人間っていうんだ。人間って滑稽だな』と笑って楽しめるエンタメだ。


「まあ、確かにテレビ用じゃなくて舞台向けの演技やった」

「せやろ、でもな、あの子テレビだとテレビ用に自然でリアルな芝居すんの」

「演じ分けできるっちゅうこと?」


 メンバーの関心は、もはやライバルチームとの勝敗よりも謎の新人役者に向いている。


「ねえ、あの子、最近お芝居始めたって絶対うそやんな」

「兄さん知らんの? 彼女、天才って呼ばれてんのよ」

「テレビの子には興味ないわ」

 

 『西の柿座』は、同じイベントスペースにいる別の劇団員を見た。

 華組(はなぐみ)鳥組(とりぐみ)風組(かぜぐみ)月組(つきぐみ)――四つのチームから成る有名な大規模劇団『劇団アルチスト』の中で「クビ寸前の落ちこぼれを集めた」と言われる月組メンバー。

 彼らは、正体を伏せて参加している。


「アルチストも八町(やまち)大気(たいき)も『西の柿座』をばかにしてるわ。失礼な話やで」


 2つの劇団の代表は、八町大気と交流があった。

 そして本日、劇団員たちは八町大気を接待するためにパフォーマンスをしているのだ。


『これから僕のお気に入りになるかもしれない可愛い子が来るんだ。どっちのチームでもいいから、その子に演技させてほしい。僕は遠くで見てるから』 


 八町大気の目的は、葉室王司だ。


「八町大気は、葉室王司がお気に召したと思う?」

「そりゃあ、気に入ったんじゃない?」

「八町大気に気に入られたらどうなると思う?」

「そりゃあ……」


 話していた最中に、ふっとイベント会場の照明が落ちて、窓が布や板で覆われた。

 明るかった世界が急に暗くなり、客が動揺して騒ぎ出す。


「きゃっ」

「なんだ?」

  

 そんな会場に、高く澄んだ声が響いた。

 少年――いや、少女だろうか。

  

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


――【葉室王司視点】


 八町は、私の側の「これまで」を聞いたあと、自分の話もしてくれた。


「聞いてくれよ江良君。知り合いが2人ほど、自殺未遂した僕を立ち直らせようとして結託して付きまとってきてさ」

「ふーん。よくわからないけど、八町が悪いね」

「江良君が僕に『生きてる』って教えてくれなかったせいだよ」


 八町は語る。

 

 まず、その2人は、劇団の脚本と演出家を兼ねる代表者(座長=劇団長)であった。

 

 『西(にし)柿座(かきざ)』の猫屋敷(ねこやしき)代表。

 最近『劇団アルチスト』の新代表になった、丸野(まるの)代表。

 

 2者は八町と同年代で、全国高等学校演劇大会で最優秀創作脚本賞を競った仲だ。

 

「ああ、八町が受賞できなかった大会か……」

「江良君。僕の古傷を抉らないで」

「話題に出したのはそっちじゃないか」


 私は悪くない。

 頬を膨らませていると、八町は「幼くなったな、江良君」と嘆かわしげに天を仰いで話を続けた。


「彼ら、僕が『もう本を出さない』とか『映画化もしない。権利もあげない』と言って自殺未遂したのを心配して、『演劇漬けにしたら立ち直るんじゃないか』と共同での企画書を持ち込んできたんだ。こっちは傷心なのに枕元で2人がかりでプレゼン大会してさ……」


「へえ。いい友人じゃないか、八町」


「彼ら、忙しいはずなのに僕がOKって言うまで通い続けてね。退院したら家にまでついてきて、『また自殺しないように監視する』とか言って夜も僕の両側に布団を敷いて寝るんだ」

「そこまでするんだ。すごいね。追い出しちゃだめなの?」

 

「そして、一緒に暮らすうちに『うちの劇団員はすごい』と互いの劇団を自慢し合い、気づいたら僕の目の前で2人は包丁とまな板をぶつけ合っていた……」

「なんで?」

 

