7、少年を演じる
ステージに誘われて上がると、拍手が湧く。
西園寺麗華が「ドッキリ大成功~~!」と叫ぶ声は明るくて、まるで空がいっそう澄み渡り、心まで晴れやかに広がったように感じた。
「実は、服を買うところからネット配信していました~~っ! カメラに向かって挨拶をどうぞ!」
「は……葉室王司です」
なるほど、ドッキリだったんだ。
親切すぎると思ってたけど、麗華にもメリットがあったんだな。
「可愛い」
「いいと思う!」
観客が優しい。
麗華はハイテンションに声を響かせ、『私』にマイクを持たせる。
マイクは、重かった。
元の体と筋力が違うせいだろうか。
「葉室王司ちゃん。ゼロプロのオーディションは終わったけど、それで芸能界に入るチャンスがなくなったわけではありませーん! 人生はチャレンジチャレンジ、アピールアピール! おらおらGOGO!」
「あっ、は、はい……麗華お姉さん、そんなキャラでしたっけ……?」
もっと大人しくて生真面目な優等生タイプだと思ってたけど。
それにしても、生配信の画面はどんな感じで映ってるんだろう?
この会場にはあいにくモニターがないので、リアルタイムで確認できないんだ。
不安に思っていると、執事のセバスチャンが観客席で手を振っているのが見えた。
目が合うと、何かを取り出す――ニンテンドースイッチじゃないか。
その画面には……おお、検索サイト。で、検索して――生配信画面!
セバスチャン、有能か!?
コメントが流れていてステージが映っているのが見える。
文字を読むのは距離的に無理だが、盛り上がっている雰囲気はわかった。
あ、り、が、と、う!
口パクで伝えると、セバスチャンはシュビッとサムズアップしてドヤ顔スマイルになった。いいヤツだ。
「王司ちゃん!」
「は、はいっ」
いけない、集中しよう。
「王司ちゃん。あなたは、役者とかアイドルとか……何者かになろうとして、その才能を世の中にアピールする場所に出てきたはず」
「たぶん……そうかも、しれません?」
「そこはもっと暑苦しいくらいに熱意を見せて!」
麗華は熱血青春風に撮りたいらしい。
彼女の番組だし、芸能界を目指すなら熱意とスキルをアピールするべきなのは理解できる。
「王司ちゃん。あなたはまだ自分の現在の能力や伸びしろ、これから期待できるなっていう可能性、それに、これがやりたいって思いをアピールしていない。目立っただけで満足して退場するのは、三流よ。お姉さんがお手本を見せてあげる」
見なさい、と意気込み、麗華は放送作家さんからワンカップを受け取って飲み干し、恍惚とした表情で悶絶してみせた。なぜ?
「うぅ~ん! この味、大好き! お仕事お待ちしてます!」
「あっ、営業してる……」
「さあ! あなたのやる気を見せてちょうだい! 歌うならこのリモコンであっちのカラオケの機械に曲の番号を指定して……」
観客が笑っている。
いい雰囲気だ。麗華が楽しませようとした結果だ。
いわゆる「あたためてくれた」という状態だ。感謝しないと。
「じゃあ……麗華お姉さんが出演していたドラマ『鳥と太陽』の化鞍タカラをします」
「あっ、演技をするのね? 歌も聞いてみたかったけど」
「シーンNo.18……」
「え?」
何を演じるか決めて、集中する。
この役は、江良九足が演じられなかった役だった。
「足を引っ張るって、何」
化鞍タカラは困窮した母子家庭に生まれた少年だ。
原作は、Webtoon(縦読みでフルカラーのWeb漫画)。主人公が過去に戻って人生をやり直すサクセスストーリーだ。
シーンNo.18は、二度目の人生でのタカラと母親の会話シーン。
一度目の人生の彼は、少年時代に「こんな家庭に生まれたくなかった!」と反抗して家を飛び出し、20年音信不通で母親を悲しませた。大人になってから連絡を取ったが、そのとき母は病死した後だった。
彼は、後悔した。
二度目の人生では親孝行しようと決意した。
「俺、母さんを幸せにしたいんや。そのために生きてるんやって。どんなにアホや、ありえんって言われても! お――……俺の、人生の目標は……!」
「タカラ」
隣にいた麗華お姉さんが母親役をしてくれるようだ。ありがたい。
タカラの手を取り、顔を見るようにと促す『母親』は、見返りを求めぬ深い愛情を双眸に湛えていた。
「母さんの幸せは、大切なタカラがやりたいことをのびのびとできること。子供は親のために生きるもんやない。自分のために生きなさい」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
母の目を見る少年の瞳が揺れて、透明な涙が一筋、頬をつたい流れた。
「……すごい」
観客席にいた記者は、夏の暑気にも関わらず自分が冷や汗をかいているのに気づいた。
背筋がぞくぞくしていて、鳥肌が立っていた。
胸が熱い。興奮が込み上げてくる。
彗星のように現れたスター。
強引に奪われた俳優の遺伝子。華族の血。
自分をさらけ出す度胸があり、何をするかわからない怖さがあり。
毒親に男だと偽られて育てられた子だとすると、たいそう不憫で。
しかも……初々しくて可愛い。
そこに、この演技力!
「この子はスターになるぞ。間違いない!」
記事を書こう。
この感情、この衝撃をどう表現して世間に伝えたものだろうか。腕がうなるぜ。
まだ誰にも見出されていない。けれど、いったん見つかると皆が熱狂する――そんな大衆が大好きな夢が、目の前にある。天才という夢だ。
そのニュースを世の中に知らせるのが、記者である自分なのだ!
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
思わず相手役をしてしまった西園寺麗華も、背筋をぞくりと震わせていた。
(まるで熟練の役者のよう……この子、演技を教わったことがないはずなのに……?)
演技経験があったり養成所で学んでいれば、オーディションの応募用紙に書くはずだ。その道を志すならば、隠すメリットはない。
「あの……せっかくなので、歌もいいですか? 1曲だけ……」
王司が曲を指定している。
(歌も歌えると言うの!?)
麗華は目を見開いた。
こういう仕事をしていると、努力の成果とは異なる「才能」というものを感じる瞬間がある。
周り中が度肝を抜かれてしまうような、現実を疑ってしまうような瞬間だ。
才能なんてない、と主張する人間も世の中には多く、普段の麗華は軽率にその単語を使わない。
けれど、自分が専門のトレーニングを受けて10年かけてなんとか「こんな感じかもしれない」とわかったものを、何も教わらずに呼吸でもするようにできてしまうタイプもいるのだ。
(まだ中学生……炎上のダメージはいくらでも挽回できる。この子は、芸能事務所がこぞって欲しがるスターの卵かもしれない)
隣でマイクを重そうに握りしめている華奢な少女が、ぴかぴかと光り輝いて見えた。