「僕は警察を呼ぼうとしたんだ。そして気づいたら、仕事を受けていた。危うく演出もさせられるところだったが、なんとか脚本だけにした」

「警察を呼ぶところから仕事を受けるまでの経緯を知りたいよ、私は」


 八町の話をまとめてみよう。

 まず、2人の座長は仲良しで、『劇団アルチスト』の劇場を使って一緒に遊ぶんだって。楽しそうだね。

 同じ演目を同じ期間中に交代でそれぞれの劇団が演じて、興行収入を競うんだって。面白そうだね。

 

「八町くーん。アーソーボー。元気が出るよ」

 八町は気づいたら巻き込まれていた。

「僕に仕事をさせやがって。そういうことするなら、僕が江良君と遊ぶ手伝いをしてよ」

 

 八町は2人にワガママを言って、劇団員たちは犠牲となった。

 月組の子たちは「西の子たちに勝てなかったら、うちの看板は名乗らせません。解散」とまで言われて……。

 

 ……。


 うーん……?

 

「あのさ、八町。……劇団員の子たち……可哀想じゃない?」 


「江良君のおかげで『葉室王司がアリスを演じた』とSNSでもバズっていて、アリスチームに人が集まっているよ。月組の子たちはすっかり負けムードになって、お芝居やめて集まって休憩してるみたいだね。可哀想に」


 八町はスマホで誰かから連絡をもらって「勝負は決したようだね」と立ち上がった。

 イベント会場に行くらしい。


「それでね江良君。彼ら、『不思議の国のアリス』と『銀河鉄道の夜』のどちらかをやりたいっていうんだけど、僕は『銀河鉄道の夜』は無理だと思うんだよね」

「なんで?」

「だって、江良君がカンパネルラを演じたら『僕、死ぬのやめた。ジョバンニと一緒にいる。女の子になるから結婚しよ』とか言い出しそうだもの。僕はそういう脚本を書いてしまうよ」

「八町。なんで当たり前みたいにカンパネルラ役を私で当て書きしてるの? カンパネルラはそんなこと言わないし、江良もそんなことを言わないよ。劇団のために書く脚本だよね、それ? 怒られるよそれ」

「……カンパネルラ。僕たちずっと一緒だね。どこまでも二人で旅しよう。うん、ジョバンニ。ずっとずっと、どこまでも……」

「帰ってきて八町。物語に没入しないで」

 

 それにしても、当て書きしてて「役者とキャラが合わないんだよな」と思うなら、当て書きをやめればいいものを。


 ところで、八町に引っ張られてイベント会場に戻ってみると、なにやら雰囲気がグッと変わっている。

 劇団員が窓を覆って自然の光を遮り、照明を落として、真っ暗だ。


 そして、劇団員と思われる女の子が演技をしている声が聞こえる。真っ暗で、姿は見えない。


「サソリはいい虫じゃないよ。ぼく、博物館でアルコオルに漬けてあるのを見たんだ」


 静寂に声が染みこむようだった。

 

 可愛い声だ。雰囲気がある。

 抑揚があって、ピュアな子供って感じで、……アリサちゃんが男の子だったらこんな感じかな。


「尾っぽにこぉんなカギがあってさ。それで()されると死ぬって、先生が言ってたよ」


 おお、月組さん。

 なんかやる気のない落ちこぼれ集団みたいな噂があるけど、この子はとってもいい感じじゃないか。

 やったれ、やったれ。

 代表がどれくらい本気かわからないが、爪痕残して「解散はやめとくか」って思わせてやれ。

 

 ――私も手伝おう。八町の尻ぬぐいだ。

 カンパネルラのイメージも払しょくできて、八町が「あ、カンパネルラは江良君じゃなかった」って冷静になってくれるかもしれないし。


 他の子が言うより先にサソリ役をいただこう。


「そうよ。でもいい虫だわ。お父さんこう言ったのよ。昔、バルドラの野原に一匹のサソリがいて、小さな虫やなんかを殺して食べて生きていたんですって……」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 

 いたちに食べられそうになったサソリは、一生懸命逃げたんだ。

 けれど、逃げた先に井戸があってさ。

 やばいと思ったときには、遅かった。


 落ちてしまったんだ。


 もうね、ど~しても上がれない。あっぷ、あっぷ、溺れちゃう。

 サソリは溺れながら、思ったよ。


 ああ、ボクは今まで、いくつもの命を奪ったかわからない。

 そして、そのボクがいたちに殺されようとした時は、あんなに一生懸命に逃げてしまった。


 どうしてボクは、ボクの体をいたちにくれてやらなかったんだろう。

 そうしたら、いたちも一日生き延びたろうに。


 どうか神さま。ボクの祈りをおききください。

 

 こんなにむなしく命を捨てず、どうかこの次は、まことのみんなの(さいわい)のためにボクの体をお使いください……。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

  

 真っ暗なイベント会場は、銀河鉄道の夜色に染め上げられていた。


「葉室王司だ」

 SNSで動画を撮っている青年が思わず呟く。興奮気味に。

 

 暗闇の中で小さな女の子が「サソリはしんじゃうの?」とママに尋ねるのが聞こえた。優しい声だった。


 サソリは祈り、死んでしまった――ナレーションがそう語ると、小さな女の子は「かわいそう」と泣き声で言って鼻をすすり、ママと周囲の大人たちを慌てさせた。


「あったかい。ボク、燃えてる。真っ赤に燃えてる。とっても熱くて、あしも尾っぽも光ってる。ぼうぼう、きらきら燃えながら、高くどこまでも昇っていけそう。……いこう、あの空へ」


 サソリの声が再び響く。

 小さな女の子は、パッと顔をあげて暗闇に目を凝らした。


 すると、イベント会場の壁一面にプラネタリウムの星が映し出されて、サソリ座が赤く美しく発光しながら夜空に昇っていく演出がされる。


「わあ……っ!」

 

 小さな女の子が頬を林檎のように赤くして、幻想的な星とサソリ座の演出に目を奪われる。


「ボクはここで闇を照らそう。みんなの夜を見守ろう。そこの旅人さん、ボクの光を目印にして。君が迷うことのないよう、今夜一晩、ついてるからね」


 サソリの穏やかな語りかけに、小さな女の子は「うん!」とお返事をした。

 それが可愛くて、観ていた人は皆、にっこりとした。


「ああ、神さま、ありがとう。何かのためになれたと思える……これがボクの(さいわい)なんだね」


 お芝居が終わると、拍手が起きた。


 月組は「ここがいいところ」と思ったのか照明を戻し、窓を覆うのをやめて、「ありがとうございました!」と声を揃えて投げ銭を入れる帽子をアピールし、投げ銭をいただくことに成功した。

 

 八町が「今のはとてもよかったよ」と万札を束にして突っ込んでいたし、たぶん月組が逆転するんじゃないだろうか……。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


――【葉室王司視点】

 

 サソリ役は楽しかった。

 元々準備していたのだろうけど、月組は咄嗟の演出が上手だね。

 でも、アリスチームからは「そっちが芝居してる間、こっちは芝居ができなかった」とクレームが入りそうでもある……? 遺恨が残らないといいけど。

 

「さっきの女の子、どの子だろう。すごくいい雰囲気のある子だったなぁ」 


 照明が終わった後、「サソリはいい虫じゃないよ」の子を探してみたけど、見つからなかった。あの子、かなり普段と印象が違うけどアリサちゃんじゃないかなぁ。

 

 八町はパフォーマンスが楽しかったみたいで、「銀河鉄道の夜もいいね。両方やろう」とか言っていた。

 

 やる気になるのはいいけど、たぶん振り回されるのは劇団の人たちなんだろうなぁ……。

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